四


「ついたぞ。今日はここで一泊する」

 城内町にたどり着いたとき、夕七つごろだった。現代風に言えば、午後三時から午後五時くらいである。

「なんで? 夏だし、まだ一刻、二刻は(二〜四時間)は明るいぞ」

「獣狩なら夜の山の恐ろしさを知っているだろう。神使とて天下無双ではないのだ。山を恐ろしいと畏れる心くらいある」


 たしかに、全くの闇の中を進むということほど怖いものはない。

 当然、夜間に山道で篝火が焚かれることなどまずない。月明かりさえ、梢の天蓋で遮られる。

 一切合切の無明の中、曖昧に見える星を頼りに進むというのは、かなりの博奕ばくちだ。


穢獣ケダモノに遭遇しても敵わん。夜は奴らの縄張りだ。それでも進むか?」

 愁慈郎は大人しく従うことにした。「いや、朝を待つ」

 朽梨の言う事に、それ以上の文句はなかった。彼女は一つ頷くと、町の中をあるきながら、宿場通りの方へ爪先を向ける。

 行き交うひとびとは大半が妖怪だった。

 鬼、小天狗(小鳥系の天狗)、千疋狼に、化け狸、または妖狐など。

 なかには唐傘小僧が鬼娘と並走して、夕日を遮りながら、しきりに何かを喋っている。

 豆腐小僧が、一丁(しかも、結構でかい)を水の張った桶に入れて振売棒に担いで、「四十文〜、切り売りもするよ〜。値引きはどうだろうね〜」と言って歩いている。御婦人が呼び止めて、半丁を十五文で買っていった。


 南辛子なんがらし(唐辛子のこと)を量り売りするのは髪を結い上げて頬かむりをした山姥。

 和魅大陸の南地域で取れるこの赤い南辛子を、東地域の民は「粋」といって楽しむ。

 汗が吹き出し、顔が赤くなるほど辛い「激辛拉麺げきかららあめん」なるものを、男気の証とすらしていた。


「町ってこんなにひとがいるのか」

「ああ。城内町ここだけで、二十万はくだるまいよ」


 この天嵐国てんらんのくににおける城とは、概ね、山城をさす。

 というのも、この国は山々の連なりからなり、最低でもおよそ、百丈(三百メートル)を超える山が剣山のごとく林立している。

 土地自体が、天然の要害といえるだろう。攻めるに難く、守るに易い。地形的に、そうなっている。

 天嵐式山城には馬出は無論、矢掛、石落とし、狭間が設えられ、豊富な鉄鉱資源に物言わせた頑健な鉄櫓、鉄の大手門が備えられている。

 そうした城郭の惣堀の内側に居館を設け、城下町ならぬ城内町を形成。


 日本史にはほとんど――場合によっては全く――見られない、西洋風の城塞都市を形成していた。日本では地震被害の性質上、分厚く高い城壁や、その内側で暮らすという文化が根付かなかったと想像される。揺れに強い石垣だったり、簡単に修繕できる壁――丸太を結んだものや、塀などが基本だ。

 だが和魅大陸では、地鳴りなど滅多に起きることではない。

 ゆえに、西洋的な考えの「城塞都市」というものが形成され、独自の文化色を加え、発展・進化していた。


 たとえば――「社殿城郭都市」なんかはこの和魅でしか見られないだろう。


「山頂には天嵐神社がある。そこまで行く必要はないが、八合目までは登るぞ」

「そこが……八合目が城?」

「そうだ。天守と本丸がある。普通なら、寺社奉行に放り出せばよいが、事が事だからな」


 愁慈郎は己が御神域で穢獣ケダモノをぶっ叩いて、打ちのめしたという事実を、ちゃんと覚えている。

 褒美をいただけるかもしれないと朽梨は言っている。

 愁慈郎はさっさと家に帰りたいという気持ちのほうが、正直、大きい。それもかわらない。


「家の者に伝えるなら、飛脚を捕まえるが」

 朽梨が言った。あたりは宿場通り。麓の農村への往来物を届ける飛脚は多いだろう。銭をもたせれば、索道搬器ごんどらに乗り、別の山にも行ってくれる。

「いいよ。親も兄弟もいねえし」

「そうか」


 朽梨は表情を動かさなかった。

 それを冷淡だとは思わない。愁慈郎は、むしろありがたく思った。同情されるようなことではない。

 山の仕事は常に死と隣合せである。いちいち、身内の死を蒸し返されて傷に塩を塗られるくらいなら、「そういうものであろうな」と流される方が、ずっと気楽だった。


 愁慈郎の両親は、生粋の獣狩だった。母は愁慈郎を生んで、熱をひどく出して亡くなった。

 父は愁慈郎を、疎まなかった。それどころか、最愛の連れ添いの忘れ形見だと、大切に――獣狩の技を伝えながら――育てた。

 しかしその親父も、大獣と戦い、その時負った傷がもとで死んだ。


 いらい愁慈郎は一人で生きている。

 山を駆けて、獣を狩り、山菜を取り、魚を釣り――。


「あの宿にしよう」

 朽梨が指さす先に、一軒の、落ち着いた旅籠屋があった。

 愁慈郎は頷いて、そこへ入る。

 たらいに水を張って持ってきた奉公人に足をすすいでもらって、二階の奥に上がる。


「男女七歳にして席を同じくせず……っていうけど」

「私におかしな真似をしてみろ、角を引っこ抜いてやる」


 朽梨は、底冷えするような声でそう言い、愁慈郎をきつく睨んだ。その視線は、それだけで飛ぶ鳥を落とせそうなほど鋭かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る