第146話

「ギィイイイイイッ!」


 ルストクイーンの大鎌が俺目掛けて振り下ろされる。

 右の大鎌を辛うじて避けて、左の大鎌を盾の表面で滑らせて地面へ落とす。


 即座に死角から襲ってきたベビーを音で察知し、地面を蹴って跳び上がって噛みつきを紙一重で回避し、身体を回転させて刃の一撃をくらわせる。


「ギィッ!」


 顔面への直撃を取ったが、大したダメージにはなっていない。

 ベビーは首を振ってから、その無機質な双眸で俺を睨む。

 栄養を欲する貪欲な赤子は、ガチガチとその金属質の顎を鳴らした。


 ルストクイーンに対処しつつのベビーへの攻撃は牽制にしかならない。

 〈死線の暴竜〉を控えている今の俺はあくまで盾クラス。

 俺の攻撃力ではベビーを落とすのも容易ではない。


 ルストクイーンの相手もギリギリだ。

 動作が大きいので辛うじて対応できているが、存在進化した魔物のためモーションが読み辛いのが痛い。


「ギギギギギギギギィッ!」


 ルストクイーンが不快な鳴き声と共に、その巨躯で俺目掛けて体当たりを繰り出してくる。

 この異様な急加速は〈突進〉のスキルによるものである。

 直撃を受ければ、このステータス差ではスタンが入る。

 そうなれば詰みだ。


 ベビーごと俺を吹き飛ばすつもりらしく、今の体勢から避ける術がない。


「〈プロテクト〉ッ!」


 スキルの光が、球状に俺を包み込む。


――――――――――――――――――――

〈プロテクト〉【通常スキル】

 対象に一定時間の間、次のダメージを30%減少させるバリアを生じさせる。

――――――――――――――――――――


 盾と〈プロテクト〉越しにルストクイーンの一撃を全身に受ける。

 俺は大きく後退させられた。


 それしか策がなかったとはいえ、残り少ないMPを切らされた。

 あまりに後がない。


 俺は辛うじてルストクイーンの気を引き、盾クラスとしての役目を果たしている。

 だが、状況は最悪だ。

 ジリジリとHPとMPを削られており、その内限界が来るのは目に見えている。


 女王の時間を稼いでいるだけでは勝てないのだが、ベビーの大群相手では圧倒的に戦力が足りていない。

 いや、冒険者の頭数は足りているが、パニック状態で指揮が崩れているのが痛い。


 ルーチェは遊撃として機能してくれている。

 戦場を跳び回り、他の冒険者へターゲットを向けたベビーへと死角からクリティカル攻撃を放ち、敵の数を減らしている。

 だが、ルストクイーンによる〈産卵〉のスキルでのベビーの補充速度が、ルーチェのベビー退治に追い付いている。

 このままでは彼女が先にバテる。


 〈魔銀ミスリルの笛〉の冒険者達の戦況はもっと悪い。

 毒をまともにくらった二人は、今はルーチェの支援を受けてギリギリ戦えているが、毒の苦痛とベビーに噛まれた出血で、武器を振るうのがやっとなはずだ。

 早く立て直して回復しないとベビーに喰い殺されるのが目に見えている。


 頼みの綱は後方で構えていたフラング率いる三人組だが、地下からの奇襲を受けて陣形が崩されたまま、立て直せる気配がない。

 フラングはベビーの群れに襲われて血塗れで息を切らしながら、スキルで炎を纏った剣を必死に振り乱している。


 アイネも戦刃輪チャクラムで懸命にベビー相手に正面から戦っている。

 彼女の踊り子は、白兵戦も熟せるが、どちらかといえば回復と支援がメインである。

 ただ、ベビー共の数頼みの猛攻を前に、本来の役割を果たす余裕がないのだろう。


「消耗する一方で、相手を削れていない……。フラング様、このままでは!」


 アイネが縋るようにフラングの方を見る。


 フラングは力任せに目前のベビーを叩き斬った後、自身のステータスを表示させ、そちらに目をやる。

 HPとMPを確認すると、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。


「撤退だ! 口惜しいが、これ以上は戦えん! 今からあのデカブツを倒せる余力はこのレイドにない!」


 フラングが声を張り上げる。


「ただ、前衛の二人……彼らは毒で速度が落ちているわ。振り切って逃げられないわよ! 今のメンバーだと〈ポイゾヒール〉がない以上、どうにか虫の数を減らさないと……」


「お、覚えておらんのか!? 誰も!? 六人もおって、何故どいつもこいつも毒対策をしとらん!」


「いえ、銀面卿を出し抜くために、アイツの息が掛かっていないメンバーを選出したのはフラング様自身で……」


 フラングは愕然とした顔で、戦況を改めて見返す。

 目線をあちこちへやってこの場にいるメンバーを再確認しているようだったが、それは本気で毒回復持ちを捜しているというよりは、頭では既に諦めており、何かたまたま自分に有利な見落としがあって上手く事が運ばないかと考えているような、藁に縋るような切なげな表情であった。

 フラングは一通りメンバーの顔触れを確認した後、最後に自身のステータスへと目線を戻した。


「とにかく私達が強引に前線を上げないと……!」


 アイネがそう口にした、正にそのときだった。

 フラングは武器をぶん投げて目前のベビーを牽制した後、その脇目掛けて疾走を始めた。

 彼を中心に魔法陣が展開され、彼の身体を炎が纏う。


「〈フレアブースター〉!」


 炎を自身の背後へ放射し、移動速度を跳ね上げる火魔法だ。

 〈上級火魔法〉のスキルツリーで習得できる。


 ベビーの不意を突いたフラングは、そのまま敵の軍勢の群れを離脱し、外側へと逃げていく。


「ア、アイツ、まさか……!」


 俺は息を呑んだ。


 いや、そんなわけがない。

 確かに今は窮地だが、これは寄せ集めのパーティーではない。

 クランの冒険者で、中でもフラングはそれなりに地位のある人物だ。

 それも今回の作戦は彼の立案であったようだ。


 まさか、この土壇場で単身逃げ出すような真似だけはしないはず……。


「レイドリーダー命令だ! 各自、各々逃げるように! 以上!」


 フラングは俺の期待を真正面から裏切り、必死の形相でそう宣言した。

 ベビーの包囲を脱し、そのままどんどん遠くへと離れていく。


「フ、フラング様……? 嘘でしょ? あの、メンバーは毒で、まだギルドの御者も戦場に取り残されてて……」


 アイネはすぐには状況が理解できていないようだったが、段々と顔を真っ赤にし、怒りにわなわなと震えていた。


「あ、あのパワハラビルドエラー野郎、逃げやがったわね!」


 アイネの悲痛な怒号が響く。

 フラングがミスで取得した火魔法のスキルは、皮肉にも自分の部下を置き去りに逃走するのに役立ったらしい。


 状況は輪を掛けて最悪になっていた。

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