奈良の纏向古墳群のホケノ山が気になったので、改めて調べたら、適当な具合にわかってきました。
纏向(まきむく)は衣服製造の拠点だったかも
ホケノ山古墳はいちおう纏向古墳群に含まれるらしいです。この古墳群、日本最古級の3世紀の前方後円墳が集まってるところで知られてます。
この奈良の「纏向」って古代からある地名で、三輪山の北西あたりに広がってました。古代には纏向に倭の中枢施設「纏向遺跡」があり、広大な面積にわたって王宮区や祭祀区などしてたことが判明してます。
纏向という地名としては、「日本書紀」に垂仁天皇の纏向珠城宮(まきむくのたまきのみや)が登場したり、景行天皇の纏向日代宮(まきむくのひしろのみや)も出てきたりします。
この纏向の意味については諸説あるみたいです。文字から意味を取り出すと?
纏(まき)・・・訓読み:めぐる、まつわる、からむ、まとう。
糸(いと)・・・糸束、ひも、細いもの
廛(テン)・・・訓読み:みせ、やしき、たな
向(むく)・・・「宀」(家屋)+「口」。屋内で音声が反響するさまを象る。「ひびく」を意味する
見てわかる通り、「纏向」は糸を巻く、糸を作る、衣服を作る建物があることに関係する。纏向といえば王宮や祭祀が取り上げられがちですが。
古代には王宮の周囲に、糸や衣服の製造所や問屋が集積してたんじゃないですかね。それを「纏向」で言い表したという感じで。
そりゃ纏向遺跡あたりは、当時の偉い人や祭祀関係者が集まってたわけですし、衣服、寝具、神具、装飾品など必要だったわけで。
そういえば三輪の由来については、「古事記」にこんな神話あり。
夜になると活玉依姫(いくたまよりひめ)の元に訪れる若者の正体を知るため、男の衣服に糸を付けた。その糸は扉の鍵穴から出ており、糸をたどると、残った糸巻きは三勾(みわ)のみで三輪山にたどり着いた。そのため若者の正体が大物主神だとわかった。
みたいな内容で、これが三輪という地名の由来だそうです。
なんか糸と大物主神がキーワードになってるので、やっぱり三輪と隣接する纏向とは繋がりを感じられたりする。糸なだけに意図的ということで。
そんな纏向の土地にある、纏向古墳群の前方後円墳の数々は、ひょっとすると全て「大物主神に関わりのある人物の墓所」と考えても可怪しくないかもしれんですが。
ホケノ山古墳の主を考える
ホケノ山古墳調査概報 学生社 図4 p36より
纏向古墳群のホケノ山古墳については、以前に電子書籍のほうでも取り上げてましたが。今回調べ直してみました。
ホケノ山古墳は、全長80m×後円部径60mほどの前方後円墳です。発掘調査によれば、3世紀半ば~4世紀初頭の前方後円墳なことも判明してます。
大神(おおみわ)神社によれば、ホケノ山古墳は古来より豊鍬入姫命(とよすきいりひめのみこと)の墓所と伝わってました。
豊鍬入姫命(とよすきいりひめのみこと)のホケノ山古墳の年代は、3世紀半ばということは、親の崇神天皇も3世紀の人物とわかるわけなんですが。
豊鍬入姫命は崇神天皇の皇女で、天照大神を祀る巫女で、天照大神を笠縫邑で祀ったことで知られてます。その後天照大神は倭姫命に託され、各地で元伊勢を作りながら伊勢神宮に移転しました。
ホケノ山古墳が3世紀半ば~3世紀後半あたりだと、生前には卑弥呼と面識があったんじゃないかと。個人的には、古事記では「崇神天皇=賢后=女」なので、女王卑弥呼が男装して崇神天皇だったとおもってるのですが。
そういえば「魏志倭人伝」の邪馬台国の2代目女王が、「壹與(壱与/イヨ)」もしくは「臺與(台与/トヨ)」で、「イヨ、トヨ」と読まれるんですよね。
すると崇神天皇である豊鍬入姫命と「臺與(トヨ)」の関係はどうなのかと、ちょっと気になるところ。
ホケは豊鍬だったかも
ホケノ山って変な名前ですが、これ実は魚のホッケの山じゃなかったです。豊鍬入姫という名前を元にして命名してる可能性あります。
「鍬(すき)」は「くわ」とも読むらしい。それでこんな発想ができるんですが。
豊鍬(とよくわ)→ ほーくわ→ ほくぇ→ ほけ→ ホケノ山
たぶん古墳を作ったり豊鍬入姫命を祀った人々が、豊鍬をほくぇと言い換えて、ホケノ山になった、みたいな感じかもしれんです。
要するにホケノ山とは、ホッケの山じゃなくて「豊鍬の山」でオッケーなわけです。
ホケノ山古墳の中心軸ラインの調査
では「前方後法則」で見てみることにします。古墳の中心軸を測って、その先に関連地点があると、被葬者が誰かがわかるという、前方後円墳が矢印の役割をしてるのが、前方後法則です。
ホケノ山古墳の中心軸は、前方部が南東、後円部が西北に向かってました。
・狭井神社(狭井坐大神荒魂神社)
前方部は、三輪山のふもとの狭井神社を示していました。狭井神社は垂仁天皇の時代の創建で、狭井坐大神荒魂神社と呼ばれてきたところ。
病気平癒のご利益があるとかで、万病に効き目のある御神水が湧いてるらしいです。
祭神は大物主神、神武天皇皇后の姫蹈鞴五十鈴姫命(ひめたらいすずひめのみこと)、その母の勢夜多々良姫(せやたたらひめのみこと)。
「日本書紀」では姫蹈鞴五十鈴姫命ですが、「古事記」では比売多多良伊須気余理比売となってます。
この比売多多良伊須気余理比売が、豊鍬入姫命と関係ありました。
豊鍬入姫命の名には、「よすき」+「いりひめ」。
比売多多良伊須気余理比売は「いすけ」+「よりひめ」。
かなり似ており、どっちも巫女ということですし。
よすき いりひめ 豊鍬入姫命(とよすきいりひめ)
いすけ よりひめ 比売多多良伊須気余理比売(ひめたたらいすけよりひめ)
この名前の相似は、気づいた人はいなかったかもですが。古代の大和朝廷界隈では話題になってたんじゃないですかね。
そんな関係があり、ホケノ山古墳の中心軸ラインが、狭井神社を指し示してるようです。
・纏向遺跡の祭祀区
https://www.city.sakurai.lg.jp/material/files/group/54/hozonkeikaku_gaiyo.pdf
後円部方向で最も近い場所には、纏向遺跡の祭祀区がありました。
ここはおそらく天照大神を祀る社殿と、豊鍬入姫命の職場があったと考えられます。ホケノ山古墳の中心軸のラインは、それを示しているんじゃないですかね。
この図は桜井市が作成した纏向遺跡の構成図ですが、ホケノ山古墳が指し示してるのは「4 祭祀区」のところになります。
・他田坐天照御魂(おさだにいますあまてるみたま)神社
いまその纏向遺跡の祭祀区に鎮座してるのが、他田坐天照御魂神社でした。「延喜式」の論社になってるようで、平安時代の頃は、大社で非常に有力だったとか。
敏達天皇の皇居は「訳語田幸玉宮(おさだのさきたまのみや)」で、同じ場所にあったそうでした。「幸玉」が気になりますね。
すると他田坐天照御魂神社では、訳語田幸玉宮と同様に、天照大神の和魂(にぎたま)=幸魂(さきたま)を祀ったのかもしれんです。
神道では神の荒ぶる魂を荒魂、神の和やかな魂を和魂というのですが。和魂は幸魂(さきたま)と奇魂(くしたま)に分かれるらしいですね。幸魂は運により幸を得る力、奇魂は奇跡により幸を得る力だとか。
他田坐天照御魂神社が仮に和魂=幸魂だとするとですね、神道では「豊」の一字で表されるっていうんですよ。豊鍬入姫命の豊なのは、偶然じゃないみたいです。
つまりホケノ山古墳が何故この場所を指し示してるのかと言えば?
ここに3世紀に豊鍬入姫命が勤めていた天照大神を祀る社殿(他田坐天照御魂神社の前身)があって、「幸魂=豊」の1字により、ホケノ山古墳の被葬者が豊鍬入姫命とわかるように、中心軸ラインの矢印で指し示していると想像するんですね。
すると他田坐天照御魂神社が和魂=幸魂に対し、南東の狭井神社が荒魂ということで、ホケノ山古墳の豊鍬入姫命が、神々のバランスを取る役割を担ってるみたいです。
・メクリ1号古墳
なんか中心軸ラインは、メクリ1号古墳をかすってる感じがしました。メクリ1号の主は豊鍬入姫命と関係のある人物かもしれんです。
・豊能郡
大阪北部の北摂山系の土地に、豊能郡があります。これは古来よりある地名で、ホケノ山古墳の中心軸ラインがこの方向を示してることで、豊鍬入姫命の名を示す意味があると考えられます。
その先にある兵庫県の豊岡は、安土桃山時代からの地名ということで関係ないようでした。
・安木
ホケノ山古墳の中心軸ラインを伸ばしていくと、兵庫県の一番端っこの日本海に面したエリアに、安木とか、安木浜という地名があるんですよね。これがなんか豊鍬入姫命の「よすき」に合わせた地名な感じがして気になりました。
ということで
纏向遺跡の他田坐天照御魂神社が、かつての豊鍬入姫命がお勤めした祭祀区の天照大神の社殿と同一の存在だったんじゃないか?と気付いたのは収穫でした。
その可能性を、ホケノ山古墳が教えてくれたという感じがします。纏向遺跡の今後の発掘結果も気になってきました。
ぽちされたすかり
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