カメラのないゲームでカメラを発明する者たち──マシニマと「記録」のメカニクス史
文・otaku can change the world
私は眼だ。機械の眼だ。私という機械は、私だけが見ることのできる世界を、あなたたちに見せている。
宣言文より
-1.そもそもマシニマって何
「マシニマ(machinima)」は "machine" と "cinema" を組み合わせた造語で、ビデオゲームのエンジンを使って撮影・制作される映像作品のことで、ゲームの中にカメラを置いて、キャラクターを役者のように演じさせ、映画のように編集する ── いわばゲームを撮影スタジオとして使う表現手法だ。近年の例だと、2024年にフランスの映像クルーがサバイバルゲーム『DayZ』の中に963時間も潜入して撮影したドキュメンタリー映画『ニッツ・アイランド 非人間のレポート』(Knit's Island, 2023)や、実質的にマシニマが主役として扱われた「マシン・ラブ:ビデオゲーム、AIと現代アート」展(森美術館, 2025)などが日本でも上映・開催されており、表現領域の一つとしてじわじわと認知を広めつつある。
そんなマシニマだが、源流を辿ると、その歴史はかなり長い。
0.撃ち合いの最中に、誰かが「いいね、これ映画になる」と言った
1996年8月のある夜、『Quake』の長いプレイセッションのあと、ゲームクラン「Rangers」のメンバーたちはInternet Relay Chatでくだらない話をしていた。発売されてからまだ2か月しか経っていない、まったく新しいFPSだ。誰かがふと口にしたジョークがある。クランのメンバーであったヒース・"ColdSun"・ブラウンは、後にこう回想している ──「誰かが冗談で、『デモから映画が作れたらかっこよくない?』って言ったんだ。俺たちは少し黙ってしまった。頭の中で歯車が回り始めるのがわかった」(注1)。
この瞬間が、いわゆる「マシニマ(machinima)」というジャンルの起点として、しばしば語り直される。machine(機械)とcinema(映画)を組み合わせたこの語が指すのは、リアルタイムの3Dゲームエンジンを使って制作される映像作品、あるいはその制作技法そのものだ。
私がこの話を最初に読んだとき、頭をかすめたのはこういう疑問だった。なぜ「映画を撮る」という発想が、ふつうの撃ち合いゲームから自然に出てくるのか。普通、映画を撮るには「映画を撮るための機材」がいる。カメラがいる。照明がいる。役者がいる。だが彼らが持っていたのは、対戦記録のために設計された「デモファイル」という、まったく別の目的を持った機能だけだった。
ビデオゲームのほとんど、とりわけ一人称視点のシューターは、プレイヤーの視界=カメラを「プレイのための入力デバイス」として実装している。標的に照準を合わせ、敵を撃ち、得点を稼ぐためのカメラだ。マシニマの作り手たちは、この生まれながらに不自由なカメラを、なんとかして「監督のカメラ」に読み替えようとしてきた。その読み替えの過程そのものが、ゲームのメカニクスに対するきわめてラディカルな批評的介入になっている。
ちなみに、こうした「メカニクスの誤用が新しい遊び方を発見する」という話自体は、ゲーム文化のなかではそれほど珍しいものではない。バニーホップ、スピードランの裏技、グリッチを利用したスキップ。それらはすべて、設計者の意図を超えてプレイヤーが新しいルールを発見する話だ。マシニマもその系譜に属する。ただ、マシニマがとりわけ面白いのは、その「誤用」がときにゲーム会社自身によって、技術的にまったく同じ構造のまま、何年も後に「正史」として再演されるという点にある。
1.デモファイルというリプレイ専用システムが、なぜ「映画」になったのか
対戦のリプレイのための記録機能
『Doom』や『Quake』には「デモ記録(demo recording)」という機能がある。これはプレイヤーの入力 ── キーボードとマウスの操作、視点の動き ── をログとして保存し、後で同じバージョンのゲームエンジンに読み込ませることで、まるで誰かが実際にプレイしているかのように画面を再現する仕組みだ(注2)。
この機能が本来想定していた用途はきわめて明確だった。ネットワーク対戦のデスマッチを記録し、後で見返して戦術を研究する。あるいは自分の腕前を仲間に自慢する。実際、当時のシューター文化では、プレイ記録を見せ合うことが半ば「スポーツの試合のビデオ」のような扱いを受けていた。『Quake』発売直後から、『Quake Done Quick』という、ステージをいかに速くクリアするかを記録したスピードラン動画群が広く共有されていたことも、この延長線上にある(注3)。
つまりデモファイルは、プレイの「結果」を記録するためのものであり、誰かに見せるための「物語」を作るためのものではまったくなかった。それどころか、再生には大きな制約があった。デモファイルはプレイヤーの操作入力そのもの(と、ゲーム内オブジェクトの座標)を記録する形式だったため、録画時と完全に同じバージョンのゲームエンジンでなければ正確に再生できない。これはジョン・カーマック(John Carmack)が確立した「ゲームエンジンとアセットファイルを分離する」という設計思想の副産物であり、後に保存・再生可能性をめぐって、いろいろな技術的トラブルを引き起こす原因にもなる。
つまりデモファイルというのは、本来「プレイヤーが行なったことを忠実に記録し、同じシステムの上でもう一度走らせる」という、極めて素朴な記録機構だった。映像作品を「上映する」ための媒体ではなく、ゲームというシステム自体を「もう一度実行する」ための、いわばインタプリタへの命令の塊だったわけだ。
Rangersの発明 ── 「カメラマン」という役割の誕生
1996年10月26日、Rangersは『Diary of a Camper』を公開した。90秒ほどの短いデモファイルで、テキストダイアログのついた簡単な筋立て ── 5人のRangersメンバーが「キャンパー」(一箇所に潜んで待ち伏せするプレイヤーの蔑称)と対峙する ── を演出したものだ。これは現在、「最初の物語性を持つマシニマ」として広く認知されている(注4)。
この作品の何が新しかったのか。Quakeのデモ録画自体は、それまでにも普通に行われていた。だがRangersは、5人のうち1人を「プレイヤー」ではなく「カメラマン」として明示的に振り分けたのだ。彼の一人称視点がそのまま映像のカメラとして機能する。残りの4人は、彼の視界の中で「演技」をする。そして武器を構える、撃つ、死んで倒れる、という本来は戦闘のための動作の組み合わせを、ジョークのオチとして再構成する(ちなみにこの作品のラストでは、撃ち倒したキャンパーの死体に近づくと、それが『Quake』のデザイナーであるジョン・ロメロ(John Romero)だったことが「判明する」という内輪ジョークで締めくくられる)。
スタンフォード大学のヘンリー・ロウウッド(Henry Lowood)は、この変化の核心を観客の視点がプレイヤー/演者の視点から独立したことに見ている。「映画はもはや射手の一人称視点から『撮影』されてはいない。独立したカメラの視点が、いまや行為をフレーミングする」(注5)。実際に作品を見てもらえば一目瞭然だが、画面が「自分が遊んでいる」感じから「誰かの行動を見せられている」感じへとはっきり変わる。たった数人でやり繰りした、ほとんど人力での役割分担だった ── 撮影、演技、編集。それらはすべて同じデモファイルの中で行われた。
ここで一つ強調したいのは、観客側の体験のことだ。当時このデモファイルを見るためには、観客自身も自分のマシンに当時のオリジナル版『Quake』をインストールし、コンソールで”playdemo”コマンドを叩く必要があった(注6)。Internet Archiveに収録されている当時のREADMEテキストには、「観られる最高の画質モードで再生してください」「video_describemodesで利用可能なモードを確認し、vid_modeで設定してください」という、いまから見ればなんとも牧歌的な但し書きがついている。観客は単に映像を「見る」のではなく、自分のマシンで『Quake』というシステムをもう一度「起動」してはじめて作品を体験することになる。これは、現代の私たちがYouTubeで動画を再生する体験とは決定的に異なる、ゲームという特殊なメディアに固有の上演形式だった。
コードへの介入が断たれたとき、マシニマはどこへ向かったか
このRangersの実践は、それ以降のマシニマ史が反復する「同じ問い」を最初に提示したという意味で、重要な前例になった。その問いとは ── FPSの不自由なカメラをどうやって乗り越えるか、である。
ここから先のマシニマの分岐は、技術的にはきわめて単純な二択に支配されていた。「ゲームのコードに直接介入できるか/できないか」という二択だ。
介入できれば、デモファイル自体を書き換えて理想のカメラワークを得られる。ウーヴェ・ギルリッチ(Uwe Girlich)の「Little Movie Processing Center(LMPC)」や、デヴィッド・"crt"・ライトの「KeyGrip」(後に「Quakeデモ用Adobe Premiere」と呼ばれるようになるノンリニア編集ツール)は、まさにそのための道具だった(注7)。これらのツールがあれば、デモファイルから一人称視点の縛りを外し、複数のショットを切り貼りして「カメラワーク」を作ることができる。
しかし2000年前後、id Softwareは『Quake III: Arena』のネットコードのチート対策のため、デモのソースコードを公開しなくなった。それによってデモファイルを直接編集する手段が断たれてしまった。その結果として生まれたのが、Tritin Filmsによる『Quad God』(2000年)だ。この作品の制作チームは、ビデオカメラを実際にモニターの前に置いて、画面そのものを撮影するという、技術的にはきわめて原始的な手法に「回帰」せざるを得なかった(注8)。
これは技術的には後退に見える。しかし逆に言えば、『Quad God』は現在のマシニマの主流の手法 ── スクリーンキャプチャ+ノンリニア編集 ── を確立した転換点でもあった。ゲームのコードに介入できないなら、画面に映ったものをそのまま録画し、それを通常の映像編集ソフトで切り貼りすればいい。この発想の転換によって、マシニマはようやく「Quakeをインストールしている人だけが見られる」という制約から解放され、誰でも視聴できる動画ファイルとして流通するようになった。
つまりマシニマの初期20年は、「ゲームのコードに直接介入できるか/できないか」という二択を軸に、何度も同じ問いに別の角度から答え続けてきたのだとまとめられる。介入できなければ「画面に映ったものを撮る」しかない。介入できれば「システムの内部から理想のカメラを書く」ことができる。次の節で見るのは、この二択の中間にあるような、もうひとつ別の解決策だ。それはプレイヤーそのものを役割分担し、二重の演技構造を作るという方法である。
2.Red vs. Blueと、ゲーム会社が映画のために追加したボタン
5人の酔っぱらいたちが始めたもの
2003年4月1日、バーニー・バーンズ(Burnie Burns)らが結成したRooster Teeth Productionsは、『Halo: Combat Evolved』を使ったコメディシリーズ『Red vs. Blue』の第1話「Why Are We Here?」を公開した。荒涼とした峡谷(Blood Gulch)で、赤チームと青チームの兵士たちが、なんの意味もない陣地争いについてぼやき続けるという、シンプルな筋立てだ。
このプロジェクトの起源は、もっと素朴なところにある。バーニーとジェフ・ラムジー(Geoff Ramsey)、ガス・ソロラ(Gus Sorola)、ダン・ゴッドウィン(Dan Godwin)、ジェイソン・サルダニャ(Jason Saldaña)の5人は、もともと「Drunk Gamers」というゲームレビューサイトをやっていたチームだった。サイトはうまくいかなかったが、彼らは『Halo』のマルチプレイで遊んでいるうちに、こんな会話をしたという ──「あのWarthog(軍用車両)って、見た目はピューマみたいじゃないか?なんでWarthogって呼ばれてるんだ?」(注9)。この他愛もない雑談から、峡谷を舞台にした6〜8話程度のコメディ短編という、ごく控えめな企画が立ち上がった。
制作方法は、Rangersのデモ録画的方法論をXbox世代に移植したものと言える。複数台のXboxをLANで接続し、プレイヤーがアバターを操作して「演技」をし、その様子を別のプレイヤーが一人称視点のカメラとして録画する。台詞は事前に録音しておき、それと同期するようにアバターの動きを合わせる(注10)。バーニーによれば、追加のXboxコントローラーを1台買うのに50ドルかかった、というくらいの規模感だったらしい(注11)。それが結果として、20年以上続く長寿シリーズに育ち、Rooster Teethという企業そのものを立ち上げる原点になった。
Bungieが「映画のために」追加したボタン
ここで紹介したいのは、技術的にとても小さい、しかしこの原稿の趣旨にとってきわめて重要なエピソードだ。Microsoftと『Halo』の開発元Bungieは、『Halo 2』の開発時に、わざわざ「武器を下げる」専用のジョイスティック・ボタンを追加した。これはゲームプレイ上はほとんど意味を持たない機能だが、Rooster Teethが台詞シーンを撮る際に、キャラクターが常に銃を構えていると不自然に見えてしまう問題を解消するためだけに実装されたという(注12)。ジャーナリストのクライヴ・トンプソン(Clive Thompson)はこれを「Microsoftがいかに奇妙なほどRed vs. Blueに気を配っているか」を示す例として紹介している。
これは何を意味するか。メカニクス(武器を構える/下げるという挙動)が、本来は戦闘のための機能であったにもかかわらず、外部のクリエイター集団の演出意図のために、開発元自らがオプションを追加して書き換えた、という事例だ。マシニマの実践は単にゲームのアセットを「借用」しているだけでなく、ときにゲームのメカニクス設計そのものに影響を与えていた。ファンの実践が、開発元のロードマップを侵食していく ── これは、いまの私たちには「Steam Workshop」や「公式modサポート」として馴染みのある光景になったが、2004年当時のコンソールゲームでは、決して当たり前のことではなかった。
しかも、この「武器を下げるボタン」の話の面白さは、そこに込められたインセンティブの非対称性にある。普通、ゲーム会社にとってシューターの開発における優先順位は「より強い武器」「より爽快な撃ち合い」のはずだ。だが彼らは、わざわざ「銃を構えない」状態を実装するためにリソースを割いた。これは、ゲームのメカニクスを「殺し合いの効率」ではなく「カメラの前で何が映って見えるか」という演出的な観点から評価し直す、という考え方の萌芽だったと言えるだろう。
物理的に分散した出演者たちのボイスフィルター
『Red vs. Blue』の音声収録に関する逸話も、この媒体の特殊性を物語っている。シーズン1初期、出演者のジョエル・ヘイマンとキャスリーン・ザルチはロサンゼルスから、ガス・ソロラはニューヨークから電話越しに台詞を録音していた(注13)。サウンドの質はばらつきがあったが、それはヘルメットのボイスフィルター ──「サイモンズの声優が引っ越し先のスタジオから離れた場所にいたため、音質をそろえるためにキャラクター全員にフィルターをかけた」という、RTX Sydney 2018で明かされた事情(注14)── によって、結果的にサウンドデザインの一部として正当化された。
これも、技術的な制約(録音場所の分散)がメカニクス的な演出(ヘルメットボイス)に転化した好例だ。マシニマというジャンルは、しばしば「制約をどう乗り越えるか」というプロセスそのものが、視聴者に届く最終的なクリエイティブな個性に直結している。プロの映画スタジオなら絶対にやらない「やむを得ない判断」が、そのまま作品の質感になっていく。
Leeroy Jenkins——演技と現実の境界が、12年後に崩される話
ここで、もうひとつ別の方向のマシニマ的な実践として、2005年5月11日に投稿された『Leeroy Jenkins』という有名な動画を紹介したい。『World of Warcraft』のギルド「Pals for Life」が、代表的な高難易度ダンジョン「Upper Blackrock Spire」の「Rookery」と呼ばれる難所をクリアするための作戦会議を、丁寧に話し合っている。誰かが「生存率は32.33パーセント、繰り返すが32.33パーセントだ」と言う。そして、その会議中に席を外していた(AFK状態だった)パラディン、「Leeroy Jenkins」が突然立ち上がり、自分の名前を叫びながら部屋に突撃する ──「Time's up, let's do this! Leeeeroyyyy Jenkinsssss!」。当然、パーティは全滅する。動画は、Leeroyの「少なくとも俺はチキン(ドラゴンの卵から得られるアイテム)を手に入れたぞ」という一言で終わる(注15)。
この動画はインターネット史上最初期のバイラル動画のひとつとして広く語られ、「Leeroy Jenkins」という名前は「計画を無視して暴走する人」を指す一般名詞として定着した。2017年にはBlizzardが正式にNPCとして取り込み、カードゲーム『Hearthstone』の伝説カードにもなった(注16)。
この動画がマシニマ史にとって本当に面白いのは、その内容そのものよりも、2017年に起きたある事件のほうだ。
Federal Communications Commission(FCC)がネット中立性規制(Net Neutrality)を撤廃しようとしていたとき、撮影者であったベン・"Anfrony"・ヴィンソンは、ネット中立性問題への抗議の意味も込めて、この動画の「最初のテイク(dry run)」を公開した。それまで「本当に偶発的な出来事だったのか、それとも演出だったのか」という議論が10年以上続いていたこの動画は、ここで初めて ── 演出されたものだったことが、本人たちの口から公式に確認された(注17)。ベンは「私たちは誰もこれを本物だと信じるとは思っていなかった。あまりにも露骨にパロディだったから」と語っている。
なぜこの事実が重要なのか。マシニマの興味深いところは、「リアルタイムでプレイされたゲームの記録」という体裁そのものが、すでにひとつのフィクション装置になりうるという点だ。『Diary of a Camper』は明示的に「演技」として作られていたが、『Leeroy Jenkins』は「これは本物のプレイ記録です」という枠組みそのものを演技の一部に取り込んでいる。これはマシニマというジャンルが、単に「ゲームエンジンで作った映像」であるだけでなく、「ゲームのプレイ記録という形式そのものを擬態することができる」という、より深いレベルでの表現可能性を持っていたことを示している。
ベンがこのことをFCCのネット中立性問題への抗議のために12年間保管していたという事実も、なかなか奇妙に美しい。インターネット最初期の「バズった」コンテンツの裏側が、最終的にインターネットそのものの自由をめぐる政治的な発言の場として再利用された、というわけだ。
3.もう一人の客が、本物の銃で殴りかかってきた話 ── This Spartan Lifeの二重構造
Xbox Liveというカオスな場でのトーク番組
『Red vs. Blue』のように撮影専用のLAN環境を作るのではなく、もっと過激な実践もあった。クリス・バーク(芸名: ダミアン・ラセダエミオン)が2005年から制作した『This Spartan Life』は、『Halo 2』のXbox Liveのオンライン・マルチプレイ空間そのものを舞台にしたトーク番組だ(注18)。ゲストには、Bungieのオーディオディレクターであるマーティン・オドネルや、映像作家のペギー・アウェッシュ、さらにはセックス・ピストルズの元マネージャーであるマルコム・マクラーレンまで登場している。
この番組の構造は、これまで見てきたマシニマとは決定的に異なる。『Red vs. Blue』が「専用のプライベートなLAN環境」を確保していたのに対し、『This Spartan Life』は実際の公開マルチプレイサーバーの中で撮影されている。つまり、撮影中に何が起きるかをコントロールできない。クリス・バークが演じるホストとゲストがインタビューをしている最中に、何も知らない一般プレイヤーが乱入してきて、彼らに向かって普通に発砲してくることがあるのだ(注19)。トーク番組の収録中に、文字通り銃撃戦が始まってしまう。
これがいかに奇妙な状況かというと、『Halo 2』のXbox Liveに参加していた一般プレイヤーたちにとって、クリスとゲストがその場で何をしているかは、当然まったく理解できない。なぜこの2人は突っ立って動かずに会話を続けているのか?なぜ攻撃しても反撃してこないのか? ── 普通のプレイヤーからすれば、ただの隙のあるターゲットだ。撮影チームは音楽専門ニュースサイトCDMのインタビューで「他のオンラインプレイヤーたちは、なぜ2人がただ突っ立って雑談しているのか最初はわからなかった。結果は?彼らはインタビューに向けて発砲してきた。心配ない、ゲストは応戦するから」と語っている(注20)。
「カメラ」を作るためにバグを利用する
さらに面白いのは、彼らがカメラ用の視点をどうやって確保していたかだ。彼らは「武器ドロップ・グリッチ(gun-drop glitch)」というものを利用していた。これは特定の操作をすると武器をその場に落として失ってしまうバグだが、これによって画面から武器が消え、より遮るもののない映像が撮れる(注21)。『Red vs. Blue』がBungieに「武器を下げるボタン」を作らせたのに対し、『This Spartan Life』は、そのために実装されたわけでもない単なる不具合を、まったく同じ目的のために流用していた、というわけだ。同じ問題(武器が画面に映ると演出上邪魔だ)に対して、片方は公式機能の追加によって解決され、片方は意図せぬバグの活用によって解決される。マシニマの歴史は、こういう「同じ問いに対する異なる答え方」のカタログとして読むと、とても豊かに見えてくる。
クリス・バークは、ある対談でこの番組について非常に印象的な言葉を残している。「ゲーム空間というのは、私があまり考える機会のないことについて考えさせてくれる、とても興味深いものだと思う。ゲーム環境に入った瞬間から、存在の意味そのものが問われ始める。死、暴力、コミュニケーション ── そういったすべてのことが頭に浮かんでくる」(注22)。これはただのジョーク的な企画にしては、随分大仰な物言いだと思う読者もいるかもしれない。だが私はこの言葉を読んで、むしろ妙に納得させられた。マシニマというジャンルの作り手たちは、「ゲームをプレイする」という行為と「カメラの前で意味を生成する」という行為の境界線を常に踏み越えながら作業をしている。その作業の途中で、ふと「自分は何をしているんだろう」という哲学的な問いに突き当たってしまうのは、ある意味で当然のことなのかもしれない。
4.ラグドール出産事件——Garry's Modが発見した「もの」としてのアセット
サンドボックスというゲーム
ここからが本稿の核心部分になる。マシニマというジャンルにおいて、最も影響力のあるツールの一つが『Garry’s Mod』(通称GMod)だ。これはギャリー・ニューマン(Garry Newman)が2004年12月に『Half-Life 2』のSource Engine(Valve社が開発したゲームエンジンで、物理演算や3DCG描画、ゲーム内オブジェクトの制御などを統合的に担うソフトウェア基盤)用のmodとして公開した、明確な目的を持たない「サンドボックス」ゲームである(注23)。物理ガン(physics gun)でアセットを持ち上げ、回転させ、固定できるというのが基本的な仕組みだ。
ここまで見てきたマシニマの実践は、すべて「プレイヤーがリアルタイムに何かを操作する」という前提に立っていた。Rangersはプレイヤーに演技をさせ、Rooster Teethはアバターを「人形」のように操り、クリス・バークはゲーム空間の予測不可能性そのものを利用した。これらに共通するのは、マシニマの「演者」が常に動いている存在であるという点だ。
『Garry's Mod』が決定的に変えたのは、この前提だった。
「クライナー博士が出産している」という最初のポーズ
『Garry's Mod』の最大の特徴である「ラグドール・ポーズ」機能——動かないキャラクターモデルの死体(ラグドール)を、彫刻のように自由な姿勢に固定できる機能——は、いったいどうやって生まれたのか。これについては、開発15周年を記念したPC Gamerのインタビューで、ギャリー自身がきわめて率直に答えている(注24)。原文をかなり忠実に訳すと、こうなる。
「まったくの偶然だった。私はラグドールをポーズさせようと試していたんだけど、関節を凍結させるのではなく、周りの空気がすごく粘り気のあるものになって、その場に留まるようにしたかった。当時のSource Engineの物理シミュレーションはまだ不安定で、想定していない数値を渡すとクラッシュさせるのが簡単だった。私は間違った値を使ってしまい、それがボーン(骨)の一つをその位置に固定してしまった。それで急いでポーズを作ってみた ── たしか、クライナー博士が出産しているポーズだったと思う。私はとても興奮していた。みんながこれでどれだけ楽しめるか、すぐにわかったんだ。」
クライナー博士というのは、『Half-Life 2』に登場する科学者キャラクターだ。本来、ラグドールの物理シミュレーションは「死体が現実らしく崩れ落ちる」ことを再現するためのものだ。だがギャリーは、その計算にエラーを起こすことで、ラグドールを「もの」として粘土細工のように自由に固定・操作できる対象に変えてしまった。これは、ゲームデザイン論で語られる「バグから生まれたメカニクス」の、かなりわかりやすい実例だと思う。バニーホップの発見が「ジャンプ時のアニメーションが、走行時よりも速くて広いという数値設定の見落とし」(注25)から生まれたのと、ある意味で構造的に似ている。設計者が想定していなかった数値の挙動の中に、まったく新しい遊びが眠っていた、ということだ。
武器が建築の道具になる
『Garry's Mod』の歴史を振り返ると、初期バージョンは、既存の『Half-Life 2』の武器をツールとして読み替えるという発想から始まっている。たとえば、コルト357マグナム・リボルバーがカメラの設定に使えるようになっていた(注26)。バージョン5(2005年1月9日リリース)では、ラグドール・ポーザー、バルーンガン、ペイントガンが追加され(注27)、バージョン9(2005年10月)ではLuaスクリプティングが解禁された。これによって、プレイヤーは「ものを配置し、溶接して構造物を作る」というアセンブリ的な創作と、「キャラクターをポーズさせて静止画を作る」という演劇的な創作の両方を、同一のサンドボックス内で行えるようになった。
そして、「武器が建築の道具になる」というのは本稿のテーマにとって地味だが重要な転倒だ。武器とは、本来「他者を排除する」ためのメカニクスだ。それが「もの」を組み立てる、つまり「世界を構築する」ためのメカニクスへと裏返る。これは、マシニマ全体に通底する転倒のパターンでもある。戦闘のためのカメラが演出のためのカメラになり、戦闘のための武器ボタンが演技のための無防備さを示すボタンになり、戦闘のためのグリッチが演出のための撮影テクニックになる。マシニマというジャンルは、つねに「攻撃」の語彙を「表現」の語彙へと翻訳しなおす作業の連続だったのかもしれない。
論集『The Machinima Reader』に収録されたギャレス・ショットとベヴィン・イートマンの論考によれば、こうした『Half-Life 2』ベースのマシニマは、ドミノ倒し的な物理ギミック(Rube Goldberg装置)から、映画のワンシーンを再現する映像まで、幅広いジャンルを生み出した(注28)とされている。代表例として挙げられている『A Few Good G-Men』は、映画『ア・フュー・グッドメン』の法廷シーンを、『Half-Life 2』の登場人物たちで丁寧に再現した作品だ。これらすべてが、本来は戦闘や移動のために実装された物理シミュレーションの「誤用」から発生していることに、改めて注目したい。
余談だが、『Garry's Mod』を巡る逸話として、もうひとつ私が好きなのが「Half-Life: Full Life Consequences」だ。これは2008年に投稿された、文法と単語選びがかなり破綻した、にもかかわらず妙に味のあるファンフィクション小説を、YouTuberのDjy1991が『Garry's Mod』のラグドール・ポーズ機能で一字一句アニメ化した作品だ(注29)。誤字脱字をすべて「文字通りに」演出として再現するという発想は、マシニマというメディアが「テキストを忠実にトレースする」ことすら可能であることを示している。要するに『Garry's Mod』のラグドールは、もう完全に「役者」というより「人形」になっている ── だからこそ、文章のどんな破綻した記述でも、人形劇のように演じられてしまうのだ。
5. 歴史の円環——Source Filmmakerという「正史化」
デモ再生ツールから映画制作ツールへ
そしていよいよ、本稿が最も強調したい「歴史の円環」の話になる。これがおそらく、この原稿でいちばん書きたかった事実だ。
Valveは2005年ごろから、社内で密かに『Source Filmmaker』(SFM)というツールを開発していた。このツールはどこから生まれたのか——Source Engineの「ゲーム内デモ再生ツール」をフォーク(改造)して作られたのである(注30)。Valveの開発者用Wikiは、これをはっきりと「SFMはSource内のin-gameデモ再生ツールのコードから派生した」と記述している。
この技術は、『Day of Defeat: Source』のトレーラー制作に使われ、後に『Team Fortress 2』の「Meet the Team」シリーズ(公式キャラクター紹介映像、たとえば「Meet the Heavy」「Meet the Spy」など)を作るための、Valveの社内映像制作の標準ツールへと発展した。当初はSourceの「-toolsモード」を使う形式で、いわばゲームの開発環境の一部として実装されていた。2007年9月、『Team Fortress 2』のベータ版の中にこの開発用ツールが誤って混入してしまい、ベータテスター経由で外部に流出した(注31)。そこから何年かの紆余曲折 ── インターフェース全面再構築(Qtフレームワークへの移行)など ── を経て、2012年6月27日、ついに無料で一般公開された。
ここで起きたことを整理しよう。
『Quake』のデモ録画機能は「対戦結果のリプレイ」のための仕組みだった
Rangersはそれをハックして「物語映像」を作った(1996年)
Valveは自社のSource Engineの「デモ再生ツール」を改造して、社内の正式な映像制作パイプライン(SFM)を構築した(2005年〜)
これがファンによってリーク・拡散され(2007年)、最終的には開発元自身が、マシニマ制作のための公式ツールとして無償公開した(2012年)
つまり、「リプレイ機能をハックして映画を作る」という1996年のアマチュアたちの発見が、約16年後、開発元自身によって、リプレイ機能から映画制作ツールへの正式な進化として、まったく同じ技術的構造のまま再演されたのだ。SFMは「ゲーム内デモ再生ツール」のコードベースから生まれている。これはRangersがやったことの、企業バージョンでの反復にほかならない。
しかも興味深いのは、SFMが公開以前に『Team Fortress 2』に搭載されていた簡易版が「Replay Editor」という名称だったことだ(注32)。これは「プレイヤーのプレイで実際に起きた出来事を記録するだけ」の、機能が制限されたツールだった。つまりこれもまた、デモ・リプレイ機能の直接的な子孫である。マシニマというジャンルの起源(デモ再生のハック)と、その産業的な完成形(SFM)が、技術的な系譜としてまったく同一の根から生えていることが、ここに明確に示されている。
この円環は何を教えてくれるか
なぜこの事実が、たんなる豆知識以上の意味を持つと私は思うのか。
それは、「メカニクスの誤用から生まれた表現様式」が、産業によって回収されるとき、必ずしも本来の発見の精神が失われるわけではなく、むしろメカニクスのレベルでその発見の正しさが裏書きされることを示しているからだ。Rangersが見抜いたのは ──「デモ=リプレイ機能は、本質的にカメラ機能のための基盤になりうる」という、ゲームエンジンのアーキテクチャに内在する可能性だった。Valveが2005年にSFMを内部開発したとき、彼らはゼロから映像制作ツールを設計したわけではない。彼らもまた、自社のリプレイ機能の中に同じ可能性を見出し、それを掘り進めた。
つまりこれは「ファンの発見を企業が商業化した」という単純な物語ではない。むしろ、ゲームエンジンの設計(プレイヤーの行動をログとして保存し、後で再生する仕組み)そのものが、最初から「カメラの不在」という制約を内側に折り込みながらも、同時にその制約を超える可能性を内包していた、ということなのだ。マシニマというジャンルの歴史は、その可能性が誰によって、どのタイミングで「発見」されるかという問題の連続だったと言える。
Valve社のエリック・ジョンソン(Erik Johnson)は、『Garry's Mod』15周年のインタビューでこんなことを語っている。「『Half-Life 2』の開発初期から、私たちの多くの実験の中心には物理エンジンがあった。だから、Garryが私たちと似たような出発点から始めたことは、実は驚くことではなかった。ただ、2004年の時点で、2019年の『Garry's Mod』がどうなっているかを予測するのは、かなり難しかったと思う」(注33)。これは正直な発言だと思う。Valveの開発陣自身、物理エンジンの可能性を完全に予見していたわけではなかった。ギャリー・ニューマンの偶然の発見があったからこそ、その可能性が一気に開花した。だがその開花の方向性そのものは、すでにシステムの設計に内在していた ── だからこそ、Valve自身が後にSFMという形で、まったく同じ方向に手を伸ばすことになったわけだ。
6. フォトモードという現代の子孫
Halo 3のシアターモード
この系譜が現在のゲームデザインにどう接続しているかを、最後に見ておきたい。
2007年に発売された『Halo 3』には「シアターモード(Theater Mode)」という機能が搭載された。直近25ゲームのリプレイを保存し、その中をカメラが自由に動き回って見返せる機能だ。TV Tropesの「Photo Mode」項目では、この機能が公式に「数多くのHaloマシニマを生み出した」機能として位置づけられている(注34)。これはまさに、id Softwareの『Quake』デモ機能の正統な後継であり、Bungieが「マシニマというファン文化を前提にした上で」設計した最初期の一例とも言える。実際、『This Spartan Life』も後期エピソードでこのシアターモードを撮影に使うようになっていく。
これは何を意味するか。『Quake』の時代、デモ再生機能を「カメラ」に読み替えるのは、プレイヤー側の創意工夫だった。『Halo 3』のシアターモードは、その読み替えがすでに一般的なファン実践として認知された後に、開発元が「最初からそのために設計した」機能として提供されたものだ。マシニマというジャンルが20年近く積み重ねた発見の蓄積が、ここでひとつのデザインパターンとして制度化されたと言える。
フォトモードの誕生と拡張
そしてもう一つの分岐として、2014年に『The Last of Us Remastered』が搭載した「フォトモード」がある(注35)。これはゲームの進行を一時停止し、カメラを自由に動かし、被写界深度やフィルター、ライティングを調整して静止画を撮影できる機能だ。Naughty Dogはこの機能を公式に発表すると同時に、フォトモードコンテストを開催し、プレイヤーが撮影した画像を競わせた。
この設計は、『Garry's Mod』のラグドール・ポーズ機能の発見 ──「死んだキャラクターを彫刻のように扱う」というアイデア ── と地続きのところにある。実際、『The Last of Us Part I』のフォトモードには「Frame Forward(1フレームずつ進める)」という機能があり、キャラクターの瞬きや表情の一瞬の崩れを微調整できる(注36)。これはまさに、マシニマ制作者たちが手作業で行ってきた「完璧な瞬間を狙う」という作業を、ゲーム側が公式にサポートした形だ。
さらに遡れば、レースゲーム『Gran Turismo 4』(2004年)の「Photo Travel」「Replay Photo Mode」が、コンソールゲームにおけるフォトモードの先駆けとされている(注37)。これはレース中のリプレイから写真を撮るという機能であり、ここでも「リプレイ=再生機能の上に、撮影=カメラ機能を重ねる」という、本稿で論じてきた構造がそのまま現れている。
フォトモードはマシニマの「死」を意味するのか
この一連の流れを見て、「マシニマというジャンルは、フォトモードという公式機能に取って代わられて終わった」と結論づけたくなる人もいるかもしれない。私はその見立てには、半分賛成で半分反対だ。
たしかにフォトモードは、かつて手探りで発見されてきた「カメラの不在をどう乗り越えるか」という問いを、ボタン一つで解決してしまう。ギャリー・ニューマンが偶然の物理バグから発見したラグドール・ポーズは、いまでは多くのゲームの標準機能として最初から実装されている。Rangersがプログラムを書いて実現したカメラの自由な配置は、『The Last of Us』では十字キーで簡単に行える。
しかし、フォトモードが「静止画」という単発の表現に最適化されている以上、マシニマが本来持っていた時間性を伴う演出 ──『Red vs. Blue』のような連続したナラティブや、『This Spartan Life』のような予測不可能な他者の介入による偶発性 ── は、フォトモードの設計思想からはこぼれ落ちてしまう。フォトモードは「カメラの不在」という問いの、ある一面だけを解決した。残された問いは、まだ私たちの手の中にある。
実際、現在のVRChat文化におけるマシニマ的実践 ── アバターのモーションキャプチャを使ったダンスパフォーマンスや、VRChat内でのバーチャル撮影(注38)── は、『This Spartan Life』が抱えていた「公開されたソーシャル空間の中で、いかに演出を成立させるか」という問いを、まったく新しい文脈で引き継いでいるように見える。VTuberがVRChat上でライブパフォーマンスをする際の演出技法と、Burkeが『Halo 2』のXbox Liveで「武器ドロップ・グリッチ」を使ってカメラを確保していたという話は、技術的にはまったく違う時代のものでありながら、構造的にはとても似ている。どちらも「自分がコントロールできない、生きた他者であふれる公共のオンライン空間」の中で、いかに演出という秩序を立ち上げるか、という同じ問題に取り組んでいるように見える。
おわりに:「カメラのないシステム」は、いつも何かを見せたがっている
Quakeのデモ録画から、Source Filmmakerやフォトモードまで。本稿で辿ってきた道筋に共通するのは、プレイヤーの行動を記録し、後で再生するという、ゲームエンジンにとってごく基礎的なメカニクスが、つねに「カメラ」へと変質する可能性を秘めていたという事実だ。
だが、ここで一つの問いを素通りしてはならない。なぜこの可能性は、DoomやQuake以前には、誰にも発見されなかったのか。
技術的な意味でのカメラの自由 ── プレイヤーの座標とカメラの座標が一致しなくてもよいという事実 ── は、実はFPS以前にも存在していた。Stunts(1990)などの90年代初頭のレースゲームは、すでに複数アングルからのリプレイを実装していたし、時にはコース上空を滑るような「シネマティック」な視点まで用意していた。技術水準で言えば、初期のQuakeデモより洗練されていたとさえ言える。それでも、誰もそこに「映画」を見出さなかった。
レースゲームのリプレイが映していたのは、つねに同じ一つの出来事 ── 最速のラップタイム ── だけだったからだ。そこには配役がない。敵役もいない。勝者の名前はスコアボードの数字としてしか存在しない。リプレイは「結果の確認」であって、「出来事の再演」ではなかった。
ここで決定的だったのは、おそらくデスマッチという形式が、ゲームの中に「死」という、ひとつの完結したドラマの単位を持ち込んだことだ。DoomやQuakeの画面の隅には、こんな一行が表示される。
「Xは、Yのロケットによって殺された」。
主語があり、目的語があり、動詞があり、凶器がある。これはすでに一つの文章だ。プレイヤーが意識する前から、ゲームエンジンはすでに、出来事を「語る」体裁を勝手に生成していた。ラップタイムには主語がない。1分23秒45には、誰も殺されない。しかし一発のロケットには、いつも誰かが死ぬ。そして死に方は、毎回少しずつ違う ── どこで死んだか、どんな姿勢で倒れたか、誰の名前が表示されたか。結果は同じでも、出来事はつねに一回性を持つ。「再演する価値のある何か」が、エンジンの最も暴力的な部分に、最初から埋め込まれていたのだ。
そしてもう一つ、技術以前の条件があった。Quakeをプレイしていたのは、孤独な記録挑戦者ではなく、すでに名前を持ったクランだった。Rangersは、対戦相手であり仲間でもある誰かを「キャンパー」と呼び、その正体をJohn Romeroだということにして笑っていた。Diary of a Camperが書き換えたヘッドショットの「正体」は、技術的な発見というより、すでに彼らの間で交換されていたジョークの「上演」だった。一方、レースゲームの世界に、こうした内輪の劇場は育たなかった。対戦相手は「コース上のもう一つのタイム」であり、笑い話の対象になるような顔も名前も持たなかったからだ。
つまり、FPSが映画的欲望を起動させた条件は、少なくとも三つの層が同時に揃ったことにある。第一に、エンジンの内部に「死」という再演可能な最小単位のドラマが、すでに存在していたこと。第二に、その出来事を語るための文法 ── 主語・動詞・目的語を伴うキルログ ── が、誰に頼まれることもなくシステムの側から提供されていたこと。第三に、その出来事を笑い話や武勇伝として語り直す共同体 ── クラン、BBS、Internet Relay Chat ── が、ゲームの外側にすでに存在していたこと。技術と文化、どちらが先行したのかを問うのは、おそらく無意味で、両者は同時に育っていた。レースゲームのリプレイ機能が同じ技術的自由を持っていたとしても、それを欲しがる共同体の欲望 ── 誰かを笑わせたい、誰かを出し抜いた話を語りたい ── がそこには育っていなかった。可能性は、エンジンの中だけにあったのではない。エンジンと、すでにそこにいた人間たちの語りの作法が触れ合った場所に、初めて「発見」として現れたのだ。
その接触が起きたあとに繰り返されたのが、本稿で見てきた運動だった。発見は、つねに不自由さを足場にして広がった。千葉集が「ままならないゲームたち」で論じたとおり、メカニクスはプレイヤーに不自由さを課す。カメラを持てないという制約。武器を撃つためにしか動かない手。撮影中に乱入してくる無関係なプレイヤー。マシニマの作り手たちは、その不自由さを呪うのではなく、踏み台にした。Rangersのジョークから、ギャリー・ニューマンの物理エンジンの誤作動から、クリス・バークのバグ利用から ── すべては、不自由さを逆手に取るという同じ仕草の反復だった。そしてその反復のいくつかは、やがてBungieのシアターモードとして、Valveの公式ツールとして、現在のフォトモードとして、企業によって正史に書き込まれていった。発見、転用、そして部分的な制度化。この三段の運動こそが、マシニマの歴史の実際の形だったのだろう。
だとすれば、次に問うべきことも見えてくる。新しい技術が登場するたびに確認すべきは、そこに「分離可能な記録」がすでにあるかどうかではない。それだけなら、いつの時代にも転がっている。確認すべきは、その記録の中に「再演する価値のある最小単位の出来事」が埋め込まれているか、そしてそれを語り直したがる共同体が、すでにどこかで育ちつつあるかどうかだ。VRの中で、生成AIが駆動する世界の中で、まだ名前を持たない撮影空間の中で ── その二つは、もうどこかで触れ合いはじめているかもしれない。だが、それがどこなのかは、まだ誰にもわかっていない。
カメラのないゲームで、カメラを発明する者たち。
マシニマとは、その終わらない発見の歴史であり、同時に、死という出来事が語り手を見つける場所を探す歴史でもある。
注
Heath「ColdSun」Brownの回想。Tracy Gaynor Harwood & Ben Grussi, Pioneers in Machinima: The Grassroots of Virtual Production(Vernon Press, 2021), pp. 14–15に引用。
『Doom』のデモ記録機能についてはPaul Marino, 3D Game-Based Filmmaking: The Art of Machinima(Paraglyph Press, 2004), pp. 3–5.『Quake』への拡張についてはHenry Lowood, "Real-Time Performance: Machinima and Game Studies," The International Digital Media & Arts Association Journal 2, no. 1 (2005): 12.
Matthew Byrd, "How Quake Sparked a Filmmaking Revolution," Den of Geek, August 24, 2017.
https://www.denofgeek.com/games/how-quake-sparked-a-filmmaking-revolution/1996年10月26日公開。Katie Salen & Eric Zimmerman, Rules of Play(MIT Press, 2003), p. 550; Marino, 3D Game-Based Filmmaking, p. 21。
Henry Lowood, "High-Performance Play: The Making of Machinima," Journal of Media Practice 7, no. 1 (2006): 25–42. 引用は本稿による(原文 "the movie is not 'shot' from the first-person perspective of the shooter. An independent camera view now frames the action.")。https://www.academia.edu/930084/High_performance_play_The_making_of_machinima (2026年7月8日閲覧)。翻訳は筆者。
United Ranger Filmsによる『Diary of a Camper』デモファイル付属のREADMEテキスト。Internet Archive所蔵。
https://archive.org/details/DiaryOfACamperUwe Girlich, "The unofficial DEM format description"(1996), Section 3.3
http://www.gamers.org/dEngine/quake/Qdem/dem-1.0.2-3.html
およびMatt Kelland, Dave Morris & Dave Lloyd, Machinima: Making Movies in 3D Virtual Environments(The Ilex Press, 2005), p. 37のLMPC・KeyGripに関する記述。Byrd, "How Quake Sparked a Filmmaking Revolution," Den of Geek, 前掲。
https://www.denofgeek.com/games/how-quake-sparked-a-filmmaking-revolution/Eric Francisco, "How 'Red vs. Blue' Built an Empire and Invented a Whole Genre," Inverse, 2017.
https://www.inverse.com/article/29928-red-vs-blue-rooster-teeth-season-15-interview
(Warthog/Pumaの逸話はRed vs. Blue Season 1 DVD audio commentary, episode 2に基づく)Pete Dreyer & Jon Partridge, "Inside the making of Red vs Blue," Red Bull, 2015.
https://www.redbull.com/ca-en/inside-the-making-of-red-vs-blue
Julie Muncy, "Once the Darling of YouTube, Machinima Still Lives On—For Some," Wired, 2017.
https://www.wired.com/2017/04/red-vs-blue-machinima/Francisco, "How 'Red vs. Blue' Built an Empire," Inverse, 前掲。
https://www.inverse.com/article/29928-red-vs-blue-rooster-teeth-season-15-interviewClive Thompson, "Halo 2," New York Times Magazine, December 4, 2005.
https://www.nytimes.com/2005/08/07/magazine/the-xbox-auteurs.htmlWikipedia「Red vs. Blue」項目が引用するRed vs. Blue Season 1 DVD audio commentaryおよび関連インタビュー記事に基づく音声収録についての記述。Sahil Patel, "How the longest-running web series, Rooster Teeth's 'Red vs. Blue,' makes money," Digiday, 2017.も参照。
https://digiday.com/media/how-the-longest-running-web-series-makes-money/Gus Sorolaのプエルトリコ移住に伴う電話録音と、それに対応するヘルメットボイスフィルター導入の経緯について。https://tvtropes.org/pmwiki/pmwiki.php/WhatCouldHaveBeen/RedVsBlue
https://rvb.fandom.com/wiki/Red_vs._BlueGameSpot編集部, "Leeroy Jenkins, One Of The First Viral Videos And A Huge Moment For WoW, Just Turned 20," GameSpot, 2025.
https://www.gamespot.com/articles/leeroy-jenkins-one-of-the-first-viral-videos-and-a-huge-moment-for-wow-just-turned-20/1100-6531505/同上。BlizzardによるNPC化・Hearthstoneカード化の経緯について。
"World of Warcraft's Leeroy Jenkins was a fake, 'dry run' video shows," Neowin, 2017(Ben "Anfrony" Vinson本人のYouTube投稿コメントに基づく)。
https://www.neowin.net/news/world-of-warcrafts-leeroy-jenkins-was-a-fake-dry-run-video-shows/This Spartan Life関連のインタビュー記事。Isabelle Arvers, "This Spartan Life, Chris Burke interview, 2006" http://www.isabellearvers.com/2006/09/this-spartan-life-chris-burke-interview-2006/
Chaos Control Digizine, "Chris Burke interviewed about the machinima talk show 'This Spartan Life'"も参照。
https://chaoscontrol.com/chris-burke-interviewed-about-this-spartan-life/"'This Spartan Life': Halo-driven Talk Show Features Game Boy Music," Create Digital Music, 2005. https://cdm.link/this-spartan-life-halo-driven-talk-show-features-game-boy-music/
同上。
同上、およびThis Spartan Life制作チームによる「武器ドロップ・グリッチ」を用いたカメラ確保についての解説。
Chris Burke、Isabelle Arversによるインタビュー、前掲(2006年2月7日)。
http://www.isabellearvers.com/2006/09/this-spartan-life-chris-burke-interview-2006/Joe Donnelly, "The making of: Garry's Mod," PCGamesN, 2015.
https://www.pcgamesn.com/garrys-mod/the-making-of-garrys-mod
初版(バージョン1)リリースは2004年12月24日。Craig Pearson, "A Brief History Of Garry's Mod: Count To Ten," Rock Paper Shotgun, 2012.
https://www.rockpapershotgun.com/2012/08/29/a-brief-history-of-garrys-mod-count-to-ten/Christopher Livingston, "How a 'total accident' led to Garry's Mod's funniest feature and 15 years of twisted success," PC Gamer, 2019.(Garry Newman本人へのインタビュー。発言の引用元)。
https://www.pcgamer.com/garrys-mod-interview/ピーター・クラップによるバニーホップの発生機序についての議論。Peter Krapp, "Of Games and Gestures: Machinima and the Suspension of Animation," in Henry Lowood & Michael Nitsche (eds.), The Machinima Reader(MIT Press, 2011)。
Kathy Ceceri, "Garry's Mod for Half-Life lets you custom-design your own videogames," Wired, November 1, 2008(武器をツールとして読み替える初期の実装についての記述)。
https://www.wired.com/2008/11/garrys-mod-for/Pearson, "A Brief History Of Garry's Mod: Count To Ten," Rock Paper Shotgun, 前掲。
https://www.rockpapershotgun.com/2012/08/29/a-brief-history-of-garrys-mod-count-to-ten/
バージョン履歴の詳細についてはValve Developer Community Wiki, "Garry's Mod"の版履歴参照。
https://developer.valvesoftware.com/wiki/Garry's_ModGareth Schott & Bevin Yeatman, "Participatory Fan Culture and Half-Life 2 Machinima," in Henry Lowood & Michael Nitsche (eds.), The Machinima Reader(MIT Press, 2011)。
Adi Robertson, "The worst thing ever written," The Verge, 2013("Half-Life: Full Life Consequences"の制作経緯についての記事)。
https://www.theverge.com/2013/12/10/5166462/the-worst-thing-ever-written-a-history-of-trollfic
Livingston, "How a 'total accident' led to Garry's Mod's funniest feature," PC Gamer, 前掲。
https://www.pcgamer.com/garrys-mod-interview/Source Filmmaker公式Wiki。
https://wiki.teamfortress.com/wiki/Source_Filmmaker
Valve Developer Community, "Source Filmmaker"の技術解説。
https://developer.valvesoftware.com/wiki/Source_Filmmaker
SFMがSource Engineのin-gameデモ再生ツールから派生した経緯についての記述。同上。2007年9月のTeam Fortress 2ベータ版への混入・流出の経緯について。
同上。「Replay Editor」についての記述。
Livingston, "How a 'total accident' led to Garry's Mod's funniest feature," PC Gamer, 前掲、Erik Johnsonへのインタビュー部分。
https://www.pcgamer.com/garrys-mod-interview/Team Fortress 2公式Wiki "Machinima"項目。
https://wiki.teamfortress.com/wiki/Machinima
およびTV Tropes "Photo Mode"項目における『Halo 3』シアターモードについての記述。
https://tvtropes.org/pmwiki/pmwiki.php/Main/PhotoModeArne Mayer, "The Last of Us Remastered Photo Mode," Naughty Dog公式ブログ, 2014.
https://www.naughtydog.com/blog/the_last_of_us_remastered_photo_modePlayStation Blog, "The Last of Us Part I: Photo Mode detailed", 2022.
https://blog.playstation.com/2022/09/07/the-last-of-us-part-i-photo-mode-detailed/Sebastian Möring & Marco de Mutiis, "Camera Ludica: Reflections on Photography in Video Games," in Michael Fuchs & Jeff Thoss (eds.), Intermedia Games—Games Inter Media: Video Games and Intermediality(Bloomsbury Academic, 2019), pp. 69–94, esp. pp. 74–75。DOI: 10.5040/9781501330520.ch-003.『Gran Turismo 4』のPhoto Travel/Replay Photo Modeへの言及はこの論文の photo mode 類型の説明部分による。
VRChat公式Wiki "Community:Motion Capture"項目。
https://wiki.vrchat.com/wiki/Community:Motion_Capture
執筆者について
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お知らせ
「遊星歯車機関」は、実験的な試みのあるゲームをガイド/批評する同人誌企画です。メカニクスやUI、シナリオ分岐、乱数、報酬設計など、ゲーム特有の仕組みによって広がる物語の可能性に着目します。いずれ本稿群を『遊星 物語るゲームたち(仮)』として編み直し、一冊にまとめる予定です。寄稿をご希望の方はご相談ください。詳細は続報にて。



面白かったです! そういえば、かの「スキビディ・トイレ」もマシニマっぽいな、って思って調べたらあれはマシニマの影響を受けてはいるけど3DCGアニメソフトで作られた、というのを今知りました。GTAで小芝居みたいなのはニコニコ動画で前からありましたがそれも近いのかも(大赤字強盗団とか)。ゲー…