2025年12月26日

【薙刀式】なんで同時打鍵が苦手な人がいるのだろう

そこがわからないんだよな。
苦手だから苦手、なんだろうけど、
自分のできることが他人がまったく出来ないといっているのを見ると、
不思議な気持ちになる。
だってゲームとかで同時押し、やるやん、って思ってしまう。

Twitterから。
> 新下駄配列や薙刀式はとてもいいと思うが、同時押しがどうも性に合わず断念。となると月配列2-263が良いか?


1キーに1文字があって、
それを一個一個つなげていくことがキーボードである、
というようなメンタルモデルを、
崩さなければならない。

手の動きが結果的に文字になるだけで、
途中でぐるぐる回す動きや同時に動かす動きがあるだけだ
(ぐるぐるは回さないが)、
という風に、
手の動きと文字の連絡、みたいに脳内モデルをとらえ直さないと、
同時打鍵がスムーズに文字列の中に入らないのではないか。

多分、
ゲームとかではできるんだよ。
スト6ではどうなっているか知らないが、
スト4では、小中大のどれか2キー同時押しがEXで、
小中大の3キー同時押しがウルコンだった。
そんなのミスする奴はほとんどいなかったのに。

文字ではできない、んじゃないか、と想像する。

文字を打つことが、ゲームのような、
動きと動きの対応じゃなくて、
何か別の打鍵モデルを持っているから、
それの書き換えが難しいんじゃないだろうか。


たとえば、
めんめんつさんの言っていたモデル、
「順番に光るキーボードがあって、
近い指がそれを取りに行く」というモデルでは、
「順番に光る」が大事であったように思う。
それが同時に光られると、困るんだろうね。

順番に光るんじゃなくて、
指によって上中下のどれを打てば何が出るか決まってて、
その指を順番に動かしていく、
という風にある種のダンスだと思っているならば、
そこに同時押しの振り付けを入れても大丈夫だと思うんだがなあ。

いつも「できない」「苦手」という言葉だけは聞くんだけど、
ゲームの同時押しもできないのか、
電気のスイッチを、あるものはオンに、別のものはオフにする、
というのを同時にできないのか、
拍手はできないのか、
手拍子はできないのか、
それに足を加えることはできないのか、
などがとても気になる。
何の同時はできるが、何の同時はできないのか、で、
同時押しは苦手が決まるのか、知りたいんだよね。

実際、薙刀式は秒5打鍵できれば実用で、
秒3でも十分使える配列だ。
その中に同時を混ぜ込むとしても、
せいぜい13%くらいしかない。
24%はセンターシフトで、厳密には同時じゃなくて、
先押しの押しっぱなしだから、
13%の左右同時打鍵ができればできるんだけどなあ。


あるいは、
よくある表記法に、
「CtrlとZを同時押ししてアンドゥ」みたいに、
同時押しではないものも同時押しと勘違いしている可能性がある。

Aを先に押して押しっぱなしにした状態でBを押す、
のは通常シフトであり、同時押しではない。
薙刀式では、センターシフトがこれにあたる。
同時押しは、
「AとBが同時に押されている瞬間があればよい」
という判定法になっている。
どちらが先でもよくて、同時に押されてさえいなければ、
同時とはみなさない。

また、ゲームやほかの配列の「同時押し」は、
「Aが押されてから〇ミリ秒以内にBを押す」
という実装が多い。
薙刀式の同時押しがこれと異なるのは、
3キー同時押しをやりやすくするためだ。


こんな風に、
色々な同時押しがあることを知らないので、
単に「同時押し」で違うものを一緒くたに認識してしまっていて、
うまく意図通りに打つことができず、
「同時押しはなんとなく苦手」な意識があるのではないか。
Ctrl+Zを、CtrlとZを同時に押して、
うまくいかないと思っているような感じ。

(薙刀式の同時押しのアルゴリズムに関しては、
マニュアルに詳細な記載があります。
それを読んでいないで同時押しが苦手、と先入観で思っている可能性はある)


どれに当てはまるのかわからないし、
その他の可能性もある。
同時押しが苦手な人は、
ぜひそれを言語化してほしい。
対策を考えられるかもしれない。




ピーマンが苦手な人は、
そもそも苦みをうまいと感じていない可能性がある。
苦いがうまいものを理解できると、
ピーマンが苦くてうまいことがわかる。
そんな風に、全然違うところで解決する可能性もあるよね。

僕は酢豚の中のパインが許せなかったのだが、
「甘みと酸味を同時につけるものは、たとえばリンゴがあるではないか。
パインの酵素は肉を柔らかくするので、三方得である」
という話を聞いて、許せるようになった。
単体パーツとして入っているのは食べられないが、
群れとしてなら食えるようになったなあ。


よくあるのが、
「最初に除外した条件を認めたらうまくいく」
というやつかな。
その除外が偏見であることが多いんだ。
posted by おおおかとしひこ at 13:04| Comment(6) | TrackBack(0) | カタナ式 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「不得手」と「性に合わない」はイコールではないと思います。

私は音ゲー等で同時押しには慣れている方ですが、論理配列における同時押し機構は「肌に合わなかった」です。
文章を書いていて、何というか、つま先立ちで歩いているかのような落ち着かなさがあるんですよね。
同時押しの際に生じる力みや、複数の指を同期させるコストなど、理由はいろいろ考えられますが……少なくとも「慣れで解決できるものではないだろうな」という直感はありました。
センターシフトも同様で、最終的に順次打鍵こそが私にとって最もノイズの少ないシステムだと結論づけました。

人の生理というものは肌や目の色のようなもので、変えようとして変えられるものでもありません。
なので、そういうものなんだろうなと私は受け入れています。
Posted by さんごぱん at 2025年12月26日 17:35
>さんごぱんさん

ほんとうに生理で変えられないものなのか、
そう思い込んでるだけで、
案外コツをつかめば慣れられるものかも、
まだわかってないので、
一般化するのは早いなーと思っています。

ある人は生理的に無理でも、
他の人はやってみたら自転車に乗れるかもしれない。
その割合がわからんのですよね。

力みというのは一つのキーワードで、
興味深いと思いました。
となると、
力みを取るような同時打鍵練習メニューを、
考えられるかもしれません。
Posted by おおおかとしひこ at 2025年12月26日 17:58
「Aが押されてから〇ミリ秒以内にBを押す」
練習当初では、この意識が抜けきっていないのではないかと思います。

"習得する前に"苦手とか性に合わないと結論付ける人は、
相互シフトと説明にあっても、
同時と言われたら、
「Aが押されてから〇ミリ秒以内にBを押す」
を意識してしまうのではないでしょうか。
かく言う自分もそれで力みが発生し、
練習当初はリズムを掴むのに苦労しました。

大西配列の時に、
子音→母音を感覚的にはほぼ同時に押していたはずなんですけどね。


そこで、薙刀式の同時打鍵も、
カナとカナや濁音・半濁音の集合体だから、
大西配列と同じ感覚でいけないか?
と思い実践してみたところ、
どちらから押してもいいという条件があって少し難しくはありましたが、
かなり力みは解消しました。
このほぼ同時打鍵は、
一方を押す前にもう一方を離してしまう問題が発生する人も居ると思うので、
解決策としては個人的すぎるとは思いますが。

qwertyから薙刀式に来る人は特に同時打鍵は苦労すると思っています。
qwertyは同じ指の連続が頻発するので、
子音→母音のほぼ同時打鍵は身に付きにくいと思うからです。
Posted by やましぃ at 2025年12月26日 20:15
>やましぃさん

逆になんで自分は力まずにできたのかがわからんのですよね。
初めて同時打鍵配列を使ったのは下駄配列だったけど、
それも80ms以内に押すロジックで普通に打ってたし。
遅かったからいけたのかなー。

ある程度速い人は、
速く打とうとして力んじゃうのかしら。
Posted by おおおかとしひこ at 2025年12月26日 22:06
力み、と表現するとちょっと語弊があったかもしれません。
もう少し掘り下げてみますね。

順次打鍵では「あるキーを打とうとする間、その次のキーを打つ準備もする」というプロセスに高い自由度がありますが、同時押しだと数十ミリ秒のあいだ複数の指が同時に拘束されることで自由度が大幅に制限されていると感じます。
順次打鍵では常に「線」で歩けるところを、同時押しでは一時的に「点」であることを強制されるというか、立ち止まらされているような……そんな感覚があり、これがノイズとなっていました。

この違いは順次打鍵との相対的、原理的なものであり、習熟度や意識の仕方でどうこうできるものでもない気がします。
Posted by さんごぱん at 2025年12月27日 09:32
>さんごぱんさん

ふむふむ。
たしかに文字を手書きで書く時は1本の線なので、
その感覚はわかります。

ただ「キーボードは鍵盤である」という誰かの主張で僕が納得したことは、
「ピアノは左右の手で別々のメロディを弾いている」
という話でした。
あとはそれが和音になるだけなので、
同時打鍵は難しくないと。
(さすがにピアノほどキー配列は別々のメロディじゃないけど)

とくに左右母子分離型ローマ字だと、
母音だけの流れ、子音だけの流れを意識することがあると思いますが、
そんな感じですかね。

1本の線の中に時間軸が存在しないと、
ただ1本の線を追うだけになりますが、
その書く行為の中に楽譜のような時間軸が存在すると、
同期という要素が増えると思います。
その時間軸がある/ないの違いかもしれないですね。
Posted by おおおかとしひこ at 2025年12月27日 10:00
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