第148話

 こちらにも多少ルストベビーは残っているものの、内の大多数は〈魔銀ミスリルの笛〉のメンバーが引き付けてくれている。

 おまけにルーチェが加勢に来てくれた。

 女王を叩くには絶好の機会だ。


 これ以上時間を掛けていればこちらの陣営のMPがなくなり、無限に補充されるベビーの物量で圧倒されることになる。


「ここで一気に女王を倒しきるぞ!」


「はいっ!」


 ルーチェが掛け声と共に俺の前に出て、女王へ向かっていく。

 女王の大鎌を、容易く飛んで回避して見せた。

 ベビーの横槍さえなければ、素早さと身軽さのあるルーチェがルストクイーンの攻撃を捌くことは難しくない。


「今の内に……」


 俺は横目で、死角から迫ってきているベビーを睨む。

 ベビーが俺へ肉薄すると同時に、俺は背後へ跳ぶ。


 だが、ベビーの突進こそ捌けたものの、奴の凶爪が俺の腹部へ打撃を加えた。

 俺は後方へ弾かれ、思わず膝を突いた。


「ギギ!」


 ベビーが得意げに牙を打ち鳴らす。

 俺の限界が見えてきたと、そう確信したのだろう。


 ベビーは蹲ったままの俺へと、今度は正面から飛び掛かってくる。


 随分と舐められたものだ。


「残念だったな。ただのHP管理だ」

 

 光の壁が俺の全身を包んでいく。

 使用したスキルは〈ライフシールド〉だ。

 最大HPの二割を支払い、自身の身体を守る盾にするスキル。


 そして同時に、〈死線の暴竜〉が条件を満たす。

 赤い輝きが〈ライフシールド〉の光の壁から漏れ出し、外へと広がっていく。

 同時に全身の力が漲るのを俺は感じていた。


 俺は迫ってきたルストベビー目掛けて、渾身の一振りをお見舞した。

 胴体部分が砕け、頭部の尾の部分が別々に俺の背後へと転がった。


――――――――――――――――――――

〈死線の暴竜〉【特性スキル】

 残りHPが20%以下の場合、攻撃力・素早さを100%上昇させる。

――――――――――――――――――――


 敵の手数が多く、ルストクイーンの隙を突けない状態で〈死線の暴竜〉を切るのはあまりに分が悪かった。

 だが、今は状況が変わった。

 盤面は既に整っている。


 盾役タンクから攻撃手アタッカーへと切り替えさせてもらうとしよう。


 死神と暴竜の挟撃で一気に終わらせる。


「ギ……ギギギ、ギイイイイイイイ!」


 女王が悍ましい呻き声を上げる。

 腹部が膨張し、鰓のような部位が開く。

 その奥から錆びた金属塊のような卵鞘の断片が排出され、ルストベビー共がまた産声を上げた。


「ギギ」「ギイイ」

「ギギギギ」


 スキル〈産卵〉で強引に兵の補充に出てきた。


「また数が……!」


 ルーチェが唾を飲む。


「問題ない。敵はペースを乱して、強引に護衛の補充に出た。追い詰められている何よりの証拠だ」


 俺は刃の大振りを放ち、迫ってくるベビー二体を纏めて叩き潰した。


 こちらの方針は何一つ変わらない。

 俺とルーチェで女王にプレッシャーを掛け続け、周囲のベビーを減らし、そして隙を突いて一気に本体を倒し切る。

 それだけだ。


「はぁっ!」


「ギィッ!?」


 ベビーの頭部を踏んで跳び上がったルーチェが、女王の背へと〈竜殺突き〉を放った。

 ついにルーチェが有効打を取ったのだ。


 クリティカル攻撃の反動で大きく跳ねたルーチェが地面へと降り立った。


「やってやりましたよぉっ! この調子ならすぐに……!」


 そのとき、女王の腹部の両脇に付いた鰓のような器官が、ぱたりと同時に閉じた。

 俺はその様子にデジャブを覚えた。


 これは奴のスキルの予備動作だ。

 それは〈悪疫の暴風〉のクールタイムが完了したことを意味する。


 女王の仮面の下の真紅の眼光が怪しく輝く。

 それは必殺技の回復に安堵し、その前に自身を仕留めきれなかった俺達を嘲笑っているかのようであった。


「皆さん、先のブレス攻撃が来ます!」


 ルーチェが顔を青くして、声を張り上げて〈魔銀ミスリルの笛〉のメンバーへと警告する。


 ルーチェもすっかり判断力が身に付いたものだと、俺は内心感心する。


「ギアッ!」


 俺へと飛び掛かってきたベビーが、〈ライフシールド〉に阻まれてその勢いを挫かれる。

 光の壁は崩されたが、それは俺の想定内であった。


 俺は腰を大きく落とし、体勢を崩したばかりのベビーを、下から盾で勢いよく突き上げた。


「〈シールドバッシュ〉!」


 俺は盾で弾き飛ばしたベビーを、大きく開いた女王の口へとぶち込んでやった。


「アガッ……ガギッ!?」


 鉱虫共は硬い金属質の甲殻を有する。

 容易に呑み込むことも、吐き出すことも叶うまい。


 〈悪疫の暴風〉のクールタイムは当然把握している。

 ルストクイーンが追い詰められて急いていることもわかっていた。

 クールタイムが終わり次第、最速で〈悪疫の暴風〉をぶちかましてくるのは見え見えだ。

 俺はそれに備えて、心中でずっと数を数えていた。


 奴が呑気に大口を開けるタイミングが分かり切っていれば、そこに合わせて異物を叩き込んでやるまでだ。


 女王の体内で、出口を失ったガスが膨張する。

 ボコッと金属音が響き、女王の腹部が一層膨れ上がる。

 鰓のような器官が勢いよく開き、毒ガスを漏れ出させていた。

 

 俺が〈死線の暴竜〉に合わせて〈不惜身命〉を切らなかったのは、防御力が低下すれば〈シールドバッシュ〉の効果が薄くなってしまうからだ。

 奴の〈悪疫の暴風〉を潰すために、俺は敢えて〈不惜身命〉を温存した。


 そして今、その必要はなくなった。


「〈不惜身命〉!」


 赤い光に、新たに青白い光が加わる。


――――――――――――――――――――

〈不惜身命〉【通常スキル】

 残りHPが50%以下の場合のみ発動できる。

 防御力を【0】にし、減少させた値だけ攻撃力を上昇させる。

 発動中はMPを継続的に消耗する。

――――――――――――――――――――


 ルストクイーンは口に叩き込まれたベビーを噛み砕いた。

 金属の残骸が地面へ零れ落ちる。

 俺に向け、威嚇するように両鎌を振り上げた。


「ギィイイイイイッ!!」


 随分と俺を警戒している。

 〈燻り狂う牙〉のスキルツリーで得た二種の強化スキルに、不穏なものを感じ取ったのか。

 勘がいいらしい。

 だが今に限っては、それが災いすることとなった。


「てやあああああっ!」


 横から飛んできたルーチェが、女王の頭部に〈竜殺突き〉を叩き込んだ。

 髑髏のエフェクトが広がり、それと共に女王の首が曲がる。

 そしてその隙を狙い、俺は地面蹴って剣を振り上げた。


 ルーチェの一撃を受けた女王が首を大きく擡げる。

 俺はその差し出された頭部目掛けて、全力の一撃を放った。

 轟音が響く。

 ルストクイーンは顔面の下部を地面へ勢いよく打ち付け、同時に仮面のような甲殻が真っ二つとなった。


【経験値を8336取得しました。】

【レベルが81から83へと上がりました。】

【スキルポイントを1取得しました。】


 ついにルストクイーンを討伐した。

 思わぬ強敵だったが、〈魔銀ミスリルの笛〉の連中の信頼を得られたことが大きかった。

 ルーチェの立ち回りも、今までの戦いと比べても的確なものだった。

 彼女の成長を色濃く感じられる一戦であった。


「女王は討ち取った! ベビーもこの勢いで滅ぼしてくれ!」


 俺が声を張り上げれば、〈魔銀ミスリルの笛〉の連中から歓声が上がった。

 配下の補充がなくなった今、ベビーの駆逐も難しくはないだろう。


 ふと俺は、戦場に青黒い鉱石塊が散らばっていることに気が付いた。

 〈魔虫銀インヴェダイドの鉱石塊〉である。


――――――――――――――――――――

魔虫銀インヴェダイドの鉱石塊〉

【市場価値:二千六百万ゴルド】

 妖しい輝きを帯びた石塊。

 魔鉱石を好んで食す鉱虫が体内で生成する、魔虫銀インヴェダイドを多く含有する。

 強力な魔法金属であるが、不純物が多く、精製せねばまともに扱えない。

――――――――――――――――――――


 今までは戦いに必死で気が付けなかったが、どうやらルストベビーも〈魔虫銀インヴェダイドの鉱石塊〉をドロップするらしい。


 散らばっている数を見るに、他の鉱虫に比べてドロップ率が特別いいわけではないが、〈産卵〉で無限に湧いてくる性質が幸いしてそれなりの数になっている。


「とんでもない強敵でしたけど、無事に倒せてよかったですね、エルマさん」


 ルーチェが肩で息をしながら、俺へと笑い掛けてくる。


「……これだけ魔虫銀インヴェダイドをドロップするなら、もう少し女王を泳がせて繁殖させるべきだったか」


「エルマさん!?」


 ルーチェが悲鳴のような声を上げる。


「……はは、さすがにそんな余裕はなかったな。俺の悪い癖だ」


「勘弁してくださいよお。でもこれだけドロップがあれば、鎧分の素材確保や、銀面卿さんとの交渉も円滑に行きそうです。『毒沼に黄金のラーナが棲まう』って奴ですねえ」


 この世界の慣用句は何かとラーナが引き合いに出されやすい。

 ちなみに意味は『災い転じて福となす』とほぼ同義だ。


 ふとそのとき、蒸発して消えゆく女王の亡骸から、ひときわ強い輝きを帯びた青い鉱石が姿を覗かせた。

 俺はそのアイテムを確認し、思わず唾を飲み込む。


――――――――――――――――――――

碧き女王クインアズルの鉱石塊〉

【市場価値:五千五百万ゴルド】

 特殊な結晶構造を持つ、高密度の魔虫銀インヴェダイド

 その輝きと完璧な美は他の追随を許さず、多くの冒険者を魅了する。

 故に彼らは、この金属を〈碧き女王〉と称える。

――――――――――――――――――――


 本当にとんでもないアイテムがドロップしていた。

 これはルストクイーンの襲撃を受けた不幸分を差し引いても、余りある幸運だといえそうだ。

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