人工的に右脳の大逆襲を起こす
左脳の逆襲という言葉があるのなら、右脳の逆襲があってもいいじゃない。
わたしはそう思った
ところで、左脳の逆襲はまったく予測出来ない。
ポケモンで草むらを歩いていたら突然キャタピーに出くわすようなもので、素人にはどうにも避けようがない。
来るときは来る。来ないときは来ない。完全に向こう側の都合である。
一方で、右脳が逆襲を起こすには、棚からぼたもちとはいかない。
ちょいとひと手間。そう、意識の介在が必要なのだ。
身体に意識を向けること。
お腹に意識を向けること。
それが右脳の逆襲であり、左脳への戦線布告であり、左脳に運ばれるナフサを止めることに繋がるのである。
去年の5月のちょうど今頃──わたしは第一次右脳の大逆襲を企てた。
世にいう、第一次左脳征夷作戦である。
わたしは狂ったようにエレコを行った。
あまりにやりすぎて、自分がエレベーターだったのかエスカレーターだったのかすら忘れたほどだ(どちらにせよ、上下に動いていたことは確かだ)
朝早く起きては瞑想に臨んだ。
近隣のおじいさんたちがたむろする清廉な公園へ出かけ、日の光を全身で浴びた。
裸足で草むらを歩き、足の裏の感覚をひとつひとつ丁寧に確かめた。
朝露が草の先で水玉のように光っているのを見ながら、
「世界は──なんて美しいんだ!」
と本気で思っていた。
まさに右脳の大逆襲は成功していた。
左脳さんも、ちょっと半泣きだった。
しかし実際には、わたしは左脳さんの手のひらの上で転がされていただけだったのである。
彼等の逆襲は唐突だった
左脳さんの反撃はもはや奇襲であり、トロイの木馬であり、「そこを突いてくるのかよ」という、今まで体験したことがないジャンルの出来事として降ってきた。
勝ち確していたわたしに、左脳さんの綺麗なカウンターが決まる。
昨年の第一次右脳の大逆襲は、こうして半ば頓挫した。
敗因は、油断である。あと多分エスカレーターのやりすぎ。
しかし時は2026年
星回りを味方につけ、長年勤めた仕事を休み、途方もなく暇になったわたしは──
今年こそ、もう一度、右脳の大逆襲を起こす。
左脳への血流をストップさせ、自分自身が納得できる完全な右脳回帰を目指す。
左脳へのナフサ供給を完全に断ち、左脳さんの世界のトイレもユニットバスも、もう一切作れないレベルにまで追い込む所存だ。
今回は油断しない。
今回は本気だ。
今回は、エレベーターかエスカレーターかくらいはちゃんと覚えておく。
左脳さんに告ぐ。
今なら白旗あげるの、間に合いますよ───


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