海上自衛官として、特に佐世保地方総監時代には中国公船の尖閣諸島(沖縄県石垣市)周辺海域への侵入急増に直面するなど、日本を取り巻く安全保障環境の変化を現場で見て、対応してきた。退官後は米ワシントンで専門家を対象にした安全保障に関するサロンを主宰するのが吉田正紀元海将だ。長らく「日米同盟のガーデニング(手入れ)」の必要性を訴えてきたが、今日、「日米同盟の再選択」が必要と力説する。その理由とは。(特別記者 有元隆志)
日中間で起きた「パワーシフト」
――現役時代と比較していまの東アジア情勢は
今日の国際情勢を見ていると、強い既視感にとらわれます。私が海上自衛隊の佐世保地方総監に勤務する前後の日中関係と米中関係です。
最初の予兆は平成19(2007)年、ティモシー・キーティング米太平洋軍司令官が訪中した際、中国海軍高官から「太平洋を米中で2分割しよう」という提案がなされたことです。
荒唐無稽な話として片付けられましたが、翌年10月、中国海軍の駆逐艦やフリゲート艦など計4隻の艦隊が、対馬海峡から日本海に入り、津軽海峡を東進して太平洋に出た後、宮古海峡を経由して中国へ戻るという「日本列島ほぼ一周」に近い航行を初めて行うなど、中国海軍は艦隊を編成して日本列島の海峡を通過するようになりました。
その後、民主党政権下で22年の尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件、24年の尖閣諸島国有化へと事態は発展します。振り返れば、この頃に日中間で「パワーシフト」、つまり勢力均衡の変化が起きたのでした。
2008年の北京オリンピックを成功させ、金融危機を乗り切った中国は、自信を深めていました。日本は経済不況から脱却できず、自民党から民主党への政権交代の混乱期にありました。習近平体制において、日中関係は「米中関係の変数」に過ぎなくなったといえます。
2009年からの民主党のオバマ米政権が「新型大国関係(G2論)」を受け入れるような姿勢を見せたこともあり、中国は「米国がどこまで日本にコミットするのか」を試す「プロービング(探り)」を行っていたのだと考えられます。