ルッキズムは、女性だけの問題ではない
ルッキズムの話をすると、実生活に影響を及ぼす割合的にもどうしても「女性」の話が中心になる(※今回は、多様な性が存在するなかで、あえて女性・男性といった主語で書くことをご了承ください)。けれど、今回は「男性」の話をしたい。
ルッキズムは女性だけの問題かと言えばまったくそうではなく、すべての性別の人に「容姿で判断される」ということは起こり得る。
男性社会には、女性社会とはまたちがった生きづらさがあり「○○じゃなきゃ男らしくない」「男なら○○できなくては」といった呪いも、近年和らいできたとはいえ、ぜんぜんまだある。今でもよく目にするのは「身長」「筋肉」「髪の薄さ」など、男性に押し付けられるルッキズムだ。
「男なら大きくなくては」という呪い
漫画のなかで、大輝がとらわれているのも「男=大きくなければ」といった類いのルッキズム。クラスメイトたちの身長が伸び、筋力がついていくなかで、自分は小柄なままであることが気になる年頃だからこそ、悩みも深まっていく。
なぜ男性は背が高くないといけないんだろう? 筋肉がついてなきゃいけないんだろう? そのほうがモテるから? 強そうだから? かっこいいから? いやー、殴り合って勝敗が決まる弱肉強食の社会なら、まあたしかにデカいほうがいいだろうけど。そんなの時代遅れどころか、私たちの生きる現代社会ではなかなか見ることはない。社会が作っている、あまりに不必要な「こうあるべき」に、男性たちも苦しめられている。
近年では「男性の美」にもいろいろな視点が加わってきた。一昔前のいわゆる「ゴリゴリのマッチョ」だけが正解ではなく、男性もスキンケアやメイクをして美しく……みたいなものも正解の一つとして人気になってきた。いろいろな表現が出てきたのはよろこばしいけれど、これまで女性が抱えてきた「痩せ」「艶肌」「脱毛」といったルッキズムが、男性にまで押し付けられ始めていないか心配にもなる。
「傷つかないだろう」という思い込み
さらに、男性に対しては「容姿のことを言ってもいい」「女性ほど繊細ではないので傷つかないはず」といったバイアス(偏見)も加わっていないか、考えてみてほしい。女性に「デブ!」とはさすがに言わないけれど、男性だったら「チビ、デブ、ハゲ!」みたいな言葉を投げつけていじっても大丈夫……みたいな。ぜんぜんそんなことないのにね。容姿のことを言われれば気になる、嫌な言葉をぶつけられたら傷つく。そんなの、性別はまったく関係ない。男性同士のノリが重要視されるホモソーシャルな空間のなかで、「嫌です! 傷つきました!」と言える人がどれほど、この世にいるんだろう……。
「男らしさ・女らしさ」という性別の枠、「かっこいい・かわいい」という美の基準。社会には「こうあるべき」があふれている。そこに抗っていくことにも、性別は関係ないはずだ。男性でも女性でも、決められた枠ではなくて「自分らしい」身体の成長や容姿を楽しんでいこ!
第一話:容姿を褒めるのはNG? 部下や子供に「かわいいね」、悪気ないその一言が"正解の押し付け"になる瞬間