自分自身



 人の身体に『虫』を見出す考え方がある。


 『虫の知らせ』。

 自分の明確な意思と程遠い「なんとなく」で危険を回避する事がある。そんな時、頭に住む虫が危険を察知して宿主に知らせているのだと言う。


 『虫歯』。

 爪のように硬質な歯に痛みが走るのは、歯の中に住む虫が悪さをしているからだと言うもの。


 『腹の虫』。

 どうしても怒りが収まらなかったり、腹が大きな音を立てて鳴ったりするのは、胃腸に住む虫が騒いでいるからだと言うもの。


 上手く知覚出来ない不可思議なことが起きた時、体に説明出来ない痛みが走った時、人間はそこに『何か』が居ると考える。


 見えないものを無理やり見出すのだ。


 こういった考え方は世界各地に存在する。


 『ミタマ様』が持つ恩恵にも似たものがあり、上級神官から扱えるようになる信仰術に『魔物創造』というものがある。


 人間の身体や食べ物のなかに『魔物』の存在を見出し、その見出した『魔物』を使役する事ができた。


 相手の身体に無理やり魔物を見出創造し、それを操ることで相手の痛み感覚を奪ったり、その見出した魔物が引き起こす効果を最大限まで増幅させたりする。


 有用な信仰術ではあるが、この信仰術には少し欠点がある。

 既に実在する、実際の魔物を使役する事は出来ないという点だ。


 この世界では、人間以外の大型の生物を『魔獣』と呼び、それ以外の小さな生物をまとめて『魔物』と呼んでいる。


 『魔獣』と『魔物』は違う。


 この信仰術の真髄は、人間や大型の生物である魔獣の体の中に、架空の魔物の姿をことにある。


 そして、その見出創造した魔物を操ることで人間や魔獣に影響を与える事が出来る。


 つまり、人間や魔獣に対しては非常に強いものの、既に実在する虫や小鳥などの本来の魔物にはめっぽう弱かった。


 実際の魔物に全く太刀打ち出来ない。これが『ミタマ様』の弱みでもあった。






 気味の悪い、無数にも思える光。

 横たわる男の手足に、びっしりと魔物が蠢いていた。


(そういえばさっき、『魔物創造』でこの男の感覚を奪った時、痛くないと言っていた……! 痛くないって、てっきり抉られた目の事を言ってるのかと思ってたが……)


 あれは、この寄生虫に貪られた手足のことを言っていたのだろう。恐らく、立っているだけでも激痛が走っていたはずだ。

 

 『ミタマ様』の恩恵の中に実際の魔物に干渉出来る信仰術は無い。


 ならば。


 シキは躊躇わず、自身の「才能」を発動させる。


 そして、それを横たわる男の内側、内臓部に向ける。


 男の胸内に蔓延る無数の光が、シキの指示に従って肉の外側に出ようと少しずつ動いていく。

 我が先にと自身の欲求に従う滅茶苦茶な動きではなく、完全に規律の取れた動きを寄生虫がする。


 手の平に収まるサイズの魔物を使役する事が出来る才能。


 これこそシキの生まれ持った「才能」であり、『ミタマ様』がシキにどこまでも執着する理由だった。


 シキの才能は、『ミタマ様』の弱点を潰す。


 (―――よし、成功した。もし、この虫がこの国を代表する「国虫」とかだった場合、とんでもなく無礼な行為をしていることになるが……その時は謝るしかない)


 これが更なる面倒事を引き起こしませんようにと神様に祈って、シキは続けて虫に指示を出す。


 生物の生命力を可視化出来る光として顕現させる『生命知覚』のお陰で、どの位置に寄生虫が潜んでいるかは確認出来る。


 しかし、男の生命力の光が全く見つからない。

 本来人間の持つ生命の灯火は、丸々と太った巨大な一つの光であるはずなのに。

 そんな光がどこにも見つからない。


 寄生虫の数が多過ぎるせいで単に埋もれているだけなのか、それとも―――。


 やがて、寄生虫は肋骨の隙間を通り、皮膚に到達する。そして、皮膚を食い破り顔を出した。


 姿を現したのは、小さなミミズのような魔物だった。


 それが、次々と顔を出す。


(これで二十匹くらいは出たはず……。でも、全く減ってる気がしない)


 確実に摘出したはずなのに、胸部、内臓部に宿る光の数は全く減っているように見えない。


 比較的数の少ない胸部でこれなのだ。一体、手足にどれ程の寄生虫が居るのか想像もつかない。


(まさか、現在進行系で増殖してるとかないよな……?)


 自身の考えに怖気が走る。


 『恩恵』によって創造された魔物ならまだしも、実際に存在する魔物が、瞬きをする速さで無制限に自己複製をしているなど考えたくはない。


 嫌な汗をかきながらも、シキは少しずつ寄生虫の数を減らしていく。


 摘出した全ての寄生虫に「しばらくの間、一箇所に集まるように」という次なる指示を出しておくのも忘れない。


 一度「才能」で操られた魔物は、定期的に指示を出さないと無条件でシキの元に集まろうとするのだ。

 どんなに距離が離れていても、まるで自分の住処に戻るように、自分の生まれた場所に帰るように集まってくる。


 魔物には毒を持つ種類も多い。一度操作をしたら、確実にまとめて殺さないといけない。


 胸内に見える寄生虫を操り、肉の外に出し、一箇所に集まるように指示を出す。


 これを十回ほど繰り返した辺りで――――。


(なんとか見つけた……けど。やっぱり、寄生虫の生命力と大差ないまでに男の生命力が弱っている)


 胸にいる寄生虫を全て摘出し、そこに残っていた男の生命の灯火は、吹けば消えてしまいそうなまでに弱々しく光って燃えていた。


 寄生虫の光に埋もれていた訳ではなく、最初からそこにあったが、見分けがつかなかったのだ。

 

 シキの額に脂汗が滲む。


(治癒速度が全く間に合わない。男の治癒に専念出来るならともかく、今やっているのは元凶の除去だ。寄生虫を全て摘出しない限り、どんなにこの男の体を治癒させても、直ぐに傷が開いてしまう)


 それでも、幾つもの信仰術を使い、延命はさせている。


 しかし、手遅れだ。体が持つ治癒力を最大限まで増進させているのに、男の光は弱まっていく一方だ。


(気付くのが遅すぎた……! 会ってすぐに気付いていたら、全く結果は変わっていたかもしれないのに)


 後悔がシキの心中を支配する。


 本当なら、もっと頭を使っていれば、すぐに気付いていたかもしれないのに。


 男の胸に宿っていた光は、少しずつ小さく、弱くなっていく。


 すでに、寄生虫の持つ光よりもずっと弱々しい。


 限界まで小さくなった光は、溶けるように形を崩し、次第にちろちろと燃える欠片になった。そして、最後に一瞬だけ小さな業火になり――――。



 しゃっくりのような、ひゅっ、という息が男の口から漏れた気がした。



 ――――プツン、と光が途絶える。


 そして、すぐに男の光があった場所から、新たな力強い光が次々と顔を出す。


 うじゃうじゃうじゃうじゃうじゃうじゃうじゃうじゃうじゃうじゃうじゃうじゃうじゃうじゃうじゃ。


「っ! くっ、くそっ! な、なんなんだよこの国!」


 シキは悲鳴にも似た、罵倒を飛ばす。


 皆に愛され求められる神官としての顔をするのも忘れて、一箇所に集めていた寄生虫を踏み潰す。


 男の遺体を見れば、自分のモノになったと無数の寄生虫が喜ぶように蠢いている。


 何を、どうすれば良かったのか。この国はどこなのか。なぜ、この男は寄生虫に侵されているのか。何もかも分からない。全てが、嫌になる。


 頭を掻き毟りたい程の苛立ちに襲われる。


 この国に来れた時点で、目の前に「生死を彷徨っている人間」が存在していることをシキは知っていた。


 だから、首を絞められている女性がその「生死を彷徨っている人間」だと思っていた。


 しかし、今になって考えてみれば。


 首を絞められている女性と、寄生虫に冒されている男。この二人どちらもが、生死を彷徨っていたのだ。


 いや、そもそも女性は違ったのかもしれない。


 寄生虫に喰われ、あんなにスカスカになっていた男の腕で、相手が窒息するまで首を絞めることなんて出来ていただろうか。


 あの腕では、指一本、それどころか腕にどれくらい力が入っているかすら分からなかったはずだ。

 シキが助けなくても、女性は自力で抜け出せていたかもしれない。


 考えれば考えるほど、何もかも嫌になる。


(……もう、この国はいい。早く、次の国に向かおう)


 シキは懐からナイフを取り出す。

 そして、「神主」にしか扱えない信仰術を選択する。


『幽霊通り』。


 霊道なる道を通り、遠くの地まで移動する事ができる信仰術だ。

 『幽霊通り』の発動条件は珍しいもので、信仰力に加え、更に代償を支払わなければならない。


 自害、もしくは自殺行為をする必要がある。


 必ず自分の手で自害しなければならないという訳でも無く、予期しているのであれば、他者に殺されても発動する。

 実際、シキは自分以外の存在に殺されてこの国に来たのだ。


(もしも、この国に寄生虫が蔓延っているのであれば、自分がここにいるのはまずい)


 この国が寄生虫に悩まされていると仮定して、原因を突き止める事が出来れば一躍この国の英雄になれるかもしれないが、魔物を操れるというシキの才能を見た時、周りはどう思うだろうか。


 この寄生虫騒ぎの原因を作ったのはお前だろうと、助けに来たのに「主犯」扱いされる可能性が非常に高い。


 シキがここに居座る理由は皆無に等しい。


(まあ、いい。仕方ない。次の国では、上手く、やれば……いいだけなんだから)


 吐きそうになる気持ちを必死に抑える。


 全てから逃げるように、自身の喉にナイフを突き刺そうとしたシキの耳に、ドサリという、何かが倒れる音が届いた。


 咄嗟に後ろを振り返れば、さっき男から助けたはずの女性が倒れていた。


(なんで、今になって、首を絞められて……いや)


 倒れた女性に向かって『生命知覚』を発動させる。


 すぐに効果は現れる。


 眩い光が、キラキラと光る。


 嫌になるほど見た無数の光が、女性の手足にも蔓延っていた。


「……っ」


 脱力感を振り切って、女性に向かおうとしたシキは、一瞬だけ迷う。


 ――――信仰力の元が取れない。


 男のように途中で事切れてしまったら、使用した分の信仰力は全て無駄になるだろう。


 寄生虫を摘出して、傷を完治させる。


 仮にこの女性を救い、感謝をされたとしても、その感謝では元が取れない程の信仰力を消費することになる。


 助けたところで、率が悪い。


 そんな打算は、一瞬で吹っ飛ぶ。



「た、たすっ、え、てっ……!」



 なんとか絞り出すような言葉を聞いて、シキは目が覚めたように前を見る。


「今助けます!」


 息を飲み、シキは慌てて女性に駆け寄り、信仰術を使用する。


 自分は、今何を考えていたのだろうか。


 救うべき人を前にして、何を考えていたのか。


 喉が張り付くような感覚を覚える。


 見れば女性の容態は、あの男ほど酷くはない。


 生命力の光も既に確認できてるし、寄生虫の数もまだなんとか出来る数だ。


 しかし、生命力の光は着実に、少しずつ弱まってきている。光が大きく乱れる度に、女性が苦しそうな声を上げる。


 頭の隅で、信仰力が勿体ないと囁く声を無視して信仰術を施す。

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