布教
生い茂る雑木林の中を、シキは黙々と進む。
行きと違い、帰りは自分がつけた足跡をなぞって引き返すだけであり、そこまで苦になるような事はない。
来る時に抱えていた疑問も晴れ、重くのしかかっていた圧迫感はシキの中にもう無かった。
そのはずだった。
「……」
来る時は重かったシキの足取りは、今は対照的なまでに素早く足が動いていた。
しかしそれは軽やかな足取りという訳ではなく、慌ただしい急ぎ足という方が正しい。
シキの胸内は、来た時とは別種の不安で満たされていた。
(さて、これからどうするか……)
シキは焦る気持ちを誤魔化す様に、深く息を吐き出す。
ぐるぐると回るシキの頭の中にあるのは新しく従者になったユリのこと、そして別れ際に神様が言っていた『布教』についてだった。
現在、ミタマ様の信者の人口は『集落』である。
目標として掲げていた『村落』になるまでに、最低でも新たに百人近い信者を獲得する必要がある。
需要のある恩恵であれば『村落』程度なら時間を掛ければいずれは到達する事が出来る。
しかし、ミタマ様は精神治癒に特化した土着神である為、民衆から必要とされる機会は少ない。
民衆を信者にする為には、まずは「認知してもらう事」と「感謝をして貰う事」が必要になる。
認知して貰うだけならすぐに出来るが、感謝をして貰うのはミタマ様の恩恵だと少し厳しい。
(精神ではなく、外傷を治癒出来れば信者も多く集められるだろうけど……)
ミタマ様の恩恵の中には需要の高い怪我や病気を治療出来る信仰術『魔物創造』はあるが、この信仰術は【上級】のため信仰力を多く消費してしまう。
現在、貯まっている信仰力は数字に表せば『120』ほどになる。
【上級】の信仰術『魔物創造』は、一度で『30』近くの信仰力を消費する。
【中級】なら『10』から『15』ほど。
【下級】なら『5』から『10』ほどの信仰力を一度で消費する。
対して、新規で信者となった者から一週間で得られる信仰力の量は大体『5』から『20』ほど。
個人差はあるが、基本的に一週間を過ぎればその信者から得られる信仰力は激減する。
殆どの人間は、仮に助けて貰っても一週間もすれば感謝の念は薄まる。
回収出来る信仰力の量は、その信者の感謝の度合いに依存する。
その為【上級】の信仰術で人助けをしても、その人間を信者に変える事は出来ても殆どの場合信仰力の元は取れない。
信仰力が底を尽きてしまえば、信仰術は扱えない。
(……これじゃ循環じゃなく、ただの負のループだな。【下級】か、せめて【中級】の信仰術で何とか信者を増やしたいけど厳しいだろうし。それに、他の神官との兼ね合いもある)
これが最もシキを悩ませている問題だった。
シキが相手の神官に『改宗』をされてしまえば、現在のミタマ様は消滅する事になる。
――――民衆は神様を認識する事が出来ず、神様は従者を含め民衆に干渉する事が出来ない。
だからこそ、神官は両者を繋ぐ橋渡し役として重要な役割を持っている。
神官が神様の代わりとなって民衆を助ける事で信仰力を集め、その民衆から集めた信仰力を神様に渡す。
信仰力を仲介する神官が全て消えてしまえば、その神様も消滅する事になる。
(胃が痛い……)
ミタマ様の唯一の神官として、シキは頭を抱える。
先程の神様を呼ぶ前のような極度の精神的重圧や圧迫感はないが、胸の底からじわじわと滲む緊張と恐怖が少しずつ強くなっていく。
現状、なるべく他の神官には会いたくないというのがシキの本音だった。
もしもシキが『改宗』をされる、もしくは死亡してしまえば信仰を回収出来ないミタマ様は消滅する事になる。
保険の為にも何人か神官を増やしたいが、従者から神官に育てるには最低でも五年は掛かる。
五年間ほかの神官からの追及を避け、バレないようにコソコソと少しずつ信者を増やすなど現実的ではない。
自分の他にどんな神官がいるのか、そもそもこの国が何処なのかすら分かっていないのだ。
それならば、やはりリスク覚悟で自分から神官に会いに行き、互いに利益の出る形で協定を結ぶのが理想の形なのだろう。
この地にどれだけ神官がいるのかは分からないが、一度認めて貰えれば大手を振って行動出来る。
(『才能』が効果的なのはユリが証明している。俺が『才能』で寄生虫を体外に摘出して、他の神官がその後の治癒をする。「役割分担」という形にすれば、相手の神官の面子も潰さずに両者とも感謝され信仰力は貯まり、患者も完治して全員が得をする)
恐らく、これが現状考えられる中での最善手だろう。
新しく従者になったユリを見せれば、自分が神官である事の証明にもなる。
それに、『才能』で人助けをすれば信仰力を消費せずに信者と
楽観的かもしれないが、敵対する意思はないという事、そして自分は有用であると示すことが出来れば、少なくても話し合いにまでは持っていけるはずだ。
(……でも正直、俺こういう取引とか苦手なんだよな。自分一人だと、どうしても見落としや気付けない事が多い)
今後の事を考え
しかし、自分を補佐してくれる存在はもうここにはいない。
(そう言えば、トトナはもう俺の従者を辞めたんだろうか……)
木々の合間を通り抜けながら、陰鬱な気持ちでシキはふと考える。
森猿にしばらく追われ、この国に来てから才能の使い過ぎで気絶していた時間を含めても、恐らく村を飛び出してからまだ半日も経っていないだろう。
時間感覚が正しければ、今頃トトナはルーカス達と都市へ帰還する馬車の中だろうか。
(……もう、本当に、何もかも嫌になるな)
はあぁと声に出して、暗澹とした気持ちと一緒に胸内に
発狂寸前の状態から回復してなお燻りチロチロと燃える未練と、そんな自分に対する嫌悪感、投げやりな自暴自棄に近い感情、そういったものが綯い交ぜになってジリジリとシキの心身を焼いていく。
信仰術の効力が体から抜けた事で、治療を受けている間の記憶は朧げながらも少し思い出せる。
ルーカスとの会話。
どうやって知ったのかは分からないが、どうやらルーカスはシキの意識が『ミタマ様』の影響下にあったことを知っているようだった。
会話を振り返ると、ルーカスはシキ本人というよりもミタマ様に向けて話し掛けているような節があったから。
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