茨城・日立市の舟戸山古墳、東日本最大の方墳と判明 畿内の権力と結びついた首長像浮かぶ

巨大な方墳だったことが判明した舟戸山古墳=令和8年6月、茨城県日立市(市郷土博物館提供)

茨城大などが、茨城県日立市久慈町の舟戸山古墳について、一辺60メートル以上、高さ7メートルの巨大な方墳であることが判明したと明らかにした。これまでは円墳とされていたが、初の本格的な測量とレーダー探査によって突き止めた。出土品から築造時期は4世紀半ば~5世紀前半とみられる。この時代の方墳としては東日本で最大、全国でも7番目の規模で、畿内の政治権力と密接に結びついた有力首長の存在が推測されるという。

全長101メートルの2段築成

調査の契機は、墳丘の樹木が所有者による管理の一環で伐採されたことだった。全体像が視認できるようになったことを受け、日立市教育委員会の協力のもと、茨城大人文社会科学部考古学研究室の田中裕教授らが詳細な測量調査を実施し、周溝を含めた全長約101メートルの2段築成の方墳であることが分かった。

また、東海大の北條芳隆教授らの協力を受けて地中レーダー探査も行い、墳頂部に東西を主軸とする2カ所の埋葬施設の反応を確認した。さらに墳頂部で見つかった脚付きの器「屈折脚高杯」の型式から、築造時期も特定できた。

墳丘頂部で行われたレーダー探査作業=令和7年5月、茨城県日立市(市郷土博物館提供)

中央との太いパイプ

東日本では、この時代の一辺60メートルに達する大型方墳の発見例は他にない。当時の巨大方墳は古市古墳群(大阪府)の大王墓周辺に集中しており、田中教授は「中央と直接の太いパイプがなければ、大型方墳を造るという発想自体が生まれ得ない」と指摘する。太平洋や久慈川河口を一望できる立地から、水上交通や港湾物流の利権を掌握し中央とのつながりが深かった権力者像が浮かぶ。

日立市には、遠方の複数の地域のものとみられる埴輪が出土した「西の妻1号墳」、豪華な副葬品群が確認された「水木浜2号墳(現水木1号墳)」などがあり、当時の政治的重要性が改めて裏付けられた。

田中教授は「今後は発掘調査を通じて周溝などの詳細な形状を確定させ、これまで注目度の低かった大型方墳の視点から東国社会の再編と消長を解き明かしたい」と話している。(飯田耕司)

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