【ジブリの欺瞞】 となりのトトロの裏事情、都市伝説は本当であり、トトロだけが死神ではなく、トトロとネコバスとサツキとメイ全員が死神か
2007年頃よりよく噂されていたトトロ死神説、となりのトトロの映画本編の演出上トトロの都合の悪い裏事情は本物であり、死神以上に苛烈な裏設定にない裏の事情があります。死神説肯定派は「サツキとメイはトトロに呪われて死んでしまって物語後半で影が無く霊体になっている」「池に落ちていたサンダルはメイのもので、メイは池に落ちて溺死している。妹の死を受けいられないサツキが噓をついたもの」という主張です。逆に死神説否定派は「サツキとメイに影が無いのは作画上の判断だ」や「あのサンダルはメイのじゃない」や「サツキとメイはちゃんと家に帰っている」という主張です。ここで両者の主張の共通点は「サツキとメイは善良な村人である事です。」この前提を疑ってみましょう。よく裏設定=裏事情つまりトトロに関する全ての情報だと勘違いしている人が多いですが裏事情は表の事情や裏設定を含めて設定書などでは説明しきれない内容だったり、犯人目線の嘘の設定である可能性があります。なので裏設定というのは単なる表設定の追加版だと考えてください。明確に主張しますが作中でサツキとメイが死んでいたのはフェイクであり、サツキとメイは作中で死神の黒幕トトロに取り憑かれていて操り人形にされていています。となりのトトロの演出に矛盾点や意図的だと思わせるような怪しい演出が多いです人狼ゲームに例えると人狼は村人側を装っているのが前提で村人陣営は些細な発言の矛盾点で人狼を推理するしかないですからね。しかも物語の主題自体に大きな欺瞞があるという点です。更にこの映画は宮崎駿のインタビューで「この作品は今までで一番理屈が多い作品。いかに理屈で作っていないように見せている。全部感情・感覚で作っていながら、実は全部理屈・論理を組んで作った」その通りこの映画には怪しい裏事情やフェイク演出などの仕掛けが多いのです。なのでトトロが純粋な森の主という説はあり得ないのです。
この映画のストーリーは建前では都会からこの作品の舞台である所沢松郷塚森の田舎へ引っ越してきた草壁一家のサツキ・メイ姉妹と、子どもの時にしか会えないと言われる不思議な生き物・トトロとの交流を描くとなっていますが、
その大きな欺瞞に結びつくような決定的な矛盾点のある演出や怪しい演出を箇条書きにすると、
1.なぜサツキとメイにとって見知らぬ田舎(所沢松郷塚森)に引っ越して来た筈なのに引っ越して来た時点からカンタやカンタの家の人や同級生ととかと不自然に(まるで既に知り合いみたいに)近所付き合いが深いような演出が沢山あるのか。
2.メイ目線のオープニングのさんぽは引っ越してきてばかりであり学校にも通っていなく友達がいないはずなのになぜ友達沢山という歌詞なのか?
3.なぜお母さん(草壁靖子)の療養目的の引っ越しにすすわたりが出て来るような健康に悪い不潔なボロ屋を選んだのか。
4.なぜ中トトロがドングリでメイをトトロの本拠地に引き寄せたのか。
5.なぜトトロとネコバスはサツキとメイにしか見えないのか。そして何故得体も知れない生物と意思疎通が出来たのか。
6.なぜサツキとメイがバス停でお父さんを待っているときにトトロとネコバスが出現したのか
7.お母さん(草壁靖子)が危篤でも無いのにあたかも危篤であるかのような演出をしたのか
8.なぜメイは無事だったのにメイに似たような紛らわしいサンダルが池に落ちていたのか
9.なぜメイの捜索中にサツキは都合よくトトロの本拠地に向かう事できて更にサツキが捜索を頼んだらトトロは気前よくネコバスを出してメイの所へ連れていけたか
10.なぜ最後のシーンでサツキとメイはお父さんとお母さんに会わずに木の枝にネコバスと一緒に座っているのか。しかもその後に両親を放ってサツキとメイだけで家に帰ったのか。
11.なぜエンドロールのサツキとメイの衣服にトトロのシンボルマークがあったのか
その中でも極めつけの矛盾な演出は疑問点1と疑問点2と疑問点7と疑問点8と疑問点9と疑問点10です。
ここにとなりのトトロの全セリフが載っていますがチャプター17のトトロに頼む際のサツキのセリフ「トトロ。メイが迷子になっちゃったの捜したけど見つからないの!お願い捜して!今頃、きっとどこか泣いているわ。どうしたらいいか、わからないの・・・」死神トトロはメイが迷子になったと言われてすぐにネコバスを呼び出しましたが、チャプター8のトトロがメイと出会ったシーンでメイが自分の名前を名乗ったセリフは無いですし、絵コンテによればメイと死神トトロは意思疎通が出来ていない設定でした。
しかもその当時、池にメイに似たサンダルが落ちているという偽の手掛かりがあるなかで即座に得体の知れないネコバスやメイと意思疎通をしていない筈の死神トトロがメイの居場所を把握して10分程度でサツキをメイの所へ連れて行ったり、ネコバスが所在地を把握しているはずもなく更にサツキとメイが頼んですらもいない七国山病院に連れていくこと自体、全然矛盾しているのです。更に引っ越して来て3ヶ月程の学校すら通っていなくて村外れの家周辺にしかいなかったメイを村人総出で捜索すること自体、村人達はメイの存在を知らない筈であり、矛盾しているのです。その矛盾点を矛盾なく説明するためにサツキとメイは作中で死神の黒幕トトロに取り憑かれている、またはグルである説が出て来るのです。サツキとメイも既に死んでいて死神の黒幕トトロの被害者にされているとかいう勘違いトトロ死神説(死神トトロとネコバス=人狼、サツキとメイ=トトロとネコバスに襲撃された村人)を唱えている人が多くいますが「サツキとメイと死神トトロは全員共犯者(ネコバス=人狼、死神トトロ=ネコバスとサツキとメイを陰で操っている人狼陣営の黒幕、サツキとメイ=狂信者であり正体は死神、草壁タツオと草壁靖子=これから人狼に襲撃される村人)」が正しいとなりのトトロのダークな裏事情に対する解釈です。宮崎駿がその設定を今まで暴露しなかったのは、上記の動画で示しましたが宮崎駿特有のトトロの正体はトトロ族やもののけ姫のコダマが成長したものとかネコバスの正体は異常なまでにも擬態が得意な化け猫妖怪とかいう隠語で説明したり絵コンテで本当の裏設定を説明しなくても物語制作上の弊害は生じないからです。至極単純ですが宮崎駿自身にとって極めて都合の悪い設定を設定書などで暴露するはずないですからね。
そもそも絵コンテというのは表向きのキャラクターの感情や感覚や表情や動作や風貌などを指示するものであって裏の事情(理論・理屈)は書かなくても部下に指示は可能です。それの証拠が宮崎駿監督と糸曽賢志監督の集団面接でのやり取りです。
宮崎駿監督「そうなんだ。今おっしゃってくれたことはうれしいけど、僕自身はトトロはかわいい生き物だと思っていないんだよね~、あれは恐ろしい生き物。肉食でサツキとメイを食べなかったのは、お腹が空いてなかったからだ」
糸曽監督「トトロは臼歯が発達している!肉食であるはずが無く、サツキとメイを食べるはずが無い!トトロは草食動物だ!」
この発言によって糸曽監督は考える力があるという理由でジブリに採用されていますが、この発言に宮崎駿が仕掛けた心理的な罠が隠されています。この糸曽監督の発言で死神トトロ=サツキとメイを襲撃する人狼、サツキとメイ=死神トトロに襲撃されてしまった村人という図式が無くなったため、表向きのキャラクターの動作や風貌だけで死神トトロとサツキとメイが全員善良な村人であるかのように周囲の人達を油断させてしまう宮崎駿が仕掛けた狡猾な罠があり、実態は(裏の事情は)死神トトロはサツキとメイを操る人狼の黒幕でサツキとメイは狂信者で村人にとって全員敵陣営なのです。トトロが草食動物というのは宮崎駿が仕掛けた狡猾な罠でありデマゴーグです。そもそもトトロの前身であるコダマが草食動物である筈が無く草食動物であるかのように装っている事は明快ですよね?
・まず冒頭でボロ屋に引っ越したシーンはあれは死神トトロに取り憑かれたサツキとメイの計画通りにボロ屋に引っ越されています。宮崎駿の設定によるとそのボロ屋は過去に病人が死んだ家です。理由は草壁靖子の療養目的では無く死神トトロの本拠地に近いかつ他の村人から見えないような場所から引っ越したのです。
(以下の引用は全て映画本編です。)
出典
ネコバスの裏設定が化け猫妖怪である事の出典
・疑問点1の仮の答えはサツキとメイは都会→所沢の松郷塚森に引っ越したのではなく所沢のAという住所から所沢の松郷塚森に引っ越しただけであって単に同じ村の近所に引っ越して来ただけです。もし仮にサツキとメイが村の部外者だったら村人から赤の他人の扱いを受けます。この作品の重大な引っ掛けはサツキが都会の他所の学校から転校したという描写はありませんし、チャプター6のサツキとメイがお父さんの自転車で草壁靖子の見舞いに行く時にサツキが引っ越して来たばかりの松郷塚森の自宅から七国山病院までのルートを自転車で見舞いに行く時にお父さんより熟知していた(不自然に土地勘がある)演出があります。
他にも同じくチャプター6の草壁靖子の見舞いのシーンでサツキの「今日、田植え休みなの」というセリフ(この村の行事を熟知している)やメイが行方不明になった時のチャプター15の最後のカンタのおばあちゃんのセリフ「カンタ~。早く父ちゃん呼んでこい。メイちゃんがいなくなっちゃたんだ。」の後村人総出でメイを捜索した理由はサツキとメイは都会っ子では無く引っ越す前からこの村の一員という事を決定づけます。なので都会から空気のきれいな田舎の農村に引っ越して来たという設定は全く根拠無しのデタラメです。転校して友達を作ったのも所沢のA小学校から所沢のB小学校に転校しただけです。5月に引っ越して来て8月にメイが行方不明になったのだから大体引っ越して3ヶ月くらいでかつ幼稚園や学校すら通っていないメイなんてもし他所から来た部外者ならば村人は全く知らない筈です。
・オープニングの死神トトロと一緒にメイが歩いているおかしなシーンも死神トトロがメイに取り憑いていたりメイが都会っ子ではあり得ないような出自である事を示しています。
・中トトロと小トトロがメイをどんぐりで誘き寄せるシーンも死神トトロの手下が意図的にメイを死神トトロの所に誘き寄せたのでしょう。夜中にサツキとメイを誘き寄せて死神トトロと一緒に木を出していたシーンも同じです。
・メイが草壁靖子にとうもろこしを届けに行く時に山羊に追い払われたシーンはあれはメイが三匹のやぎのがらがらどんのトロル役(死神役)にされている決定的な演出です。
・メイに似たサンダルが池に落ちていた件は実はこのサンダルは誰の物なのかという裏設定がありません。なのでここに宮崎駿の都合の悪い裏事情が隠されています。このサンダルはメイが死んだのでは無く、中トトロがメイのと似たサンダルを持ってきてわざと落としたものです。所謂死神トトロの作戦は関係のない村人を七国山病院に招き入れずに池に留まらせて、サツキとメイを病院に急行させる事です。またカンタの自転車がパンクしていたのも同じ仕業です。つまりどんぐりを落としてメイを誘き寄せたのと同じ犯人です。これは重要であるが村人を扇動している時点で全く純粋な物語だったり死神トトロは気前の良い隣人ではなく、死神トトロとサツキとメイは共謀者です。死神トトロの真の目的は村人達の隙をついてサツキを死神トトロの本拠地に早く行かせたいだけです。死神否定派の「あのサンダルはメイのじゃない」という主張は正しくても死神説の否定にはならないのです。
理屈ではこうです。
メイ 中トトロの落としたドングリ→森の中のトトロの本拠地へ
サツキ メイの捜索中に発見した中トトロの落とした偽のメイのサンダル→森の中のトトロの本拠地へ
これは知能が発達しきれていないメイと知能犯のサツキの死神トトロの本拠地への誘導の仕方の違いです。
となりのトトロの歌詞の
♪だれかが、こっそり
♪小路に 木の実 うずめて
♪ちっさな芽 生えたら
♪秘密の暗号 森へのパスポート
の秘密の暗号の正体は死神トトロが意図的に落としたメイのと似た偽物のサンダルに該当する。「誰かがこっそり何かをうずめたら秘密の暗号」と書いてある時点で死神トトロがあるタイミングを見計らって意図的に落とした物であってしかも死神トトロとサツキは共謀者であり、更に「森へのパスポート」と書いてあるので、中トトロがいち早くサツキを森に住んでいる死神トトロの本拠地に引き寄せた事は明快ですよね?(パスポートとは海外などのその土地に行かせる権利を証明する身分証)実際にサツキが死神トトロから貰った木の実を地面にうずめてから芽が出たのがチャプター12〜13、電報が届いてからのメイが迷子になる下りがチャプター14〜17なので正に死神トトロの意図的な計画である事は証明されています。疑問点8と9の答えも死神トトロとネコバスの自作自演という事です。
・メイが迷子になった下りでサツキが死神トトロにメイに会わせてと頼んだ時に迷ったり無視したりせずに素早くネコバスを呼んだのも死神トトロの計画通りという決定的な証拠です。前に草壁タツオがバスで帰って来るのをサツキとメイが待っていた時に死神トトロが居てネコバスに乗っていたのもこういう誰かを探したい場合は死神トトロに頼んでネコバスを呼ばせてくださいという死神トトロが意図的に仕組んだデモンストレーションです。
・ネコバスの「院」の文字が逆さなのは日本で古くからある死者を隔離する逆さ事の儀式になぞられている意味や逆さ言葉である為、助けに行くバスでは無く呪いのバスです。
・ネコバスに乗っている最中他の村人から見えないというのはネコバスとサツキとメイは他の村人にとってやましい事をしているという意味。ここで注意して欲しいのはサツキとメイはネコバスによって呪い殺される人では無くこれからネコバスと一緒に呪い殺す人です。というのも草壁靖子がただ病気で死んでしまったとかいう生温い映画ではありません。正確に言うと最後のシーンの後、草壁靖子が元気に暮らしているのも宮崎駿が考えた罠だし都市伝説でよくある草壁靖子は病気で死んだという考察も宮崎駿が想定した罠です。というより草壁靖子の病気自体軽い病気であってこの映画の核心から目を逸らすようなフェイクです。さっきも言ったようにサツキとメイが過去に病人が死んだようなボロ屋に引っ越したのも草壁靖子の病気を重篤化させるためではなく単に死神トトロの本拠地に近いかつ他の村人達に見えないような場所だから引っ越したのです。宮崎駿は死神トトロの事を過去に人間と戦って敗れたトトロ族の生き残りやもののけ姫時代のコダマが成長したものと説明しているが、死神トトロの正体は決して草食動物などでは無くタタリ神の残党所謂「疫災」の象徴のようなものが増殖したものが死神トトロの正体で陰に潜んでサツキとメイ以外の村人に認識されなかったり悪役だと察知されず実態は実行犯のサツキとメイの守護者のような役割があります。極めて重要な事ですがネコバスの裏設定である「異常なまでもに擬態が得意な化け猫妖怪」というのは足の生え方が似ているのでタタリ神(アシタカの村を襲撃したもの)がサツキとメイの望む姿に化けて擬態した姿です。トトロもネコバスもサツキとメイの望む姿に化けただけであり、本性ではありません。サツキとメイは死神の黒幕トトロによってネコバスによる襲撃の手助けをしているのであり、となりのトトロは完全犯罪映画です。「かつての世界の破壊者が人類に適応してしまって幼女を犯罪実行の道具にする」「フェイクだらけの茶番劇の中に黒幕の死神トトロと狂信者のサツキとメイの協力によってネコバス(タタリ神)を誘き寄せてしまい草壁夫妻はネコバス(タタリ神)に襲撃されてしまいタタリ神化(ネコバス化)させてバッドエンド。ついでに後述しますがこの地域の村人達もサツキとメイによってタタリ神化(ネコバス化)して殺戮させてバッドエンド。サツキとメイは他の村に嫁いだと言われていますがこの村からトンズラしてバッドエンド」というのがとなりのトトロの都合の悪い裏事情でもある。ちなみにネコバスがサツキとメイが頼んでいないのにサツキとメイを七国山病院に連れて行った事はサツキとメイが共犯者でタタリ神(ネコバス)が草壁夫妻を七国山病院で他の村人が見えない状況で殺害するためであると説明が出来る。前述しましたが宮崎駿が「トトロはかわいい生き物だと思ってはいないんだよね」と言っている時点で村人にとって敵陣営である事は確定です。死神否定派の「サツキとメイに影がないのは作画上の都合」とか「サツキとメイはちゃんと家に帰っている」はサツキとメイは加害者側なので全くトトロ死神説否定にはならないのです。
タタリ神とネコバスの動きもかなり似ています。
もののけ姫の
女村人A「お化け!」
女村人B「村へ!」
アシタカ(村を駆け抜けるタタリ神に対して)「止まれ!何故我が村を襲う!やめろ!鎮まれ!」というシーンとお化けであるネコバスが村を駆け抜けるシーンはネコバスの正体がタタリ神であり、トトロの世界でも村人を襲撃するという設定で書いているのであろう。タタリ神に対して「お化け!」というセリフとサツキとメイの家が「お化けが出てくるお家」である事は両者には共通点があるという宮崎駿が仕掛けた演出です。
(ピクシブ百科事典より引用)タタリ神の説明で、
その体は変幻自在で、触手を体の横から伸ばして脚を形成し、猛スピードで移動したり、邪魔者を薙ぎ払ったり捕縛したりすることも可能。垂直に近い岸壁を這ったり、機械的に方向転換したりと、まるでクモの化け物の如く暴れ回る。しかし、この変幻自在ぶりの本領は物理攻撃よりも呪いの広範囲拡散にこそあり、直接的な戦闘力はオマケに過ぎない。これとネコバスの動きは共通していますね。
・最後のシーンでサツキとメイが草壁靖子に会わずに木の上にいるシーンはネコバスに扮したタタリ神に襲撃させて殺害して犯罪実行をする意味です。
ここで極めて注意して欲しいのはこのシーンは決してお見舞いシーンなどでは無く草壁夫妻をネコバスに扮したタタリ神=人狼ゲームの人狼のような存在に襲撃させて殺害させる為に狂信者のサツキとメイは木の枝に座っているのです。ネコバスのその目は決して草壁夫妻を見守る目では無く、草壁夫妻をこれから襲撃しようとする「捕食者」の目です。
更にタタリ神のもう一つの説明として、荒御魂であり畏怖され忌避されるものであるが、手厚く祀りあげることで強力な守護神となると信仰される神々である。また、恩恵をうけるも災厄がふりかかるも信仰次第とされる。すなわち御霊信仰である。なので死神トトロとネコバスはサツキとメイの強力な守護神であるという設定です。
しかもメイが持ってきたトウモロコシは決して草壁靖子のお見舞いの為やお供物ですら無く窓を開けさせて草壁夫妻を窓の外に誘き寄せてネコバスに扮したタタリ神に襲撃させて殺害させるという悪辣な罠です。ついでに宮崎駿の「この映画はサツキとメイの魂の解放の物語」というのは死神としての役目を遂行してトンズラする物語という意味。
この青丸の子供がいる画像はサツキとメイが都会っ子(他所者)ではなくこの村の一員であったと裏付けるシーン。サツキが見えないような所に本編よりやや幼いカンタ(青丸で囲った子供)が描かれていますが、男の子グループに所属するカンタはサツキ率いる女の子グループと対立していたが男の子グループの下っ端であって話したいけど恥ずかしくて話せなかったというシーン(つまりここではまだ顔見知りの段階)であり、エンドロールの後の映画本編でカンタがサツキと知り合ってサツキと会話できたという時系列が成立する為、エンドロールが過去シーンである事を決定づけるシーンです。なのでこの子供達はサツキとメイのご近所さんであり、サツキは都会から引っ越して来た他所者どころかこの村の子供会のリーダー格(不良グループの権力者)であり、子供達だけで無く大人の村人達と顔が広かったのでしょう。だから義理の妹のメイが行方不明になった際に村人達が総出で捜索出来たのです。サツキとメイに恐らく決まった住所など無く、所沢に屯していて友人宅を点々としていた設定なのでしょう。
映画のパンフレットにはメイは自分で命名したもので、本名ではないと書いてあるので孤児確定です。このシーンはサツキとメイは姉妹では無く弟がいる孤児のメイはサツキに拾われたという設定です。
これは極めて重要ですがサツキとメイは草壁タツオ(サツキとメイのお父さんとされていた人物)、靖子(お母さんとされていた人物)夫妻の実の子供では無くサツキの正体は家出少女でメイの正体は孤児です。何故なら家に引き篭もっていて学者の勉強をしている草壁タツオと村内のあらゆる場所に土地勘のある子供会のリーダー格のサツキとは社会性も違い過ぎますし草壁タツオにも育児経験が無いような演出があります。巧妙な引っ掛けが3つあって、1つ目はサツキが学校にいるシーン(チャプター10)には先生は転校して来たばかりの小6のサツキの事を「草壁さん」や「草壁サツキさん」ではなく「サツキさん」と呼んでいました。みっちゃんやカンタもサツキの事を「草壁」と呼ぶシーンはありません。辻褄の合わない引っ越しシーンもこの村の権力者であるサツキとメイは恐らく隣村(狭山)の草壁夫妻に取り憑いていただけです。2つ目はサツキとメイがサツキの友人と戯れているシーン(恐らく休日ですが)に退院した筈の草壁靖子がいませんし本編中でも草壁夫妻がサツキとメイ以外の子供達と交流するシーンがありません。3つ目はサツキは季節の変わり目を除いて毎日同じ服装です。夫妻の願いとサツキに一目惚れしたカンタの願いによる死神トトロの魔法で実態は家出少女の犯罪者サツキと孤児のメイを実の子供のようであるかのように記憶操作されていた可能性があって上のシーンはサツキが全く家族ではないメイを拾ったり、サツキとメイが草壁夫妻に取り憑き始めた瞬間です。極めて注意して欲しいのはエンドロールは犯罪者サツキや死神トトロがハッピーエンドつまり後日譚を装いたい為に仕掛けたアリバイ工作の罠であって上記のシーンで過去シーンである事が判明した為、アリバイ工作が破綻したという訳です。ちなみにサツキとトトロのアリバイ工作というのは以下の3つが当てはまります。
・ハッピーエンドな後日譚を装うアリバイ工作
・無邪気な子供を装うアリバイ工作
・草壁タツオ靖子夫妻の子供を装って家族との絆を装うアリバイ工作
オープニングのさんぽの歌詞の「友達たくさん嬉しいな」は映画本編では所沢の部外者であり学校にすら通っていなく友達がいない筈のメイ目線の歌詞であるが、草壁夫妻の子供ではなく所沢に友人が多くいてしかも「歩こう歩こう」は友人宅を点々としていて歩いていた事をよく示しています。前述しましたがメイはサツキの妹では無く家出少女の犯罪者サツキに拾われた弟のいる孤児です。
つまり「草壁サツキ」は自称でしか無く客観的に「草壁さん」や「草壁サツキさん」と呼ばれるシーンはありません。
この絵本は三匹の山羊のがらがらどんですが、一見山羊より体力が劣っているトロールが立ち塞がり山羊が追い払らってハッピーエンドを装いますが、実はトロールの正体は疫病源であり、その後山羊は疫病に感染して死ぬというバッドエンドの絵本です。ここで極めて注意して欲しいのはサツキとメイはただ襲撃者つまりテロリストに憧れただけで無くハッピーエンド偽装工作にも憧れたという事です。しかもトトロの正体というのは後述しますが「疫病源」です。
となりのトトロの「となり」の本当の意味は草壁夫妻が元々住んでいた狭山とサツキとメイが屯していていた所沢と草壁靖子が入院していた七国山病院(新山手病院)という意味です。またトトロはサツキとメイに対して偶然の出会いに見せかけた裏工作をしていたという意味です。狭山事件を題材にしたというのは宮崎駿が仕掛けた罠です。草壁夫妻のバックに死神の犯罪者サツキとメイが取り憑いて、犯罪者サツキとメイのバックに死神トトロやネコバスが取り憑いたという二重の取り憑きが一番的確な構図です。
宮崎駿作品は他の作品にも当てはまりますがとなりのトトロみたいに感動的なシーンや美しい自然、親近感が湧くシーンの裏には魔物による人間社会の監視や犯罪や他生物による人類への生態系侵略や復讐や戦争や災害などの主題を描いているが正しい解釈です。となりのトトロは以下のようなホラー映画であり、遠くに見えるサツキとメイとネコバスに襲撃されて殺されるれっきとしたバッドエンド映画です。殺されたというもの自分の子供に反抗されたという生温い物語ですら無く、サツキとメイという見知らぬ不良に殺されたというだけです。
メイとコネコバスの動画
ちなみにこの黒いトトロ集団はトトロの正体もタタリ神の残党であり、ここにいた村人達をサツキとメイによってトトロ化したという演出です。トトロの正体は単なる感染者を増やすだけの「疫災」の象徴です。
このメイとコネコバスはトトロとネコバスとサツキとメイが起こしたテロの結果であり、村人達をトトロかネコバスに変えて殺戮したという意味です。ちなみにこれを六百族の長だという設定は犯罪者サツキ(宮崎駿)が仕掛けたあたかもトトロという人間とは独立した生物群があるというアリバイ工作です。
ちなみに、となりのトトロ内でのカレンダーの日付も辻褄が合いません。
実は小説版のとなりのトトロがあります。
ストーリーは映画版と異なり、引っ越す前は東京の母親の実家の寺島家に住んでいたとか母親の退院後のエピソードが追加されていたり、父親の研究者仲間の名前が出て来たり、カンタのおばあちゃんはこの家の女中だったという設定が追加されており、一見このブログの内容と矛盾するかもしれませんがここで極めて注意して欲しいのが「寺島家」は草壁靖子の実家では無くサツキの家出前の家であってこの小説に登場する人物も犯罪者サツキと死神の黒幕トトロの下僕である草壁タツオ、草壁靖子、大垣カンタとそのおばあちゃんしか出ていませんので草壁靖子から聞いた内容を元にこの作品の謎である引っ越し前の前日譚と最後のシーンの後の後日譚に対してデタラメの事実を書き足した狡猾なアリバイ工作です。小説p210の草壁靖子が退院してボロ屋に帰って来たとされる時の「うわあ、サツキ、うわあ、メイ、ボロねえ、この家(うち)!」というセリフも草壁靖子の言葉では無く犯罪者サツキの発言(犯罪者サツキの自作自演)であって草壁靖子は退院してボロ屋に住まずに犯罪者サツキに暗殺されました。
その証拠にメイが迷子になる下りやサツキが当事者の筈の七国山病院で草壁夫妻に会うシーンが犯罪者サツキにとってよっぽど都合が悪いのか一部カットされていたりサツキが一度ネコバスで七国山病院に行って草壁夫妻に会った後に歩いてメイを拾うなど経緯が変更されていて映画と内容が不自然に改変されていました。つまりこれはサツキが七国山病院で普通にお見舞いをしたかのように装いたかったアリバイ工作の為の改変です。この歩いてメイを拾ったという説明は所沢に家出したサツキが家出先で孤児のメイを拾ってグループの仲間にしたという説明と一致する為、アリバイ工作のとても重要な証拠なのです。更にサツキが国語が得意で算数が苦手というのはこのようにストーリーを補完したり捏造するのは長けていたけどカレンダーから日付を計算する事は苦手だったという事を示しており、上記したカレンダーの日付の矛盾の件は映画本編は単なるサツキとメイ目線の話である事をよく示しています。更に所沢も東京に接したつまり都会に近い微妙な場所であり時代設定もビルなどが林立する高度経済成長期直前の時代であり、宮崎駿が作った巧妙なアリバイ工作の本拠地にされたのでしょう。
・この作品の舞台はX年5月からX年8月までですがエンディングはX-1年秋からX年春までの過去シーンです。時系列はこんな感じでしょう。
・それ以前 サツキの本名は寺島で都会に近い場所に住んでいて所沢に家出した。(サツキという名前も家出した時の偽名の可能性あり)
・去年秋頃 家出少女の寺島(サツキ)は孤児のメイを拾って寺島(サツキ)とメイは友人が多い所沢の友人宅を点々としていた。
・映画本編直前の今年春から初夏頃 草壁靖子が一時的に退院したタイミングで寺島(サツキ)とメイは所沢の学校から通える範囲の狭山の草壁夫妻の家に取り憑く。その何日か後に草壁靖子はまた入院する。
・今年5月下旬頃 草壁タツオを連れて所沢の松郷塚森に引っ越す。
・今年8月頃 草壁夫妻がネコバスによって暗殺される。その後寺島(サツキ)とメイとトトロとネコバスによる村人虐殺事件。
寺島(サツキ)とメイは寺島(サツキ)は孤児のメイを拾って所沢に屯す→今年春頃に草壁夫妻に取り憑いて狭山に引っ越す→今年5月下旬頃所沢の松郷塚森に引っ越しただけです。
となりのトトロの正体はワンピースに例えると百獣海賊団の疫災のクイーンのような存在であり、ストーリーをまとめると、
疫災のクイーン「ズム♪ズム♪ズム♪ズム♪ズム♪ズム♪ズム♪ズム♪トトロにネコバスにサツキとメイ!全部殺戮兵器だYO!ズム♪ズム♪ズム♪ズム♪ズム♪ズム♪ズム♪ズム♪とっておきの兵器はYO!可愛い姿をしてるんだ!ズム♪ズム♪ズム♪ズム♪ズム♪ズム♪ズム♪ズム♪心温まる演出で!ターゲットを殺害するんだYO!ズム♪ズム♪ズム♪ズム♪ズム♪ズム♪ズム♪ズム♪殺し、裏切り、恨むYO!ネコバスになったら死ぬんだ!」
疫災のクイーン「これこそ俺様の最高傑作!可愛い姿をしたトトロ&ネコバス型エキサイト弾!周辺エリアに繋がる道を閉ざせ!もう所沢エリアは終わりだ!ネコバスになった村人は最高に元気かもな!」→トトロ&ネコバス型エキサイト弾を放ち、村人達をネコバスにさせて村人達に鬼ごっこ(ネコバスin鬼ごっこ)をさせて殺戮エンド。
トトロは死神というのはサツキとメイを殺す存在という事では無く、サツキとメイを利用して草壁夫妻やカンタのおばあちゃんなどの村人を殺戮する死神という意味。
ちなみに標的は草壁夫妻であってメイを拾った後にサツキとメイによって暗殺されました。
他にもジブリの大看板である火災のキング(火垂るの墓)や旱害のジャック(天空の城ラピュタと風の谷ナウシカと崖の上のポニョ)もある。
風の谷のナウシカはドフラミンゴ(宮崎駿)の部下のシーザー・クラウンが作ったシノクニです。
トトロに関わった悪役
ラフィット「先程、草壁夫妻に対して自分達にはサツキとメイという2人の可愛いらしい娘がいるのだという催眠をかけました。」
ラフィット「先程、孤児のサツキとメイに対して自分達には草壁夫妻という両親がいるのだという催眠をかけました。」
ラフィット「先程、カンタのおばあちゃんに対してトトロの本拠地の近くに引っ越す草壁夫妻と所沢出身のらサツキとメイを丁重にもてなせという催眠をかけました。」
ラフィット「先程、草壁靖子や七国山病院の職員に対して何か用事があるので草壁タツオとサツキとメイを病院に連れてくるようにという電報を打たせる催眠をかけました。」
バオファン「サツキとメイが所定の位置に来たぞー」
黒炭オロチ「この村はみんな自給自足出来ておるのだ!登場人物皆幸せそうだろう?」→実際はただの過去シーン。しかもサツキはこの村の権力者であり、男女グループが対立しており、草壁夫妻とは親子関係ですらない取り憑いている孤児だった。
CP0ゲルニカ「先に報じられたトトロ死神説の件。あれはデマだ!サツキとメイは死んでいない!」→実際はサツキとメイとトトロとネコバスが村人達を殺戮した。
最後に宮崎駿のインタビューで「この作品は今までで一番理屈が多い作品。いかに理屈で作っていないように見せている。全部感情・感覚で作っていながら、実は全部理屈・論理を組んで作った」
この上記のネコバス=タタリ神であり、更にトトロとサツキとメイが共犯者であり、敷き詰められたフェイク演出説の理屈が正しい事が分かった。


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