あの子が出てきた。
「え。なんで」
「プリント。先生に頼まれた」
「え、ありがと」
その後ろに、部屋が見えた。
何も、なかった。
テレビも、本棚も、おもちゃも。
布団と、段ボールがいくつか。
それだけだった。
でも、その段ボールの一つに、見覚えのあるものが詰まっていた。
みんなの漫画。みんなのCD。みんなのペン。
借りパクの、戦利品たちだった。
それが、宝物みたいに、きれいに並べてあった。
「見た?」
「見てない」
「見たでしょ」
あの子は、しばらく黙った。
そして、ぽつりと言った。
「うち、何もないんだ」
親は夜も帰らないこと。
自分の物を買ってもらった記憶がないこと。
「借りてる間だけね、普通の子になれるの」
「……返さないのは、なんで」
「返したら、また何もなくなるから」
「わかってるよ。最低なのは」
「でも、あの段ボールだけが、私の全部なんだ」
私は、何も言えなかった。
翌日から、私はあの子に自分から貸した。
「これ、面白いから読みなよ」
「……返せないかもよ」
「いいよ。あげる」
「え」
「貸すんじゃなくて、あげる。それなら返さなくていいでしょ」
あの子は、初めて泣いた。
卒業と同時に、あの子は引っ越して、連絡が途絶えた。
10年後、実家に荷物が届いた。
大きな箱だった。
開けたら、漫画とCDとペンが入っていた。
真新しい、新品だった。
手紙が添えてあった。
「借りたものは覚えてる限り全部、新品で返します。クラスのみんなに渡してください」
「働けるようになって、やっと自分の物を買えるようになりました」
「でも、あなたにもらった漫画だけは、返しません」
「あれは私の、人生で最初の『自分の物』だから」
借りパク女王は、泥棒じゃなかった。
「自分の物」というものを、一つも持ったことがない子だった。
あの子が借りパクしてたのは、物じゃない。
普通の子の暮らしを、少しずつ借りていたのかもしれない。