「議論せずに決まっていた」皇室典範改正案と、私たちの無関心の行方
「皇族数の確保の在り方についての議論においても、国民のみなさんの理解が得られるものとなることを望んでおります」――。旧宮家から養子を迎え、その子孫が将来の天皇になりうる法案が国会に提出されており、天皇陛下はオランダ・ベルギー訪問を前に、お言葉を述べられました。朝日新聞ポッドキャスト「ニュースの現場から」のシリーズ「皇室365」に出演した皇室取材を担当する記者は、一歩踏み込んだ言葉で「お気持ちは強い」と指摘します。改正案の経緯と、私たちの「無関心」が何を招くのか、解説します。
今回話を聞いたのは、朝日新聞の社会部編集委員で皇室取材歴約20年の島康彦記者、宮内庁担当の中田絢子記者、そして2026年4月に宮内庁担当に着任したばかりの宮廻潤子記者の3人です。一見、私たちには縁遠い話のようですが、「私たちはどんな天皇を望んでいるのか」という問いは、すべての人に関わっています。
※本記事は、7月7日に収録したポッドキャストエピソード「私たちの無関心が、『見知らぬ天皇』を招くのか 皇室典範改正問題 #2297」の音源を生成AIで文字起こしし、音声チームと出演者が確認・校正したうえで公開しています。
海外訪問で笑い合う両陛下、時にはジョークも
6月13日から26日までの訪問に同行取材した中田記者によれば、両陛下とオランダ国王夫妻の距離感はとても近く、小児科センターの訪問では皇后さまが小さな女の子の目線まで腰を落として話しかけ、隣のマキシマ王妃も自然に腰を落としたといいます。
「やっぱり言葉の壁がないので、本当に心から同じ言葉を使って笑い合える。人間と人間として非常に親しくされている中で生まれるアットホームな雰囲気を感じました」
島記者も「海外に行くと、日本では見られないような表情やアクティブな活動が見られる」と話します。かつてインドネシア訪問の際には、天皇陛下が「(アニメで有名な「ナルト」じゃなくて)ナルヒトです」と自己紹介のジョークを繰り出したことも。いつか陛下のジョーク集をまとめたい――そんなエピソードで番組は和やかに始まりました。
けれど、話が国内のある法律に及ぶと、3人の声のトーンは変わります。
訪問前に口にされた「望んでおります」
オランダ・ベルギー訪問に先立つ6月11日の記者会見で、天皇陛下はこう述べていました。
「皇族数の確保の在り方についての議論においても、国民のみなさんの理解が得られるものとなることを望んでおります」
通常であれば「制度に関わることについては言及を控えたい」で終わるはずの場面で、陛下は一歩踏み込みました。中田記者が注目したのは語尾です。
「『願っております』でも『祈っております』でもなく、『望んでおります』。強い言葉だと感じました。お気持ちは強いというふうに受け止めました」
なぜ陛下はそこまで踏み込んだのか。背景には、法改正をめぐる異例の経緯があります。
いつの間にか変わっていた「養子案」
出発点は、皇族の数が減り続けているという問題でした。2021年の有識者会議報告書では、女性皇族が結婚後も皇室に残る案と、旧宮家(戦後に皇籍を離れた11の宮家)の男系男子を養子として皇族に迎える案の2本立てが示されました。いずれも目的は「皇族数の確保」。将来の皇位継承をどうするかという根本的な議論は、先送りにされていたのです。
ところが2025年、自民党と日本維新の会が連立を組んだ際、連立合意書の中で養子案の位置づけが変わりました。中田記者は「劇的に変わった」と振り返ります。
「皇族数確保のための案ではなく、『安定的な皇位継承のために養子案を第一優先にする』という書き方になっていたんです。養子案の位置づけが、皇族数確保から飛び出してしまった」
その後の衆院選で自民党が大勝し、養子案に賛成する勢力は衆参両院で約8割に。改正の機運は一気に高まりました。
「だまし討ち」と呼ばれた条文
2026年、皇室典範改正案が閣議決定され、国会に提出されました。1947年の施行以来、初めての本格改正です。ところがその中身には、各党派の協議では議論されていなかった内容が盛り込まれていました。
養子として皇室に入った本人には皇位継承資格がない――ここまでは大半の党で合意していた内容です。しかし、その子ども、つまり養子の子孫には継承資格が生じると読める規定になっていたのです。立憲民主党などからは「だまし討ちだ」という批判の声が上がりました。
一方で、中田記者は冷静にこうも指摘します。
「自民党は与野党協議の中で、養子の子孫には皇位継承資格を持つのが適切だという主張を複数回していました。それに対して野党側が議論の機会を求めなかった面もある。議論していないから先送りだと思っていたら、こうなった」
与党側の意図は以前から示されていましたが、野党もメディアも「まさかそこまで踏み込まないだろう」と見過ごしていたのではないか、と自身たちメディアの発信についても振り返りました。
30年後の一般参賀、隣に立つのは誰か
この法律が成立すると、私たちが目にする光景は大きく変わるかもしれません。中田記者が描いたのは、「30年後の一般参賀」の想像図です。
今は両陛下の隣に上皇ご夫妻のほか、秋篠宮ご夫妻、愛子さま、佳子さま、悠仁さまをはじめとする皇族方が並びます。それが30年後には、悠仁さまとそのご家族が中心に立ち、すぐ横に養子として皇室に入った方とその家族、その上皇、上皇后となった現在の両陛下や愛子さまが並ぶ――そんな並びも「想像しようと思えばできる」と中田記者は言います。
悠仁さまに男のお子さまが生まれなかった場合、その次の皇位継承者は、養子として皇室に入った旧宮家出身者の子息かもしれない。島記者がこの筋書きを語ると、周囲からは決まって「そうなの?」「それちょっと違うんじゃないの?」という反応が返ってくるといいます。多くの人は、この問題を自分ごととして受け止めてはいない――島記者はそこにもどかしさをにじませます。
法律案には、もう一つの不均衡もあります。女性皇族が結婚後も皇室に残ることは認められますが、その配偶者や子どもは皇族にはなりません。養子の子には皇位継承資格があるのに、女性皇族の子にはない。島記者は「バランスが全然公平じゃない」と指摘します。
取材班は、旧宮家出身で3歳のときに皇籍を離脱した久邇(くに)朝宏さんにもインタビューしています。久邇さんは、愛子さまの過密なスケジュールを間近に見て「こんな生活は我々には無理だ」と実感を込めて語ったそうです。
宮廻記者は「一般国民として生きてきた方の生の声を聞けたことが印象的だった」と振り返ります。制度の条文だけでは見えない現実が、そこにありました。
各紙がそろって疑義、それでも進む改正
この問題に対する新聞各紙の論調は、おおむね一致しています。全国紙では産経新聞を除き、朝日、読売、日経、毎日、東京がそろって拙速な改正への懸念や再考を求める論調を掲げ、中田記者は「地方紙もほとんどが同様」と指摘します。
「これだけメディアが課題を指摘しているのに、数の上では可決できる状況にある」
「人気投票」では片付けられない
男系男子にこだわる立場からよく聞かれるのが、「これは人気投票ではない」という言葉です。愛子さまの人気が高いからといって継承の順番を変えるべきではない、という主張には一定の理屈があります。しかし中田記者は、異を唱えました。
「皇室の方は生まれてから歩き始め、誕生日、入学式と、成長を国民に公開してきました。それを見守ってきた私たちの気持ちを『人気投票』で片付けるのは、国民の認識を軽視していると思います」
成長を長い時間をかけて見守ってきた国民の思いは、単なる「推し」とは質の違うものではないか、という指摘です。
宮廻記者は、冒頭の陛下の言葉についてこう語ります。「ご自分のことなのに、ここまでしか言えないのかという制限を感じました。でも、言葉にしたこと自体が重い」
島記者は「陛下が一番望んでいるのは、一人ひとりがこの言葉を受け取って、自分が考えている皇室のあり方と照らし合わせて、どう受け止めるかということなんじゃないでしょうか」と語ります。
番組の終盤、島記者がぽつりと漏らした言葉が耳に残ります。
「みんな、『皇室がこうあってほしい』なんて、具体的なことは思っていないんじゃないかな。正直そう感じて、空しさがあります」
戦後80年余りをかけて、皇室と国民のあいだに積み重ねられてきた関係性。私たちが目を向け続けることでしか、次の時代へ手渡せないのかもしれません。
今回、天皇皇后両陛下が訪れたオランダは、20年前に雅子さまが静養に訪れた場所でもあります。
当時、愛子さまは4歳。手をつないでいたオランダの女の子はカタリナアマリア王女で、現在、皇位継承者となっています。
オランダで見せられた飾らない笑顔と、会見で残された「望んでおります」の一言。その二つのあいだにあるものを、一人ひとりが静かに受け止めるところから、この問いは始まるのだと思います。
番組紹介
「皇室365」は、朝日新聞の皇室担当記者が毎週木曜に配信するポッドキャストです。宮内庁の現場を歩く記者たちが、皇室の日々の活動から制度の論点まで、時に脱線しながら掘り下げていきます。普段のニュースでは伝わりにくい取材の裏側や、記者自身の迷いも含めて語られるのが特徴です。
番組を振り返って(島・中田・宮廻・神田より)
(島)皇室を長く取材していますが、現在の皇室典範改正案をめぐる動きは、平成、令和と、皇室の方々が積み上げてきた皇室のありようを破壊しかねない暴挙だと強く感じています。日頃の紙面やデジタルだけでは伝えきれない思いをしゃべらせていただきました。多くの方に届きますように。
(中田)宮内記者として、また政治記者として皇室典範の議論を見続けてきました。ただこの5年間の議論は、いわゆる「男系男子派」と「直系派」が「過去はこうだった」と先例を戦わせ合う場面が目立ちました。戦後、再出発した天皇家が、魂をこめてきた象徴天皇制。それはこれからどうあって欲しいか、を考えて欲しかった。その思いをお話しすることが出来ました。そしてリスナーや読者のみなさまのお声、いつも励みになっております。
(宮廻)今年4月に皇室担当になるまで、正直に言って、皇族数や皇位継承が危機的な状況にあることも認識していませんでした。本当に天皇制は必要なのか。国民の多くが皇室の存続を望んでいるとして、どんな形であってほしいのか。そんなことを考えても日々の生活には何の影響もないと思うかもしれませんが、皇室をめぐる問題は、自らの生きる社会を考え直すチャンスだとも言えます。なぜ女性ばかりが結婚時に改姓を当然のように求められるのか、なぜ男性であるだけで跡継ぎや大黒柱として期待されるのか。問題に通底するものは何なのか、普段感じるモヤモヤのヒントがあるかもしれません。
(神田)朝ポキは皇室問題を多角的に報じています。プレイリスト「報談」の「『女系OK』で21年前、結論出てる件」(#172、5月28日配信)や「メディアトーク」の「右往左往」一水会編(7月7日~10日配信)も、ぜひあわせてお聞き下さい。
ニュースが身近になるメディア「withnews」
https://www.asahi.com/withnews
TikTokアカウント:https://www.tiktok.com/@withnews
YouTubeアカウント:https://www.youtube.com/@withnewschannel
「デジタル版を試してみたい!」というお客様にまずは1カ月間無料体験