Re:Ron特集「時代のことば」 ネオリベラル・フェミニズム
河野真太郎×菊地夏野対談
新自由主義が政治や社会に影響をあたえる中、フェミニズムでもその価値観を前提とした「ネオリベラル・フェミニズム」の思想が注目されるようになってきました。社会の課題を乗り越える責任が女性個人に向かう懸念や、一部のリソース(資源)を持つ人のみが仕事と家庭を両立できるという格差をはらんでいます。両立の矛盾が個人の責任とされないよう、何を見る必要があるか。この問題を論じた本を訳した英文学者の河野真太郎さんと、自著の中で読み解いた社会学者の菊地夏野さんが対談しました。
話題のキーワードや新たな価値観、違和感の言語化……時代を象徴する「ことば」を、背景にある社会とともに考えます。
――ネオリベラル・フェミニズムは主に欧米で議論されてきた思想ですが、どのような経緯で生まれたのでしょうか。
【河野真太郎】 「ジェンダー平等は達成されたので、フェミニズムは終わった」と認識させるポストフェミニズムが欧米で2010年代に変容する中、隆盛してきました。
仕事と家庭のバランスを理想としながら、ジェンダー役割の平等は進まず、女性が仕事も家事も背負い込む状況が依然としてある。もちろん日本でもそうです。
この家事労働やケア労働をどうするのかという矛盾を解消するために、集団的な社会変革や制度の変更を求めるのではなく、女性の個人的な資源や態度が利用される。そうしたあらゆる手段やイデオロギーが生まれたことを、ロンドン大教授のキャサリン・ロッテンバーグが2018年に著した『ネオリベラル・フェミニズムの誕生』(河野さんが手がけた訳書は25年に人文書院から)で指摘しています。
こうの・しんたろう 1974年生まれ。専修大学国際コミュニケーション学部教授。専門は英文学、英国の文化と社会。
■ジェンダーギャップ指数への注目と語られないこと
――そもそものフェミニズムとはどう違いますか。
【菊地夏野】 全ての女性の平等、解放、社会的公正といったフェミニズムの伝統的な理念が失われ、「活躍」「競争」「成功」にすりかわったフェミニズムが出てきたということだと思います。
ロッテンバーグらの研究では、ネオリベラル・フェミニズムの一番のキーワードはワーク・ライフ・バランス(WLB)で、キャリアと家事をいかに両立させるかがフェミニズムの最大のテーマとして語られると指摘しています。資本主義の中で女性が力をつけて、男性と同様に地位を向上して収入をあげることが「女性の解放」だと考えられているのです。
きくち・なつの 1973年生まれ。名古屋市立大学人文社会学部准教授。専門は社会学、ジェンダー・セクシュアリティー研究。
【河野】 高市早苗首相が日本で女性初の総理になったことも、ネオリベラル・フェミニズムの観点から関心をもっています。
「私自身もワーク・ライフ・バランスという言葉を捨てる」という発言は、男女の別なく、個人の努力でWLBの矛盾や共働きの矛盾を解消すべしという、ネオリベラル・フェミニズムを徹底した姿勢とも言えます。
ただ、高市首相の就任をフェミニズムにとって評価できるか否かという話になると、むしろ議論が後退してしまうとされがちです。それは、フェミニズムがこれまで問題にしてきたことがそもそも問えなくなってしまうといったことが生じている感覚です。
【菊地】 日本でも「フェミニズムは終わった」とするポストフェミニズム的な状況の中で、2000年代以降にWLBを進める政策が重視され、第2次安倍政権では16年施行の女性活躍推進法など女性活躍政策が推し進められてきました。
女性活躍政策は、国が前面に立って女性を男性同様に労働に駆り出そうとしている点で典型的なネオリベラル・フェミニズム的な政策だと、拙著『日本のポストフェミニズム』(大月書店)でも論じています。女性運動がそもそも問題としてきたことが、ごまかされてしまっていると思います。
メディアも、女性政治家や女性の重役を増やさなければいけないことをフェミニズムだとみなし、リベラル系のメディアの受け手にも浸透してきました。たとえばジェンダーギャップ指数は毎年発表されて、それに対して日本が低空飛行であると憂えることが、ある種のフェミニズム的なパターンになっています。ただ、ギャップ指数の順位以外の不平等の中身についてはあまり問われません。今回、女性の首相が出て指数が上がることが予想されますが、それをもって目的が一つ達成されたという話になってしまうのが残念ながら予想できます。
■個人に向かうフェミニズム
【河野】 そもそも、フェミニズムが人間の平等や解放についての思想で、資本主義社会を問題視してきたことを若い世代が知らないとも感じます。
ふだん接している学生は、リベラル系のメディア、SNSで起こる対立をもってフェミニズムを見てしまうところがある。なので、授業ではいつも歴史をさかのぼって、19世紀から20世紀初頭に欧米で起こった、女性の参政権や男女の平等を訴えた「第1波フェミニズム」から説明をして、人間の存在の平等についての思想であることから入るようにしています。ウーマン・リブ以降の「第2波フェミニズム」もあり、ラジカルであったり、労働や再生産労働(育児や家事、介護など、労働の再生産につながる家庭内労働のこと)も問題にする社会主義的な動きであったり、本当に多様な運動があったわけですよね。
フェミニズムの目的は達成されて「ポスト」(「○○の後に」の意)だから、フェミニズムはいらないとされます。日本でも男女雇用機会均等法(1985年)ができて、形式的な就職、採用における差別は禁止されたけれど、コース別採用や派遣労働が中心の流動的な雇用で女性が労働市場に取り込まれました。
男女共同参画社会基本法もあり、2000年代以降、国が「管理職に女性を増やす」と雇用政策を進めて、それがフェミニズムの成果だとされてきました。けれど、たとえば管理職以上でジェンダー平等と言っても、そこからこぼれ落ちてしまう人たちはどうしても出てきてしまう。フェミニズム理論家のナンシー・フレイザーなどが重視する「99%のためのフェミニズム」が指摘していることで、菊地さんは翻訳本で解説されていますね。
――資本主義の中での「成功」を目指すフェミニズムに生じる矛盾とは。
【河野】 この20年ほど、共働き化はジェンダー平等の要請というより、市場や資本主義の要請によって進められてきました。そもそも、男性の育休や家事労働を進めなければいけないけれど、家事労働やケア労働をやるのは誰か、がポストフェミニズム的状況では問題になります。
解決方法の一つは、ひたすら女性が仕事も家事も頑張るか、外注するか。それでは再生産労働を誰がやるのかという矛盾が、ひたすら女性に背負わされます。もう一つの道はケア労働を男女関係なくシェアすることですが、日本のような労働環境ではそれが全く進みません。
ポストフェミニズムとされる中、人間の平等や解放を目指すフェミニズムが経済的な面に限定されてしまうことについて、ロンドン大学ゴールドスミス校の研究者たちが中心となって問題提起しています。ロッテンバーグも、同大でこの問題を論じています。
ネオリベラル・フェミニズムを唱える人として、Meta(旧フェイスブック)の元COOのシェリル・サンドバーグがいます。サンドバーグの自己啓発本『リーン・イン』は、女性がキャリアやリーダーシップにおいて、ガラスの天井を破らずに身を引いてしまうのはなぜかと問いを立て、踏み出すためには「内なる革命」が必要で、それは女性の個人的な資源や態度と結論づけられる。社会や制度の変革はなく、個人に向かうフェミニズムであることが批判されています。
米プリンストン大教授で、米国務省政策企画本部長を辞めた際のWLBの問題提起が注目を集めたアンマリー・スローター、トランプ米大統領の長女、イバンカ・トランプも挙げられます。
日本でも2000年代以降、フェミニズムが個人に向かっていたのでしょうか。
【菊地】 男女共同参画社会基本法はポストフェミニズム的な法律で、女も男も共同して社会に参画しようとすることで、差別の禁止や平等が「共同」という言葉の陰に隠されてきました。
同法施行の1999年の頃、日本で「女子力」という言葉がはやりましたが、当時の若い世代の使われ方としては、職場でも女性は女性らしさを忘れず男性を立てる、愛想をよくするという保守的な意味のジェンダー規範でした。個人が力を身につけて、自分の努力で頑張って活躍するという、ネオリベラルな価値観を表している言葉です。
■ネオリベラル社会を生きる「逃げ恥」の2人
――日本でネオリベラル・フェミニズムを映す現象は。
【河野】 日本の文脈で考える時に好適なのが、ドラマ化もされた漫画『逃げるは恥だが役に立つ』(海野つなみ、講談社)です。菊地さんが『ポストフェミニズムの夢から醒めて』(青土社)の中でも論じられていますね。私も自著で論じている作品です。
住む場所と職を失った主人公…
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- 本田由紀東京大学大学院教育学研究科教授視点
言うまでもなくフェミニズムは、「フェミニ」という部分で「女性の」という意味を言葉の中に含んでいる。それゆえフェミニズムは「女性の」権利や「女性の」生き方を議論・主張するもののように捉えられがちだし、実際にそのような議論も多い。そのバリエーシ
2026年1月21日 08:30