上田城の戦いで、市民がおかゆを飛び道具にしてた描写をテレビでみましたが、熱湯とはどう違うのでしょうか。 古いですが、その時歴史が動いたの「最強の父真田昌幸」では、遠征してきた徳川軍を撃退するため、市民も城にこもって、家の裏に生やしていた竹を矢にしたり、お粥を飛び道具にしたりしてましたが、おかゆがむちゃくちゃ熱いのはわかりますが、遠征軍の徳川よりは兵糧はいっぱいあるでしょうが、それでもお米は貴重だし、市民も城にいるなら、秀吉の中国の各城攻めや、マンガですがキングダムの鄴攻めのように、食べ物の減りが早くなると思います。これもマンガで見ただけですが千早城の戦いでは、熱湯も使っていたと思いますが、上田城では、熱湯ではダメだったのでしょうか。 自分でも少し予想しましたが、熱湯よりも、お粥のほうが重さが少しあるから、ばら撒きやすいからかな? 皆様のご意見をお聞かせください。
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