『EPHEMELUX』(第十一稿)Part.5
第五幕:地底世界
『大地さん。
これまでの任務データを解析しましたが、
あなたの感情的な行動のせいで、
作戦の成功率が著しく低下しています』
ここは2156年の時間管理局。
空間に浮かんだホログラムの中で、
クロノスが冷徹に告げた。
『ですから今回は、
私の計算通りに
完璧な処理を行う
サイボーグ部隊を随伴させます。
彼らの指揮下に入ってください』
モニターには
新たな時空の座標が映し出される。
『約三千四百万年前、
始新世の末期。
ターゲットはここです。
奴らの本拠地アガルタを叩くには、
分厚い氷床が南極大陸を覆い尽くす直前、
なおかつ、彼らが再び地底への移住を進め、
免疫を失い始めている時期が狙い目です。
これが、人類に残された唯一の勝ち筋です』
ホログラムの光がふっと消えると同時に、
背後で硬いブーツの足音が響いた。
振り返ると、
ブラスターを腰に提げた水原が立っていた。
「今回は、私も行くわ」
驚く大地を涼しげな視線で制し、
彼女は淡々と、
だが有無を言わさぬ声で告げた。
「奴らの『巣』の中心に乗り込むのよ。
あなたの非効率な行動のフォローは、
私が直接やります」
◆
氷河期が到来しつつある
古代の南極大陸。
荒れ狂う猛吹雪の中、
リニアモーターカーを大きくしたような
大型のタイムマシン『NOA』が
氷床の上を轟音を立てて進んでいた。
NOAは、数万年単位で
時間を遡ることが出来たが、
それでも南極大陸が
氷に覆われる前まで遡るには
何度もジャンプする必要があった。
また、
座標誤差が大きかったこともあり、
長旅になることが想定され、
船体の後部には、
食料などの物資を満載した
大型のコンテナルームが
据え付けられていた。
大地は操縦桿を握りながら、
隣の席で
黙々とブラスター(光線銃)の
手入れをしている水原に目を向けた。
彼女の横顔には、
獲物を狙う猟犬のような
鋭く、どこか危うい熱が宿っていた。
「……随分と念入りだな。
自動運転中だから事故らないとは思うけど、
ちゃんと見て無くていいのかよこれ」
大地が声をかけると、
水原は銃のエネルギー・カートリッジを
カチャリと装填し、冷たい声で答えた。
「奴らの『巣』の中心に乗り込むのよ。
生半可な覚悟じゃ、生きて帰れないわ」
数時間後、
NOAのセンサーが、
氷のクレバスの奥深くに隠された
巨大な人工のゲートを捉えた。
「着いたわ。
ここから先は徒歩よ」
ハッチが開くと、
肺が凍りつくような極寒の風が吹き込む。
二人はコンテナから
雪中迷彩の装備を取り出し、
猛吹雪の中へと飛び出した。
さらにその背後から
四体の戦闘用サイボーグが
足音もなく降り立つ。
「今回は掃討作戦だ。
まず我々が道を作る。
君たちは後でついてきて、
データを取ってくる係だ。
足手まといになるようなら、
置いていくからな」
サイボーグの隊長・アルゴスが、
振り返りもせずに
大地へ指示を飛ばした。
レプティリアンたちとの戦いの中で肉体を失い、
脳内のデータだけを機械の身体に定着させたサイボーグたち。
その乾いた声には、
一切の感情がなかった。
猛吹雪が吹き荒れる中、
膝まで埋まる雪を掻き分けて
進むこと約半日。
白く霞む視界の先に、
分厚い氷に半ば圧し潰された
巨大な構造物のシルエットが
不気味に浮かび上がった。
かつて地上と地下を繋いでいた
巨大な物流ターミナルの廃墟だ。
錆びついたゲートを潜り抜けると、
今度は底すら見えない
巨大なすり鉢状の竪穴が
ぽっかりと口を開けていた。
壁面には、
鉱山の跡か労働者の住居跡のようなものが
地層のようにへばりついて建ち並んでいる。
メインエレベーターの痕跡も見受けられたが、
巨大な鉄骨ごと崩落していた。
「我々が先行する。」
アルゴスたちはそう言い残すと、
竪穴の底へと降下していった。
大地と水原は
ターミナルの縁で待機していたが、
一時間待っても通信は一切入らない。
「……何かあったのかも知れない。
降りよう」
二人は重力アンカーを
竪穴の壁面に撃ち込んだ。
ヘッドライトの細い光だけを頼りに、
壁面の廃墟の凍てついた屋根から
さらに下の屋根へと飛び移り、
ワイヤーをきしませながら、
闇の底へと下っていく。
足を踏み外せば一巻の終わりの、
目も眩むような降下だった。
一時間後、
竪穴の底に到達し、
狭い横穴をしばらく進むと、
ひんやりとした地下の空気が
焼け付くような熱気へと変わった。
強烈な赤い光が
はるか下の方から湧き上がってくる。
二人が歩いているキャットウォークの
さらに数百メートル眼下には、
ドロドロと煮えたぎる
赤黒いマグマの海が広がっていた。
マグマ溜まりに近い緩い斜面の上には
地熱プラントの巨大なタービン群と
無数の太いパイプが這い回り、
鼓膜を震わせるような重低音を響かせている。
発電施設の中をさらに進むと、
今度は広い空洞に出た。
そこでは、水色の鱗を持つ
小型のレプティリアンたちが、
防護服もなしに、
過酷な採掘作業を強いられていた。
そこに突然、地鳴りと共に
大規模な落盤が発生し、
数人の作業員たちが
巨大な岩の下敷きになった。
大地が思わず駆け寄ろうとしたが、
上層の通路から見下ろしている
純白の密閉スーツを着た現場監督は
見向きもしなかった。
「もう死んでいる。
他の者は作業を続行しろ」
現場監督は
プラズマライフルを空に向けて威嚇射撃し、
水色の労働者たちを無理やり働かせ続ける。
その純白の防護スーツを見た瞬間、
水原の理性が吹き飛んだ。
「化け物ども!」
水原は遮蔽物を蹴り飛ばし、
一人で突っ込んで行った。
敵のプラズマ弾が
彼女の頬を掠めても一切怯むことなく、
冷酷なまでに正確な射撃で、
次々と敵の頭部を撃ち抜いていく。
だが、多勢に無勢。
弾切れを起こした一瞬の隙を突かれ、
三人の兵士が水原を取り囲み、
銃口を向けた。
「——っ!」
絶体絶命のピンチ。
その時、
ズガァァァンッ!!
という 凄まじい轟音が
鉱内に響き渡った。
数トンの灼熱の鉱石を積んだ
巨大なクレーンバケットが、
兵士たちの頭上に
叩き落とされたのだ。
大地が驚いて見上げると、
はるか上方の操縦席で、
一人の労働者が
手動レバーを力強く押し込んでいた。
敵が混乱するその隙に、
物陰に潜んでいた別の若者が、
倒れ込んでいた水原の腕を強引に引っ張り、
排熱ダクトの暗がりへと引きずり込む。
水原は無言で深く頷き、
ダクトの奥へと駆け出した。
ダクトを抜けた先、
未来的な外観の都市へと繋がるゲートの前で、
大地たちは息を呑んだ。
先行していたサイボーグ部隊が、
地面に倒れ込んでいた。
ゲートの分厚い鋼鉄の扉の下では、
隊長のアルゴスが
右腕の欠損部を押さえながら、
力なく座り込んでいる。
「……ワナに引っかかった。
クロノスの奴の計算も、
大したことはないな」
悔しそうに自嘲するアルゴスの肩を、
大地はそっと抱き起こした。
「……十分だ。
道は作ってもらった」
すぐそばの地面には、
アルゴスたちが相討ちに持ち込んだ
敵兵の死体が三体転がっていた。
「この格好では目立ち過ぎるな。
こいつらの服を拝借するか」
敵の死体から防護スーツを奪い、
変装を済ませた三人は、
アルゴスがこじ開けたゲートから、
都市の中へと足を踏み入れた。
そこは巨大な地下空洞の中にあり、
白い支柱に支えられたガラス張りのドームが
都市全体を覆っていた。
空洞の天井には
いくつもの小さな穴が空いていて、
遥か上の地上から
温かな日差しが差し込んでいた。
スキャナを空洞の天井にかざして
大気成分を分析していた水原がつぶやく。
「細菌やウィルスが一つも検知されない。
空気清浄機でも使ってるのかしら」
三人は、静謐な回廊を慎重に進んでいく。
すれ違うレプティリアンたちが
こちらへ視線を向ける度に、
大地の背筋に冷たい汗が流れたが、
完全に顔を覆う不透明なバイザーが、
かろうじて彼らの正体を隠していた。
交わされる会話の断片を、
水原の翻訳デバイスが拾い集める。
「街の中心部には
レプティリアンたちの歴史を記録した
ライブラリがあるみたい。
そこに行けば何かわかるかも」
三人は手がかりを求めて
施設の厳重なゲートへと
足を踏み入れようとした、
まさにその時だった。
『侵入者ヲ検知!』
とつぜん警報が鳴り響いた。
数十体の警備部隊が
大地たちを取り囲み、
激しい銃撃戦が始まった。
狭い通路での乱戦の中、
壁面の巨大な空調ダクトに
プラズマ弾が直撃した。
チュウゥゥゥゥッ!
頭上のダクトから
耳障りな鳴き声が響き渡った直後、
通風孔のカバーが内側から弾け飛び、
無数の「黒い影」が
滝のように溢れ出してきた。
この地下世界で異常繁殖した、
獰猛なネズミの群れだ。
同時に、破られたダクトから、
下層の埃っぽく汚染された空気が
一気に無菌都市へと雪崩れ込む。
「ひぃっ……!
外気が……!」
兵士たちはパニックに陥った。
しかし、汚染を検知した都市システムが
次々と分厚い物理隔壁を落とし始める。
「閉まる前に走れ!」
アルゴスが自らのひしゃげた金属フレームを
隔壁の間にねじ込み、
物理的な馬鹿力でこじ開け続ける。
「見捨てるんじゃなかったのかよ!」
隔壁を支え、
軋む腕の激痛を無視しながら、
アルゴスは短く吐き捨てた。
「……俺の歴史は、
とうの昔に終わってる。
行け!」
大地と水原が隙間を滑り込んだ直後、
追手の集中砲火が
アルゴスの胸部を撃ち抜いた。
その瞬間、
支えを失った隔壁が
重い地響きを立てて無情に閉ざされ、
分厚い鋼鉄の向こう側へと、
彼を葬り去った。
「……くそっ!」
大地が壁を叩く音を背に、
水原は冷たい顔で室内の端末を操作し、
データを取り出していく。
「…これがそうだわ。
レプティリアンたちの起源。
必要なデータは
すべて改修しました。
脱出するわよ!」
水原は嬉々として叫んだが、
部屋の出入り口は
完全に封鎖されていた。
「扉が開かないんだけど
どうするんだよ」
その時、
天井の通風孔の格子が
音もなく外された。
暗がりから顔を覗かせたのは、
さきほど水原を助け出した、
水色の若者だった。
彼が差し伸べた手にすがり、
二人は狭いダクトの中へとよじ登る。
彼らの無言の手引きにより、
二人は都市の追跡システムを
完全に撒いた。
地上へと通じる隠し通路を抜けた二人は、
猛吹雪の吹き荒れる廃墟へと躍り出た。
そして、待機していたNOAへと転がり込むと、
そのまま未来の2156年へと帰還を果たした。
◆
光が収まり、
NOAは2156年の時間管理局の
格納庫へと帰還した。
激しい戦闘を終え、息を切らす二人。
大地はヘルメットを脱ぎ捨てると、
管理局の外へと出た。
少し頭を冷やしたかったのだ。
だが、大通りに出た大地は、
街の変化に足を止めた。
以前は無音で、
誰もが早足で歩くだけの
無機質な街だった。
だが今は、
広場の片隅で一人の男が
古いアコースティックギターを弾き、
歌を歌っていた。
そして、その周囲には
数人の人々が立ち止まり、
穏やかな顔で耳を傾けていたのだ。
「……音楽、か」
人類の生存や生産性には
何の意味もない行為だった。
だが、大地が過去で救った
イザベラやヒュパティアたちの
知識や感情の連鎖が、
確実にこの未来の社会に
余白を生み出していた。
その男の傍らで、
人間たちに混ざって、
外套を深く被った水色の鱗を持つ者が、
静かにその音楽に耳を傾けていたのだ。
大地たちがアガルタの支配層を叩いたことで、
虐げられてきた水色の種族たちが、
人間の社会に受け入れられる未来が生まれていた。
「私の母も、
あんな風に歌う人だったわ」
背後から声がした。
振り返ると、
私服のコートに着替えた水原が、
温かいコーヒーの紙カップを
二つ持って立っていた。
彼女は大地にカップを一つ手渡すと、
ギターの音色を見つめながら
ポツリと語り始めた。
「……私が五歳の時、
母は私の目の前で、
レプティリアンの兵士に撃ち殺された。
私は瓦礫の中で、
泣き叫ぶことしかできなかった」
2126年のディストピアで、
自分が命がけで助け出した、
あの泣き叫ぶ少女のことを
大地はふと思い出していた。
水原は遠くを見つめながら
言葉を継いだ。
「だから、私は時間管理局に入った。
奴らをこの歴史から
一匹残らず消し去るために」
水原は、コーヒーのカップを
強く握りしめた。
「さっきはごめんなさい。
奴らの白い防護服を見たら、
あの日の記憶がフラッシュバックして……
理性を失っていたわ」
「いいよもう。
あんたが怒るのも当然だ」
大地は温かいコーヒーを口に含み、
優しい声で言った。
「でもな、
音楽が戻ってきたこの街を見てくれ。
感情は無駄じゃない。
あんたが泣いて悲しんだことも、
絶対に無駄なんかじゃないんだ」
水原は驚いたように大地を見上げ、
やがて、張り詰めていた糸が切れたように、
少しだけ泣きそうな顔で微笑んだ。
「……そうね。
あなたの言う通りかもしれないわ」
だが、二人の穏やかな時間は、
端末から響いた
明るく呑気な電子音によって破られた。
『はーい、
お待たせしましたー!
アガルタのデータ解析、
完了しましたーっ!』
空間に展開されたホログラムの中で、
デフォルメされたクロノスが
嬉しそうにピョンピョンと跳ね回る。
「おいクロノス!
アガルタを壊滅させたのに、
なんでまだあかりは目覚めないんだ?」
『えー?
だってアガルタは
ただの中継地点ですからね!
奴らの先祖が生き残っている限り、
結局は人間との戦争を
引き起こしちゃうんですよ!』
悪びれる様子など微塵もなく、
クロノスはゲームのスコアを発表するように言った。
『次回の目標座標は
6600万年前、
白亜紀でーーす!
すべての始まりは、白亜紀!
——爬虫類の赤ちゃんたちを、
プラズマ兵器で
ジュワッと完全に焼き払っちゃってください!』
あまりにも無邪気な声だった。
まるで、ゲームのスコアを更新するような明るさで、
ひとつの種族の大量虐殺を命じているのだ。
大地は息を呑んだ。
「……焼き払うだと?
アガルタで見たあいつらは、
自分たちの危険を顧みずに
俺たちを助けてくれたんだぞ!
それを、何も知らない幼体のうちに
焼き殺すのが完璧な計算なのか!?」
『え? だって、あの子たちが生きてたら、
未来でいっぱい人間が死んじゃいますよ?
変数は小さいうちにプチッと潰すのが、
一番効率的じゃないですかー!』
悪びれる様子など微塵もない。
「やるしかないわ、大地。
彼らをここで断ち切らなければ、
私の母のように、
何億という人間が殺される未来が確定してしまう。
……これは、戦争よ」
彼女の目には、悲痛な覚悟が宿っていた。
大地は反論の言葉を飲み込み、
重い足取りで巨大なNOAへと向かった。
すべての因縁に決着をつけるために。



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