台湾のメタルバンド、
ソニック(CHTHONIC/閃靈)のヴォーカリストであり、政治家でもある
フレディ・リム(Freddy Lim)は2025年、台湾の駐フィンランド代表(大使に相当)に任命されました。フィンランドのヘルシンキで開催されたTuskaフェスティバルにて収録されたポッドキャスト『Bleeding Metal』の最近インタビューの中で、「音楽には今でも政治的な抵抗や社会変革の力があると思いますか?」と尋ねられたフレディは、次のように語っています。
「ええ、そう思います。特にこの数年間の経験を通じて、アーティストには政治家にはできない多くのことができるということを、より深く学びました。もちろん、国会議員として過ごした8年間、私は多くの課題を前進させる手助けをしました。例えば同性婚法案を成立させ、台湾をアジアで初めて同性婚を合法化した国にすることができました。この数年間に私たちが関わってきた重要な課題は他にもたくさんあります。
しかし、政治改革が実現したからといって、それで運動が終わるわけではないということを、アーティストは政治家よりも、よく理解していると思います。たとえば、先ほども言ったように、2019年に同性婚が合法化されたからといって、台湾がすでに完璧な社会になったわけではありません。今でも、同性カップルの中には時折差別に直面しなければならない人たちがいるからです。
だからこそ、文化的な変化や文化的な改革のほうが、むしろ重要なのです。そしてそれは政治にはできないことです。芸術にはそれができます。なぜなら政治は主に、人々に“何が正しいのか”を伝えようとしますが、芸術は“なぜそれが大切なのか”を人々に気づかせ、考えさせてくれるからです。そして芸術は、人々が前に進み続けるための力を与えてくれます。ですから、重要なのは政治制度を改革することだけではありません。社会をどうすればより良いものにできるのか――それこそが重要なのです。
国会議員を務めていた頃、政治の現場で私は同僚たちによくこう話していました。“社会というものは、君たちが思っているほど単純ではない”。政治の外でやらなければならないことがたくさんあるのです。
私自身も、多くのメタル・バンドに触発されて行動を起こしてきました。それは、私が愛するバンドたちが“こうしろ”と指示したからではありません。違います。私は数多くのメタル・バンドに敬意を抱いていますが、それは彼らが何をするべきか教えてくれたからではなく、もっと深く考え、自分の信念を貫くことを後押ししてくれたからです。そうした姿勢が、私自身にもっと多くのことを成し遂げたいと思う原動力になりました。
特に、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンやシステム・オブ・ア・ダウンのようなバンドから多くを学びました。彼らは自らの活動の中で実際に行動を起こしていました。そして私も、自分自身の活動の中で行動を起こそうと決意したのです。だから私たちが今作っている音楽は、次の世代や未来の社会運動に必ずインスピレーションを与えると信じています。間違いなく。だからこそ、今でも音楽を書き続けられることを本当に大切に思っているのです。
(インタビュアー:ソニックは政治的な歌詞が原因で検閲を受けたり、公演を禁止されたことはありますか?)
ええ、初期の頃にありました。私たちは1990年代半ばに結成されたのですが、その頃の台湾は民主化へと移行している最中でした。ですから、政治制度そのものは民主主義へと変わりつつあった一方で、社会には依然として権威主義体制の名残が残っていました。そのため社会のさまざまな場所で、私たちの口を塞ごうとする動きがありました。野外公演では政府関係者から妨害を受けましたし、大手メディアの記者から電話がかかってきて“余計なことは言わないでほしい”と言われたこともありました。そうしたさまざまな嫌がらせが、90年代、特に90年代後半には実際にありました。
しかし21世紀に入ると、台湾は完全な民主主義国家となり、社会全体がより広く自由を受け入れるようになりました。そのため、そうした嫌がらせは次第に少なくなっていきました。
ところがその後、今度は、中国政府や中国共産党と関係のある人々からの嫌がらせを受けるようになりました。たとえば、10~20年ほど前、私たちが頻繁にツアーを行っていた頃には、“中国の関係者”を名乗る人物から、公演中止を要求する脅迫メールが送られてくることがありました。たしかアーチ・エネミーとツアーをしていた時だったと思いますが、“ステージに上がったら殺す”というような非常に緊迫した内容のメールが届いたのです。ツアー・マネージャーからは“公演を中止するか?”と聞かれました。それは単に私たちが台湾人だからだけではないと私は感じました。もちろん私たちは台湾を支持しています。しかし同時に、チベットの人々や香港の人々、ウイグルの人々、さらには中国の影響下で抑圧を受けている近隣地域の人々のためにも声を上げてきました。私たちはそうした抑圧された人々を支持しています。だからこそ、彼らは私たちを黙らせたかったのだと思います。
一方で、ライヴ会場には、メタル・ファンではない、たくさんの一般のアジアの人々も来てくれました。彼らはチケットを買っていたわけではありませんが、チベットの人々や香港の人々、ウイグルの人々が楽屋裏までやって来て、食べ物や小さな贈り物を届けてくれたのです。彼らは間違いなくメタル・ファンではありません。もちろんチベットや香港にメタル・ファンがいないという意味ではありませんが、彼らを見ればメタル・ファンではないことは分かりました。それでも感謝の気持ちを伝えたい一心で、食べ物や贈り物を持って楽屋の外で待っていてくれていたのです。
私たちの音楽や私たちの存在そのものが、そうした抑圧された人々にとってどれほど大きな意味を持つのかを実感していたので、私たちは、公演の中止を考えたことは一度もありません。私たちが取った行動は、公演をやめることではなく、マネージャーと話し合って警備体制をどう強化するかを考えることでした。
そして同時に、メンバー全員が理解していました。私たちはもっと良い音楽を作るために、さらに努力しなければならない、と。私たちの音楽には非常に力強く、意味のあるメッセージが込められており、それはメタル・ファンだけでなく、メタルを聴かない人々にとっても重要なメッセージなのだと、私たちは理解しているのです」