欧州では気温が40℃を超える日々が続き、すでに数千人規模の人々が暑熱によって亡くなっています。日本はまだ一部は梅雨の最中ですが、7~8月は昨年を超える高温になるとの予報もあり、災害級の酷暑の夏がやってくることは間違いないでしょう。
熱中症を他人事のように捉えてしまいがちなのは、「自分は体力があるから大丈夫」「暑いのは得意だから平気」と思っている人が多いからではないでしょうか。しかし、そうした“たかが熱中症”と考えている人たちに、医師としてどうしてもお伝えしたい事実があります。それは、この病気の本当の怖さです。
怖いのは肝・腎へのダメージ
熱中症と聞くと、多くの方は「めまい」「立ちくらみ」「のぼせて倒れる」といった、脳や神経の症状をイメージすると思います。もちろんそれらも危険な症状ですが、それらはあくまで1つの側面にすぎません。
実は、そうした症状と同時多発的に全身の臓器がダメージを受け、ドミノ倒しのように機能が低下していくことがあるのです。特に注意したいのは、沈黙の臓器と呼ばれる肝臓や腎臓へのダメージです。
肝臓はアルコールを分解するだけの臓器ではなく、体内の解毒やエネルギー代謝を担う、巨大な化学工場です。そして、この工場は熱に対して弱いという特徴を持っています。熱中症で体の深部体温が上がると、肝臓は極めて早い段階からダメージを受け始めます。具体的には次の3つの問題が肝臓で起こります。
・熱による肝細胞のダメージ
私たちの細胞はタンパク質でできていますが、このタンパク質は熱によって変性します。具体的には、深部体温が上がって40℃を超え始めると、肝細胞も変性して、その機能を失っていきます。
・脱水や再灌流によるダメージ
人間は暑さを感じると、汗をかいて熱を逃がそうとします。そのときに血液の多くが皮膚に集中するため、内臓(特に肝臓や腸)には血液が十分に届かなくなります。その結果、肝臓は一時的な脱水・酸欠状態に陥ります。
この脱水・酸欠状態でも肝臓はダメージを受けます。さらに、涼しい場所に移動したり、治療を受けたりして急激に体温が下がると、今度は血液が一度に肝臓へと流れ込みます。その際に生まれた活性酸素による酸化ストレスで、肝細胞に大きなダメージが生じます(虚血再灌流障害)。
・腸の毒素によるダメージ
熱中症になると、腸にあるバリア機能も本来の役割を果たせなくなります。
私たちの腸内にはさまざまな細菌が存在していますが、熱中症によって腸のバリア機能が低下すると、細菌由来の毒素が血液中に漏れ出します。この毒素が腸に直結している血管(門脈)を通って肝臓へと流れ込むと、そこで炎症が起こって肝機能を著しく低下させます。
「2〜3日後」に症状が出る
炎天下での外回りや、休日のテニス、ゴルフなどで熱中症っぽくなった場合、まずは体を冷やして休むと思います。それで回復しても、安心しないでください。まして元気になったから大丈夫と、お酒を飲むのも控えてほしいと思います。
先ほど説明した細菌由来の毒素が肝臓にダメージを与えるまでには、2~3日のタイムラグがあります。したがって、熱中症で救急搬送された直後の血液検査では、肝臓の数値(ALTやAST)が正常であることも少なくありません。
医療機関では必要に応じて、血管内で血液が固まっているかを示す「Dダイマー」という指標をチェックし、2~3日後の肝臓の状態を推測しますが、病院に行かなければ肝臓の状態はわかりません。
ですから、周囲の人が熱中症で倒れた場合、回復したように見えても数日間は無理をさせないこと、熱中症のあと数日して体調が悪化したらすぐに医療機関を受診すること、この2点をぜひ覚えておいてください。
腎機能を低下させる3つの理由
肝臓と並んで、熱中症でダメージを受けやすいのが腎臓です。
腎臓は体内の老廃物を濾過し、水分のバランスを整える“24時間休まず働く高性能な浄水フィルター”のようなもの。大人では毎日ドラム缶1本分(約200L)もの血液を濾過していますが、酷暑が続くと、このフィルターにダメージを受けます。そのメカニズムは大きく3つあります。
・脱水によるダメージ
大量の汗をかいて脱水状態になると、体を巡る血液の絶対量が減っていきます。すると体は、なんとか血圧を維持しようとして昇圧ホルモンを分泌し、腎臓の血管をギュッと縮めます。これにより、尿を作ることができにくくなります。熱中症になるとおしっこが出にくくなるのは、このためです。
さらに、この状態が長く続くと腎臓自身に血液が届かなくなるため、酸欠が起こって細胞が次々と壊死し、腎機能が低下していきます。
・結晶化した尿の成分によるダメージ
体内の水分が極端に減ると、おしっこはドロドロに濃縮されます。すると、本来なら尿に溶けている尿酸などが結晶化します。これらが腎臓の尿細管を傷つけます。
・筋細胞破壊による老廃物ダメージ
猛暑下で激しい運動(サッカーやランニングなど)をすると、筋肉の細胞が破壊されます。壊れた筋肉の成分は血液に乗って腎臓に届き、フィルターを詰まらせてしまうことがあります。さらに、熱中症の影響で筋細胞が死ぬ横紋筋融解症(おうもんきんゆうかいしょう)という事態になれば、フィルターの目詰まりが大規模に起こり、腎臓の機能は一気に低下します。
暑さによる腎臓のダメージはその場限りではありません。一度傷ついた腎臓は元の状態には戻らないため、腎機能が低下したままの状態が続くことになります。一度でも激しい熱中症で急性腎障害を起こすと、将来的に慢性腎臓病(CKD)になるリスクが高まります。最悪の場合、一時的、あるいはその先ずっと人工透析が必要になります。
肝と腎を弱らせる夏のNG行動
夏の過ごし方の中にも、実は肝臓や腎臓を痛めつける罠が潜んでいます。
1つめが、熱中症予防としてのスポーツ飲料のガブ飲みです。
「熱中症予防にはスポーツドリンク」と思っている人も多いでしょう。もちろん適量なら問題ありませんが、飲みすぎや誤った飲み方は肝臓や腎臓のダメージを引き起こします。
多くのスポーツドリンクには、飲みやすくするために果糖(フルクトース)が含まれています。脱水状態のときに、果糖が含まれたスポーツドリンクを一気に飲むと、炎症や酸化ストレスが生じて腎機能を低下させてしまうことが、アメリカでの研究などでわかってきました。また、果糖は脂肪肝が悪化する原因となりやすく、肝障害も悪化させます。
水分の補給には、果糖が入っていない経口補水液、適度な塩分(0.1~0.2%)を含んだ水やお茶を選ぶのが正解です。ただし、経口補水液には塩分が比較的多く含まれているため、血圧が高い人・降圧薬を飲んでいる人は、主治医などに飲んでいいか確認を取るようにしましょう。血圧に問題ない人でも、飲みすぎは塩分過多を招くので、経口補水液だけに頼るのはよくありません。
2つめは、薬の服用です。
月経痛や頭痛で痛み止め(NSAIDs)を飲まれる方も、この時期は注意が必要です。腎臓の血流を低下させてしまうおそれがあるからです。痛み止めだけでなく、アレルギーの薬(抗ヒスタミン薬)も汗を出にくくして体温調節を妨げる作用があるので、要注意です。
これらの薬を飲んだときは、普段以上の水分摂取が必要です。
そして3つめは、大気汚染です。
PM2.5などの大気汚染物質は肺から血管に入り込み、最終的に腎臓で激しい炎症を引き起こします。猛暑と大気汚染が重なる日の腎臓ダメージのリスクは足し算ではなく、掛け算で膨れ上がります。空気が淀んで極端に暑い日は、外出を控えたほうがいいでしょう。
大切な臓器を守るために
熱中症は、単なる暑さによる体調不良ではありません。肝臓や腎臓にも大きな負担がかかるとても怖い病気なのです。しかし同時に、正しい知識を持っていれば「予防できる病気」でもあります。この夏を健康的に過ごすためのポイントを、以下にお示しします。
・喉が渇く前の水分ミネラル補給
喉の渇きを感じたときはすでに遅いです。果糖の少ない飲料で、こまめに水分と電解質(塩分など)を補給しましょう。
・意識的に日陰や冷房のある場所で小休止
汗をかくような場所にいるときは、意図的に1時間に1回、汗が引くまで涼しい環境に身を置くこと。皮膚に集まっていた血液を内臓に戻してあげましょう。
・本格的な夏に入る前の暑熱順化
急な猛暑に体は対応できません。今からでも遅くありません。軽い運動や入浴で「上手に汗をかける体」を作っておくことが最強の防御になります。
気候変動による異常気象は遠い国の出来事ではなく、あなたの体でも起こる可能性がある問題です。10年後、20年後の健康を守り、人工透析や肝障害のダメージを防ぐためにも、“たかが熱中症”とあなどらず、適切な対応をしてください。