第二十五話

クロ現から消えた「人質司法」

取材=渡辺周、中川七海
ページデザイン=千金良航太郎

NHKは「クローズアップ現代」(クロ現)で、延べ89人が逮捕された労働組合「関西生コン支部」(関生支部)への弾圧を取り上げる方針を決めた。

主眼は「人質司法」。容疑者を長期間にわたり勾留することで、捜査機関が自白を引き出そうとする行為だ。これまで数々の冤罪事件を生み、国際社会から厳しい批判を受けている。委員長の湯川裕司は、644日間勾留された。組合員たちは勾留中、自白だけではなく、関生支部からの脱退も迫られた。

一方でNHKは、警察や検察の記者クラブに記者を配置しており、捜査当局に取り込まれている。記者クラブに所属していないディレクターたちが、人質司法に切り込もうとしても、NHK内の壁を突破できない。

ディレクターたちは、関生支部が国を提訴した国家賠償請求訴訟に期待した。人質司法の不当性を訴えた裁判で、関生支部の勝訴をクロ現での支えにしようとした。

だが2025年10月31日、東京地裁は関生支部の訴えを棄却した。

クロ現の放送は10日後の11月10日。NHKは当初の目的通り、人質司法を批判できるのか。

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NHKがクロ現の支えに期待した判決 目を背けた、裁判所が「人質司法の張本人」という事実(24)

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「実に誠実なディレクター」

2025年9月4日、NHKのディレクター2人が、労働法学者の吉田美喜夫のもとを訪れた。

横里征二郎:報道局 報道番組センター社会番組部 チーフ・ディレクター
宮島優:報道局 報道番組センター社会番組部 ディレクター

吉田は立命館大学の元総長。関生支部の刑事裁判や国賠訴訟で産業別労働組合の役割と正当性について証言してきた。関生支部への弾圧を跳ね返す理論的支柱だ。

韓国でのシンポジウムに登壇した労働法学者の吉田美喜夫氏=韓国・ソウルで2025年9月27日、中川七海撮影

韓国でのシンポジウムに登壇した労働法学者の吉田美喜夫氏=韓国・ソウルで2025年9月27日、中川七海撮影

関生支部はシンポジウムを全国各地で開いてきたが、吉田は同行して関生支部の活動の意義について語った。ソウルで開かれた、韓国の労組と関生支部との交流イベントにも参加した。

横里と宮島に対して、吉田は「実に誠実」という印象を持った。関生支部に対する捜査が「異常としか言いようがない」という問題意識を持っていて、よく勉強していた。

その後、吉田はクロ現への出演を依頼された。クロ現はその時々のテーマについて、取材して編集したVTRを元に、スタジオでゲストが解説する30分弱の番組だ。吉田はスタジオゲストとして出演することになった。

誤解を生む映像

オンエア当日の11月10日、吉田は午後5時15分にNHKに赴いた。本番の約2時間前だ。

控室に入り、番組の中で流すVTRを見せられた。一点、気になる映像があった。関生支部が2017年12月12日、大阪港でストライキを実施した時のものだ。

2017年12月12日、関生支部が大阪港で実施したストライキの様子=関係者提供

2017年12月12日、関生支部が大阪港で実施したストライキの様子=関係者提供

生コン価格が上がっても、ドライバーの給料の原資となる輸送費を上げようとしない経営側に対抗し、関生支部はセメントの輸送を一斉に止めた。その際に、トラックの前に立ちはだかったり、現場で小競り合いをしたりしているシーンを使っていたのだ。

クロ現は番組の中で、「労働組合の活動はどこまで権利として認められるか」「有罪と無罪の線引きはどこか」という問いが主軸になっている。大阪のストは「威力業務妨害」での有罪が確定していて、映像は「社会的に見て行き過ぎ」な事例として扱われていた。

しかし、吉田の持論は「労働組合と使用者の間の問題として、労使自治を尊重する」ことだ。経営側の「大阪広域生コンクリート協同組合」は、関生支部に対して強硬な態度で臨んでおり、対立は避けられない。経営側に従順な企業別労組とは違い、関生支部は闘うことで権利を勝ち取ってきた産別労組だ。そうした事情を知らずに、視聴者があの映像を見ると誤解してしまう。

大阪でのストを有罪にした司法の判断自体、間違っているとTansaは考える。

2017年12月12日の大阪でのストには、全日本港湾労働組合・関西地方大阪支部(全港湾大阪支部)も参加した。Tansaが入手した映像では、全港湾大阪支部の組合員が同じようにセメントの出荷を止めている。委員長の小林勝彦は両手を大の字に広げ、セメントを輸送するトラックを止めた。大阪府警・大阪水上警察署の幹部に「お前の顔は一生忘れへん」とまで言われている。

全港湾大阪支部のストライキの様子=関係者提供

全港湾大阪支部のストライキの様子=関係者提供

だが全港湾大阪支部の組合員は誰も逮捕されなかった。それに対して、関生支部の逮捕者は28人。捜査当局の目的が、犯罪の立件ではなく、関生支部の組織を潰すことにあったのは明らかだ。

関生支部を取材したことがない記者がスタジオ出演

肝心の「人質司法」については、クロ現の中で全く取り上げられなかった。「脱退勧奨」についても触れられなかった。

なぜ人質司法を批判することが必須か。

それは、勾留から逃れたくて、罪でもないことを罪だと認めてしまう人が出てくるからだ。有罪か無罪かを何の事実をもって判断するかではなく、事実自体を人質司法が歪めてしまうことが深刻な問題なのだ。

興味深い文書がある。キャスターの桑子真帆と吉田が質疑応答をするにあたり、吉田とディレクターの横里らが作成した想定問答集だ。「2025年10月30日版」と、「2025年11月2日版」の2種類がある。

2025年10月30日版は捜査のあり方を問われ、吉田は委員長の湯川の勾留日数に言及。「人質司法」という言葉を使っている。

Q 憲法でも保障される労働組合の活動。今回の捜査のあり方を吉田さんはどう見たか?

(1)  労働組合の活動には、労働基本権の保護が及びますから、捜査や逮捕を正当化することは簡単ではありません。そのため、関西生コン支部を、労働組合ではなく、反社会的集団だと見せようとしたのではないかと思います。暴力団を対象とする「組織犯罪対策課」が捜査を担当している例もありました。

(2)  今の委員長は、8回逮捕され、644日も勾留されました。これは、保釈されそうになると別件による逮捕が繰り返されたからです。

(3)  このような「人質司法」が問題となるのは、冤罪につながるからですが、それだけではなく、組合役員が長期に拘束されますと、組織自体が崩壊してしまいますし、会社であれば、倒産してしまうという回復不可能な損害を及ぼす点も見る必要があると思います。

10月30日版では、国賠訴訟の判決についての受け止めも求められている。判決は翌日の10月31日だが、関生支部が敗訴した場合でも答えられるように設けた質問だ。

チーフ・ディレクターの横里は10月26日に関生支部を訪れ、委員長の湯川に「関生支部が負けると思うので、勝訴に期待して番組を作らない方がいい」と忠告されていた。湯川は、逮捕も勾留も認めてきたのは裁判所であり、人質司法の当事者である裁判所が自分たちを批判するような判決は出せないと考えていた。

Q 先日、10月31日に、関西生コン支部などが一連の事件の刑事手続きに違法があったとして国などに損害賠償を請求した裁判で、請求が棄却されました。吉田さんは、これをどう受け止めていますか。

(1)  この裁判では、関西生コン支部の組合員が、その取り調べの過程で、組合の脱退を勧奨され、尋問されるたびに143回も「黙秘します」と繰り返した点も問題になりました。しかし、判決では、これを違法ではないと判断しました。

(2)  同じような組合からの脱退勧奨を民間企業の使用者がすれば、違法な不当労働行為と評価されるはずです。

(3)  今回の判決では、団結権の尊重より司法機関の権限を優位に置く発想が強いと感じました。

10月30日版に対して、11月2日版では捜査のあり方についての質問がなくなり、それに伴い「人質司法」について語った吉田のコメントもなくなった。

国賠訴訟の判決についての質疑応答は11月2日版でも、10月30日版と同じ内容が残った。

そして11月10日の本番。

人質司法への言及はなかった。

国賠の結果については、吉田ではなく、もう一人のスタジオゲストが答えた。

NHK大阪放送局の井上直樹だ。関生支部を一度も取材したことがない記者だ。捜査当局を取材してきた記者として、こう言った。

「この裁判は先月、判決が言い渡されて、警察の捜査について賠償しなければならないほどの違法性は認められないとして、組合側の訴えを全面的に退けました」

画面上には「捜査は組合側に賠償しなければならないほどの違法性は認められない」という字幕が出され、関生支部敗訴が強調された。

プロデューサーの内山拓は、国賠の判決が出た10月30日に私(Tansa編集長・渡辺周)にLINEでメッセージを送っている。

「お陰でこちらは慎重派の声がでかくなり苦戦必至ですわ」

捜査権力を批判することに「慎重」な人たちがNHKにいて、クロ現を制作する過程で「骨抜き」にしていったと考えられる。

警察庁刑事局長の国会答弁を匿名報道

番組内で井上は、警察関係者たちの声を紹介した。

捜査について「一定の役割を果たした」と肯定的に捉える見方だけではなく、「正当な労働組合の活動と犯罪行為の境界線を見極める力が弱まっているのではないか」と懸念を示す声も紹介した。

しかし、「捜査関係者」は全て匿名。警察庁や各府県警の責任者に対して、NHKから見解を求めてもいない。

2025年4月21日、相次ぐ関生支部への無罪判決について、参議院で社民党の大椿ゆうこが質問に立った。警察庁の谷滋行刑事局長は「真摯に受け止める必要がある」と答弁した。井上は番組の中でこの答弁を紹介したが、警察庁の刑事局長である谷の名前すら出さず、「警察庁の担当者」と表現した。

結局、クロ現は警察・検察という捜査当局に対しての批判を回避する内容だった。

捜査当局の暴走で被害に遭った関生支部の組合員については、無罪が確定した人たちのみを取り上げた。

京都事件で、警察・検察に被害者に仕立て上げられた経営側の久貝博司の生前の音声は流した。「関生支部に脅されたとも、関生支部の活動が違法とも全く思っていない」という証言で貴重だ。

久貝は関生支部の湯川と二人三脚で、京都の生コン業界を立て直した。久貝のことを取り上げるならば、湯川のことにも言及して当然だ。湯川が関生支部で最長の644日間勾留され、しかも委員長であることを考えると尚更だ。だが湯川はまだ無罪が確定していない。番組では名前すら出てこなかった。

NHK自らの責任で捜査当局を批判することができず、あくまでも裁判所の判断に依拠して番組を制作したのだ。

関西生コン支部の湯川裕司委員長=大阪市で2025年10月15日、千金良航太郎撮影

関西生コン支部の湯川裕司委員長=大阪市で2025年10月15日、千金良航太郎撮影

途絶えた連絡

クロ現の放送後も、チーフ・ディレクターの横里は取材を続ける意思を関生支部に伝えた。当初、Tansaと協力して取材を進める構えを見せたプロデューサーの内山も、同様の意思を私に示した。

しかしその真剣度は疑わしい。

クロ現放送から1週間余りの11月18日、大阪高裁で湯川ら関生支部の5人に対する判決があった。滋賀県内での関生支部の活動が「威力業務妨害」などに問われた裁判で、一部は逆転無罪、一部は有罪の判決が出た。関生支部は全面無罪を最高裁で得るため上告している。NHKはニュース「ほっと関西」で判決を取り上げ、5人の法廷画と共に報じた。

NHKで放送された5人の法廷画。一番左が湯川裕司委員長=2025年11月18日、NHKのニュース番組「ほっと関西」から

NHKで放送された5人の法廷画。一番左が湯川裕司委員長=2025年11月18日、NHKのニュース番組「ほっと関西」から

だが法廷画は、湯川が「かなり悪意がある」と感じたスケッチだった。関生支部は、書記長の細野直也が横里に連絡し「関生支部として抗議する」と伝えた。

抗議に対して横里は、法廷画は画家が描いたものをそのまま使うことになっていると答えるだけ。NHKとしての回答は、関生支部には来ていない。

横里ら取材班から関生支部への連絡は、それ以降は途絶えた。

NHKは公共放送か

NHK放送センター=東京都渋谷区で2026年7月1日、千金良航太郎撮影

NHK放送センター=東京都渋谷区で2026年7月1日、千金良航太郎撮影

NHKの取材は、プロデューサーの内山が私と意気投合したことで2025年の夏に始まった。熱意を持ったチーフ・ディレクターの横里、ディレクターの宮島が加わった。

彼らの意思をくじき、クロ現を骨抜きにしたのは誰なのか。どのような力学がNHK内で働いたのか。私は内山と横里に真相を語ってほしいと依頼したが、断られた。

2026年6月23日、NHK会長の井上樹彦宛に質問状を出した。以下の4点だ。

1、「関西生コン事件」に関し、TansaはNHKの取材班に当方が得た取材先の内部資料を提供するなど取材開始時から協力しました。情報管理のリスク回避、双方の取材成果を共有することでの相乗効果を得るため、NHKの取材班には取材、報道に当たっての合意文書を交わすことを求めましたが断られました。断った理由を、NHKが共同取材を行う時の取り決め、方針に沿って具体的に教えてください。

2、「関西生コン事件」に関して、NHKの取材班は当初、長期勾留による「人質司法」、検事による「関生支部からの脱退勧奨」を取り上げようとしていました。内山拓氏、横里征二郎氏の、Tansaや取材先での発言からも明らかです。しかし、2025年10月31日にあった国家賠償訴訟の東京地裁判決で、関生支部の訴えが棄却されたことにより、クローズアップ現代では「人質司法」「脱退勧奨」が取り上げられませんでした。取り上げないと決めたのは誰ですか。役職と共に教えてください。

3、クローズアップ現代では、大阪放送局の井上直樹氏が取材に当たった記者として出演しています。井上氏は関生支部を取材していませんが、何の取材をしたのでしょうか。

4、2025年11月18日、NHK「ほっと関西」で使用した関生支部組合員の法廷画に関し、関生支部書記長の細野直也氏は横里征二郎氏に関生支部として抗議しています。NHKはこの抗議を組織として共有していますか。共有している場合、どのように対応しましたか。

6月30日、NHK広報局から回答が来た。「回答者については『NHK広報局』もしくは『NHK』としていただきますよう、宜しくお願いいたします」という追記がある。こちらが会長の井上宛に質問状を送ったので、井上が回答したことにならないようにという組織内の配慮だろう。

「ご指摘の番組は、NHKが労働組合や司法・警察など複数の関係者に行った独自の取材に基づいて、放送する内容を判断しました。取材・制作の詳しい過程、及び取材先との個別のやりとりについては、お答えしておりません。以上です」

何も答えていないのに等しい。

権力監視というジャーナリズムの役割を果たさず、説明責任からは組織の保身のために逃げる。

NHKをこのまま、公共放送として存続させていいのだろうか。

(敬称略)

公開日:2026年7月15日