誕生から四半世紀、ネットの百科事典に迫る◆百科繚乱 ウィキペディア事始め(連載第1回・全4回)

2026年07月16日11時00分

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 誰もが編集に参加できるインターネット上の百科事典「ウィキペディア」。2026年1月で誕生から四半世紀になりました。350以上の言語で、約6600万もの記事が書かれている巨大な事典は、いかにして作られているのでしょうか。12年までウィキペディア日本語版の管理者を務めた海獺(らっこ)さんによる連載記事を、一部再構成して掲載します。

W杯の裏側でもう一つの戦い

 2022年のサッカーワールドカップ(W杯)カタール大会。日本代表は「三笘の1ミリ」と呼ばれる劇的なプレーでスペインに勝利し、決勝トーナメント進出を果たした。しかし、その熱狂の裏側で、インターネット上の百科事典「ウィキペディア日本語版」ももう一つの戦場と化していた。

 日本は1次リーグで、W杯優勝経験のある強豪ドイツ、スペインなどと激突した。初戦のドイツ戦で同点弾を決めた堂安律のウィキペディア記事は「史上最高のサッカー選手」と書き換えられ、逆転ゴールの浅野拓磨には「神」と加筆された。しかし、その喜びもつかの間、格下とされるコスタリカ戦でまさかの敗戦を喫すると、敗因とされるクリアミスをしたキャプテン吉田麻也の記事は「戦犯」と書き換えられるなど心無い編集も続出した。

 野球ファンなら記憶に残っているであろう08年北京五輪では、G・G・佐藤が守備のミスで批判を浴び、「下手糞(くそ)」と落書きされた。どのアカウントから、どのような修正があったか、ウィキペディアでは全て記録され公開されるので注意が必要だ。

「悪意」正すボランティア

 このように注目が集まるスポーツイベントなどで印象的な(それも良くない)出来事があると、ウィキペディアでは心無い編集がなされることがある。「誰でも編集できる」という性質上、悪意から逃れることはできないが、ほとんどの場合、不適切と思われる加筆は他のユーザーらによって速やかに修正される。

 「ウィキペディアン」と呼ばれる編集者たちは、報酬を得ることなく、ボランティアで記事の作成・修正を行う。一般の組織のような指示系統はなく、各自ができることを、できる時間にして成り立っている。

 26年5月現在、日本語版には150万もの記事が存在し、その質は確かに玉石混交である。かつては「信頼性に欠ける」「虚偽情報が多い」との批判も多かったが、近年では「ウィキペディアにはこう書いてある」という言及も散見されるようになり、単なるネット情報とは一線を画し、一定の評価を得つつあるように思われる。

 AI(人工知能)の普及が進み、検索サイトでも生成AIによる回答が冒頭に表示される時代になった。すると「ウィキペディアのような百科事典はもう必要ないのではないか」という声を耳にするようになった。しかしながらAIによる回答にはウィキペディアを参照したものも多い。「AIがまともな回答をするために人力でできること」の一つが「ウィキペディアに信頼性の高い情報を記録し続けること」なのである。

 01年に誕生したウィキペディアが、なぜ20年以上も成長を続けているのか。この連載では多角的にウィキペディアを解説し、普段は見えてこない姿をお届けする。

ネットらしい百科事典に

 昭和世代にとって、百科事典は進学の際に親戚から贈られ、応接間や書斎の棚に整然と並ぶ存在だった。各項は専門家や著名な研究者によって執筆されていたが、もしそれが「書いているのは専門家でも研究者でもない」という状況だったらどうだろう。

 ウィキペディア創始者の一人であるジミー・ウェールズは、誰でも読める百科事典をインターネット上に作るプロジェクト「ヌーペディア」を進めていた。従来の百科事典と同様に専門家が執筆し、査読(記事の審査)を経て公開されるが、内容は自由に使ってよいという特徴があった。しかし1年ほどで問題点が浮かび上がる。スピード感がなく、記事数が伸びないこと、そしてジミー自身が、査読の厳しさを思うと執筆が楽しめなかったのだ。

 そこで登場したのが、インターネットブラウザーから誰でも直接編集が可能なシステム「ウィキ」だった。こうして誰でも編集できる百科事典ウィキペディアが2001年1月にスタートした。

 記事に完成はなく、常に改善の余地がある。一人の執筆者によるものもあれば、多くの人の手で加筆されるものもある。編集には誰でも参加でき、その方針を理解していれば誰もが歓迎される。近年では記事作成や編集をイベントとして行う取り組みも増えている。

市民の善意と好奇心で成長

 「府中御用瓜」のウィキペディア記事を見てほしい。これは2023年3月のイベント「ウィキペディアタウン」で、東京都府中市民ら10人の共同作業で新たに作成されたものである。

 大半はウィキペディアの編集経験がなく、地元ゆかりの野菜のことを知らなかった。地元の図書館が所蔵する書籍や図録、新聞などを参考に記事を作り上げた。

 こうしたイベントは地域の魅力の再発見につながるだけでなく、世代間の交流や図書館の活性化、地元への愛着の醸成などの効果が期待できる。また、著作権に関する知識や情報の読み取り能力の向上ももたらされ、何より自らの活動が他人の役に立つことも実感できる。ウィキペディアは多くの人々の熱意と知的好奇心、そして善意に支えられている。

(海獺・ウィキペディア日本語版元管理者)

【第2回は21日ごろに掲載予定です】

【著者欄】らっこ=2007~12年にウィキペディア日本語版の管理者を務める。その後、大学や図書館、自治体など各地のウィキペディア編集イベントで講師役を務め、関わったイベントは200を超す。「ウィキペディアン」としても活動し、多数の記事を執筆。

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