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30歳女性である筆者には、物心ついてから人生のほとんどを共に過ごしてきたぬいぐるみがいる。平成時代に一世を風靡した人気アニメ『ザ・ドラえもんズ』のキャラクター「ドラ・ザ・キッド」だ。まだ保育園児だったころ、たまたま訪れたフリーマーケットで売られていた。保育園児にとっては大金である100円で迎え入れたあの日を、今でも鮮明に思い出せる。
人生のほとんどを共にしてきた、ぬいぐるみをきれいにしたい
そんなドラ・ザ・キッドのぬいぐるみも、筆者が歳を重ねるのと共にじわじわと汚れや日焼け、くすみが目立つように。「ぬい活」という言葉が生まれるずっと前から一緒にいた家族だからこそ、一度きれいにしてあげたいと思ってきた。
だが、新しいぬいぐるみならともかく、ずいぶん古くなったドラ・ザ・キッドを自力できれいにするのは難しい。そんな悩みを相談できるところはないかと調べてたどり着いたのが、ぬいぐるみ専門病院「杜の都なつみクリニック」だった。
診察(見積もり)は、1時間で税込み3300円(2026年6月時点)。決して安い金額ではない。ドラえもん関連のグッズに100万円以上支出してきた筆者だが、ぬいぐるみの修理依頼は初体験だった。
しかし、「ドラ・ザ・キッドをどうにかきれいにしてあげたい」と腹をくくって、神田にある杜の都なつみクリニックの扉を叩いた。
ぬいぐるみの修理屋ではなく「病院」、付き添い入院も
今回足を運んだのは、JR神田駅から徒歩約5分に位置するぬいぐるみ専門病院「杜の都なつみクリニック」だ。商店街のアーチをくぐり、神田警察通り沿いに進み、左折した先のビルにあった。早速、階段を上がり、クリニックの玄関をノックする。
迎えてくれたのは、杜の都なつみクリニック院長の箱崎さんだ。
まずはぬいぐるみを出し、状態を説明する。筆者が修理を依頼したいぬいぐるみ「ドラ・ザ・キッド」は目立った汚れや傷こそないが、もともとの色からはずいぶんくすんでしまっていた。そんなぬいぐるみを預け、どの程度の修理が必要か判断してもらうため、まずは状態を見てもらうことになったのだ。
なお、杜の都なつみクリニックはぬいぐるみの修理屋ではなく「病院」なので、ぬいぐるみたちは「入院」という形で預けることとなる。実際、箱崎さんもぬいぐるみ=患者は依頼者の大切な家族であるため、きちんと人と同じように丁寧に扱ってくれたのがとても印象的だった。
また、事前に調べるなかで驚いたのだが、なんと杜の都なつみクリニックに預けるぬいぐるみはプラス1体追加できる。ぬいぐるみが1人で入院するのは寂しいだろうからと、入院するぬいぐるみとは別で付き添い入院が可能になっているのだ。筆者は、家にいるぬいぐるみのなかでも、凛々しい顔つきで頼もしそうな「どすこいドラえもん」を付添人に選んだ。なにせ力士だ。病魔を祓うと言われる“四股(しこ)”を踏んでいるポーズをしている点も、入院にピッタリと言える。
「1998年生まれだったの!?」 問診で知った、家族の新たな一面
「ドラ・ザ・キッドくんはきれいですね。大きな破損はないので基本的な治療になるかなと思いますが、しっかり診察させていただきますね。では、まず問診票の記入をお願いします」
そう言って渡されたのは、本当に人間が病院で書くような形式の問診票だった。比較的健康で病院と縁遠いため、2026年初の問診票への記入だ。なんだか不思議な気持ちになった。人間よりぬいぐるみのほうが大切に扱われているような気さえする。だが、筆者にとって家族であるぬいぐるみが丁寧に扱ってもらえる事実に対し、そこはかとない喜びを感じた。
そして、この「問診票の記入」を通して、改めてドラ・ザ・キッドと向き合うこととなった。
問診票には、依頼者である人間の情報だけでなく、ぬいぐるみの「名前」「生年月日」「全長」「体重」といった情報の記入が必要だ。しかし、筆者とキッドとの出会いはフリーマーケット。キッドの誕生日を知るよしもなく、このグッズがいつ販売されたのかを調べることに。なかなか情報にたどり着けず、大事なぬいぐるみの誕生日すら知らないことに落ち込んでいると、ぬいぐるみのタグを見た箱崎さんが「1998年って書いてありますね」と助け舟を出してくれた。
「そうか、この子は1998年生まれだったのか……!」
偶然出会ったからこそ知らなかった、ドラ・ザ・キッドの情報を知った喜びはひとしおだ。家族の新たな一面を知り、大切に思う気持ちがまたひとつ大きくなった。
「できることは全部やってあげてください!」
問診票の「全長」「体重」に関しては、診察もかねて箱崎さん手ずから計測してもらえることに。全長とは、ぬいぐるみの「縦」「横」「奥行き」の3つを合算したものだ。高さと横幅は知っていても、ぬいぐるみの奥行きは把握していなかったので、全長38cmという数字を知れたのもうれしい。ちなみに、筆者のドラ・ザ・キッドの体重は98gだった。
この全長によって、ぬいぐるみの治療費が変動するという。筆者のぬいぐるみは全長40cm以下だったので、基本の入院費用は9900円となった。「想像以上に安いぞ?」そんな言葉が脳裏をよぎる。勝手なイメージだが、こうしたサービスには基本的に3万円程度の費用が発生すると思っていたのだ。ただし、基本料金に加え、どんな治療を行うかにより追加の費用は加算されていく。
ドラ・ザ・キッドの場合、診察のなかで右目に少し傷があることがわかった。研磨すればきれいになるとのことなので、研磨してもらうことに。この時、単にパーツを入れ替えるのではなく、できるだけもともとの素材を残しながらきれいにする提案をしてもらえるのもうれしい。
キッドはこれまで一緒に過ごしてきたキッドのまま、きれいになって戻ってきてくれるのだ。片目だけ研磨すると、反対の目の濁りが目立つということで、両目のパーツとも研磨してもらうことになった。
筆者は最初こそ、基本オプションだけでも充分だなと思っていた。ぬいぐるみをきれいにしたいとはいえ、何万円も払うのはハードルが高かったからだ。このお金があれば、一体いくつドラえもんグッズを買えるだろう。頭の中で欲しいグッズを指折り数えては、「できるだけ支出は抑えよう」なんて考えていた。
……のだが、不思議なもので、診察が進むにつれ自然と「できることは全部やってあげてください!」とお願いしていた。決してその場の一時的な感情ではなく、心の底からできる治療を全部受けさせてあげたいと考えるようになっていたのだ。
目の再生治療の料金は片目2200円で、両目で4400円。最初は3300円の診療代すら高いと感じていたのに、気づけば両目の研磨を「安い」と感じるように……。実際、ぬいぐるみの診察を依頼する人の多くは、筆者のように「できることは全部やってほしい」と依頼するらしい。本当の家族が入院した時と同様に、自分にとって家族のような存在であるぬいぐるみには、できる治療をすべて受けさせてあげたいと感じるようだ。
そうして診察を終え、計1万8370円の見積もりとなった。具体的な内訳は以下のとおりだ。
入院費:9900円
両目の研磨代:4400円
実際にクリニックを訪れて退院するためのおむかえ代:550円
ぬいぐるみをきれいにする際、取れるパーツは外して洗ってもらうための止めつけ代:220円
どんな治療をするか、しなかったらどうなるのかまで一つひとつ教えてもらえるので、治療内容に納得したうえで預けられる。いわゆる「インフォームドコンセント」がしっかりしているので、まさに病院だなと感じた。
「治療の様子」はクリニックのHPから確認できる
「できるだけきれいにしてあげてください」と頭を下げ、入院の手続きを進めてもらう。ぬいぐるみの治療にかかる期間は、依頼から約1カ月半ほど。6月中旬に診察してもらったので、退院は8月のお盆前後となる見込みだ。
だが、家族でもあるぬいぐるみとそれほど長期で離れることには不安もある。「今どんな段階なんだろうか?」「本当に直してもらえるんだろうか?」目の前で診察してもらったとはいえ、こうした不安が脳裏をよぎるのは避けられないものだ。
そんな心配のもとである「治療の様子」は、なんとクリニックのHPから確認できるように整備されている。実際、杜の都なつみクリニックのHPには筆者のぬいぐるみ専用ページ(入院個室)が作られており、いつでも状態を確認できるようになっているのだ。ぬいぐるみが単なる物ではなく大切な家族だと理解してくれているからこその気遣いが本当にありがたい。
治療が進むたびに更新されるサイトをチェックしながら待つのも楽しい。キッドが快適に過ごせているのなら、画面の向こうからでも幸せな気持ちになれるのだ。はたしてどれほどきれいになって帰ってくるのか。お迎えにいく日が今から楽しみで仕方がない。
しかし、院長の箱崎さんはそもそもなぜ、ぬいぐるみ病院を始めたのだろうか。後編ではその理由と、ビジネスモデルについて聞く。