【卒論について】 三国志の赤壁の戦いに重点を置き、正史・演義の違いを明確にする事を卒論に選んだのですが、具体的にどういった違いがあるか教えて欲しいです。

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お礼日時:2021/11/7 23:55

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kumさんの言う通りだと思います。 簡単に言うと諸葛亮が関係するところは基本的にはフィクション 曹操軍の規模も100万もいませんし、壊滅的な被害でもないです。

演義では周瑜が諸葛亮に10万本の矢を集めさせると言う難題をクリアしたり、火計のために必要な東南の風を諸葛亮に吹かせる等、諸葛亮の尽力があったからこそ勝利できた、と言う風に描いています。 また赤壁で曹操軍100万が大敗北して多くの戦力を失い、更に逃走する曹操の脱出経路にあらかじめ張飛や趙雲、関羽等を配置して、最後は関羽に命乞いをする曹操、と言う図式にして、あくまでも勝利は諸葛亮の采配、読みによるもの、と言う図式にしています。 正史の方は詳細な記述はなく、曹操の主力軍(張遼や楽進等)は別の地域に駐屯しており、赤壁はあくまでも曹操と彼に降伏した荊州軍が主力で、それと孫権・劉備連合軍の戦いになります。当然規模も100万も兵がいるはずなく、曹操軍で10万ちょっと程度。 赤壁で曹操が敗北したのは確かですが、その被害がどの程度かははっきりしないのが実情です。元々疫病が流行っていた、と言う話もあるので、一度敗北したのをきっかけに退却した、と言う可能性もあります。 劉備や諸葛亮は呉との同盟、最後の追撃戦に参加していたことぐらいしかはっきりせず、追撃戦も演義と違い、曹操を待ち伏せする、とまではいっていないですね。10万本の矢とか東南の風とかと含めて、この辺りは全てフィクションですね。