【展覧会レポート】 頴川コレクションの名品 /兵庫県立美術館
兵庫県立美術館のコレクション展「兵庫のベスト・オブ・ベスト」内で開催中の、頴川(えがわ)美術館旧蔵品による東洋古美術の展示である。
兵庫県西宮市で実業家・頴川徳助の蒐集品を公開していた頴川美術館。阪神間にいくつかある私立の雄の一角をなしていたものの、2019年、経営難によりあえなく閉館。財団は解散となり、収蔵品と不動産は兵庫県に寄贈された。
パンフレットの表紙を飾っている伝・能阿弥《三保松原図》(室町時代・15世紀 重文)は、本コレクションのアイコンのひとつ。
足利将軍のもとで美術品の目利きをするとともに、みずからも画筆をとった同朋衆の手になる、数少ない作例である。
もとは屏風。対となる1隻分があったはずで、そこには富士が描かれていたことだろう。
近くのケースに入っていた中世絵巻《山王霊験記》(室町時代・15世紀 重文)は、霞立つ三保の松原に富士という場面がちょうど開かれており、親和性を感じさせた。
大名物の《芦屋松林図釜》(室町時代・15世紀 重美)も同様。胴にあしらわれた松の、ほうぼうにくねらせた細身で流麗な立ち姿は、《三保松原図》の松とは対照的。曲面や全体のフォルムとも相まって、とても魅力的だ。
無準師範の墨跡《淋汗》(南宋時代・13世紀)は、剛毅な書きぶりが好もしい。
無準師範の門下には、日本でその作品がきわめて珍重され、後世の絵師たちに多大な影響を及ぼした画僧・牧谿がいる。《三保松原図》の風景描写は、いうまでもなく牧谿からの影響が色濃い。
《三保松原図》を起点として、さまざまな作品へと、連想の波紋は広がっていくのであった。
《三保松原図》からはじまる連想は、別の方向にも広がる。
三田藩主九鬼家旧蔵の《三保松原図》がそうであったように、兵庫ゆかりの作品がいくつかピックアップされていたのだ。
現在の丹波篠山市に生まれた長沢蘆雪の《月夜山水図》(江戸時代・18世紀 重美)。月明かりが織りなすやわらかな陰翳、前後に層をなすモチーフの重なり合いを、墨の濃淡を自在に調整することで表現。「奇想」や「かわいい」といった面が注目を浴びがちだが、本作も代表作のひとつだ。
ほかに、播磨出身との説が有力な宮本武蔵の達磨図、県内の須磨・明石を描いた江戸狩野の三幅対、明石藩士のために描かれた渡辺崋山の山水図、神戸にかつてあった川崎美術館旧蔵の伝・馬遠の人物図などを展示。
これらとともに並んでいた森狙仙《雨中桜五匹猿図》(江戸時代・18~19世紀)は、頴川コレクションの記念すべき第1号とのこと。しょっぱなから、こんなにいい絵を買えていたのだな……
これらに加え、尾形光琳や池大雅、円山応挙など、とくに近世絵画は名品が目白押しであったけれど、頴川コレクションのもうひとつの核といえるのが茶道具だ。
なかでも、《三保松原図》とともにコレクションのアイコン、いや「顔」とすらいえるのが、樂家初代・長次郎による名碗《赤楽茶碗 銘 無一物》(桃山時代・16世紀 重文)。
《無一物》のかたちは、いたってシンプルだ。これ以上ないほどにシンプル。構えらしい構えがなにもない、余計な力がいっさい入らない、このような自然体の状態――「無一物」こそが、じつはいちばん恐ろしい。武術の達人のたたずまいにも、通じるものが感じられよう。
肌のかせた風合いは長次郎の大きな特徴であるが、そのなかでも、ずば抜けてかせているのが《無一物》。勁さのいっぽうで、風に吹かれてさらさらと、かんたんに風化してなくなってしまいそうな儚さすらも漂わせている。
いつ会っても、何度会っても、かせかせな《無一物》。わたしが毎度思うのは、ガラスケースのなかでカラッカラなこの碗に、いざ湯を注ぎ、茶を点ててやったとき、どんな変貌を遂げるだろうかということ。体験談を聞いたり、写真や映像で観たりしたいのではない。自分の目の前で、自分の目で確かめてみたいのである……
《胭脂紅龍文瓶》(雍正年間〈1723~35〉 重美)は、きわめて高度な技法が凝らされた清朝官窯の磁器。《無一物》とは、あまりにも対照的なうつわ……
展示室のなかでは異色ともいえるが、文人画や文房具も出品されており、そういった中国趣味の延長線上と考えれば、ここにあってもふしぎではないのだろう。
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頴川美術館の閉館はショッキングではあったけれど、活動ぶりがあまり聞こえてこなかったし、以前から幾度か作品が手離されてきたことは把握していたので、意外さよりも、県にコレクションがまるごと寄贈されたことの安堵感や期待感のほうが大きかったように記憶している。
※京博の狩野元信《真山水図》は、ちょっと古い図録には頴川美術館蔵と記載されている。また、箱根の岡田美術館旧蔵で、先日オークションにかけられてしまった尾形光琳《雪松群鴨図》も頴川美術館旧蔵品。もちろん、いずれも本展には出品されていない。
兵庫県立美術館には、長らく、古美術のイメージがまったくといっていいほどなかった。それが、重要文化財4件、重要美術品4件を擁する頴川コレクション250件の仲間入りによって、一転して充実をみたわけだが……受贈記念展以来、頴川コレクションにまとまった出番はなく、今回が4年ぶりの公開であった。
久々の公開はうれしい反面、それだけ長く収蔵庫に仕舞いっぱなしだったことに、複雑な思いがあるのもたしか。
福岡市美術館の松永コレクションのように、専用の展示室を設けて、来館すればいつでもなにかしらが観られるようにしてくれればよかったのになとは思うのだが……なかなか、そうもいかないのだろう。
今後も、頴川コレクションが公開される機会があれば、喜び勇んで神戸へ馳せ参じるつもりでいる。
◆コレクション展「兵庫のベスト・オブ・ベスト」
冒頭にも書いたように、頴川コレクションの展示は兵庫県立美術館のコレクション展のごく一部。他の部屋では、並行してさまざまなテーマの展示が開かれている。撮影自由の展示室から、いつもどおり独断と偏見と気分でご紹介。
——脱線ばかりで恐縮だが、幅広い時代・分野の作品が丸一日かけて楽しめる、おすすめの展示内容となっている。特別展が開かれていない、狭間の時期だからこそ、じっくり腰を据えて味わいたい。
4月5日まで。ただし「頴川コレクションの名品」のみ、2月15日まで。


