【ジブリの欺瞞】 となりのトトロの新たな死神疑惑のまとめ
・トトロだけが死神ではなく、トトロとネコバスとサツキとメイ全員が死神(トロル)だった。
・死神というのはトトロに取り憑かれたサツキとメイが映画本編で出てくる村人を襲撃して虐殺するつまりテロ実行の道具にするという意味。
・ネコバスの正体はタタリ神であり、最後のシーンで草壁夫妻をネコバス化(タタリ神化)させて暗殺してその後村人達を全員トトロ化やネコバス化して虐殺するつまりサツキとメイ以外が死ぬ映画だった。(メイとコネコバスがその証拠)
・トトロの正体は肉食動物や草食動物では無く、タタリ神の残党であり、人間をトトロ化させて感染者を増大させるだけの「疫災」の象徴。陰で暗躍するトトロと実行犯のサツキとメイは人目の着く所では絶対に会わない。
・サツキとメイがボロ屋に引っ越した理由はトトロの本拠地に近いかつ他の人から見えない所だから。
・まっくろくろすけはトトロが用意したサツキとメイの監視者。
・病院から届いた電報はサツキとメイが書いた草壁靖子宛の手紙の返事扱い。
・池に落ちていたサンダルの正体は中トトロがわざと落としたメイのと似た偽のサンダルであり、メイを池に落ちて死んだかのように見せかけてサツキを村人達の見えない所でトトロの本拠地に行かせていち早くネコバスで草壁夫妻を襲撃して殺害する為に落ちていた。
・トトロがネコバスを呼んだのもトトロが以前に仕組んだ意図的な事。
・メイの持って来たとうもろこしは草壁夫妻を窓の外に誘き寄せてネコバスに扮したタタリ神に殺害させる悪辣な罠。
・サツキとメイは草壁タツオ、靖子夫妻の子供では無い。「草壁サツキ」は自称であってサツキが先生や友人に「草壁さん」と呼ばれるシーンは無いし草壁靖子がサツキの友人と接する場面は無い。
・サツキの正体は元々東京に住んでいだが、所沢に家出してそこの子供会のリーダー格(不良グループの権力者)となり、カンタの所属していた男の子グループと対立しており草壁夫妻の子供では無い「寺島」という家出少女であり、メイの正体は弟がいる所沢の孤児であり、もともと決まった住所なんて無かった。寺島(サツキ)は孤児のメイを拾って一部の村人達との顔が深かったのか映画本編以前は所沢の友人宅を点々としていて、所沢に屯していた寺島(サツキ)とメイは一度隣の狭山の草壁夫妻に取り憑いてその後草壁タツオは寺島(サツキ)とメイと一緒に松郷塚森に引越して来ただけだった。つまりとなりのトトロの「となり」の本当の意味は草壁夫妻が元々住んでいた狭山と寺島(サツキ)とメイが屯していた所沢と草壁靖子が入院していた東村山の七国山病院(新山手病院)という意味である。更にトトロは寺島(サツキ)とメイに対して偶然の出会いに見せかけた裏工作をしたという意味でもある。
・エンドロールは寺島(サツキ)とトトロがハッピーエンドを装いたい為に仕掛けた狡猾なアリバイ工作であるが寺島(サツキ)の誤爆と草壁靖子の退院シーンで秋であるはずなのに初夏の服を着ていた寺島(サツキ)と寺島(サツキ)の下僕にされていたカンタのおかげで過去シーンである事が判明した。
・反面メイは幼児なので知能が発達していない為、死神トトロにどんぐりやとうもろこしで誘き寄せられているだけだった。オープニングのさんぽの意味は知能犯の寺島(サツキ)とは逆という事やサツキと一緒に所沢に屯していて友人宅を点々としていた時代のメイ目線の歌詞。ちなみにエンディングは知能犯の寺島(サツキ)目線の歌詞。
・寺島(サツキ)とメイは実の姉妹ではない。
・草壁夫妻は単に寺島(サツキ)とメイという見知らぬ不良に殺されただけだった。
・寺島(サツキ)とメイは絵本の三匹のやぎのがらがらどんから、襲撃者であるトトロに憧れただけで無くハッピーエンド偽装工作にも憧れていた。
・草壁靖子が結核というのも嘘もしくは軽症。
・草壁夫妻とカンタの願いに起因するトトロの魔法で、あたかも寺島(サツキ)とメイが隣町(狭山)の草壁夫妻と親子関係があるかのように記憶改竄されていただけだった。カンタのおばあちゃんもトトロに洗脳されていて草壁夫妻と親子関係があるかのように錯覚されていた。
・寺島(サツキ)目線の小説版となりのトトロは寺島(サツキ)の狡猾なアリバイ工作であるが、寺島(サツキ)がメイをネコバスで探しに行くエピソードを改変していた。(映画版→ネコバスでメイを拾った後に七国山病院で草壁夫妻を暗殺。寺島(サツキ)目線の小説版→先にネコバスで草壁夫妻を見舞いに行った後に歩いてメイを拾った、つまり寺島(サツキ)は普通に見舞いに行ったかのように装いたかった。)
・カレンダーの日付が矛盾していたのは算数が苦手な寺島(サツキ)目線の話だったから。
となりのトトロは単なる子供心を利用した悪質なマインドコントロールアニメやデマゴーグアニメである事が判明した。


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