2019年8月、栃木県で51歳の男性が自ら命を絶った。約4カ月前、勤めていた葬儀会社から、経費をだまし取った「詐欺犯」だと決めつけられ、懲戒解雇されていた。
遺族が訴訟を起こすと、裁判所はこう判断した。
「全証拠に照らしても、詐欺に関与したとうかがわせる事情はない」
だが安堵もつかの間、会社側は判決を不服として、改めて「男性が犯人」と繰り返した。「お父さんはやってない」。再び会社と対峙した遺族。ところが待っていたのは思いも寄らない結末だった。(共同通信=助川尭史)
▽昼夜を問わない激務でも「働かせてもらってありがたい」
栃木県で生まれ育った男性は、結婚後3人の子に恵まれた。
「読書にゲーム、スーパー銭湯通いが趣味の、絵に描いたような普通の人。休日には得意料理のトマトパスタを振る舞ってくれて『人様に迷惑だけはかけるなよ』が口癖でした」。妻は6月の取材で、在りし日の姿をそう懐かしんだ。
長年勤めた測量会社の仕事が先細りになってきた2010年、知人の紹介で栃木県鹿沼市の葬儀会社「おおの」に転職した。葬儀の依頼は昼夜を問わず寄せられる。日中の勤務を終えた後、夜勤に入り翌日いっぱい働くこともしばしば。食事を取ることもままならず、同僚の退職も相次いだ。
それでも「働かせてもらってありがたい」と、愚痴を言うことはなかった。
▽社員が会社の経費を詐取、ところが…
経費をだまし取っている人がいる―。 2018年、会社でそんな疑惑が持ち上がった。
きっかけは葬儀で余った返礼品を買い取る際、依頼者の署名がなかったり、返礼品の数と買い取り額が合わなかったりする引き取り書が、複数見つかったことだった。
社内調査の結果、ある社員の関与が浮上した。後に犯行を自白し、詐欺罪で有罪判決を受けた社員は、職場への不満から、ずさんな管理の隙を突き、犯行に及んだと供述した。
調査は返礼品の管理部署の責任者だった男性にも及んだが、一貫して関与を否定した。
「疑われている社員にも家族がいる。うそをついてまで会社の味方になれない」
だが、会社は男性を詐欺の「共犯」として仕立て上げるよう画策する。当時の社長は調査の中で、詐欺をはたらいた社員に、顧客から受け取った返礼品を男性へ渡したという引き取り書を作成するよう指示。男性を呼び出し「特別なことは何もない」と言って署名させた。会社はこの書類を詐欺の「証拠」として警察に提出したのだった。
妻は男性が標的となった理由をこう推測する。
「そもそも詐欺を裏付ける証拠が少なかったのでしょう。だから責任者だったお父さんに証言させたかったけど、うそはつけない人だった。その正直さが気にくわなかったのだろうと思います」。調査の結果、不正は300件近くに上ったというが、立件されたのはわずか4件、約11万円分だけだった。
▽「社長がここまでやるとは」
2019年4月、男性は社長から呼び出され、警察で事件について話すよう指示された。困惑しつつも出頭した警察署で、初めて自分が署名した引き取り書が詐欺の証拠として提出されていることを知った。
「社長に言われるがまま署名した」。そう弁明すると、応対した署員も「社長から話を聞いてほしいと言われたから仕方なく聞いている」と困った様子だったという。
取り調べ後、署の駐車場で待っていた社長に経過を話すと「話が違う」と怒鳴りつけられた。会社に戻ると、その日は夜10時まで残業を強いられ、社長からは「おまえのせいで警察に怒られた」と詰め寄られた。
帰宅した男性は疲れ切った顔で妻につぶやいた。「ここまでやるとは思わなかった」
▽「死んじゃえばいいのかな」
翌日、事件の聞き取りとして会社に呼び出された男性は、その場で社長から懲戒解雇を言い渡された。
その日のことを男性は日記にこう記している。
「私の話など聞く気も無し、犯罪者のような扱いで話をされた。警察に提出する書類と言ったらサインを書かないと思ったので、うそを言って書かせたと開き直っていた」
男性は人が変わったように自室に引きこもり、「俺、死んじゃえばいいのかな」とこぼすようになった。
「一家の柱として情けない」
雇用保険の受給手続きで訪れたハローワークの職員の前で、そう泣き出すこともあったという。
「あいつら、また何かたくらんでいる」。そう妻につぶやいた日の翌朝、男性は自宅の車の中で命を絶った。遺書には短くこう書かれていた。「会社に言いたいことはいっぱいあるけど、面倒くさい」
▽「犯人の家族」一変した生活
残された家族の生活は一変した。狭い町でうわさはすぐ広まる。警察や労基署を巡り、どれだけ無実の証拠を集めても「詐欺事件の犯人の家族」と見られる状況は変わらなかった。
2023年、妻は子供たちと一緒に、会社に計約1億円の賠償を求めて宇都宮地裁に提訴した。
「お父さんの願いは、会社の不正を公にすること。無念を晴らすには裁判しかなかった」
会社は「詐欺に関与した証拠はある」と真っ向から反論した。
裁判所に提出したのが、社長から渡された引き取り書に、男性が署名する様子を撮影した防犯カメラ映像だった。会社側は男性が自ら詐欺への関与を認めた瞬間を捉えたものだと説明。だが、映像は音声が不自然に消され、カットされた形跡もあった。
遺族は音声の復元を試みた。すると、社長が書類の詳細を伏せて、署名をさせた経緯の一部始終が収められていたことが判明した。
迎えた証人尋問。男性の死後初めて姿を見せた社長に、遺族側の弁護士は犯人と決めつけた理由を問いただした。だが社長は具体的なことは言わない。
「証拠は全て提出した」「警察に聞いてほしい」
最後までやりとりはかみ合わなかった。
妻は会社への憤りをつづった陳述書を提出した。
「夫は、何の取りえもないかもしれませんが、人として、父として恥じない立派な人でした。夫の人生はあなた方のものではない。一生許すことはできない」
▽判決は「完勝」、だが会社は「詐欺に関与したと考えるのが合理的」
2025年11月、宇都宮地裁は会社側に約8200万円の賠償を命じる判決を言い渡した。裁判長は、男性が詐欺に関与したかのような証拠を社長が作成し、一方的に懲戒解雇したと判断。その上で、亡くなる直前まで月100時間に上る時間外労働もあったとして、会社が極めて強い心理的負荷をかけて自殺に追い込んだと結論づけた。
遺族側の「完勝」とも言える内容だった。
しかし、会社は翌日に東京高裁へ控訴。再び「詐欺に関与したと考えるのが合理的」と主張した。根拠は地裁判決が「男性を欺いて作成した」と認定した引き取り書だった。賠償額についても「男性は職に就いておらず『一家の柱』には該当しない」と大幅な減額を求めた。
遺族は憤りを隠さない。
「開いた口がふさがりませんでした。誰のせいで職を失ったと思っているんだろうって」
高裁の裁判官からは和解案を示されたが拒否した。
「いまだに犯人扱いされている。到底受け入れられない」
求めたのは、男性の潔白と会社の責任を判決の形で明確にすること。高裁判決は今年5月に指定された。
▽突然の裁判終了。会社の弁明は「問い合わせに対応できない」
ところが判決前日、会社は控訴を取り下げ、裁判は唐突に終わった。妻は怒りをあらわにする。
「無実が認められてやっと前に進めると思ったのに、さらに半年間も再び傷つけられた。嫌がらせとしか思えない」
会社は、なぜ控訴を取り下げたのか。
取材に応じた会社の代理人弁護士は「一審判決の内容は、当社の主張と乖離しており、最後まで争うことも検討した」とした上で、理由をこう説明した。
「男性が亡くなり、最後まで争うことで解決まで時間も要する。控訴審判決の内容が報道された場合、多くの問い合わせ等に現実的に対応しきれないと判断した」
弁護士はこう繰り返した。「地方のいち中小企業の話。今は社長も交代しているし、大ごとにしないでほしい」
男性の死からまもなく7年。裁判の終結で一審判決が確定し、無実は明らかになったが、一家の柱が帰ってくることはもうない。
訴訟を終えた妻は男性の遺影を見つめながら、静かにこう語った。
「葬儀会社は仕事でたくさん悲しみを見てきて、命の大切さを一番分からないといけないはず。それなのに命を絶つまで追い込んで、亡くなった後も侮辱し続けた。無理にでも、そんな場所から逃げてと言えば良かった。二度とこんな思いをする家族を出してほしくない」
遺族への謝罪は現在もない。