名古屋って、バカにするのに丁度いいんでしょうね。名古屋人を敵に回したとしても、全国区的にはそれを超えるウケが取れる。タモリ論法です。戦略としては大正解。
さて、この話をするにあたって大前提があります。それは、全国の中で大阪と福岡だけは特異点、ということです。この二都は基本的にどこで何を食べても安くて美味い、特殊なエリアです。そこと比べられるのはさすがに酷というものです。かと言って、東京ほどの人口(と、同調圧力の薄さ)も無いから、「周縁の都」も成立しづらい。つまり普通の地方都市なんですね。
普通の地方都市で特別美味い(特に最適解的な)ものにありつくには、それなりの嗅覚と情報収集が必要です。これは名古屋に限ったことではありません。2カ所の特異点を除く全国どこでもそうです。「名古屋はマズい」というのを仮に本気で言っているとするならば、それは店選びのスキルが低いと自白しているに過ぎません。全国どこに行ってもマズいと言い続けることになるでしょう。
ですがここで「情報収集」に関して、名古屋独特のノイズみたいなものがあります。それが「名古屋めし」の存在です。ここで名古屋めしという概念がなぜ成立したかについて簡単に触れておきます。
名古屋は普通の地方都市(=大いなる田舎)でしたから、昭和中期まで外食産業はあまり発展していませんでした。逆に言うと、食は家庭内で完結していたわけですね。だからその後外食産業が発展していく中で、名古屋人は外食に「家では食べられない特別さ」を求めました。
外食に特別さを求める場合、正攻法であれば高級化を目指します。もちろん名古屋でも(他の都市と同様に)その方向にも進化したわけですが、同時に低コストでも特別さを演出する「ピーキーな味付け」の方向にも進化しました。そのピーキーさを抽出して「名古屋めし」という強力すぎるヘッドコピーを生み出した、誰とも知れぬ天才がいたわけです。しかしそれはあまりにも天才すぎて、それが名古屋の象徴のようになっていきました。さっき、名古屋には周縁の都が成立しないと書きましたが、実は名古屋めしこそが、最大で最強の周縁の都なのかもしれません。
さて当の名古屋人は、引き続き普段は家で普通に美味しいものを食べながら、たまには外食も楽しみ、その中の一定の割合だけがピーキーな名古屋めしになります。「普通に美味しいもの」の中には、ロードサイドのチェーン店も含まれます。それで幸福に完結しているのが名古屋の強みです。それを東京及び大阪・福岡と比較するのは、ナンセンスとしか言いようがないと思います。