結局「障碍」ってなんだろう?
16歳で発達障碍の一つであるASD(自閉スペクトラム症)と診断されて、もう2年が経った。
どういうところが ′障碍′、即ち′障壁′なのか、どういうところが他の人と違う/ズレているのか、これらはいつも考えるし誰かに聞かれたこともある。
言葉遣いは独特でも語彙力はあって、勉強自体は得意。どちらかといえば一般的に「頭がいい」方なんだとは思う。勿論、表層だけで言うなら多くの人から見て「普通」か「変わり者」の範疇ではあろう。しかし、高校は留年・不登校の末に中退、進学した大学でもミスマッチでドロップアウトしかけている。そして3ヶ月前に人生2度目の救急搬送をされたばかりだ。
何が他の人と′違う′のか?
それは
・大抵の人が感覚的に理解できることが詳細な確認・質問の末やっと理解できるかどうか
・他の人は学業とバイトを両立させていても私は学校に行き来するだけで精一杯
・情緒不安定で思い通りにならないと公共の場でも混乱を露わにしてしまう
つまりは消耗しやすく不均衡であることに収斂するだろう。
それらが結果として、社会と擦り合わせる過程での「障碍」となると考えれば説明がつく。しかし何かを変えればその「障碍」がなくなり好転するのかと言われると、それは非常に疑わしい。現在は仮面浪人という立ち位置だが、合格して大学が変わったところで楽しい学生生活が待っているとは到底期待できない。高校受験で第一志望に合格しようが、大学受験を短期間で終わらせようが結局この様なんだから。周りに娯楽的資源がたくさんあるのがせめてもの救いだ。大学に行かなくても、就職だってしなくても生きてはいけることではあろう。しかし本質的に社交的なのもあって、孤独は死より辛いし恐ろしい。どんなに社会的規範から外れていてもどこかには所属したい。それが時にSNS上の′界隈′、或いは学校というレールだったりするのだろうが、結局のところどこに行っても外れ値か沈澱物にしかなれない。
「普通になりたかった」、そう漠然と願う。その「普通」が何かもわかっていないが。


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