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残念ながら閉店してしまったアメリカの人気レストラン40

かの有名レストランたちが続々登場

Headshot of ELLE gourmetBy ELLE gourmet
Restaurant, Building, Signage, Electronic signage, Café, Coffeehouse,
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移り変わりの激しいトレンドと家賃の高さが原因で、アメリカでもこれまで多くのレストランが閉店に追いやられてきた。なかにはそれまで何十年も人気を誇ってきたレストランも……。
セレブ御用達のおしゃれスポットから地元の人気店まで、惜しまれつつも閉店してしまったアメリカのレストラン40店舗を一気にプレイバック! 

1961年 マクドナルド

1961年 マクドナルド
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世界中に3万7,000店を展開している「マクドナルド」。さすがに世界中からなくなることはなさそうだけど、元々1948年にカリフォルニアのサンバーナーディーノに開店した、オリジナル店舗のドライブインスタイルの「マクドナルド」はもう姿を消している。
 
1961年、創業者のリチャード&モーリス・マクドナルド兄弟は、フランチャイズのエージェントだったロイ・クロックに、会社の権利とともに自分たちの名前の権利まで譲り渡してしまった。店舗だった建物は1971年に解体され、飲食店を経営する実業家アルバート・オクラがマクドナルドの非公式の博物館を開館した。

1965年 ストーク・クラブ

1965年 ストーク・クラブ
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「ストーク・クラブ」は19世紀初め、ニューヨーク社交界の中心地だった場所。1929年から1965年まで、このレストランとナイトクラブにはセレブとソーシャライトが集まり、カクテルやステーキ、ダンスを楽しんだという。
 
著名人の集まる一流スポットだけに、1965年に閉店した際は移転するという噂が流れたそう。けれど、オーナーのシャーマン・ビリングスレーが閉店直後に亡くなり実現しなかった。このクラブを象徴する建物はその後解体され、公園ペイリーパークへと姿を変えた。



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1968年 ミニー・パールズ・フライドチキン
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1968年 ミニー・パールズ・フライドチキン

1966年、「ミニー・パールズ・フライドチキン」はアメリカ全土で人気を集めていた「ケンタッキー・フライドチキン」に対抗すべく開店。創始者のジョン・レイ・フッカーは「ケンタッキー」を真似して「ミニーパールズ」を作り、当時人気だったコメディ女優ミニー・パールをスポークスパーソンとして起用した。
 
順調に成長し株式を公開したけれど、証券取引委員会による帳簿の調査を受けたことがきっかけになり1968年に閉店してしまった。

1971年 トゥーツ・ショールズ・レストラン
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1971年 トゥーツ・ショールズ・レストラン

1940年代から50年代、フランク・シナトラ、マリリン・モンロー、ジャッキー・グリーソン、ジュディ・ガーランドをはじめとするトップクラスのセレブは、みんなこのレストランの常連だったという。
 
バーナード・ショールが経営していたこの高級バーでは、ステーキやベイクドポテトなどが楽しまれていた。けれど本当に注目を集めていたのは集まる客たちだったそう。
 
1971年に閉店。税金の代わりに店舗が押収されたことが原因だった。その1年後ショールは再び営業を始めたが、人気は取り戻せなかった。

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1979年 クラウド・クラブ
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1979年 クラウド・クラブ

ニューヨークのクライスタービルディングの68階にあった、会員制のランチョンクラブ「クラウド・クラブ」。40年以上に渡り業界の大物たちの集う場所として存続した。
 
オープンしたのは1930年。それ以来「クラウド・クラブ」はプライベートなロッカールーム、シガーコレクション、そしてマンハッタンの眺望など、料理以外の多くのものを提供していたという。
 
1979年に閉店してからは空きスペースとなり、もともと建物にあったアールデコの家具やしつらえは撤去されるか、もしくはそのまま傷んでしまった。

1982年 サンボズ

1982年 サンボズ
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道路沿いのダイナーの人気が最高潮に達した1957年。その年にオープンしたこのカジュアルレストランは、ふわふわのパンケーキが看板メニューで高い人気を集めた。なんと全米47州に店舗が作られたほど! 
 
とはいえ、"サンボ" はアフリカ系アメリカ人を指す侮蔑的な言葉だったため、開店当初から議論を巻き起こしていたという。店舗が増えるにつれ、この店の時代を考慮しない宣伝やマーケティング手法が、とくに大きな都市で問題視されるようになった。
 
その後レストランは「ノー・プレイス・ライク・サムズ」もしくは「ジョリー・タイガー」と名前を変えた。しかし今はオリジナルの「サンボズ」が1店舗だけカリフォルニアのサンタバーバラに残され、創始者の孫が経営している。

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1985年 ダブローズ・カフェテリア
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1985年 ダブローズ・カフェテリア

30年以上にわたって家族経営で続いたこのカフェテリアは、有力な政治家たちが政治キャンペーンツアーの途中で立ち寄り、集会を行う場所として使われてきた。ジョン・F・ケネディや下院議員のエド・コッチもここで集会を行なったとか。
 
さらに地元の人たちのダイニングとしても人気だったそう。しかし1980年代の終盤、ダイナーの人気が衰退するのとともに、残念ながら姿を消してしまった。

1986年 ジーノズ・ハンバーガーズ

「ジーノズ・ハンバーガーズ」は、ドライブインスタイルのハンバーガーショップとして、1950年代終わりにメリーランド州のボルチモアに開店した。当初の名前はシンプルに「ジーノズ・ドライブイン」だったらしい。
 
ボクサーのモハメド・アリやコメディアンのスーピー・セールズのおすすめの店として有名になり、さらに「サーロイナー」「ジャイアント」といった巨大なハンバーガーのメニューでもよく知られるように。
 
1982年、会社は「マリオット」に売却され、「マリオット」のチェーン店「ロイ・ロジャーズ」を拡大するための足掛かりとして使われることになった。1986年までには "ジーノズ" という名前の店はすべて閉店してしまった。

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1987年 ブラウン・ダービー

1987年 ブラウン・ダービー
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1926年にハーバート・K・ソンボーンがハリウッドのウィルシャーブルーバードに最初の店舗をオープンして以来、このレストランはハリウッドの名物として人気を集めた。セレブが集まる場所として有名になり、風刺画が飾られた店内のインテリアや山高帽のようなユニークな建物も注目を集めたそう。
 
しかし、ハリウッドの黄金時代が終わるのと同時に「ブラウン・ダービー」の全盛期も過ぎ、1987年までには4つあった店舗もすべてなくなってしまった。



1989年 ビーフステーキ・チャーリーズ

1914年にマンハッタンにオープン、人気店となった「ビーフステーキ・チャーリーズ」。80年代にアメリカの北東部に広くチェーン展開し、ビュッフェスタイルのサラダバーとシュリンプバーを宣伝するCMで客を魅了した。
 
けれど残念ながら1987年に買収され、徐々に経営状態が悪化、そのまま閉店へ。




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1994年 ボストン・シー・パーティ

大抵のテーマレストランが成功していた70年代後半、なかでももっとも独創的だった「ボストン・シー・パーティ」。航海をテーマにしたシーフードレストランで、ウェイターたちの制服も植民地風の衣装だったそう。
 
国中に店舗を展開していたけれど、そのうち徐々に店舗が減少。1994年に最後の店舗がクローズした。




1995年 チャセン

1995年 チャセン
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「チャセン」は1936年にウェストハリウッドに開店し、すぐにハリウッドのセレブ御用達の店になった。名物メニューはチリで、なんとアカデミー賞授賞式のアフターパーティの会場としても利用されたとか!
 
魅力的な社交場として人気を博したものの、24年後の1995年に閉店してしまった。







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1996年 バーガー・シェフ

1954年、「バーガー・シェフ」は小さなバーガーショップとしてインディアナ州にオープン。その後1,000店以上を展開し、「マクドナルド」のライバルと言われるまでに成長した。
 
1982年、経営陣は店をレストランチェーンの「ハーディーズ」に売却。1996年に「バーガ・ーシェフ」として営業していた最後の店が看板を下ろした。






1996年 ミスター・ステーキ

1996年 ミスター・ステーキ
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質のよいステーキをリーズナブルに提供するレストランとして、1960年代にアメリカを席巻した「ミスター・ステーキ」。最初はコロラドスプリングスの小さな店だったけれど、アメリカとカナダに200店舗以上を展開するチェーン店に成長した。
 
1980年代、チキンや魚にメニューを切り替えると経営が徐々に悪化。フランチャイズの営業権の一部を売り、経営規模を少しずつ縮小していった。1990年代半ばに最後の店舗が閉店した。




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1998年 ケニー・ロジャーズ・ロースターズ

カントリーシンガーのケニー・ロジャーズは1991年にレストラン業に進出、チキン料理を得意とするチェーンレストランを始めた。それはカジュアルなダイニングで、絶大な人気を誇るというほどには至らなかったそう。
 
それでもコメディドラマ「となりのサインフェルド」に登場したことで、人々の記憶に残っている。今もまだ数店がアジアで営業を続けている。




1998年 サイン・オブ・ザ・ドーブ
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1998年 サイン・オブ・ザ・ドーブ

1998年に閉店、取り壊された後も、「サイン・オブ・ザ・ドーブ」はニューヨークの失われた宝物として今も人々の記憶に残っているという。
 
新聞『ニューヨークタイムズ』はこのレストランをこう描写している。
「このレストランが街から消えてしまったことは物理的なもの以上の意味を持つ。サントファミリーグループがアッパーイーストサイドで経営していた多くの象徴的なレストランの1つであるこの店は、ステンドグラスで囲まれた庭での上質なディナー体験から、最高の場所と評されていた」

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1999年 ファッション・カフェ
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1999年 ファッション・カフェ

1990年代、あるレストラングループがスーパーモデル人気にあやかろうとして立ち上げたのがこのレストラン。
 
ナオミ・キャンベルやシンディ・クロフォード、エル・マクファーソン、クラウディア・シファーなど、時代のアイコンだったファッションモデルたちを集め、大々的に宣伝していた。海外進出を果たしたものの、1999年に閉店している。

2000年 ヴァレス・ステーキハウス

1933年に開業したこの店は、ステーキとロブスターがディナーメニューとして人気を誇った時代の恩恵を受け、1960年代に大きく拡大した。
 
その後10年間に店舗の数は激増したものの、1970年の不景気の煽りを受けた。そしてその後も経営は長く続いたが、勢いが完全に復活することはなかった。2000年に最後の店舗がクローズに。




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2000年 ラ・プティ・ブーランジェリー

店名はフランス語だけれど、「ラ・プティ・ブーランジェリー」はアメリカのベーカリーチェーン。小さなベーカリーという意味の通り、最初は2軒の小さな店でスタートした。
 
1982年に「ペプシコ」がこの店を買収し、アメリカ中に展開を開始。名物は温かいクロワッサン。全盛期には93店舗あったものの、徐々に減少し2000年に閉店してしまった。




2001年 ザ・オリジナル・スパーゴ
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2001年 ザ・オリジナル・スパーゴ

世界的に有名なシェフ、ウルフギャング・パックが経営するこのレストランは1982年にハリウッドのサンセットストリップにオープン。すぐにハリウッドの人気レストランになった。
 
他の場所にも店舗を拡大していたけれど、パックは2001年、ハリウッドの名物となっていたオリジナルの店舗を閉店することを決めた。

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2002年 ビル・ナップス

この店は品質の良い素材と、家庭料理(もちろん極上のチョコレートケーキもその1つ)をメインとしたメニューで人気店になった。
 
1948年にミシガン州で開店して以来、アメリカ全土に店舗を展開、60店舗以上まで拡大したけれど、2002年に閉店した。







2004年 チーチーズ

「チポトレ」と「タコベル」の前にはこの「チーチーズ」があった! リーズナブルでカジュアルなメキシカンダイニングで、オープン後たちまちみんなから愛されるレストランに。
 
でもこのレストランのアイデアはすぐに他店に真似され、「チーチーズ」はそれらに対抗できなかった。2003年に会社は破産を申請。翌年には肝炎の流行の発生源として訴えられ、営業を終了した。





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2006年 ストック・エクスチェンジ・ランチョン・クラブ

2006年 ストック・エクスチェンジ・ランチョン・クラブ
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ウォール街の大物たちがどこでお昼休みを過ごすのか、不思議に思ったことのある人もいるはず。ある時期、ウォール街の重役たちの多くはこの店でランチを食べていたそう。
 
ここはニューヨーク証券取引所の7階にある会員制のダイニングクラブで、1898年に創業した。その後2006年4月に閉店し、すでに遠い記憶になりつつある。




2007年 オフィシャル・オールスター・カフェ

2007年 オフィシャル・オールスター・カフェ
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1990年代、特殊な演出のあるレストランが人気を博した。その流行を受け、アイスホッケー選手のウェイン・グレツキー、プロテニス選手のアンドレ・アガシ、アメリカンフットボール選手のジョー・モンタナなどが集まり、プラネットハリウッドと組んで開店したのがこのチェーン店。
 
店内にはスポーツにまつわる多くの記念品が飾られ、伝統的なバーフードがメニューに揃っているだけではなく、有名スポーツ選手やセレブたちとのイベントやプレミアを開催していたことで知られている。でも経営はホームランというわけにはいかず、2007年に閉店した。

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2008年 グーギーズ・イタリアン・ダイナー

2008年 グーギーズ・イタリアン・ダイナー
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2000年代初めからニューヨークではたくさんの有名レストランが閉店してきた。「グーギーズ」はアッパーイーストサイドでも、評価の高いイタリアンカジュアルレストランとして人気を獲得。2008年に閉店してしまったけれど、今も人々に惜しまれている。







2008年 ステーキ・アンド・エール

1966年に開店したカジュアルなステーキハウス。ステーキとサラダバーという組み合わせは、当時としては時代を先取りしたメニューだった。
 
2008年に破産し、メニューとブランドの資産を「レジェンダリー・レストラングループ」に売却。ファンからは復活を望む声も根強く上がっている。





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2011年 イレインズ
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2011年 イレインズ

1963年に開店した「イレインズ」は、2011年に閉店するまでずっとニューヨークの名物スポットだった。
 
セレブやソーシャライトに人気の店だったため、店の代名詞とも言えるこの木の扉を出入りする有名人を一目見ようと、黄色の天幕の近くには多くのファンやパパラッチたちが集まったそう! 伝説的な経営者イレイン・カウフマンが2010年に亡くなり、店も閉店した。

2012年 リヨンズ・レストラン

「王のように食べろ」と宣伝していたリヨンズ・レストランはカジュアルなディナーと低価格の朝食を提供、「デニーズ」のライバルだったという。1952年にオープンし、その後、数年間成長を続けた。
 
けれど1998年に破産を申請、2001年に売却された。2012年に最後の店が閉店した。






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2012年 ザ・ステージ・デリ

2012年 ザ・ステージ・デリ
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1937年にニューヨークの7番街にオープンしたこの店は、街でもっとも人気のあるデリのひとつで、ブロードウェイにインスピレーションを受けて作られたメニューで知られていた。
 
75年にわたって経営を続けていたけれど、2012年にその歴史に幕を閉じた。







2013年 バホーカ

2013年 バホーカ
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アメリカで当時話題となっていたポリネシアンレストランブームにのって、1967年にロサンゼルスでオープン。
 
家族経営だった「バホーカ」は、魚の泳ぐ水槽や目新しいインテリアで人気に。でもその後閉店、人気のポリネシアンドリンクが飲めたのも2013年までだった。






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2014年 パスティス

2014年 パスティス
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1980年にオープンした「パスティス」。フランス料理とビストロ風のインテリアがニューヨークのレストランシーンで人気を博した。
 
惜しまれつつも2014年に閉店。その後なんと2019年に場所を変えて営業を再開、ニューヨーカーを喜ばせた。







2016年 ダ・シルバーノ

2016年 ダ・シルバーノ
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ニューヨークのグリニッジ・ヴィレッジで45年にわたって、本格的で高級なイタリアンを提供してきた「ダ・シルバーノ」。
 
外の席でディナーが楽しめること、しばしばセレブが姿を見せることで人気だったけれど、残念ながら2016年に閉店。最低賃金と家賃の高騰が理由だと言われている。






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2016年 カーネギー・デリ

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ニューヨークのデリシーンでもっとも重要な店、「カーネギー・デリ」。テーブルが空くのを待つ人が1ブロックにわたって並ぶほど人気だったそう! 
 
78年にわたり、人々をパストラミとコールスローサラダで楽しませたけれど、2016年に閉店した。








2017年 ベソ

2017年 ベソ
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女優のエヴァ・ロンゴリアが経営していたことで知られるこの店は、2008年にオープンし、2016年に改装のために一時閉店していた。
 
しかし翌年、新しいオーナーがレストランの名前を変えて再開することが明らかに。「ベソ」はそのままなくなってしまった。







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2017年 ラムズ

マイアミビーチである兄弟が開業、ビールでスチームしたホットドックで人気を博し、アメリカ中に400店以上を持つチェーン店に成長した「ラムズ」。けれど兄弟は1971年、「ケンタッキー・フライドチキン」で有名な「KFC」の経営者ジョン・ブラウンに会社を売却。
 
何年にもわたって「ラムズ」はショッピングモールに欠かせない店だったけれど、経営権がスイスのファーストフードレストランチェーン「ウィナーヴァルド・ホールディングス」に移った後、ラムズは破産を申請。閉店を余儀なくされた。ネブラスカ州のベルビューにあった最後の店も2017年に閉店している。

2017年 スシ・サンバ
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2017年 スシ・サンバ

日本、ブラジル、ペルーの要素をミックスさせたこのレストランは、競争の激しいニューヨークのウェストヴィレッジで生き残り、1990年代後半から2000年代初期にかけて話題性の高いレストランとして人気を集めた。
 
マイアミの店舗はまだ残っているけれど、ラウンジのようなニューヨークの店舗は2017年に閉店してしまった。

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2017年 ハワード・ジョンソン
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2017年 ハワード・ジョンソン

20世紀中頃までアメリカのどこに行ってもある店で、趣味が悪いと評判のオレンジ色の屋根、貝のフライで知られていた。
 
アメリカを横断する旅行者たちの御用達レストランだったけれど、21世紀に入り、店舗の数が減少し2017年に閉店した。

2018年 ル・シルキュ

2018年 ル・シルキュ
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「ル・シルキュ」は、退廃的なまでに贅沢なフランス料理で1980年代に時代を席巻したレストラン。上質なディナーを体験できる店として知られていた。
 
2006年にブルームバーグタワーに店舗が移ったけれど、家賃の高さが理由で2018年にクローズ。







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2019年 バルブート

2019年 バルブート
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ニューヨークのウェストヴィレッジにあった「バルブート」は、カジュアルだけれどシックなイータリーとして人気を集めた。
 
ジューシーなローストチキン、ボリュームたっぷりのケールサラダ、薪を使った釜で焼いたピザで15年に渡り人々を楽しませたけれど、2019年5月に閉店。






2019年 ザ・グリル

2019年 ザ・グリル
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「フォーシーズンズ」が経営するニューヨークの東49番街のダイニングルーム。再オープンから1年も経たないうちにダイニングは閉店した。
 
業務執行役員のアレックス・フォン・ビダーは新聞『ニューヨークタイムズ』にレストラン業界が変わったことが閉店の理由だと語っている。閉店まで60年以上に渡って、ニューヨークの人気スポットであり続けた。


original text : Charlotte Chilton translation : Yoko Nagasaka photo : Getty Images


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移り変わりの激しいトレンドと家賃の高さが原因で、アメリカでもこれまで多くのレストランが閉店に追いやられてきた。なかにはそれまで何十年も人気を誇ってきたレストランも……。
セレブ御用達のおしゃれスポットから地元の人気店まで、惜しまれつつも閉店してしまったアメリカのレストラン40店舗を一気にプレイバック! 

1961年 マクドナルド

1961年 マクドナルド
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世界中に3万7,000店を展開している「マクドナルド」。さすがに世界中からなくなることはなさそうだけど、元々1948年にカリフォルニアのサンバーナーディーノに開店した、オリジナル店舗のドライブインスタイルの「マクドナルド」はもう姿を消している。
 
1961年、創業者のリチャード&モーリス・マクドナルド兄弟は、フランチャイズのエージェントだったロイ・クロックに、会社の権利とともに自分たちの名前の権利まで譲り渡してしまった。店舗だった建物は1971年に解体され、飲食店を経営する実業家アルバート・オクラがマクドナルドの非公式の博物館を開館した。

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1965年 ストーク・クラブ

1965年 ストーク・クラブ
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「ストーク・クラブ」は19世紀初め、ニューヨーク社交界の中心地だった場所。1929年から1965年まで、このレストランとナイトクラブにはセレブとソーシャライトが集まり、カクテルやステーキ、ダンスを楽しんだという。
 
著名人の集まる一流スポットだけに、1965年に閉店した際は移転するという噂が流れたそう。けれど、オーナーのシャーマン・ビリングスレーが閉店直後に亡くなり実現しなかった。このクラブを象徴する建物はその後解体され、公園ペイリーパークへと姿を変えた。



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1968年 ミニー・パールズ・フライドチキン

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1966年、「ミニー・パールズ・フライドチキン」はアメリカ全土で人気を集めていた「ケンタッキー・フライドチキン」に対抗すべく開店。創始者のジョン・レイ・フッカーは「ケンタッキー」を真似して「ミニーパールズ」を作り、当時人気だったコメディ女優ミニー・パールをスポークスパーソンとして起用した。
 
順調に成長し株式を公開したけれど、証券取引委員会による帳簿の調査を受けたことがきっかけになり1968年に閉店してしまった。

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1971年 トゥーツ・ショールズ・レストラン

1971年 トゥーツ・ショールズ・レストラン
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1940年代から50年代、フランク・シナトラ、マリリン・モンロー、ジャッキー・グリーソン、ジュディ・ガーランドをはじめとするトップクラスのセレブは、みんなこのレストランの常連だったという。
 
バーナード・ショールが経営していたこの高級バーでは、ステーキやベイクドポテトなどが楽しまれていた。けれど本当に注目を集めていたのは集まる客たちだったそう。
 
1971年に閉店。税金の代わりに店舗が押収されたことが原因だった。その1年後ショールは再び営業を始めたが、人気は取り戻せなかった。

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1979年 クラウド・クラブ

1979年 クラウド・クラブ
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ニューヨークのクライスタービルディングの68階にあった、会員制のランチョンクラブ「クラウド・クラブ」。40年以上に渡り業界の大物たちの集う場所として存続した。
 
オープンしたのは1930年。それ以来「クラウド・クラブ」はプライベートなロッカールーム、シガーコレクション、そしてマンハッタンの眺望など、料理以外の多くのものを提供していたという。
 
1979年に閉店してからは空きスペースとなり、もともと建物にあったアールデコの家具やしつらえは撤去されるか、もしくはそのまま傷んでしまった。

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1982年 サンボズ

1982年 サンボズ
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道路沿いのダイナーの人気が最高潮に達した1957年。その年にオープンしたこのカジュアルレストランは、ふわふわのパンケーキが看板メニューで高い人気を集めた。なんと全米47州に店舗が作られたほど! 
 
とはいえ、"サンボ" はアフリカ系アメリカ人を指す侮蔑的な言葉だったため、開店当初から議論を巻き起こしていたという。店舗が増えるにつれ、この店の時代を考慮しない宣伝やマーケティング手法が、とくに大きな都市で問題視されるようになった。
 
その後レストランは「ノー・プレイス・ライク・サムズ」もしくは「ジョリー・タイガー」と名前を変えた。しかし今はオリジナルの「サンボズ」が1店舗だけカリフォルニアのサンタバーバラに残され、創始者の孫が経営している。

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1985年 ダブローズ・カフェテリア

1985年 ダブローズ・カフェテリア
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30年以上にわたって家族経営で続いたこのカフェテリアは、有力な政治家たちが政治キャンペーンツアーの途中で立ち寄り、集会を行う場所として使われてきた。ジョン・F・ケネディや下院議員のエド・コッチもここで集会を行なったとか。
 
さらに地元の人たちのダイニングとしても人気だったそう。しかし1980年代の終盤、ダイナーの人気が衰退するのとともに、残念ながら姿を消してしまった。

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1986年 ジーノズ・ハンバーガーズ

「ジーノズ・ハンバーガーズ」は、ドライブインスタイルのハンバーガーショップとして、1950年代終わりにメリーランド州のボルチモアに開店した。当初の名前はシンプルに「ジーノズ・ドライブイン」だったらしい。
 
ボクサーのモハメド・アリやコメディアンのスーピー・セールズのおすすめの店として有名になり、さらに「サーロイナー」「ジャイアント」といった巨大なハンバーガーのメニューでもよく知られるように。
 
1982年、会社は「マリオット」に売却され、「マリオット」のチェーン店「ロイ・ロジャーズ」を拡大するための足掛かりとして使われることになった。1986年までには "ジーノズ" という名前の店はすべて閉店してしまった。

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1987年 ブラウン・ダービー

1987年 ブラウン・ダービー
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1926年にハーバート・K・ソンボーンがハリウッドのウィルシャーブルーバードに最初の店舗をオープンして以来、このレストランはハリウッドの名物として人気を集めた。セレブが集まる場所として有名になり、風刺画が飾られた店内のインテリアや山高帽のようなユニークな建物も注目を集めたそう。
 
しかし、ハリウッドの黄金時代が終わるのと同時に「ブラウン・ダービー」の全盛期も過ぎ、1987年までには4つあった店舗もすべてなくなってしまった。



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1989年 ビーフステーキ・チャーリーズ

1914年にマンハッタンにオープン、人気店となった「ビーフステーキ・チャーリーズ」。80年代にアメリカの北東部に広くチェーン展開し、ビュッフェスタイルのサラダバーとシュリンプバーを宣伝するCMで客を魅了した。
 
けれど残念ながら1987年に買収され、徐々に経営状態が悪化、そのまま閉店へ。




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1994年 ボストン・シー・パーティ

大抵のテーマレストランが成功していた70年代後半、なかでももっとも独創的だった「ボストン・シー・パーティ」。航海をテーマにしたシーフードレストランで、ウェイターたちの制服も植民地風の衣装だったそう。
 
国中に店舗を展開していたけれど、そのうち徐々に店舗が減少。1994年に最後の店舗がクローズした。




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1995年 チャセン

1995年 チャセン
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「チャセン」は1936年にウェストハリウッドに開店し、すぐにハリウッドのセレブ御用達の店になった。名物メニューはチリで、なんとアカデミー賞授賞式のアフターパーティの会場としても利用されたとか!
 
魅力的な社交場として人気を博したものの、24年後の1995年に閉店してしまった。







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1996年 バーガー・シェフ

1954年、「バーガー・シェフ」は小さなバーガーショップとしてインディアナ州にオープン。その後1,000店以上を展開し、「マクドナルド」のライバルと言われるまでに成長した。
 
1982年、経営陣は店をレストランチェーンの「ハーディーズ」に売却。1996年に「バーガ・ーシェフ」として営業していた最後の店が看板を下ろした。






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1996年 ミスター・ステーキ

1996年 ミスター・ステーキ
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質のよいステーキをリーズナブルに提供するレストランとして、1960年代にアメリカを席巻した「ミスター・ステーキ」。最初はコロラドスプリングスの小さな店だったけれど、アメリカとカナダに200店舗以上を展開するチェーン店に成長した。
 
1980年代、チキンや魚にメニューを切り替えると経営が徐々に悪化。フランチャイズの営業権の一部を売り、経営規模を少しずつ縮小していった。1990年代半ばに最後の店舗が閉店した。




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1998年 ケニー・ロジャーズ・ロースターズ

カントリーシンガーのケニー・ロジャーズは1991年にレストラン業に進出、チキン料理を得意とするチェーンレストランを始めた。それはカジュアルなダイニングで、絶大な人気を誇るというほどには至らなかったそう。
 
それでもコメディドラマ「となりのサインフェルド」に登場したことで、人々の記憶に残っている。今もまだ数店がアジアで営業を続けている。




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1998年 サイン・オブ・ザ・ドーブ

1998年 サイン・オブ・ザ・ドーブ
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1998年に閉店、取り壊された後も、「サイン・オブ・ザ・ドーブ」はニューヨークの失われた宝物として今も人々の記憶に残っているという。
 
新聞『ニューヨークタイムズ』はこのレストランをこう描写している。
「このレストランが街から消えてしまったことは物理的なもの以上の意味を持つ。サントファミリーグループがアッパーイーストサイドで経営していた多くの象徴的なレストランの1つであるこの店は、ステンドグラスで囲まれた庭での上質なディナー体験から、最高の場所と評されていた」

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1999年 ファッション・カフェ

1999年 ファッション・カフェ
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1990年代、あるレストラングループがスーパーモデル人気にあやかろうとして立ち上げたのがこのレストラン。
 
ナオミ・キャンベルやシンディ・クロフォード、エル・マクファーソン、クラウディア・シファーなど、時代のアイコンだったファッションモデルたちを集め、大々的に宣伝していた。海外進出を果たしたものの、1999年に閉店している。

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2000年 ヴァレス・ステーキハウス

1933年に開業したこの店は、ステーキとロブスターがディナーメニューとして人気を誇った時代の恩恵を受け、1960年代に大きく拡大した。
 
その後10年間に店舗の数は激増したものの、1970年の不景気の煽りを受けた。そしてその後も経営は長く続いたが、勢いが完全に復活することはなかった。2000年に最後の店舗がクローズに。




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2000年 ラ・プティ・ブーランジェリー

店名はフランス語だけれど、「ラ・プティ・ブーランジェリー」はアメリカのベーカリーチェーン。小さなベーカリーという意味の通り、最初は2軒の小さな店でスタートした。
 
1982年に「ペプシコ」がこの店を買収し、アメリカ中に展開を開始。名物は温かいクロワッサン。全盛期には93店舗あったものの、徐々に減少し2000年に閉店してしまった。




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2001年 ザ・オリジナル・スパーゴ

2001年 ザ・オリジナル・スパーゴ
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世界的に有名なシェフ、ウルフギャング・パックが経営するこのレストランは1982年にハリウッドのサンセットストリップにオープン。すぐにハリウッドの人気レストランになった。
 
他の場所にも店舗を拡大していたけれど、パックは2001年、ハリウッドの名物となっていたオリジナルの店舗を閉店することを決めた。

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2002年 ビル・ナップス

この店は品質の良い素材と、家庭料理(もちろん極上のチョコレートケーキもその1つ)をメインとしたメニューで人気店になった。
 
1948年にミシガン州で開店して以来、アメリカ全土に店舗を展開、60店舗以上まで拡大したけれど、2002年に閉店した。







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2004年 チーチーズ

「チポトレ」と「タコベル」の前にはこの「チーチーズ」があった! リーズナブルでカジュアルなメキシカンダイニングで、オープン後たちまちみんなから愛されるレストランに。
 
でもこのレストランのアイデアはすぐに他店に真似され、「チーチーズ」はそれらに対抗できなかった。2003年に会社は破産を申請。翌年には肝炎の流行の発生源として訴えられ、営業を終了した。





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2006年 ストック・エクスチェンジ・ランチョン・クラブ

2006年 ストック・エクスチェンジ・ランチョン・クラブ
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ウォール街の大物たちがどこでお昼休みを過ごすのか、不思議に思ったことのある人もいるはず。ある時期、ウォール街の重役たちの多くはこの店でランチを食べていたそう。
 
ここはニューヨーク証券取引所の7階にある会員制のダイニングクラブで、1898年に創業した。その後2006年4月に閉店し、すでに遠い記憶になりつつある。




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2007年 オフィシャル・オールスター・カフェ

2007年 オフィシャル・オールスター・カフェ
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1990年代、特殊な演出のあるレストランが人気を博した。その流行を受け、アイスホッケー選手のウェイン・グレツキー、プロテニス選手のアンドレ・アガシ、アメリカンフットボール選手のジョー・モンタナなどが集まり、プラネットハリウッドと組んで開店したのがこのチェーン店。
 
店内にはスポーツにまつわる多くの記念品が飾られ、伝統的なバーフードがメニューに揃っているだけではなく、有名スポーツ選手やセレブたちとのイベントやプレミアを開催していたことで知られている。でも経営はホームランというわけにはいかず、2007年に閉店した。

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2008年 グーギーズ・イタリアン・ダイナー

2008年 グーギーズ・イタリアン・ダイナー
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2000年代初めからニューヨークではたくさんの有名レストランが閉店してきた。「グーギーズ」はアッパーイーストサイドでも、評価の高いイタリアンカジュアルレストランとして人気を獲得。2008年に閉店してしまったけれど、今も人々に惜しまれている。







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2008年 ステーキ・アンド・エール

1966年に開店したカジュアルなステーキハウス。ステーキとサラダバーという組み合わせは、当時としては時代を先取りしたメニューだった。
 
2008年に破産し、メニューとブランドの資産を「レジェンダリー・レストラングループ」に売却。ファンからは復活を望む声も根強く上がっている。





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2011年 イレインズ

2011年 イレインズ
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1963年に開店した「イレインズ」は、2011年に閉店するまでずっとニューヨークの名物スポットだった。
 
セレブやソーシャライトに人気の店だったため、店の代名詞とも言えるこの木の扉を出入りする有名人を一目見ようと、黄色の天幕の近くには多くのファンやパパラッチたちが集まったそう! 伝説的な経営者イレイン・カウフマンが2010年に亡くなり、店も閉店した。

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2012年 リヨンズ・レストラン

「王のように食べろ」と宣伝していたリヨンズ・レストランはカジュアルなディナーと低価格の朝食を提供、「デニーズ」のライバルだったという。1952年にオープンし、その後、数年間成長を続けた。
 
けれど1998年に破産を申請、2001年に売却された。2012年に最後の店が閉店した。






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2012年 ザ・ステージ・デリ

2012年 ザ・ステージ・デリ
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1937年にニューヨークの7番街にオープンしたこの店は、街でもっとも人気のあるデリのひとつで、ブロードウェイにインスピレーションを受けて作られたメニューで知られていた。
 
75年にわたって経営を続けていたけれど、2012年にその歴史に幕を閉じた。







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2013年 バホーカ

2013年 バホーカ
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アメリカで当時話題となっていたポリネシアンレストランブームにのって、1967年にロサンゼルスでオープン。
 
家族経営だった「バホーカ」は、魚の泳ぐ水槽や目新しいインテリアで人気に。でもその後閉店、人気のポリネシアンドリンクが飲めたのも2013年までだった。






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2014年 パスティス

2014年 パスティス
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1980年にオープンした「パスティス」。フランス料理とビストロ風のインテリアがニューヨークのレストランシーンで人気を博した。
 
惜しまれつつも2014年に閉店。その後なんと2019年に場所を変えて営業を再開、ニューヨーカーを喜ばせた。







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2016年 ダ・シルバーノ

2016年 ダ・シルバーノ
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ニューヨークのグリニッジ・ヴィレッジで45年にわたって、本格的で高級なイタリアンを提供してきた「ダ・シルバーノ」。
 
外の席でディナーが楽しめること、しばしばセレブが姿を見せることで人気だったけれど、残念ながら2016年に閉店。最低賃金と家賃の高騰が理由だと言われている。






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2016年 カーネギー・デリ

Neon sign, Neon, Electronic signage, Building, Signage, Outlet store, Jazz club, Night, Bar, Restaurant,
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ニューヨークのデリシーンでもっとも重要な店、「カーネギー・デリ」。テーブルが空くのを待つ人が1ブロックにわたって並ぶほど人気だったそう! 
 
78年にわたり、人々をパストラミとコールスローサラダで楽しませたけれど、2016年に閉店した。








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2017年 ベソ

2017年 ベソ
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女優のエヴァ・ロンゴリアが経営していたことで知られるこの店は、2008年にオープンし、2016年に改装のために一時閉店していた。
 
しかし翌年、新しいオーナーがレストランの名前を変えて再開することが明らかに。「ベソ」はそのままなくなってしまった。







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2017年 ラムズ

マイアミビーチである兄弟が開業、ビールでスチームしたホットドックで人気を博し、アメリカ中に400店以上を持つチェーン店に成長した「ラムズ」。けれど兄弟は1971年、「ケンタッキー・フライドチキン」で有名な「KFC」の経営者ジョン・ブラウンに会社を売却。
 
何年にもわたって「ラムズ」はショッピングモールに欠かせない店だったけれど、経営権がスイスのファーストフードレストランチェーン「ウィナーヴァルド・ホールディングス」に移った後、ラムズは破産を申請。閉店を余儀なくされた。ネブラスカ州のベルビューにあった最後の店も2017年に閉店している。

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2017年 スシ・サンバ

2017年 スシ・サンバ
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日本、ブラジル、ペルーの要素をミックスさせたこのレストランは、競争の激しいニューヨークのウェストヴィレッジで生き残り、1990年代後半から2000年代初期にかけて話題性の高いレストランとして人気を集めた。
 
マイアミの店舗はまだ残っているけれど、ラウンジのようなニューヨークの店舗は2017年に閉店してしまった。

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2017年 ハワード・ジョンソン

2017年 ハワード・ジョンソン
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20世紀中頃までアメリカのどこに行ってもある店で、趣味が悪いと評判のオレンジ色の屋根、貝のフライで知られていた。
 
アメリカを横断する旅行者たちの御用達レストランだったけれど、21世紀に入り、店舗の数が減少し2017年に閉店した。

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2018年 ル・シルキュ

2018年 ル・シルキュ
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「ル・シルキュ」は、退廃的なまでに贅沢なフランス料理で1980年代に時代を席巻したレストラン。上質なディナーを体験できる店として知られていた。
 
2006年にブルームバーグタワーに店舗が移ったけれど、家賃の高さが理由で2018年にクローズ。







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2019年 バルブート

2019年 バルブート
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ニューヨークのウェストヴィレッジにあった「バルブート」は、カジュアルだけれどシックなイータリーとして人気を集めた。
 
ジューシーなローストチキン、ボリュームたっぷりのケールサラダ、薪を使った釜で焼いたピザで15年に渡り人々を楽しませたけれど、2019年5月に閉店。






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2019年 ザ・グリル

2019年 ザ・グリル
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「フォーシーズンズ」が経営するニューヨークの東49番街のダイニングルーム。再オープンから1年も経たないうちにダイニングは閉店した。
 
業務執行役員のアレックス・フォン・ビダーは新聞『ニューヨークタイムズ』にレストラン業界が変わったことが閉店の理由だと語っている。閉店まで60年以上に渡って、ニューヨークの人気スポットであり続けた。


original text : Charlotte Chilton translation : Yoko Nagasaka photo : Getty Images


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Restaurant, Building, Signage, Electronic signage, Café, Coffeehouse,
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移り変わりの激しいトレンドと家賃の高さが原因で、アメリカでもこれまで多くのレストランが閉店に追いやられてきた。なかにはそれまで何十年も人気を誇ってきたレストランも……。
セレブ御用達のおしゃれスポットから地元の人気店まで、惜しまれつつも閉店してしまったアメリカのレストラン40店舗を一気にプレイバック! 

1961年 マクドナルド

1961年 マクドナルド
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世界中に3万7,000店を展開している「マクドナルド」。さすがに世界中からなくなることはなさそうだけど、元々1948年にカリフォルニアのサンバーナーディーノに開店した、オリジナル店舗のドライブインスタイルの「マクドナルド」はもう姿を消している。
 
1961年、創業者のリチャード&モーリス・マクドナルド兄弟は、フランチャイズのエージェントだったロイ・クロックに、会社の権利とともに自分たちの名前の権利まで譲り渡してしまった。店舗だった建物は1971年に解体され、飲食店を経営する実業家アルバート・オクラがマクドナルドの非公式の博物館を開館した。

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1968年 ミニー・パールズ・フライドチキン

1968年 ミニー・パールズ・フライドチキン
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1966年、「ミニー・パールズ・フライドチキン」はアメリカ全土で人気を集めていた「ケンタッキー・フライドチキン」に対抗すべく開店。創始者のジョン・レイ・フッカーは「ケンタッキー」を真似して「ミニーパールズ」を作り、当時人気だったコメディ女優ミニー・パールをスポークスパーソンとして起用した。
 
順調に成長し株式を公開したけれど、証券取引委員会による帳簿の調査を受けたことがきっかけになり1968年に閉店してしまった。

1971年 トゥーツ・ショールズ・レストラン

1971年 トゥーツ・ショールズ・レストラン
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1940年代から50年代、フランク・シナトラ、マリリン・モンロー、ジャッキー・グリーソン、ジュディ・ガーランドをはじめとするトップクラスのセレブは、みんなこのレストランの常連だったという。
 
バーナード・ショールが経営していたこの高級バーでは、ステーキやベイクドポテトなどが楽しまれていた。けれど本当に注目を集めていたのは集まる客たちだったそう。
 
1971年に閉店。税金の代わりに店舗が押収されたことが原因だった。その1年後ショールは再び営業を始めたが、人気は取り戻せなかった。

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1979年 クラウド・クラブ

1979年 クラウド・クラブ
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ニューヨークのクライスタービルディングの68階にあった、会員制のランチョンクラブ「クラウド・クラブ」。40年以上に渡り業界の大物たちの集う場所として存続した。
 
オープンしたのは1930年。それ以来「クラウド・クラブ」はプライベートなロッカールーム、シガーコレクション、そしてマンハッタンの眺望など、料理以外の多くのものを提供していたという。
 
1979年に閉店してからは空きスペースとなり、もともと建物にあったアールデコの家具やしつらえは撤去されるか、もしくはそのまま傷んでしまった。

1982年 サンボズ

1982年 サンボズ
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道路沿いのダイナーの人気が最高潮に達した1957年。その年にオープンしたこのカジュアルレストランは、ふわふわのパンケーキが看板メニューで高い人気を集めた。なんと全米47州に店舗が作られたほど! 
 
とはいえ、"サンボ" はアフリカ系アメリカ人を指す侮蔑的な言葉だったため、開店当初から議論を巻き起こしていたという。店舗が増えるにつれ、この店の時代を考慮しない宣伝やマーケティング手法が、とくに大きな都市で問題視されるようになった。
 
その後レストランは「ノー・プレイス・ライク・サムズ」もしくは「ジョリー・タイガー」と名前を変えた。しかし今はオリジナルの「サンボズ」が1店舗だけカリフォルニアのサンタバーバラに残され、創始者の孫が経営している。

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1985年 ダブローズ・カフェテリア

1985年 ダブローズ・カフェテリア
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30年以上にわたって家族経営で続いたこのカフェテリアは、有力な政治家たちが政治キャンペーンツアーの途中で立ち寄り、集会を行う場所として使われてきた。ジョン・F・ケネディや下院議員のエド・コッチもここで集会を行なったとか。
 
さらに地元の人たちのダイニングとしても人気だったそう。しかし1980年代の終盤、ダイナーの人気が衰退するのとともに、残念ながら姿を消してしまった。

1986年 ジーノズ・ハンバーガーズ

「ジーノズ・ハンバーガーズ」は、ドライブインスタイルのハンバーガーショップとして、1950年代終わりにメリーランド州のボルチモアに開店した。当初の名前はシンプルに「ジーノズ・ドライブイン」だったらしい。
 
ボクサーのモハメド・アリやコメディアンのスーピー・セールズのおすすめの店として有名になり、さらに「サーロイナー」「ジャイアント」といった巨大なハンバーガーのメニューでもよく知られるように。
 
1982年、会社は「マリオット」に売却され、「マリオット」のチェーン店「ロイ・ロジャーズ」を拡大するための足掛かりとして使われることになった。1986年までには "ジーノズ" という名前の店はすべて閉店してしまった。

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1987年 ブラウン・ダービー

1987年 ブラウン・ダービー
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1926年にハーバート・K・ソンボーンがハリウッドのウィルシャーブルーバードに最初の店舗をオープンして以来、このレストランはハリウッドの名物として人気を集めた。セレブが集まる場所として有名になり、風刺画が飾られた店内のインテリアや山高帽のようなユニークな建物も注目を集めたそう。
 
しかし、ハリウッドの黄金時代が終わるのと同時に「ブラウン・ダービー」の全盛期も過ぎ、1987年までには4つあった店舗もすべてなくなってしまった。



1989年 ビーフステーキ・チャーリーズ

1914年にマンハッタンにオープン、人気店となった「ビーフステーキ・チャーリーズ」。80年代にアメリカの北東部に広くチェーン展開し、ビュッフェスタイルのサラダバーとシュリンプバーを宣伝するCMで客を魅了した。
 
けれど残念ながら1987年に買収され、徐々に経営状態が悪化、そのまま閉店へ。




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1994年 ボストン・シー・パーティ

大抵のテーマレストランが成功していた70年代後半、なかでももっとも独創的だった「ボストン・シー・パーティ」。航海をテーマにしたシーフードレストランで、ウェイターたちの制服も植民地風の衣装だったそう。
 
国中に店舗を展開していたけれど、そのうち徐々に店舗が減少。1994年に最後の店舗がクローズした。




1995年 チャセン

1995年 チャセン
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「チャセン」は1936年にウェストハリウッドに開店し、すぐにハリウッドのセレブ御用達の店になった。名物メニューはチリで、なんとアカデミー賞授賞式のアフターパーティの会場としても利用されたとか!
 
魅力的な社交場として人気を博したものの、24年後の1995年に閉店してしまった。







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1996年 バーガー・シェフ

1954年、「バーガー・シェフ」は小さなバーガーショップとしてインディアナ州にオープン。その後1,000店以上を展開し、「マクドナルド」のライバルと言われるまでに成長した。
 
1982年、経営陣は店をレストランチェーンの「ハーディーズ」に売却。1996年に「バーガ・ーシェフ」として営業していた最後の店が看板を下ろした。






1996年 ミスター・ステーキ

1996年 ミスター・ステーキ
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質のよいステーキをリーズナブルに提供するレストランとして、1960年代にアメリカを席巻した「ミスター・ステーキ」。最初はコロラドスプリングスの小さな店だったけれど、アメリカとカナダに200店舗以上を展開するチェーン店に成長した。
 
1980年代、チキンや魚にメニューを切り替えると経営が徐々に悪化。フランチャイズの営業権の一部を売り、経営規模を少しずつ縮小していった。1990年代半ばに最後の店舗が閉店した。




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1998年 ケニー・ロジャーズ・ロースターズ

カントリーシンガーのケニー・ロジャーズは1991年にレストラン業に進出、チキン料理を得意とするチェーンレストランを始めた。それはカジュアルなダイニングで、絶大な人気を誇るというほどには至らなかったそう。
 
それでもコメディドラマ「となりのサインフェルド」に登場したことで、人々の記憶に残っている。今もまだ数店がアジアで営業を続けている。




1998年 サイン・オブ・ザ・ドーブ

1998年 サイン・オブ・ザ・ドーブ
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1998年に閉店、取り壊された後も、「サイン・オブ・ザ・ドーブ」はニューヨークの失われた宝物として今も人々の記憶に残っているという。
 
新聞『ニューヨークタイムズ』はこのレストランをこう描写している。
「このレストランが街から消えてしまったことは物理的なもの以上の意味を持つ。サントファミリーグループがアッパーイーストサイドで経営していた多くの象徴的なレストランの1つであるこの店は、ステンドグラスで囲まれた庭での上質なディナー体験から、最高の場所と評されていた」

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1999年 ファッション・カフェ

1999年 ファッション・カフェ
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1990年代、あるレストラングループがスーパーモデル人気にあやかろうとして立ち上げたのがこのレストラン。
 
ナオミ・キャンベルやシンディ・クロフォード、エル・マクファーソン、クラウディア・シファーなど、時代のアイコンだったファッションモデルたちを集め、大々的に宣伝していた。海外進出を果たしたものの、1999年に閉店している。

2000年 ヴァレス・ステーキハウス

1933年に開業したこの店は、ステーキとロブスターがディナーメニューとして人気を誇った時代の恩恵を受け、1960年代に大きく拡大した。
 
その後10年間に店舗の数は激増したものの、1970年の不景気の煽りを受けた。そしてその後も経営は長く続いたが、勢いが完全に復活することはなかった。2000年に最後の店舗がクローズに。




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2000年 ラ・プティ・ブーランジェリー

店名はフランス語だけれど、「ラ・プティ・ブーランジェリー」はアメリカのベーカリーチェーン。小さなベーカリーという意味の通り、最初は2軒の小さな店でスタートした。
 
1982年に「ペプシコ」がこの店を買収し、アメリカ中に展開を開始。名物は温かいクロワッサン。全盛期には93店舗あったものの、徐々に減少し2000年に閉店してしまった。




2001年 ザ・オリジナル・スパーゴ

2001年 ザ・オリジナル・スパーゴ
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世界的に有名なシェフ、ウルフギャング・パックが経営するこのレストランは1982年にハリウッドのサンセットストリップにオープン。すぐにハリウッドの人気レストランになった。
 
他の場所にも店舗を拡大していたけれど、パックは2001年、ハリウッドの名物となっていたオリジナルの店舗を閉店することを決めた。

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2002年 ビル・ナップス

この店は品質の良い素材と、家庭料理(もちろん極上のチョコレートケーキもその1つ)をメインとしたメニューで人気店になった。
 
1948年にミシガン州で開店して以来、アメリカ全土に店舗を展開、60店舗以上まで拡大したけれど、2002年に閉店した。







2004年 チーチーズ

「チポトレ」と「タコベル」の前にはこの「チーチーズ」があった! リーズナブルでカジュアルなメキシカンダイニングで、オープン後たちまちみんなから愛されるレストランに。
 
でもこのレストランのアイデアはすぐに他店に真似され、「チーチーズ」はそれらに対抗できなかった。2003年に会社は破産を申請。翌年には肝炎の流行の発生源として訴えられ、営業を終了した。





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2006年 ストック・エクスチェンジ・ランチョン・クラブ

2006年 ストック・エクスチェンジ・ランチョン・クラブ
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ウォール街の大物たちがどこでお昼休みを過ごすのか、不思議に思ったことのある人もいるはず。ある時期、ウォール街の重役たちの多くはこの店でランチを食べていたそう。
 
ここはニューヨーク証券取引所の7階にある会員制のダイニングクラブで、1898年に創業した。その後2006年4月に閉店し、すでに遠い記憶になりつつある。




2007年 オフィシャル・オールスター・カフェ

2007年 オフィシャル・オールスター・カフェ
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1990年代、特殊な演出のあるレストランが人気を博した。その流行を受け、アイスホッケー選手のウェイン・グレツキー、プロテニス選手のアンドレ・アガシ、アメリカンフットボール選手のジョー・モンタナなどが集まり、プラネットハリウッドと組んで開店したのがこのチェーン店。
 
店内にはスポーツにまつわる多くの記念品が飾られ、伝統的なバーフードがメニューに揃っているだけではなく、有名スポーツ選手やセレブたちとのイベントやプレミアを開催していたことで知られている。でも経営はホームランというわけにはいかず、2007年に閉店した。

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2008年 グーギーズ・イタリアン・ダイナー

2008年 グーギーズ・イタリアン・ダイナー
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2000年代初めからニューヨークではたくさんの有名レストランが閉店してきた。「グーギーズ」はアッパーイーストサイドでも、評価の高いイタリアンカジュアルレストランとして人気を獲得。2008年に閉店してしまったけれど、今も人々に惜しまれている。







2008年 ステーキ・アンド・エール

1966年に開店したカジュアルなステーキハウス。ステーキとサラダバーという組み合わせは、当時としては時代を先取りしたメニューだった。
 
2008年に破産し、メニューとブランドの資産を「レジェンダリー・レストラングループ」に売却。ファンからは復活を望む声も根強く上がっている。





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2011年 イレインズ

2011年 イレインズ
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1963年に開店した「イレインズ」は、2011年に閉店するまでずっとニューヨークの名物スポットだった。
 
セレブやソーシャライトに人気の店だったため、店の代名詞とも言えるこの木の扉を出入りする有名人を一目見ようと、黄色の天幕の近くには多くのファンやパパラッチたちが集まったそう! 伝説的な経営者イレイン・カウフマンが2010年に亡くなり、店も閉店した。

2012年 リヨンズ・レストラン

「王のように食べろ」と宣伝していたリヨンズ・レストランはカジュアルなディナーと低価格の朝食を提供、「デニーズ」のライバルだったという。1952年にオープンし、その後、数年間成長を続けた。
 
けれど1998年に破産を申請、2001年に売却された。2012年に最後の店が閉店した。






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2012年 ザ・ステージ・デリ

2012年 ザ・ステージ・デリ
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1937年にニューヨークの7番街にオープンしたこの店は、街でもっとも人気のあるデリのひとつで、ブロードウェイにインスピレーションを受けて作られたメニューで知られていた。
 
75年にわたって経営を続けていたけれど、2012年にその歴史に幕を閉じた。







2013年 バホーカ

2013年 バホーカ
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アメリカで当時話題となっていたポリネシアンレストランブームにのって、1967年にロサンゼルスでオープン。
 
家族経営だった「バホーカ」は、魚の泳ぐ水槽や目新しいインテリアで人気に。でもその後閉店、人気のポリネシアンドリンクが飲めたのも2013年までだった。






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2014年 パスティス

2014年 パスティス
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1980年にオープンした「パスティス」。フランス料理とビストロ風のインテリアがニューヨークのレストランシーンで人気を博した。
 
惜しまれつつも2014年に閉店。その後なんと2019年に場所を変えて営業を再開、ニューヨーカーを喜ばせた。







2016年 ダ・シルバーノ

2016年 ダ・シルバーノ
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ニューヨークのグリニッジ・ヴィレッジで45年にわたって、本格的で高級なイタリアンを提供してきた「ダ・シルバーノ」。
 
外の席でディナーが楽しめること、しばしばセレブが姿を見せることで人気だったけれど、残念ながら2016年に閉店。最低賃金と家賃の高騰が理由だと言われている。






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2016年 カーネギー・デリ

Neon sign, Neon, Electronic signage, Building, Signage, Outlet store, Jazz club, Night, Bar, Restaurant,
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ニューヨークのデリシーンでもっとも重要な店、「カーネギー・デリ」。テーブルが空くのを待つ人が1ブロックにわたって並ぶほど人気だったそう! 
 
78年にわたり、人々をパストラミとコールスローサラダで楽しませたけれど、2016年に閉店した。








2017年 ベソ

2017年 ベソ
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女優のエヴァ・ロンゴリアが経営していたことで知られるこの店は、2008年にオープンし、2016年に改装のために一時閉店していた。
 
しかし翌年、新しいオーナーがレストランの名前を変えて再開することが明らかに。「ベソ」はそのままなくなってしまった。







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2017年 ラムズ

マイアミビーチである兄弟が開業、ビールでスチームしたホットドックで人気を博し、アメリカ中に400店以上を持つチェーン店に成長した「ラムズ」。けれど兄弟は1971年、「ケンタッキー・フライドチキン」で有名な「KFC」の経営者ジョン・ブラウンに会社を売却。
 
何年にもわたって「ラムズ」はショッピングモールに欠かせない店だったけれど、経営権がスイスのファーストフードレストランチェーン「ウィナーヴァルド・ホールディングス」に移った後、ラムズは破産を申請。閉店を余儀なくされた。ネブラスカ州のベルビューにあった最後の店も2017年に閉店している。

2017年 スシ・サンバ

2017年 スシ・サンバ
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日本、ブラジル、ペルーの要素をミックスさせたこのレストランは、競争の激しいニューヨークのウェストヴィレッジで生き残り、1990年代後半から2000年代初期にかけて話題性の高いレストランとして人気を集めた。
 
マイアミの店舗はまだ残っているけれど、ラウンジのようなニューヨークの店舗は2017年に閉店してしまった。

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2017年 ハワード・ジョンソン

2017年 ハワード・ジョンソン
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20世紀中頃までアメリカのどこに行ってもある店で、趣味が悪いと評判のオレンジ色の屋根、貝のフライで知られていた。
 
アメリカを横断する旅行者たちの御用達レストランだったけれど、21世紀に入り、店舗の数が減少し2017年に閉店した。

2018年 ル・シルキュ

2018年 ル・シルキュ
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「ル・シルキュ」は、退廃的なまでに贅沢なフランス料理で1980年代に時代を席巻したレストラン。上質なディナーを体験できる店として知られていた。
 
2006年にブルームバーグタワーに店舗が移ったけれど、家賃の高さが理由で2018年にクローズ。







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2019年 バルブート

2019年 バルブート
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ニューヨークのウェストヴィレッジにあった「バルブート」は、カジュアルだけれどシックなイータリーとして人気を集めた。
 
ジューシーなローストチキン、ボリュームたっぷりのケールサラダ、薪を使った釜で焼いたピザで15年に渡り人々を楽しませたけれど、2019年5月に閉店。






2019年 ザ・グリル

2019年 ザ・グリル
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「フォーシーズンズ」が経営するニューヨークの東49番街のダイニングルーム。再オープンから1年も経たないうちにダイニングは閉店した。
 
業務執行役員のアレックス・フォン・ビダーは新聞『ニューヨークタイムズ』にレストラン業界が変わったことが閉店の理由だと語っている。閉店まで60年以上に渡って、ニューヨークの人気スポットであり続けた。


original text : Charlotte Chilton translation : Yoko Nagasaka photo : Getty Images


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移り変わりの激しいトレンドと家賃の高さが原因で、アメリカでもこれまで多くのレストランが閉店に追いやられてきた。なかにはそれまで何十年も人気を誇ってきたレストランも……。
セレブ御用達のおしゃれスポットから地元の人気店まで、惜しまれつつも閉店してしまったアメリカのレストラン40店舗を一気にプレイバック! 

1961年 マクドナルド

1961年 マクドナルド
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世界中に3万7,000店を展開している「マクドナルド」。さすがに世界中からなくなることはなさそうだけど、元々1948年にカリフォルニアのサンバーナーディーノに開店した、オリジナル店舗のドライブインスタイルの「マクドナルド」はもう姿を消している。
 
1961年、創業者のリチャード&モーリス・マクドナルド兄弟は、フランチャイズのエージェントだったロイ・クロックに、会社の権利とともに自分たちの名前の権利まで譲り渡してしまった。店舗だった建物は1971年に解体され、飲食店を経営する実業家アルバート・オクラがマクドナルドの非公式の博物館を開館した。

1965年 ストーク・クラブ

1965年 ストーク・クラブ
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「ストーク・クラブ」は19世紀初め、ニューヨーク社交界の中心地だった場所。1929年から1965年まで、このレストランとナイトクラブにはセレブとソーシャライトが集まり、カクテルやステーキ、ダンスを楽しんだという。
 
著名人の集まる一流スポットだけに、1965年に閉店した際は移転するという噂が流れたそう。けれど、オーナーのシャーマン・ビリングスレーが閉店直後に亡くなり実現しなかった。このクラブを象徴する建物はその後解体され、公園ペイリーパークへと姿を変えた。



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1968年 ミニー・パールズ・フライドチキン

1968年 ミニー・パールズ・フライドチキン
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1966年、「ミニー・パールズ・フライドチキン」はアメリカ全土で人気を集めていた「ケンタッキー・フライドチキン」に対抗すべく開店。創始者のジョン・レイ・フッカーは「ケンタッキー」を真似して「ミニーパールズ」を作り、当時人気だったコメディ女優ミニー・パールをスポークスパーソンとして起用した。
 
順調に成長し株式を公開したけれど、証券取引委員会による帳簿の調査を受けたことがきっかけになり1968年に閉店してしまった。

1971年 トゥーツ・ショールズ・レストラン

1971年 トゥーツ・ショールズ・レストラン
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1940年代から50年代、フランク・シナトラ、マリリン・モンロー、ジャッキー・グリーソン、ジュディ・ガーランドをはじめとするトップクラスのセレブは、みんなこのレストランの常連だったという。
 
バーナード・ショールが経営していたこの高級バーでは、ステーキやベイクドポテトなどが楽しまれていた。けれど本当に注目を集めていたのは集まる客たちだったそう。
 
1971年に閉店。税金の代わりに店舗が押収されたことが原因だった。その1年後ショールは再び営業を始めたが、人気は取り戻せなかった。

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1979年 クラウド・クラブ

1979年 クラウド・クラブ
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ニューヨークのクライスタービルディングの68階にあった、会員制のランチョンクラブ「クラウド・クラブ」。40年以上に渡り業界の大物たちの集う場所として存続した。
 
オープンしたのは1930年。それ以来「クラウド・クラブ」はプライベートなロッカールーム、シガーコレクション、そしてマンハッタンの眺望など、料理以外の多くのものを提供していたという。
 
1979年に閉店してからは空きスペースとなり、もともと建物にあったアールデコの家具やしつらえは撤去されるか、もしくはそのまま傷んでしまった。

1982年 サンボズ

1982年 サンボズ
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道路沿いのダイナーの人気が最高潮に達した1957年。その年にオープンしたこのカジュアルレストランは、ふわふわのパンケーキが看板メニューで高い人気を集めた。なんと全米47州に店舗が作られたほど! 
 
とはいえ、"サンボ" はアフリカ系アメリカ人を指す侮蔑的な言葉だったため、開店当初から議論を巻き起こしていたという。店舗が増えるにつれ、この店の時代を考慮しない宣伝やマーケティング手法が、とくに大きな都市で問題視されるようになった。
 
その後レストランは「ノー・プレイス・ライク・サムズ」もしくは「ジョリー・タイガー」と名前を変えた。しかし今はオリジナルの「サンボズ」が1店舗だけカリフォルニアのサンタバーバラに残され、創始者の孫が経営している。

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1985年 ダブローズ・カフェテリア

1985年 ダブローズ・カフェテリア
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30年以上にわたって家族経営で続いたこのカフェテリアは、有力な政治家たちが政治キャンペーンツアーの途中で立ち寄り、集会を行う場所として使われてきた。ジョン・F・ケネディや下院議員のエド・コッチもここで集会を行なったとか。
 
さらに地元の人たちのダイニングとしても人気だったそう。しかし1980年代の終盤、ダイナーの人気が衰退するのとともに、残念ながら姿を消してしまった。

1986年 ジーノズ・ハンバーガーズ

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Gino's Hamburgers with Soupy Sales (Paul Revere)
Gino's Hamburgers with Soupy Sales (Paul Revere) thumnail
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「ジーノズ・ハンバーガーズ」は、ドライブインスタイルのハンバーガーショップとして、1950年代終わりにメリーランド州のボルチモアに開店した。当初の名前はシンプルに「ジーノズ・ドライブイン」だったらしい。
 
ボクサーのモハメド・アリやコメディアンのスーピー・セールズのおすすめの店として有名になり、さらに「サーロイナー」「ジャイアント」といった巨大なハンバーガーのメニューでもよく知られるように。
 
1982年、会社は「マリオット」に売却され、「マリオット」のチェーン店「ロイ・ロジャーズ」を拡大するための足掛かりとして使われることになった。1986年までには "ジーノズ" という名前の店はすべて閉店してしまった。

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1987年 ブラウン・ダービー

1987年 ブラウン・ダービー
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1926年にハーバート・K・ソンボーンがハリウッドのウィルシャーブルーバードに最初の店舗をオープンして以来、このレストランはハリウッドの名物として人気を集めた。セレブが集まる場所として有名になり、風刺画が飾られた店内のインテリアや山高帽のようなユニークな建物も注目を集めたそう。
 
しかし、ハリウッドの黄金時代が終わるのと同時に「ブラウン・ダービー」の全盛期も過ぎ、1987年までには4つあった店舗もすべてなくなってしまった。



1989年 ビーフステーキ・チャーリーズ

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Beefsteak charlie classic tv commercial
Beefsteak charlie classic tv commercial thumnail
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1914年にマンハッタンにオープン、人気店となった「ビーフステーキ・チャーリーズ」。80年代にアメリカの北東部に広くチェーン展開し、ビュッフェスタイルのサラダバーとシュリンプバーを宣伝するCMで客を魅了した。
 
けれど残念ながら1987年に買収され、徐々に経営状態が悪化、そのまま閉店へ。




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1994年 ボストン・シー・パーティ

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大抵のテーマレストランが成功していた70年代後半、なかでももっとも独創的だった「ボストン・シー・パーティ」。航海をテーマにしたシーフードレストランで、ウェイターたちの制服も植民地風の衣装だったそう。
 
国中に店舗を展開していたけれど、そのうち徐々に店舗が減少。1994年に最後の店舗がクローズした。




1995年 チャセン

1995年 チャセン
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「チャセン」は1936年にウェストハリウッドに開店し、すぐにハリウッドのセレブ御用達の店になった。名物メニューはチリで、なんとアカデミー賞授賞式のアフターパーティの会場としても利用されたとか!
 
魅力的な社交場として人気を博したものの、24年後の1995年に閉店してしまった。







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1996年 バーガー・シェフ

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Burger Chef & Jeff Commercial (1974)
Burger Chef & Jeff Commercial (1974) thumnail
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1954年、「バーガー・シェフ」は小さなバーガーショップとしてインディアナ州にオープン。その後1,000店以上を展開し、「マクドナルド」のライバルと言われるまでに成長した。
 
1982年、経営陣は店をレストランチェーンの「ハーディーズ」に売却。1996年に「バーガ・ーシェフ」として営業していた最後の店が看板を下ろした。






1996年 ミスター・ステーキ

1996年 ミスター・ステーキ
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質のよいステーキをリーズナブルに提供するレストランとして、1960年代にアメリカを席巻した「ミスター・ステーキ」。最初はコロラドスプリングスの小さな店だったけれど、アメリカとカナダに200店舗以上を展開するチェーン店に成長した。
 
1980年代、チキンや魚にメニューを切り替えると経営が徐々に悪化。フランチャイズの営業権の一部を売り、経営規模を少しずつ縮小していった。1990年代半ばに最後の店舗が閉店した。




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1998年 ケニー・ロジャーズ・ロースターズ

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Kenny Rogers' Roasters Commercial 1995
Kenny Rogers' Roasters Commercial 1995 thumnail
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カントリーシンガーのケニー・ロジャーズは1991年にレストラン業に進出、チキン料理を得意とするチェーンレストランを始めた。それはカジュアルなダイニングで、絶大な人気を誇るというほどには至らなかったそう。
 
それでもコメディドラマ「となりのサインフェルド」に登場したことで、人々の記憶に残っている。今もまだ数店がアジアで営業を続けている。




1998年 サイン・オブ・ザ・ドーブ

1998年 サイン・オブ・ザ・ドーブ
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1998年に閉店、取り壊された後も、「サイン・オブ・ザ・ドーブ」はニューヨークの失われた宝物として今も人々の記憶に残っているという。
 
新聞『ニューヨークタイムズ』はこのレストランをこう描写している。
「このレストランが街から消えてしまったことは物理的なもの以上の意味を持つ。サントファミリーグループがアッパーイーストサイドで経営していた多くの象徴的なレストランの1つであるこの店は、ステンドグラスで囲まれた庭での上質なディナー体験から、最高の場所と評されていた」

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1999年 ファッション・カフェ

1999年 ファッション・カフェ
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1990年代、あるレストラングループがスーパーモデル人気にあやかろうとして立ち上げたのがこのレストラン。
 
ナオミ・キャンベルやシンディ・クロフォード、エル・マクファーソン、クラウディア・シファーなど、時代のアイコンだったファッションモデルたちを集め、大々的に宣伝していた。海外進出を果たしたものの、1999年に閉店している。

2000年 ヴァレス・ステーキハウス

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1977 Valle's Restaurant Commercial
1977 Valle's Restaurant Commercial thumnail
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1933年に開業したこの店は、ステーキとロブスターがディナーメニューとして人気を誇った時代の恩恵を受け、1960年代に大きく拡大した。
 
その後10年間に店舗の数は激増したものの、1970年の不景気の煽りを受けた。そしてその後も経営は長く続いたが、勢いが完全に復活することはなかった。2000年に最後の店舗がクローズに。




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2000年 ラ・プティ・ブーランジェリー

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店名はフランス語だけれど、「ラ・プティ・ブーランジェリー」はアメリカのベーカリーチェーン。小さなベーカリーという意味の通り、最初は2軒の小さな店でスタートした。
 
1982年に「ペプシコ」がこの店を買収し、アメリカ中に展開を開始。名物は温かいクロワッサン。全盛期には93店舗あったものの、徐々に減少し2000年に閉店してしまった。




2001年 ザ・オリジナル・スパーゴ

2001年 ザ・オリジナル・スパーゴ
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世界的に有名なシェフ、ウルフギャング・パックが経営するこのレストランは1982年にハリウッドのサンセットストリップにオープン。すぐにハリウッドの人気レストランになった。
 
他の場所にも店舗を拡大していたけれど、パックは2001年、ハリウッドの名物となっていたオリジナルの店舗を閉店することを決めた。

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2002年 ビル・ナップス

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Bill Knapp's (1994 commercials)
Bill Knapp's (1994 commercials) thumnail
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この店は品質の良い素材と、家庭料理(もちろん極上のチョコレートケーキもその1つ)をメインとしたメニューで人気店になった。
 
1948年にミシガン州で開店して以来、アメリカ全土に店舗を展開、60店舗以上まで拡大したけれど、2002年に閉店した。







2004年 チーチーズ

「チポトレ」と「タコベル」の前にはこの「チーチーズ」があった! リーズナブルでカジュアルなメキシカンダイニングで、オープン後たちまちみんなから愛されるレストランに。
 
でもこのレストランのアイデアはすぐに他店に真似され、「チーチーズ」はそれらに対抗できなかった。2003年に会社は破産を申請。翌年には肝炎の流行の発生源として訴えられ、営業を終了した。





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2006年 ストック・エクスチェンジ・ランチョン・クラブ

2006年 ストック・エクスチェンジ・ランチョン・クラブ
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ウォール街の大物たちがどこでお昼休みを過ごすのか、不思議に思ったことのある人もいるはず。ある時期、ウォール街の重役たちの多くはこの店でランチを食べていたそう。
 
ここはニューヨーク証券取引所の7階にある会員制のダイニングクラブで、1898年に創業した。その後2006年4月に閉店し、すでに遠い記憶になりつつある。




2007年 オフィシャル・オールスター・カフェ

2007年 オフィシャル・オールスター・カフェ
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1990年代、特殊な演出のあるレストランが人気を博した。その流行を受け、アイスホッケー選手のウェイン・グレツキー、プロテニス選手のアンドレ・アガシ、アメリカンフットボール選手のジョー・モンタナなどが集まり、プラネットハリウッドと組んで開店したのがこのチェーン店。
 
店内にはスポーツにまつわる多くの記念品が飾られ、伝統的なバーフードがメニューに揃っているだけではなく、有名スポーツ選手やセレブたちとのイベントやプレミアを開催していたことで知られている。でも経営はホームランというわけにはいかず、2007年に閉店した。

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2008年 グーギーズ・イタリアン・ダイナー

2008年 グーギーズ・イタリアン・ダイナー
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2000年代初めからニューヨークではたくさんの有名レストランが閉店してきた。「グーギーズ」はアッパーイーストサイドでも、評価の高いイタリアンカジュアルレストランとして人気を獲得。2008年に閉店してしまったけれど、今も人々に惜しまれている。







2008年 ステーキ・アンド・エール

1966年に開店したカジュアルなステーキハウス。ステーキとサラダバーという組み合わせは、当時としては時代を先取りしたメニューだった。
 
2008年に破産し、メニューとブランドの資産を「レジェンダリー・レストラングループ」に売却。ファンからは復活を望む声も根強く上がっている。





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2011年 イレインズ
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2011年 イレインズ

1963年に開店した「イレインズ」は、2011年に閉店するまでずっとニューヨークの名物スポットだった。
 
セレブやソーシャライトに人気の店だったため、店の代名詞とも言えるこの木の扉を出入りする有名人を一目見ようと、黄色の天幕の近くには多くのファンやパパラッチたちが集まったそう! 伝説的な経営者イレイン・カウフマンが2010年に亡くなり、店も閉店した。

2012年 リヨンズ・レストラン

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1985 Lyon's Restaurant Breakfast Commercial
1985 Lyon's Restaurant Breakfast Commercial thumnail
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「王のように食べろ」と宣伝していたリヨンズ・レストランはカジュアルなディナーと低価格の朝食を提供、「デニーズ」のライバルだったという。1952年にオープンし、その後、数年間成長を続けた。
 
けれど1998年に破産を申請、2001年に売却された。2012年に最後の店が閉店した。






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2012年 ザ・ステージ・デリ

2012年 ザ・ステージ・デリ
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1937年にニューヨークの7番街にオープンしたこの店は、街でもっとも人気のあるデリのひとつで、ブロードウェイにインスピレーションを受けて作られたメニューで知られていた。
 
75年にわたって経営を続けていたけれど、2012年にその歴史に幕を閉じた。







2013年 バホーカ

2013年 バホーカ
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アメリカで当時話題となっていたポリネシアンレストランブームにのって、1967年にロサンゼルスでオープン。
 
家族経営だった「バホーカ」は、魚の泳ぐ水槽や目新しいインテリアで人気に。でもその後閉店、人気のポリネシアンドリンクが飲めたのも2013年までだった。






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2014年 パスティス

2014年 パスティス
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1980年にオープンした「パスティス」。フランス料理とビストロ風のインテリアがニューヨークのレストランシーンで人気を博した。
 
惜しまれつつも2014年に閉店。その後なんと2019年に場所を変えて営業を再開、ニューヨーカーを喜ばせた。







2016年 ダ・シルバーノ

2016年 ダ・シルバーノ
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ニューヨークのグリニッジ・ヴィレッジで45年にわたって、本格的で高級なイタリアンを提供してきた「ダ・シルバーノ」。
 
外の席でディナーが楽しめること、しばしばセレブが姿を見せることで人気だったけれど、残念ながら2016年に閉店。最低賃金と家賃の高騰が理由だと言われている。






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2016年 カーネギー・デリ

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ニューヨークのデリシーンでもっとも重要な店、「カーネギー・デリ」。テーブルが空くのを待つ人が1ブロックにわたって並ぶほど人気だったそう! 
 
78年にわたり、人々をパストラミとコールスローサラダで楽しませたけれど、2016年に閉店した。








2017年 ベソ

2017年 ベソ
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女優のエヴァ・ロンゴリアが経営していたことで知られるこの店は、2008年にオープンし、2016年に改装のために一時閉店していた。
 
しかし翌年、新しいオーナーがレストランの名前を変えて再開することが明らかに。「ベソ」はそのままなくなってしまった。







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2017年 ラムズ

マイアミビーチである兄弟が開業、ビールでスチームしたホットドックで人気を博し、アメリカ中に400店以上を持つチェーン店に成長した「ラムズ」。けれど兄弟は1971年、「ケンタッキー・フライドチキン」で有名な「KFC」の経営者ジョン・ブラウンに会社を売却。
 
何年にもわたって「ラムズ」はショッピングモールに欠かせない店だったけれど、経営権がスイスのファーストフードレストランチェーン「ウィナーヴァルド・ホールディングス」に移った後、ラムズは破産を申請。閉店を余儀なくされた。ネブラスカ州のベルビューにあった最後の店も2017年に閉店している。

2017年 スシ・サンバ
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2017年 スシ・サンバ

日本、ブラジル、ペルーの要素をミックスさせたこのレストランは、競争の激しいニューヨークのウェストヴィレッジで生き残り、1990年代後半から2000年代初期にかけて話題性の高いレストランとして人気を集めた。
 
マイアミの店舗はまだ残っているけれど、ラウンジのようなニューヨークの店舗は2017年に閉店してしまった。

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2017年 ハワード・ジョンソン
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2017年 ハワード・ジョンソン

20世紀中頃までアメリカのどこに行ってもある店で、趣味が悪いと評判のオレンジ色の屋根、貝のフライで知られていた。
 
アメリカを横断する旅行者たちの御用達レストランだったけれど、21世紀に入り、店舗の数が減少し2017年に閉店した。

2018年 ル・シルキュ

2018年 ル・シルキュ
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「ル・シルキュ」は、退廃的なまでに贅沢なフランス料理で1980年代に時代を席巻したレストラン。上質なディナーを体験できる店として知られていた。
 
2006年にブルームバーグタワーに店舗が移ったけれど、家賃の高さが理由で2018年にクローズ。







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2019年 バルブート

2019年 バルブート
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ニューヨークのウェストヴィレッジにあった「バルブート」は、カジュアルだけれどシックなイータリーとして人気を集めた。
 
ジューシーなローストチキン、ボリュームたっぷりのケールサラダ、薪を使った釜で焼いたピザで15年に渡り人々を楽しませたけれど、2019年5月に閉店。






2019年 ザ・グリル

2019年 ザ・グリル
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