中学校、誰にとっても苦手だったのかも
中学校好きでしたか?
私の通っていた大学の授業には半数以上、外国人留学生が出席していました。そんな多様性の高い学校の、現代文学の授業の中で見つけた興味深いことをお話しします。
学校が苦手な人や、苦手だった人に「なーんだ」と軽やかな気持ちになっていただければ嬉しいです。逆に学校大好きな人は、少しだけ閲覧注意かもしれません。こんな人もいるんだな、と思って暖かい目で見てくださると嬉しいです。
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授業での多数決の結果
ある日の大学での授業のことです。それはアメリカ人の教授による現代文学についての授業の最中でのことでした。きちんと覚えているわけではありませんが、たしか中学生が登場する小説を読んでいたのだと思います。中学生らしい葛藤が表現されている本でした。
その題材について話し合っている中、教授がおもむろに、
「この中で中学が嫌いだった人?」
とクラス全体に問いかけました。
驚いたことにクラス全員の手があがっていました。そのクラスには色々な国籍の生徒がいました。性別も色々です。それなのにクラス中が手をあげていたのです。
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内向的でも、外交的でも、日本でも、外国でも
もちろんいい思い出も少しはありますし、まだ仲良くしている中学時代の友人も何人かいます。それでもやっぱり私も中学が嫌いだった1人です。
最初、これは外向性・内向性の問題なのかと思っていました。内向的で、人と少し違っているから中学か苦手だったのだと思っていました。でもそれは違うみたいです。外交的な私の姉妹も、やっぱり中学が苦手でした。例の授業のクラスには、一般的にはパリピと言われそうな人たちもたくさんいました。
また、自分があまりにも日本に不適合なんじゃないかと思ったこともありました。でも他の国で育った人たちも、その国の中学が苦手だったみたいです。単純に国や文化の違いでもなさそうだと感じました。
内向的でも、外交的でも、日本でも、外国でも…
どうして中学はこんなに苦手意識の詰まった場所になったのでしょう?
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ゆるい考察
中学校は、不運なことに、色々なことが相互作用し、相乗効果で爆発して、誰にとっても苦手な場所になっているのかなと考えています。
① 思春期
思春期はホルモンの関係もあって不安定な時期だと言われています。ホルモンは頑張ってコントロールできるものではありません。
教授は男性だったのですが、「よくわからないけど、たぶんテストステロンの増加のせいで、すべてのものを殴りたいようなエネルギーを感じていた」とおっしゃていました。
また、感じ方にも違いが出てくる時期だったように感じます。子どもでも大人でもない時期、多感と言われたその頃は、皆が触れたらすぐ爆発してしまう水風船みたいだったのかもしれません。
② 部活動
私はあまり熱心に行っていなかった方なのですが、部活に打ち込んでいた人たちは、それはそれで色々な問題にぶつかっています。何かに向かって一丸となっていくという行為は難しいです。モチベーションの差だったり、性格の不一致だったり…。
人生で初めて、自主性を持ってチームで活動するのが中学の頃だったのかな、と思います。そしてそれに付随して良い思い出だけでなく、苦い思い出もたくさんできてしまうのではないのでしょうか。
③ 受験を強く意識させられる初めての場
ほとんどの人の初めての受験は高校受験です。つまり中学時代はそれに向かって努力をしなければならない時期だということになります。成績に優劣がつけられたり、偏差値で自分の存在価値を数値化されるのは、あまり気持ちが良いことではないです。
勝ち組、負け組などという言葉も、この時期までは考えもしなかったのではないでしょうか。選ばれなければいけないというプレッシャーは、中学時代のみならず、大人になっても辛いものだと思います。
このように中学時代は、初めてかかるストレスの種類が豊富だったように感じます。その結果、おおくの人にとって苦手なイメージが残る場所になっているように感じます。
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おわりに
私はあの授業中の多数決で救われました。「なんだ、みんなそうじゃないか」
「なんだ、世代や国が違ったってそうじゃないか」とほっと胸を撫で下ろせたのです。
もしかして、ちゃんと中学時代の自分に聞いたら、どの理由もトンチンカンで当てはまっていないかもしれません。それでも一つだけ言いたいことは、「中学嫌いだな」と感じてもそんなに気にしないで平気だということです。
《中学校、誰にとっても苦手だった説》は私が身の回りで発見したことだけをもとに勝手に考えたものです。思うことがある方は、ぜひコメント欄で教えていただければと思います。


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