第102話

 俺はルーチェと共に悲鳴の方へと向かったのだが……そこには、意外な光景が繰り広げられていた。


 スノウとイザベラが武装した五人に囲まれていた。


 山賊の類らしく、五人共身なりはよくない。


 ただ、戦況は明らかにスノウ達の方に傾いていた。

 五人共既に負傷しており、気力も大分削がれている様子であった。

 どうやら聞こえた悲鳴は、襲撃者側のものであったらしい。


「ら、楽に大金が得られるって聞いてたのに、こんなの話が違うじゃねえか……! 貴族の馬鹿娘が、道楽で〈夢の穴ダンジョン〉巡りしてるんじゃなかったのかよ!」


 先頭のリーダーらしき男が弱音を漏らす。


「お頭、他の冒険者が来たみたいです!」


「なんだと……? て、撤退だ! クソ!」


 山賊の頭が、俺達のいる方向とは逆の方へドタドタと慌ただしく逃げていく。

 スノウとイザベラに追うつもりはないらしく、彼の背を睨んでこそいたが、その場からは動かなかった。


「手助けは必要なかったようだ」


「わざわざ相手をするのも面倒な連中だった。奴らの逃亡が早まったことには感謝しておいてやる」


 イザベラは不機嫌そうにいい、刃を振って付いた血を飛ばす。


「山賊か?」


「そのようだが、C級冒険者程度はあったな。あれだけの強さがあれば、ラコリナで食うには困らない。大方……犯罪者になって、大手振って都市を出入りできない連中だろう。ああいう手合いが一番厄介だ。最近は大分減ったはずだったんだが」


 C級冒険者程度……か。

 それはただの山賊の中ではかなり強い方に入る。

 この世界では、強者が生活に困って犯罪者になることは少ないからだ。

 生活の困窮が理由であるならば、こんなふうにリスクを取ってまで貴族を襲うよりも、真っ当に〈夢の穴ダンジョン〉を攻略した方がずっといいというわけだ。


 しかし、それにしても疑問が残る。


「欲を張ったもんだな。貴族の令嬢を誘拐して無事で済むなんて、本気で思ってたのか……?」


 おまけに冷酷で狡猾と有名なハウルロッド侯爵家相手に……だ。

 当主本人に会ったことはないが、父アイザスから聞いた話の限りでは、娘のスノウが誘拐でもされれば、見殺しにしてでも山賊団全員を捕縛して、見せしめに一人一人拷問に掛けて殺していくことだろう。


「山賊などそんなものだ。短絡的な馬鹿しかいない。都市部から離れて過ごしているから、世間の事情や常識にも疎い。その癖、欲深く単純だから、どんなに間抜けな計画でも疑いもしない」


 イザベラは吐き捨てるようにそう口にした。


「イザベラ、そこについては少し不審な点があります」


 スノウが口を挟んだ。


「お嬢様……?」


「世間知らずな彼らが、わざわざ貴族の一令嬢である私の顔を把握していて、この〈夢の穴ダンジョン〉に入ったことも知っていた……というのは妙です。私が〈夢の穴ダンジョン〉を回っていることも知っているご様子でした。しっかりとした前知識があって、その割には肝心なところが抜けている」


「つまり……なんだというのですか、スノウお嬢様?」


「何者かが彼らに、自分にとって都合のいい情報だけを吹き込んだのではないでしょうか。金銭も、その人物より受け取る手筈だったのかもしれません」


 さすがハウルロッド侯爵家の第一子というだけはある。

 かなり頭が切れるようだ。


「確かに、そう考えた方が筋が通っていますね、お嬢様。……だとしたら、何としてでも一人は捕えておくべきだったか。しかし我々も、もうHPにもMPにも余裕がないからな。魔物相手に消耗していなければ、あの程度の五人組、即行縛ってやれたのがな」


 イザベラが忌々しげに呟く。


「しかし、刺客にしても随分と中途半端な連中だ。警告か? スノウ嬢、何か心当たりは……」


 俺が声を掛けようとすると、スノウは顔を赤くしてびくりと肩を跳ねさせ、さっとイザベラの背後へ隠れるように回り込んだ。

 ……切れ者なのは確かなようだが、どうにもそれ以上に人見知りが激しいようだ。

 次期当主候補としてはかなり致命的に見えるのだが……。


「あ、あまりお嬢様に軽々しく話しかけるでない! いずれ辺り一帯の地を治められる、高貴な御方だぞ!」


 イザベラが慌ててフォローを入れる。

 そこが原因でないことは明らかなのだが……まぁ、下手に突っ込まないようにしておこう。


 別の次期当主候補の仕業だろうか?

 真っ先に思い浮かぶのはそこではあるが、それにしてもあまりに直接的過ぎるようにも思えるが……。

 一族内でこんな真似をすれば、さすがに現当主が黙ってはいないはずだ。


 しかし、イザベラもB級冒険者相当で、かつ魔物以上に対人戦を得意とする戦闘スタイルに見えた。

 少なくとも対人用剣術をかなり鍛錬しているのは間違いない。

 スノウもこの〈夢の穴ダンジョン〉に足を踏み入れたのだから、決して弱くはないはずだ。


 そんな彼らに金で釣った山賊を嗾けても、警告以上のものにはなりようがない。

 いや、別のことも考えられるか?

 山賊を嗾けて消耗を誘い……かつ、〈夢の穴ダンジョン〉内の深くに釘付けにしておくことが目的だったとしたら……。


「イザベラ、すぐにスノウ嬢を連れて外に出た方がいい」


「フン、貴様に言われなくともそのつもりだ」


 イザベラは俺にそう言うと、スノウの方を向いた。


「行きましょう、スノウお嬢様……ああ、お足に怪我をなさっているではありませんか!」


 スノウの足から血が出ている。

 あの山賊にやられたようだ。

 本人は平然とした顔をしているが、それなりに怪我は深い。

 高レベルの人間ほど治癒能力も高いとはいえ、数日は戦闘に支障が出そうだ。


「これくらい騒ぐことではありません。ただ……帰路の間、肩を貸してもらえますか?」


「あのクソ山賊共……! 落ち着いたら当主様の許可を得て、兵を動かし、ここら一帯を山狩りして、皆殺しにしてやりましょう!」


 そのときだった。


「ぎゃあああああっ! 助け、助けてくれぇっ! 死にたくねぇっ! 死にたくねぇっ!」


 さっきの山賊の男が、必死に俺達の方へと駆けてくる。


 その背後から、ぬっと、長い首が伸びてきた。

 巨大な人面だ。

 異様に多い歯が並んでいる。


 その化け物は大きな口を開けて……男の頭部を丸呑みにした。

 歯の間から血が滲む。

 首を失った男の身体が、呆気なくその場に倒れた。


「ギュー……ギュッ、ギュギュ」


 低い嗄れた奇怪な声で鳴く。

 全長三メートル以上ある巨大な鳥に、人面が付いていた。

 四つ足であり、前脚にも後ろ脚にも、強靭な鉤爪が付いている。


「こっちが本命かよ……!」


 俺は歯を喰いしばって、化け物の人面を見上げた。


――――――――――――――――――――

魔物:ポタルゲ

Lv :80

HP :722/734

MP :272/272

――――――――――――――――――――


 〈幻獣の塔〉の〈夢の主〉だ。

 本当に……つくづく、〈王の彷徨ワンダリング〉と縁がある。

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