夜逃げ2
この世界には二種類の
まず、一つ目が起源信仰。
この世界の起源とされる、九人から成る起源神を崇拝する信仰だ。
この世界で最も成功している
そして、もう一つが土着信仰。
世界土着と呼ばれるもので、人間の土地に根付いた『故人を敬う』という考え方に端を発する信仰だ。
この世界で土着信仰と言えば、全てこの『故人を敬う』信仰の事を指す。
この世界には人間を含め多くの生物、魔獣が住んでいるが、故人を敬うという独特な考え方は人間種しかしない。
つまり土着神と言うのは起源神と違い、全てかつて実在した
死が怖くない人間など存在しない。
特に人間の世界の歴史に名を残し、財を成し、成功した人間ほど生きることに執着する。
人間の凄まじい未練と、人間特有の
そうして生まれた
その貸し与えられた呪いこそ、人々から信仰術として愛され求められるものの正体だった。
シキが信仰する神────『ミタマ様』は、かつてシキの国のある分野で名を遺した偉人であり、国の暗黒期を支えた一人として当時はそれなりに評価されている存在だった。
しかし、それから数百年も時が経ち多くの偉人が輩出された現在では、『ミタマ様』の生前の名前も、その分野の歴史書で名前を探せば数ページ出てくるという程のものでしかなかった。
◇◆◇◆
「さっむ……」
自分の体を抱くようにして腕を擦って、シキは身震いしながら宿に向かう。
この村は栄えているという事もあって相当広い。
幾つもある畑も全て柵の内側で作っているので、この村を囲う柵の外周はちょっとした街のものよりも長い。
きっと、宿に着く頃には身体も冷え切っているだろう。
「なぜ、こんな目に……」
口に出して、シキの頭に真っ先に思い浮かんだのは先程別れたばかりの金髪の少女、ソフィアの事だった。
しかしすぐに、シキはいやと首を振る。
(全部、自分の選択のせいでこんな事になっているんだ。上手くいったら神様のお陰、駄目だったら他人のせいなんて馬鹿げている)
正直、ソフィアの気持ちは理解出来るものだった。
自分がもしソフィアの立場であれば、きっとトトナのことを第一に考え、宗旨変えを勧めていただろうから。
ルーカスやソフィアが信仰する土着神は、この国では知らぬ者が居ない程の知名度を誇る。信者の数も一つの都市人口に匹敵する。
対して、シキが信仰する『ミタマ様』の信者の数は全盛期に比べれば悲惨と言えるほどの数になっている。「信者」を導く「信徒」も、シキしか残っていない。
先細りしていくだけの信仰だ。はっきり言って、この先成長は見込めない。
こんなところで才能あるトトナの未来を腐らせるよりも、より評価される場所で多くの人間に求められる方がトトナにとっても幸せなのは間違いない。
そういう思いは、確かにシキにもあった。
(もう、無理なんだろうな……。トトナにも見限られて、もう、何も残っていない)
落ち込み、気持ちが暗く沈めば、次第にふつふつと怒りと憎しみが沸いてくる。
他所へ鞍替えをしようと、自分を捨ててルーカスへ尻尾を振るトトナに腹が立つ。
しかし。
その一方で、トトナには幸せになって欲しいという気持ちも強かった。
トトナほどの才能があれば、従者になるのに順番待ちが発生するような、
安定した、誰もが知る商会の元で役員として働くのと、いつ潰れるかも分からない、家族経営でなんとか騙し騙し営んでる小さな店で働くの二つの選択肢があるのなら、殆どの人間が前者を選ぶだろう。
『潰れるなら一人で潰れろ』というソフィアの言葉が思い起こされる。
(……まあ、仕方ないのか。必要とされるものが残って、必要のないものは消える。トトナにとって、俺はもう用済みなのだろう。それに、神様を必要としている人間が俺だけなのは、ある意味名誉なことなのかもしれない)
自嘲するように、シキは笑う。
自分でも驚くほど考え方が冷めきっている。
最後の神官として求められているのは汚く足掻き罵倒をされても延命をする事ではなく、少しでも格好良く綺麗に終われる方法を模索することなのかもしれない。
正直、トトナの事は諦めきれない。それでも、求められていないのであればどうしようもない。
そんな事を考えながらトボトボと進み、やがてシキは宿屋に辿り着いた。
明かりはまだついているが、トトナ達はもう寝ているだろう。
起こすといけない。
そう思って、静かに扉の取っ手に手を掛けて――――ふと、魔が差した。
もし、ここで抜け出したらどうなるのだろう。
シキは空を見上げる。
空はまだ完全な夜暗に包まれている。だが、もう少しすれば朝日が顔を出し、村の人間も起き出してくることだろう。
抜け出すなら、今しかない。
どうせ、自分は、自分の信じる神は、誰にも求められていない。
それなら自分が求められる新しい地で信者を募り、後継者を作るのはどうだろうか。
「……」
痛い程の静寂が耳を刺す。
夜の冷たい乾いた風。虫の羽が鳴らす音。蛙の鳴き声。
そんな趣ある夜の静寂には不釣り合いなほど、心臓の鼓動が高鳴っている。
汗が滲み出る。
ジャリ、という音がした。
気付けば、シキは宿に背を向け、村の外に向かって歩いていた。
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