袁紹←こいつは有能なのか無能なのか
-
- カテゴリ:
- 三国志
1: 歴ネタななしさん
どっちや
5: 歴ネタななしさん
家柄は良いだろ
6: 歴ネタななしさん
袁紹と袁術は親戚同士だっけ?
どっちもボロ負けして血を吐いてた記憶がある
どっちもボロ負けして血を吐いてた記憶がある
8: 歴ネタななしさん
反董卓連合が解散しなかったら天下取れてたのにな
12: 歴ネタななしさん
袁紹が汝南袁氏本家筋やったら袁術陣営取り込めてたんやろか
13: 歴ネタななしさん
>>12
河北行ってないんじゃないか
河北行ってないんじゃないか
14: 歴ネタななしさん
袁紹の最大のやらかしは後継者決めなかったことでそれ以外は普通に有能ではあるやろ
15: 歴ネタななしさん
>>14
決めたやん
粛清しなかったから遺恨残っただけ
決めたやん
粛清しなかったから遺恨残っただけ
17: 歴ネタななしさん
部下使いこなせなかった無能
田豊処刑とか無能
田豊処刑とか無能
18: 歴ネタななしさん
他時代からみると有能がいない時代
23: 歴ネタななしさん
部下を使いこなせなかったエピソードが多いし
人の上に立つ器じゃなかったんやろや
人の上に立つ器じゃなかったんやろや
1: 歴ネタななしさん
3: 歴ネタななしさん
5: 歴ネタななしさん
発見詐欺っぽくてちょっと眉唾感あるのは許してほしい
6: 歴ネタななしさん
>袁紹の子孫の墓
袁本初でさえなんとも言えないキャラなのにその子孫の墓と言われてもなァ
袁本初でさえなんとも言えないキャラなのにその子孫の墓と言われてもなァ
8: 歴ネタななしさん
横光三国志は袁紹と曹操の戦いの辺りカットされてるの残念
9: 歴ネタななしさん
官渡の戦いを省いたらいかんと思う
11: 歴ネタななしさん
三国志の連載終了後に番外編として描こうとしてたけど結局次の新連載始めちゃったからポシャったらしい
12: 歴ネタななしさん
ここの漫画雑誌何度も名前変わってるんだっけ
昔ナポレオンの漫画探したらコミックトムプラスで殷周伝説も載ってた
それより前のフーシェが主人公の漫画探したらコミックトムだった
昔ナポレオンの漫画探したらコミックトムプラスで殷周伝説も載ってた
それより前のフーシェが主人公の漫画探したらコミックトムだった
13: 歴ネタななしさん
諸葛亮早く出して!って要望が多かったらしいから官渡の戦いカットもやむなしだよな…
劉備兄弟再会した所で雑誌移籍のタイミングだったみたいだしある意味ドンピシャのタイミングよな
20巻で劉備と曹操がいきなり髭生やしてたのはちょっとビックリした
劉備兄弟再会した所で雑誌移籍のタイミングだったみたいだしある意味ドンピシャのタイミングよな
20巻で劉備と曹操がいきなり髭生やしてたのはちょっとビックリした
7: 歴ネタななしさん
河北(冀州)を拠点にした人で華北以上制圧できた人ってほとんどおらんよな
ぱっと思い付くのが劉秀、石勒
ぱっと思い付くのが劉秀、石勒
8: 歴ネタななしさん
三国志読んでると
袁家って、いつの間にか最大勢力になってる
で、官渡の戦いで曹操に敗れたら
家臣団が分裂して滅亡
袁紹の評価も
漢王朝を担がなかった先見性ない奴
一時は漢王朝を無視できるほどの権勢を誇った
って評者によってバラバラだな
袁家って、いつの間にか最大勢力になってる
で、官渡の戦いで曹操に敗れたら
家臣団が分裂して滅亡
袁紹の評価も
漢王朝を担がなかった先見性ない奴
一時は漢王朝を無視できるほどの権勢を誇った
って評者によってバラバラだな
25: 歴ネタななしさん
そういや、袁紹は袁術の従兄なのか、異母兄なのか、はっきりしないんだよな
超メジャーな人物に関してさえ、史書の記述がまちまちなんだな
取り合えず、陳寿の本文は信じないと話にならないが
超メジャーな人物に関してさえ、史書の記述がまちまちなんだな
取り合えず、陳寿の本文は信じないと話にならないが
28: 歴ネタななしさん
>>25
後漢書も三国志も注で袁逢の庶子(孽子)というのが記述されてるけど本文では省かれてるんだよな
袁成の家が袁湯の嫡流という認識でええんかな
後漢書も三国志も注で袁逢の庶子(孽子)というのが記述されてるけど本文では省かれてるんだよな
袁成の家が袁湯の嫡流という認識でええんかな
34: 歴ネタななしさん
>>25-28
三国志だと 父親不明
後漢書だと 袁成の子(=袁術のいとこ)
王沈の魏書だと 袁逢の子(=袁術の兄弟)
どっかで見た考察によると、袁紹が幼い頃、袁成は訳あって誅殺されてしまい、
親が処刑されると子も処刑ってのはよくパターンなので、
袁逢が自分の子供だと言って匿ったのではないかとか
三国志だと 父親不明
後漢書だと 袁成の子(=袁術のいとこ)
王沈の魏書だと 袁逢の子(=袁術の兄弟)
どっかで見た考察によると、袁紹が幼い頃、袁成は訳あって誅殺されてしまい、
親が処刑されると子も処刑ってのはよくパターンなので、
袁逢が自分の子供だと言って匿ったのではないかとか
26: 歴ネタななしさん
養子に出した時点で、袁尚が跡継ぐことは、周知されたようなもんだと思うが
そのあともゴタゴタが続いたのは、何故なんだろう
そのあともゴタゴタが続いたのは、何故なんだろう
27: 歴ネタななしさん
>>26
三国志「審配らは袁紹の元々の意思に従った」
後漢書「審配らは袁紹の遺命を偽造した」
→袁紹は袁尚に継がせようとした(元々の意思)けど、死に際で袁譚を跡継ぎに指名(遺命)した
→→審配らは『袁紹の元々の意思に従って』、袁紹の跡継ぎは袁尚であると『遺命を偽造』した
これなら整合性とれるのでは
三国志「審配らは袁紹の元々の意思に従った」
後漢書「審配らは袁紹の遺命を偽造した」
→袁紹は袁尚に継がせようとした(元々の意思)けど、死に際で袁譚を跡継ぎに指名(遺命)した
→→審配らは『袁紹の元々の意思に従って』、袁紹の跡継ぎは袁尚であると『遺命を偽造』した
これなら整合性とれるのでは
52: 歴ネタななしさん
>>26
袁譚が養子に出された経緯を見て何かに似てると思ったんだがようやく思い出した
司馬昭が司馬攸を司馬師の養子にした経緯に似てるんだな
袁紹は庶長子の袁譚に従兄の袁基の家を継がせて、三男の袁尚を自分の後継者にした
司馬昭は次子の司馬攸に長兄の司馬師の家を継がせて、長男の司馬炎を自分の後継者にした
一見するとどちらが嫡流なのかよくわからない血縁関係があるから後継者争いが起こる
その結果、両家共に悲劇となったのは何か因縁深いものを感じる
袁譚が養子に出された経緯を見て何かに似てると思ったんだがようやく思い出した
司馬昭が司馬攸を司馬師の養子にした経緯に似てるんだな
袁紹は庶長子の袁譚に従兄の袁基の家を継がせて、三男の袁尚を自分の後継者にした
司馬昭は次子の司馬攸に長兄の司馬師の家を継がせて、長男の司馬炎を自分の後継者にした
一見するとどちらが嫡流なのかよくわからない血縁関係があるから後継者争いが起こる
その結果、両家共に悲劇となったのは何か因縁深いものを感じる
30: 歴ネタななしさん
袁譚が家を継ぐことになった伯父の袁基ってどうなんだろうね
詳しい行跡は知らないけれど袁紹や袁術が虎賁中郎将や司隷校尉に任じられたのと同時期に太僕まで昇進してるし、袁紹と同世代の袁家の人間の中では出世頭にあたるわけだし
そこを踏まえると袁譚が袁基の養子になったっていうのは袁家の嫡流を継ぐためだったと解釈もできる
詳しい行跡は知らないけれど袁紹や袁術が虎賁中郎将や司隷校尉に任じられたのと同時期に太僕まで昇進してるし、袁紹と同世代の袁家の人間の中では出世頭にあたるわけだし
そこを踏まえると袁譚が袁基の養子になったっていうのは袁家の嫡流を継ぐためだったと解釈もできる
38: 歴ネタななしさん
袁家の歴史見てみると、普通の名門とはちょっと違うな
袁紹の破天荒さもうなづける
袁紹の破天荒さもうなづける
39: 歴ネタななしさん
袁家の宗族の中には宦官になって中常侍まで出世したやつまでいるくらいだからな
袁赦っていうやつなんだが
袁逢や袁隗はその袁赦の取り立てで出世したそうな
あと気になったのが、袁赦が中常侍になった時の同僚に淳于登ってやつがいるんだがこいつは淳于瓊の親族だったりするのかな?
袁赦っていうやつなんだが
袁逢や袁隗はその袁赦の取り立てで出世したそうな
あと気になったのが、袁赦が中常侍になった時の同僚に淳于登ってやつがいるんだがこいつは淳于瓊の親族だったりするのかな?
40: 歴ネタななしさん
袁家は実態知るとだいぶイメージ変わってくるな
清でも濁でもないしたたかな一族って感じ
袁紹や袁術はそういう家風の中で育ったんだな
清でも濁でもないしたたかな一族って感じ
袁紹や袁術はそういう家風の中で育ったんだな
41: 歴ネタななしさん
清でも濁でもないしたたかな一族って
政界を勝ち抜き生き残った名族のほとんどに当て嵌まりそう
政界を勝ち抜き生き残った名族のほとんどに当て嵌まりそう
42: 歴ネタななしさん
その頂点が袁家って感じか
後漢の中期~後期の朝廷は、特に複雑、熾烈だったらしいからな
後漢の中期~後期の朝廷は、特に複雑、熾烈だったらしいからな
43: 歴ネタななしさん
宦官誅滅だけ見ると普通に「清」のイメージで、
小説とかだと宦官を根本的に嫌ってたように描かれる
袁家自体が宦官派だった時期があるってのは意外だな
小説とかだと宦官を根本的に嫌ってたように描かれる
袁家自体が宦官派だった時期があるってのは意外だな
44: 歴ネタななしさん
後漢の政界情勢を大まかにまとめると、外戚、宦官、名士の三すくみ状態
外戚が権勢を高めると宦官、名士が組んで外戚を追い落とし、宦官が台頭すると名士が外戚を抱き込んで誅滅を図り、名士が不満を高めると宦官、外戚が団結して排斥する
そんな複雑怪奇な政争を百年にも渡って繰り返してきた結果、後漢王朝も末世を迎えたわけだ
そんな中で一族を繁栄させるためにはどの勢力にもいい顔ができるように生存戦略していかなければならなかったというわけ
外戚が権勢を高めると宦官、名士が組んで外戚を追い落とし、宦官が台頭すると名士が外戚を抱き込んで誅滅を図り、名士が不満を高めると宦官、外戚が団結して排斥する
そんな複雑怪奇な政争を百年にも渡って繰り返してきた結果、後漢王朝も末世を迎えたわけだ
そんな中で一族を繁栄させるためにはどの勢力にもいい顔ができるように生存戦略していかなければならなかったというわけ
45: 歴ネタななしさん
なるほど
宦官勢力を一気に殲滅しようとした袁紹は、
後漢再興のために、害悪の根っこを断とうとしたのかな
宦官勢力を一気に殲滅しようとした袁紹は、
後漢再興のために、害悪の根っこを断とうとしたのかな
46: 歴ネタななしさん
後漢を滅ぼしたのは名士面の宦官一族
魏を滅ぼしたのは名士
名士の西晋は内ゲバで中華を滅ぼした
害悪の根っこは名士(確信)
魏を滅ぼしたのは名士
名士の西晋は内ゲバで中華を滅ぼした
害悪の根っこは名士(確信)
53: 歴ネタななしさん
昭さんの場合は嫡長子の司馬師に男子が生まれずに戦没した事で司馬家の惣領になったので、あくまでも「今の天下は本来は子元大兄の天下。オレは子元大兄に司馬家をお返ししたいのだ。」って言っておかないと士大夫層の支持を得られなかったって事情があるから
54: 歴ネタななしさん
>>53
袁紹にも、自分が河北で挙兵したせいで京師に残っていた袁家宗族を董卓に皆殺しにされたという事情があるからな
息子を根絶やしにされた宗家を継がせなければ不義理の誹りを受けるという危惧があったのかもしれない
袁紹にも、自分が河北で挙兵したせいで京師に残っていた袁家宗族を董卓に皆殺しにされたという事情があるからな
息子を根絶やしにされた宗家を継がせなければ不義理の誹りを受けるという危惧があったのかもしれない
55: 歴ネタななしさん
袁家って知れば知るほど複雑だな
56: 歴ネタななしさん
袁紹といえば、「その死後、百姓は親を失ったかのように悲しんだ」
ってあるけど(後漢書)
実際、そこまでの善政をしていたんだろうか
ってあるけど(後漢書)
実際、そこまでの善政をしていたんだろうか
58: 歴ネタななしさん
後漢書註の「献帝春秋」だった
64: 歴ネタななしさん
結構思い切った行動とってるから優柔不断というより肝心な場面で判断を誤ってる印象
勢力下の民衆から慕われてるから彼こそ治世の能臣なのかもしれない
コーエー査定的には政治魅力90あっても良くて統率武力知力そこそこといった感じ
勢力下の民衆から慕われてるから彼こそ治世の能臣なのかもしれない
コーエー査定的には政治魅力90あっても良くて統率武力知力そこそこといった感じ
65: 歴ネタななしさん
家臣団が膨れ上がってまとめきれなかったんやろ。
この時点では軍閥みたいなもんで政治的な正当性とかは皆無だし。
あくまでも漢王朝の司空兼車騎将軍って立場で
家臣団を纏められる曹操との違いは
そのへん。
この時点では軍閥みたいなもんで政治的な正当性とかは皆無だし。
あくまでも漢王朝の司空兼車騎将軍って立場で
家臣団を纏められる曹操との違いは
そのへん。
72: 歴ネタななしさん
>>65
家臣団というか冀州の豪族層では
だから郭図淳于瓊と一緒になって沮授田豊を追い落としたわけで
家臣団というか冀州の豪族層では
だから郭図淳于瓊と一緒になって沮授田豊を追い落としたわけで
66: 歴ネタななしさん
官渡の時点で曹操が家臣団をまとめられていたかといえばかなーり怪しいと思うがな
戦後、袁紹軍から接収した書簡の中から曹操の部下たちが内通することを約束した書簡を見つけたものの曹操はそれを不問にして焼き捨てたって一件から考えると
官渡の戦いでは、袁紹は致命的な人選ミス、判断ミスもいくつも繰り返して敗戦に至ったが、実は曹操もまた袁紹と同じくらい人選ミス、判断ミスをしていたと言えるのではないだろうか
戦後、袁紹軍から接収した書簡の中から曹操の部下たちが内通することを約束した書簡を見つけたものの曹操はそれを不問にして焼き捨てたって一件から考えると
官渡の戦いでは、袁紹は致命的な人選ミス、判断ミスもいくつも繰り返して敗戦に至ったが、実は曹操もまた袁紹と同じくらい人選ミス、判断ミスをしていたと言えるのではないだろうか
94: 歴ネタななしさん
汝南袁氏は三公を大量に排出した名門ではあるけど結局の所はそこ止まり
三公自体は曹操の曹氏や周瑜の周氏も排出してる訳で
袁氏の方が大家ではあっても大きな枠組みとしては同列だからね
三公自体は曹操の曹氏や周瑜の周氏も排出してる訳で
袁氏の方が大家ではあっても大きな枠組みとしては同列だからね
95: 歴ネタななしさん
袁家は所謂「門生故吏」のコネがメッチャ広くて強いから誤解されがちだけど外戚とかないんだよね。
97: 歴ネタななしさん
袁家って孟氏易を家学とする学者の家系って一面を持っているんだよね
門人に経学を教え、その門人たちが政界で出世していくことで袁家を中心とする派閥を形成していったのだろうけれど
袁紹や袁術なんかはあんまりインテリっぽくないところが面白い
門人に経学を教え、その門人たちが政界で出世していくことで袁家を中心とする派閥を形成していったのだろうけれど
袁紹や袁術なんかはあんまりインテリっぽくないところが面白い
98: 歴ネタななしさん
袁紹って一応インテリなんじゃないの?
母親が婢女だからよっぽど出来が良くないと取り立ててもらえないんじゃないの?
母親が婢女だからよっぽど出来が良くないと取り立ててもらえないんじゃないの?
99: 歴ネタななしさん
インテリっぽい記述はまったくないのでわ?
もちろんエリート層なので十分な教育は受けているはずだが
もちろんエリート層なので十分な教育は受けているはずだが
132: 歴ネタななしさん
袁紹は多段式ロケット見たいに功臣を切ってくけどあれは自身の権力維持にため?
133: 歴ネタななしさん
>>132
淳于瓊も許攸もそうだが元々は同志的な関係だからな。
粛正された代表格と言えば麹義だが黒山で活躍して調子に乗った呂布を暗殺しようと
したり、袁紹は自分の上に立とうとする輩は許せない性格なのだろう。
淳于瓊も許攸もそうだが元々は同志的な関係だからな。
粛正された代表格と言えば麹義だが黒山で活躍して調子に乗った呂布を暗殺しようと
したり、袁紹は自分の上に立とうとする輩は許せない性格なのだろう。
134: 歴ネタななしさん
オカンの出自が袁術陛下言う所の「家奴」なの結構気にしてるんじゃね
149: 歴ネタななしさん
袁紹が亡くなったと聞いて河北の民は嘆いたそうな
内政面に関しては優秀な君主だったようだ
内政面に関しては優秀な君主だったようだ
150: 歴ネタななしさん
>>149
どんな政策してたとかは正史に書いてあるの?
どんな政策してたとかは正史に書いてあるの?
152: 歴ネタななしさん
詳しい政策は書いて無かったと記憶している
袁紹の死に対して河北の民が嘆いた事の他に郭嘉や荀攸が袁紹が民に対して仁政を行っていたという発言をしているくらいだな
袁紹の死に対して河北の民が嘆いた事の他に郭嘉や荀攸が袁紹が民に対して仁政を行っていたという発言をしているくらいだな
176: 歴ネタななしさん
>>152
荀攸が言う「寛厚」や郭嘉が言う「有恩」って既得権益の保障って意味じゃねえかな
恩という言葉はこの時代ではそういう意味で良く使われる
荀攸が言う「寛厚」や郭嘉が言う「有恩」って既得権益の保障って意味じゃねえかな
恩という言葉はこの時代ではそういう意味で良く使われる
153: 歴ネタななしさん
もろに名君じゃんっ!
154: 歴ネタななしさん
そうかなあ
官渡で大敗した直後に冀州のあちこちで反乱が起こって
その鎮圧で疲労した袁紹は死期を早めたんじゃなかったっけ
官渡で大敗した直後に冀州のあちこちで反乱が起こって
その鎮圧で疲労した袁紹は死期を早めたんじゃなかったっけ
155: 歴ネタななしさん
>>154
反乱したのは豪族・軍閥勢力
仁政と言ったのは民草
袁紹は冀州の豪族・軍閥からは搾るだけ搾り取って切り捨て、直轄勢力にするのを繰り返してる
一部豪族・軍閥から受けが悪いのと仁政があったのは別の話題じゃないかな
最終的には冀州豪族の大物、審配に遺命を偽造されるわけだけど、こういうの考えると袁紹はやっぱり少しつめが甘い気がする
反乱したのは豪族・軍閥勢力
仁政と言ったのは民草
袁紹は冀州の豪族・軍閥からは搾るだけ搾り取って切り捨て、直轄勢力にするのを繰り返してる
一部豪族・軍閥から受けが悪いのと仁政があったのは別の話題じゃないかな
最終的には冀州豪族の大物、審配に遺命を偽造されるわけだけど、こういうの考えると袁紹はやっぱり少しつめが甘い気がする
ネタ元: ・
コメント
偶然か故意かはともかく崩壊のドミノの最初のピースを倒した男
誰かより下でもそいつがより有能なだけ
無能ならそもそも、そういう状況まで持っていけない
今では遺言捏造疑惑のせいで胡散臭い奴になってるんだよな
ただ人の話をよく聞くから部下同士が自分こそがと足の引っ張り合いをするので、方針が定まらず緊急性の高い時はグダグダになりがち。
そこは君主たる袁紹がこうしろって方向性を示しそれに沿う進言以外は受け付けないってことをするべきだった。
コメントする