産経新聞の前台北支局長で、退社後に台北を拠点とする民間シンクタンクを創設した矢板明夫氏が6日、台湾中部・台中市のホテルで講演後、男に殴られて顔を負傷した。
警察は逃走した容疑者の男を台中国際空港で逮捕した。台湾の外交部によると、逮捕された男は「中国籍の香港人」という。
矢板氏は産経新聞で北京、台北の特派員を務めた。2年前に退社してからは中国の軍事的威嚇や台湾への浸透工作などについて積極的に言論活動を展開し、台湾籍を取得した。
中国では1日、「民族の団結」を損なう言動を処罰すると定めた「民族団結進歩促進法」が施行された。中国外の組織や個人に対しても「中華民族」の分裂を生み出す行為を摘発するためだ。
これにより、中国当局による言論弾圧が中国国外へ拡大する恐れが指摘されていた。
台湾の外交部は、矢板氏の事件について同法初の「越境弾圧暴力事件だ」と非難した。言論人である矢板氏への暴力は断じて容認できない。台湾の捜査当局には男の背後関係や同法との関連などを徹底的に調べ、公表してもらいたい。
理解しがたいのは、中国政府で対台湾政策を担う台湾事務弁公室の報道官の発言だ。矢板氏への暴力は「義憤に駆られた行動だ」と男を擁護した。「事件を通じて両岸(中台)の対立と対抗をあおろうとしている」と述べ、台湾の与党、民主進歩党が事件を政治利用しているという見方まで示した。
だが、矢板氏に対する襲撃は、暴力によって台湾の人々を威嚇するための見せしめだった疑いが持たれている。
矢板氏は事件当日、台湾の財団法人が主催したイベントで講演を行っていた。台湾の報道によると、男は事件の数日前から台中市内の宿泊施設を転々とし、現場となったホテル内のカフェで2日間近く待機していたという。犯行直後に服を着替えて空港へ向かっていた。計画的な犯行だったのではないか。
矢板氏は事件後、自身のSNSで「いかなる暴力や威嚇にも屈せず、今後も台湾の自由や民主主義のため声を上げていく」と発信した。日本を含む国際社会は、自由な言論を損なう中国の弾圧法への監視と警戒を怠ってはならない。