技術流出を許して凋落した日本の産業界と巨額の公金を投じる復興の軌跡 評者・諸富徹
『半導体 尖端覇権の興亡』 講談社 2750円
著者 大鹿靖明(ジャーナリスト、ノンフィクション作家)
大鹿靖明〈おおしか・やすあき〉ジャーナリスト、ノンフィクション作家
1965年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、朝日新聞社に入社し、今年退社。著書に『メルトダウン ドキュメント福島第一原発事故』(第34回講談社ノンフィクション賞)などがある。
電機産業を中心とした日本の産業興亡に関する著者畢竟(ひっきょう)の大作だ。全体は2部に分かれる。
かつて、最高峰の技術と製品力で世界に覇を唱えながら産業が凋落(ちょうらく)したのはなぜか、産業革新機構による産業の再生の多くが挫折したのはなぜかを解き明かすのが第一部だ。
鬱屈させられる数々のエピソードの中で唯一、光明を感じさせたのがオムロン社長・会長を務めた作田久男氏が日立製作所、三菱電機、NECの半導体部門を統合した企業ルネサスエレクトロニクスの再生に成功した一件だ。革新機構はルネサス株の売却で他の失敗案件による赤字を補って余りある利益を得たという。
これに対し、最重要の戦略産業となった半導体産業の復興に向け、経済産業省など関係者の夢、努力、そして思惑を描くのが第二部だ。台湾TSMCの日本誘致と国策企業ラピダスの誕生。この二つの半導体再興プロジェクト自体の重要性を否定する者は誰もいない。懐疑論が渦巻く中でラピダスの小池淳義社長が、情熱と熱意で協力者を巻き込んでいくエピソードには引き込まれる。
尖閣諸島をめぐる日中激突で始まる本書の通奏低音は、「経済安全保障」だ。第一部では、日本企業が営々と築き上げた技術と知見、それを体現した人材を守ることにあまりにも無頓着、かつ「お人よし」な日本企業の事例がいくつも挙げられる。
永久磁石や有機ELディスプレー(電圧によるディスプレー技術)をはじめ、先端技術が中国、韓国、台湾に流出するのを許してしまう。その技術で強力になった中韓台企業に、日本企業は返り討ちに遭う。技術覇権に対する米国の中国への厳しい対処と比較してなんたる無防備さか。
経産省も同罪だ。日米構造協議で打撃を受けた介入的な産業政策に懲りて、産業と距離を保つようになった。だが、経済安保の台頭は経産省の姿勢を変える。半導体産業の戦略性に目覚めた経産官僚たちは、その再興に前のめりになっていく。
本書はその試みに最後まで冷静な立場だ。米IBMの技術に特許料を払って日本が極めて高いリスクを背負うラピダスの事業に、なぜ巨額の公金を突っ込まなければならないのか。経産省の担当官自身が最後まで得心のいく説明をできないまま突き進む「止まらないプロジェクト」になっていく姿を、本書は描き出す。
技術は最先端でも、半導体を使用する製品を作るメーカーが減少し、顧客が現れない。「経済安全保障」を旗印とした半導体をめぐる試みの成否は、数年のうちに明らかになる。
(諸富徹・京都大学大学院教授)
週刊エコノミスト2026年7月21・28日合併号掲載
『半導体 尖端覇権の興亡』 評者・諸富徹