訴訟をちらつかせる行為の法的リスク:脅迫罪と権利濫用の境界線
訴訟をほのめかすことで相手を牽制したい場面は誰にでもあるかもしれません。しかし、実際に訴える意思がないのに「訴えるぞ」と相手を威嚇することは、法的なリスクを伴う可能性があります。本記事では、訴訟をちらつかせる行為がどのような場合に法的問題となるのか、詳しく解説します。
「訴えるぞ」は必ずしも脅迫罪にならない
「訴えるぞ」と告げる行為は、一般的には脅迫罪には該当しません。脅迫罪が成立するには、「生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した」ことが必要です。
脅迫罪の成立要件は以下の3つです:
被害者またはその親族に対して行われていること
生命、身体、自由、名誉または財産に対するものであること
害を加える旨を告知していること
特に重要なのは、「相手に不法行為や違法行為があったために、「訴えるぞ!」「警察に言うぞ!」などと相手に告知しても、原則として脅迫罪にはならない」という点です。これは正当な権利行使として認められているからです。
訴訟をちらつかせる行為が問題となるケース
しかし、訴訟をちらつかせる行為が全く問題にならないわけではありません。以下のようなケースでは法的問題が生じる可能性があります。
1. 目的が不当な場合
「法的手段をとる」と告知する行為は本来であれば脅迫罪にあたりませんが、告知の目的によっては脅迫罪が成立する場合があります。例えば、相手を単に困らせたい、威嚇したいという目的で「訴えるぞ」と告げる場合は、脅迫罪に該当する可能性があります。
2. 権利の濫用と判断される場合
民法第1条3項には「権利の濫用は、これを許さない」と規定されています。訴訟を提起する権利は憲法で保障された権利ですが、社会常識や道徳に基づいて判断すると正当とは認められない場合、権利濫用として無効となる可能性があります。
宇奈月温泉事件(昭和10年)では、温泉の配管が通る土地を購入した人が、その土地を法外な価格で買い取るよう要求し、拒否されると配管の除去を請求した事例で、裁判所は「権利濫用」と判断しました。
3. スラップ訴訟に該当する場合
実際に訴訟を提起した場合、それが「スラップ訴訟」と判断されると不法行為責任を負う可能性があります。スラップ訴訟とは、Strategic Lawsuit Against Public Participation(公的参加に対する戦略的訴訟)の略で、相手の言論活動や批判的意見を封じ込めるために行われる訴訟のことです。
最高裁判例では、「提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものであるうえ、提訴者がそのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知りえたといえるのにあえて提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限る」として、そのような場合には訴訟提起自体が不法行為となると判断しています。
具体的な判例から学ぶ
実際の判例からも、訴訟をちらつかせる行為や不当な訴訟提起が法的問題となったケースを見ることができます。
2023年に元神奈川県大和市長がパワハラを指摘した元副市長を名誉毀損で訴えた事例では、横浜地裁は提訴自体が不法行為に当たるとして慰謝料など246万円の支払いを命じました。
また、ある宗教法人が元信者からの損害賠償請求に対し8億円の損害賠償を請求した事例でも、違法な提訴と認められ賠償が命じられています。
訴訟をちらつかせる際の注意点
訴訟をちらつかせる際には、以下の点に注意が必要です:
正当な権利があることを確認する
相手に明らかな不法行為や違法行為がある場合に限って訴訟の可能性を示唆しましょう
威嚇や嫌がらせが目的ではないことを明確にする
感情的にならず、冷静に対応することが重要です
実際に訴訟を提起できる根拠があるか検討する
根拠のない主張で訴訟をちらつかせると、権利濫用と判断される可能性があります
相手の言論を封じる目的ではないことを確認する
批判的な意見を封じるための訴訟示唆はスラップ訴訟と判断される恐れがあります
正当な権利行使と不当な威嚇の境界線
正当な権利行使と不当な威嚇の境界線は必ずしも明確ではありません。しかし、一般的には以下のポイントが重要です:
目的の正当性:単なる威嚇や報復ではなく、正当な権利の回復が目的か
手段の相当性:訴訟をちらつかせる手段が目的に照らして相当か
根拠の存在:訴訟を提起する法的根拠が実際に存在するか
まとめ
訴訟する意思がないのに訴訟をちらつかせる行為は、状況によっては脅迫罪や権利濫用として法的問題となる可能性があります。特に、相手に不法行為がない場合や、単に威嚇する目的である場合は注意が必要です。
訴訟は最終手段として考え、まずは話し合いによる解決を模索することが重要です。もし訴訟の可能性を示唆する必要がある場合は、感情的にならず、正当な権利行使として行うよう心がけましょう。
争いごとを解決するための法的手段は権利として認められていますが、その行使には社会的な責任が伴うことを忘れないようにしましょう。
参考サイト:
法的手段をとる、という言葉は脅迫罪になる? 成立要件を詳しく解説 https://keiji.vbest.jp/columns/g_other/6121/
「訴えるぞ」「警察に言うぞ」は脅迫罪になる言葉?要件・時効・刑罰 https://atombengo.com/column/5164
横浜地裁が元市長による提訴を不法行為と認定、裁判例から見るスラップ訴訟 https://www.corporate-legal.jp/news/5405
注意:
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