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京都国立博物館 日本、美のるつぼ展 鑑賞ガイド②

京都国立博物館で開催中の美のるつぼ展の予習用にまとめました。
長くなりすぎたので記事を分けています。
こちらは1章の58番からトピック134番までのまとめになります。

  • 後期展示出品物のみ

  • 数が多すぎて間に合わなかったので、気になったものだけ

  • それでも後期出品約160件中94件まとめました

  • 検索しても出てこなかったのも多かったです

もし余裕が出来たらあとから関連動画足します。
ただでさえ万博通いで忙しいのに、大阪・奈良・京都の3箇所で国宝展やるのはドSすぎるよー😢

第1部 東アジアの日本の美術 II 教えをもとめて

58 絵因果経断簡

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「経文と絵が語る、釈迦の前世と奇跡の物語。火を崇める兄弟を、神通力で導く!」

奈良時代 8世紀 滋賀 MIHO MUSEUM

📌概要

  • 『過去現在因果経』を基にした絵巻形式の仏教絵画。上下二段に分かれ、下段に経文、上段に絵画を配置

  • 奈良時代の写経らしく、経文は八字詰の力強く端正な筆致

  • 絵は丹朱・緑青・胡粉・群青などの色彩で丁寧に描かれ、色鮮やか

  • 本断簡は「大光明如日正中迦」から「如我道真也諸弟子」までの部分で、元は益田家旧蔵本の巻第四上の一部

📚歴史・背景

  • 『過去現在因果経』は、釈迦が過去世に修行者「善慧仙人」として登場し、普光如来に仕えていたことから始まる仏伝

  • 本断簡の場面は、釈迦が火を崇拝する婆羅門・迦葉三兄弟を教化する場面。彼らが釈迦の神通力に驚くシーンを描写

  • 奈良時代に盛んに制作された仏教説話絵巻の一つで、信仰・教育・装飾の三つの役割を果たしていた

  • 現存する奈良時代の「絵因果経」は他に上品蓮台寺本、醍醐寺本(報恩院本)、出光美術館本、東京芸術大学本などがある


60 摩訶僧祇律 巻第三十八 五月一日経のうち

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「仏への誓いを筆に託して——光明皇后が書かせた、天平の祈りの結晶。」

重美 奈良時代 天平12年(740) 守屋孝蔵氏収集・守屋美孝氏寄贈 京都国立博物館

📌概要

  • 作品区分:仏教経典の写経

  • 巻名:摩訶僧祇律 巻第三十八(全40巻中の一部)

  • 筆者:官人による書写(光明皇后の発願による)

  • 制作年代:奈良時代(天平八年〜天平十八年頃、738〜746年頃)

  • 形式:漢文縦書き、楮紙使用、端正な書風で美しく整えられた奈良朝写経の代表例


📜歴史・背景

  • この写経は、**光明皇后(701–760)**が亡父・藤原不比等や亡母・橘三千代の追善供養、また自身の仏教信仰に基づく発願によって書写を命じたもの。

  • 願文の日付から「五月一日経」とも呼ばれ、一切経書写プロジェクトの一部として制作された。

  • 摩訶僧祇律は、インド・大衆部系の律に基づく仏教戒律の翻訳で、中国では仏駄跋陀羅と法顕によって共訳され、東晋時代に成立

  • この写経は、特に奈良時代の写経文化の粋を極めた作例とされ、保存状態や書風の美しさ、歴史的背景からも極めて貴重。


📚宗教的・文化的意義

  • **四大律(四分律・五分律・十誦律・摩訶僧祇律)**の一つとして、仏教僧団の戒律を定めた重要経典。

  • 内容には**四波羅夷法(最も重い戒律)の詳細解説や、多くの本生譚(ジャータカ)**が含まれ、物語性と規範性を併せ持つ構成となっている。

  • 天平期における国家と仏教の結びつき、女性皇族による仏教信仰の象徴でもあり、宗教的意義を超えた文化財でもある。


📌備考

  • 現在では「五月一日経」として複数の巻が国宝に指定されており、各地の博物館・寺院などで所蔵・展示されている。

  • 写経の紙や墨、筆致まで当時の国家的プロジェクトに相応しい厳格さと美しさが保たれている。


61 紫紙金字華厳経 巻第二十残巻

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「紫に金が輝く、奈良の信仰と美の結晶——天平の光、いまもなお。」

重美 奈良時代 天平勝宝3年(751) 守屋孝蔵氏収集・守屋美孝氏寄贈 京都国立博物館巻替

📌概要

  • 種別:写経(装飾経)

  • 巻数:八十巻のうちの一巻(本巻)

  • 形式:紫紙に銀泥で界線を引き、金泥で経文を記す

  • 時代:奈良時代中期(8世紀)

  • 特徴:原装のまま残り、表紙・軸・軸付紙も当初の状態/「東大寺印」が押されている


📜歴史・背景

  • 紫紙金字経は奈良時代の国家的な仏教信仰と写経文化の象徴。特に金泥の使用は「仏への最大の敬意」を意味し、紫紙は高貴な色として特別視されていた。

  • 平安時代以降は紺紙金字経が主流となり、紫紙金字経はむしろ奈良時代特有の格式ある装飾写経とみなされている。

  • 本巻は東大寺の写経所(官立)で制作されたと推定され、写経生の墨書が裏面に残っている。


📘華厳経とは?

  • 華厳経(けごんぎょう)は仏教における大乗経典の最高峰の一つで、「盧舎那仏(るしゃなぶつ)」の世界観を中心に展開する壮大な教え。

  • 東大寺の大仏(盧舎那仏)信仰と深く結びついており、国家鎮護の経典として重視された。


🏺現存する他巻と所蔵先

  • 巻六十一:大東急記念文庫

  • 巻六十二:藤田美術館

  • 巻六十三:国立歴史民俗博物館

  • 巻六十四:五島美術館

  • 巻六十五:個人蔵(重要文化財)

これらもすべて重要文化財に指定されていて、写経文化の粋を示す逸品として扱われている。


63 五智如来坐像

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「五仏そろって現れた、密教の宇宙! 現存最古の完全セットが語る、空海の時代の仏の姿✨」

国宝 平安時代 9世紀 京都 安祥寺

📌概要

  • 中央に大日如来(像高158.6cm)、左右に阿閦如来・宝生如来・阿弥陀如来・不空成就如来を配した五尊形式

  • 真言密教において「五智如来」と称される、金剛界曼荼羅の中心的存在

  • 像はすべて一木造で漆箔仕上げ。台座・光背も当初のものが残る希少な作例

  • 五躰が揃って伝わる現存最古の五智如来像で、造像は嘉祥4〜仁寿4年(851〜854年)頃とされる

📚歴史・背景

  • 京都・安祥寺の創建時に上寺(山上伽藍)の礼仏堂本尊として安置されていた

  • 明治39年(1906)に多宝塔が焼失するが、本像はそれ以前に寄託されていたため現存

  • 大日如来は宇宙の真理を象徴し、周囲の四仏は大日の徳を五つの智慧(五智)に分けてあらわす

  • 金剛界五仏として密教曼荼羅の中心を構成し、一切の仏・菩薩の根源とされる思想を体現

  • 初期密教彫刻の最高峰のひとつとして、令和元年(2019)に国宝指定


64 宝相華迦陵頻伽蒔絵𡑮冊子箱

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国宝 平安時代 延喜19年(919) 京都 仁和寺

冨永愛さんは、
「迦陵頻伽が一人一人、持っているものも動きも違う。この細かさ!今の時代では絶対に作れないものだと思いますので、この職人の手先の繊細さに驚愕したいと思います。」
と、熱く語ってくださいました。

皆さんもぜひ、ルーペやオペラグラス持参で、28人の迦陵頻伽たちに(HKM28?)会いにいらしてくださいネ

公式Xより

https://twitter.com/rutsubo2025/status/1909531669541040532


66 入唐求法巡礼行記 兼胤筆

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「円仁、廃仏の嵐を越えて――唐の地を歩いた10年のリアル旅日記!」

国宝 鎌倉時代 正応4年(1291)

📌概要

  • 円仁(慈覚大師)が唐に渡って仏教を学んだ旅の記録

  • 838年に博多を出発し、847年に帰国するまでの10年間を日記形式で綴ったもの

  • 全4巻、約7万字にも及ぶ長大な記録

  • 原本は現存せず、現存最古の写本は1291年に長楽寺の老僧・兼胤が72歳で書写したもの

  • 解読に困難な文字も多く、写本ならではの苦労がにじむ

  • 現在は岐阜県の法人が所蔵し、1952年に国宝指定

📚歴史・背景

  • 円仁は最澄に師事した天台宗の僧で、のちに山門派の祖となる重要人物

  • この記録には、会昌の廃仏(845年頃)に円仁が現地で遭遇した様子が生々しく記されており、同時代史料として非常に価値が高い

  • 正史には記録されなかった9世紀中国の社会や風習も克明に描写されており、唐代後期の歴史研究に欠かせない文献

  • 宋代に成尋が皇帝に進上した後、所在が不明となるが、明治期に東寺で再発見

  • 1955年にはライシャワーによって英訳され、世界中に広く知られることとなった


67 十二天像のうち帝釈天

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「空海から宗叡へ――密教絵画が辿り着いた、九世紀後半の荘厳な到達点!」

国宝 平安時代 9世紀 奈良 西大寺

📌概要

  • 西大寺に伝わる十二天像のうちの一幅。現存最古の十二天画像群とされる

  • 絵は経軌に基づいた密教尊格の一つ「十二天」を描いたもので、各尊像は表情や体つきに大きな個性がある

  • 顔立ちは横に張った下顎、ふくよかな頬などが特徴的で、同時代の作例との様式比較が可能

  • 類似の作風が見られる例として、東寺御影堂不動明王坐像天蓋の八供養菩薩像がある

📚歴史・背景

  • 制作時期は9世紀中頃~後半と考えられる。空海(774–835)よりもやや後の世代

  • 空海が請来した『十天形像』に類似する図像も見られるが、より整った十二天修法の完成は宗叡(しゅうえい)によるものとされる

  • 宗叡は両界曼荼羅を真言院に施入(貞観11年/869年)しており、本図もその時期に関連して描かれた可能性が高い

  • 顔貌や体躯の様式的特徴、図像内容の整備状況からも、宗叡が真言院の修法用に制作したと推定されている

🖌️表現上の特長

  • 十二天像および侍者の顔つきは独特の量感と柔らかさを備える

  • 表現の様式は空海時代の神護寺高雄曼荼羅などとは異なり、より洗練され穏やかな印象

  • 彩色も濃密で、丹朱・緑青・群青などの伝統顔料を使用し華やかさを演出


71 善光寺如来縁起絵

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「三国伝来の阿弥陀如来、天竺から日本へ――絵巻に託された信仰の奇跡譚!」

重文 鎌倉時代 14世紀 東京 根津美術館

📖概要

  • 善光寺の本尊「一光三尊阿弥陀如来像」の由来を描いた掛幅形式の縁起絵。

  • 絵は三幅からなり、信仰の広がりを天竺(インド)から百済、日本へと時代順に追う構成。

  • 各幅は、『続群書類従』収載の四巻本漢文縁起の前半(第1~3巻)にほぼ対応。

  • 中央幅には阿弥陀如来の一光三尊像と善光寺伽藍を正面構図で堂々と描き、まさに信仰の中心としての迫力を表現している。

  • 絵解きの際には中央を第三幅に、右に第一幅、左に第二幅と配する構成が一般的。


🏺歴史・背景

  • 善光寺の本尊は、釈尊在世中に天竺で鋳造されたとされる三国伝来の霊像。

  • この絵には、その像が天竺から百済、さらに日本に渡り、蘇我馬子や聖徳太子によって守られながら、ついには信濃の地に善光寺が創建されるまでの物語が描かれている。

  • 信仰の流れを三段階に整理:

    1. 天竺百済利益(第一幅):天竺で釈迦が像を鋳造、百済に渡る。

    2. 日本国王臣順逆利益(第二幅):像が難波へ、蘇我氏と物部守屋の争いの中で信仰の力を示す。

    3. 善光善佐因縁(第三幅):信濃の地に伝わり、善光寺が草創される。

  • 縁起絵としては構成・内容ともに整っており、信仰の普及を目的とした「絵解き」の場面でも活躍したと考えられる。


🎨見どころポイント

  • 阿弥陀如来の一光三尊像の金色の輝きと、その下に広がる善光寺伽藍の壮大な構図。

  • 実在の伽藍配置や信仰儀礼が細かく描かれており、当時の信仰空間の再現としても貴重。

  • 各場面には人々の喜怒哀楽が細かく描き込まれ、庶民信仰の広がりも読み取れる。


76 宝誌和尚立像

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重文 平安時代 11世紀 京都 西往寺

宝誌和尚は中国南北朝時代の僧で、
予言や神異を行い、
観音の化身として信じられました。

この不思議な造形は、
面を裂き観音の姿をあらわしたという説話に基づくものです。
宝誌の姿は奈良時代に中国から伝わったと考えられ、
本像は日本で現存唯一の作例です👏

公式Xより

https://twitter.com/rutsubo2025/status/1851580306907865258


第1部 東アジアの日本の美術 III 唐物―中国への憧れ

78 山水屏風模本 藤井良次筆

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「儀式を彩る、王朝文化の風景詩――柔らかな筆が描く、やすらぎの唐絵」

国宝 江戸時代 寛文4年(1664) 原品:平安時代 11~12世紀 京都国立博物館

📌概要

  • 六曲一双の山水画屏風。現在は東寺に伝来

  • 密教の灌頂(かんじょう)儀式で使われた最古の山水屏風とされる(11世紀後半頃)

  • 法会の荘厳を目的に、日常用の室内屏風を転用したのが始まり

  • 柔らかくおだやかな筆致が特徴で、王朝時代の「唐絵」の様式を示す

  • 中国の故事をもとにした構成とされるが、明確な画題は未詳

📚歴史・背景

  • 当初は密教灌頂の法会での使用を目的とし、平安後期に定型化

  • 平安中期の宮廷絵画の流れを汲み、「国風文化」期の様式を体現

  • 同時代の記録『雅兼卿記』にもあるように、山岳表現は9世紀の金岡に比べ、11世紀の広高では簡略化が進んでいた

  • 本図も金岡的な重厚な山岳ではなく、広高以降の軽やかで詩情豊かな風景を特徴とする

🎨様式的特徴

  • 青緑系の色彩を基調とした明るい山水

  • ゆるやかな起伏や川辺、樹木、人物の活動が繊細に描かれている

  • 宮廷文化の洗練と穏やかさを反映した構図と筆致


79 帰去来辞書画巻

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中国・南宋時代 13世紀 米国 ボストン美術館

中国の詩人#陶淵明(365~427)の代表作「帰去来辞(ききょらいのじ)」をテーマとした絵巻です。窮屈な官僚生活を捨て、⛰田舎暮らしの自由な生き方を詠いあげた名作を、詞書(ことばがき)と画(え)で交互にあらわしています。

#美のるつぼ展 では、日本とのつながりに注目!
実は、国宝《華厳宗祖師絵伝》( 京都・高山寺所蔵) に描かれた船🚢や宴会🍱の場面が、この作品とそっくりなのです。ボストン美術館《帰去来辞書画巻》と同じ図様の絵巻は、宋時代以降数多くつくられ、13世紀には中国だけでなく日本にも伝わっていたとみられます。

公式Xより

https://twitter.com/rutsubo2025/status/1912332619897008169



80 華厳宗祖師絵伝 義湘絵 巻第二4巻のうち

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「恋と信仰が龍となり、義湘を守る――女神・善妙の愛と奇跡の物語」

国宝 鎌倉時代 13世紀 京都 高山寺巻替

📌概要

  • 鎌倉時代、高山寺で制作された全7巻のうち、義湘絵は4巻構成(元暁絵は3巻)

  • 絵巻物形式で、華厳宗を唐から新羅に伝えた僧・義湘の伝記を描く

  • 善妙という唐の女人の献身と救済を中心にした物語展開

  • 義湘の渡唐と帰国、善妙が義湘を慕って龍となり守護する場面が有名

  • 色彩は鮮やかで、人物の表情や細部に北宋画の影響を感じさせる描写が光る

  • 最初期の「画中詞」(吹き出しのようなセリフ)がある絵巻としても重要

📚歴史・背景

  • 制作は明恵上人の発願とされ、高山寺に伝来

  • 明恵上人は華厳宗の再興者で、義湘を理想の僧と見なし、自らを重ねていた

  • 承久の乱(1221年)で夫を亡くした女性たちを栂尾で保護し、善妙に見立てて教化したという逸話がある

  • 絵巻の制作背景には、女人救済と仏法の護持というメッセージが込められている

  • 善妙を擁護者・神格的存在として称える明恵の信仰観が作品全体に反映

🖼様式・表現

  • 北宋絵画風の柔らかく緻密な描写

  • 和様と漢画が融合した初期鎌倉絵巻の好例

  • 女性像の描き方や感情の表現に繊細な筆致

  • 異国的な建築・衣装なども細かく描かれ、異文化への憧憬も漂う

高山寺、京博の解説ともにかなり充実していますー


82 六道絵のうち人道無常相図

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「どんなに美しい者でもいずれは死に腐敗して朽ちてゆく…」

国宝 鎌倉時代(13世紀) 滋賀・聖衆来迎寺

📌概要

  • 人間の死と死後の腐敗過程を描いた六道絵の一場面。

  • 桜や紅葉が咲く自然の中に、死体が徐々に腐敗し白骨となっていく様子が段階的に描かれている。

  • 仏教の「不浄観」「九相観」の教えに基づき、肉体の無常さ執着からの解放を視覚的に教えている。

  • 犬や鳥が死体を喰らい、最後には骨だけが残る姿は、人間の儚さと自然の循環を示している。

  • グロテスクな描写の中に、死を受け入れ、生をどう生きるかを問う深い哲学が込められている。


🎨絵の中で何が描かれている?

  1. 桜や紅葉が咲き乱れる自然の中、死体が次々と横たわってる(←この対比がとても印象的!)

  2. 死体の段階的な変化

    • 上部:まだ肌色が残っていて死後まもない状態

    • 中央:すでに膨張し、血が吹き出し始めた状態

    • 下部:犬や鳥に食い荒らされ、骨が露出している状態

  3. 最下部には白骨が散乱
    生の痕跡が完全に消え、ただのモノとしての身体に変わっていくことが示されている


🧘‍♀️仏教的な意味・メッセージ

この絵は、ただグロテスクなわけじゃなくて、深い意味がある!

🦴「不浄観」の実践素材

これは、仏教の修行法のひとつ「九相観(くそうかん)」に基づいていて、

「美しい身体もやがて腐り、虫に食われ、白骨になる」

…という変化を観察することで、

  • 執着心(特に性愛への)を断ち切る

  • 無常観を養う

  • 執われを手放す

ための瞑想素材だった。

💀美と死の対比

自然は美しく、季節はめぐる。
でも、そこに横たわる死体は、腐敗し、虫に喰われ、骨となる――
この美と死の対比が、人生の無常さをビジュアルで突きつけてくる構図になっている。


👁️注目ポイント(ビジュアル的に)

🌸花と死体の共演
春と秋の花(桜・紅葉)が咲き誇る中にある死体=「生と死は共にある」メッセージ

🐕犬や鳥が死体を喰らう
自然界では死は次の命の糧になるという、仏教的な「縁起」の思想も見える

🦴骨と散乱した遺物
最後に残るのは骨と形見だけ。「人は必ず死ぬ」という現実を象徴する


92 耀変天目

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「星の海、秘められた第四の奇跡」
—前田家伝来、4つ目の曜変天目、いま輝きを放つ。

重文 中国・南宋時代 12~13世紀 滋賀 MIHO MUSEUM

🧾 概要

  • 中国・南宋時代(12~13世紀)に福建省の建窯で焼かれた「建盞(けんさん)」の中でも、偶然によって生じた特異な結晶と光彩をもつものが「曜変天目」。

  • 見込み部分に散りばめられた輝く斑文が、夜空の星のように見えることから名づけられた。

  • この碗は、従来よく知られる3点(静嘉堂文庫・藤田美術館・龍光院蔵)とは異なり、かつて前田家に伝来していたが、長らく非公開だったため“幻の曜変天目”と呼ばれることも。

🏺 特徴と見どころ

  • 見込み全体にわたって大小の光る斑点が独立して発色しており、他の曜変天目とはまた違った宇宙的な美しさを湛える。

  • 碗形や高台のつくりは他の建盞系と共通で、緻密な胎土や端正な削り出しも見事。

  • 「曜変」と記された箱蓋は小堀遠州の筆とされ、付属品(天目台・金襴袋)からも前田家の重視ぶりが伝わる。

🕊 歴史・背景

  • 前田利常の代から伝来し、道具帳に詳細な記録あり。

  • 『大正名器鑑』にも掲載されたが、MIHO MUSEUM所蔵として正式に注目されるのは比較的近年。

  • 現存する曜変天目は極めて少なく、日本にあるものは全て国宝・重要文化財級であり、この作品の存在意義は非常に大きい。

色んな角度やアップで確認できるので、ぜひMIHO MUSEUMUのサイトでみてー!!


93 油滴天目 建窯

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重文 中国・南宋時代 12~13世紀 九州国立博物館

📌概要

  • 南宋時代(12〜13世紀)の中国・建窯で作られた天目茶碗

  • 漆黒の釉薬に、きらきら光る銀色の斑点模様が浮かぶのが特徴

  • 「油滴」とは、油が水面にはねたような模様から命名された呼び名

  • 茶碗の内部は、中央が濃く、外縁に向かって青みがかったグラデーションがかかる

  • 高温の窯の中で、ごく稀に発生する化学反応により模様が生じるため、極めて貴重

  • 九州国立博物館の本作は保存状態が極めて良く、光彩の美しさ・粒の整い方などからも最高峰と評される逸品

📜歴史・背景

  • 宋代の中国では禅宗とともに抹茶文化が広まり、それに伴って天目茶碗が発展

  • 日本には鎌倉時代ごろ伝わり、茶の湯文化とともに珍重された

  • 「曜変天目」のような幻の名碗ほど知られていないが、油滴天目もまた偶然の美が生んだ奇跡的存在

  • 美しい油滴の出現率が極めて低いため、現存する優品は少ない


94 玳玻天目(鸞天目) 吉州窯

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「吉州窯の幻、鸞の舞う茶碗――剪紙が咲かせた幻想のひととき」

中国・南宋時代 12~13世紀 京都国立博物館

📌概要

  • 中国・江西省の吉州窯で焼かれた南宋時代(12〜13世紀)の天目茶碗

  • 黒釉の上に切紙(剪紙)を貼り、さらに灰釉(ワラ色系)をかけて焼成する技法を用いた、極めて希少な装飾手法

  • 見込み(内底)に尾長鳥(鸞?)と折枝花文を黒く抜いた意匠がくっきりと浮かぶ

  • 灰釉の溶け具合で、青・黄・赤が混ざる複雑な発色が美しく、「鸞が舞う春の霞」とも称される幻想的な風合い

  • 器形は高台が小さく、胴はふんわりと広がり、口縁には金の覆輪が添えられ、格調高い印象を与える

  • 日本に伝来し、加賀前田家に伝世された名品

📜歴史・背景

  • 吉州窯は、中国宋代における装飾陶器の頂点のひとつ。とくに剪紙(切り抜き)文様の技術で知られる

  • 玳玻天目(たいひてんもく)は、鼈甲(べっこう)風の釉調が由来とされる名で、鸞天目は中でも文様の特徴による呼称

  • この碗は「鸞天目」の代表格であり、日本で極めて高く評価されてきた

  • 鎌倉〜室町期の茶の湯においても人気を誇り、天目台にのせて格調高く扱われていた

「玳玻天目」で画像検索すると、ぜんぜん柄が違う玳玻天目がたくさん出てきておもしろいよー!😆✨

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98 龍鳳凰釈迦三尊鎗金重書箱

重文 中国・元時代 延祐2年(1315)頃 京都 都 大徳寺

気になるけど、検索しても全くでてこない💦


99 椿尾長鳥文堆朱盆針描銘「張成造」

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「朱の森に舞う、伝説の名工・張成の羽ばたき。」

重文 中国・元時代 14世紀 京都 興臨院

🔧概要

  • 赤く塗り重ねた漆層に文様を彫り出す「堆朱(ついしゅ)」技法による丸盆。

  • 椿の花と葉に舞う2羽の尾長鳥が、躍動感ある構図で表現されている。

  • 厚く塗られた朱漆を深く彫り込むことで、力強く立体的な印象を持つ。

  • 高台内には「張成造(ちょうせいぞう)」の銘が針描きされている。


📜歴史・背景

  • 中国・元時代(14世紀頃)の作品と推定される。

  • 漆を塗り重ねて彫刻する堆朱は、唐時代には存在が記録されているが、現存作は元代以降のもの。

  • 禅宗文化とともに日本に渡来し、「唐物(からもの)」として室町時代以降に珍重された。

  • 「張成」「楊茂」は嘉興県出身の堆朱の名工として知られ、優品には後から彼らの名が記されることも。

  • 本作はその中でも張成銘を持ち、構図・彫技・材質ともに優れた伝世品として評価されている。


101 銅三具足

重文 中国・明時代 14~15世紀 滋賀 聖衆来迎寺

画像、出てきませんでした😢


102 芭蕉夜雨図 太白真玄等14名賛

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「五山の詩心が紡ぐ、雨と芭蕉の静寂――墨に宿る詩の世界」

重文 室町時代 応永17年(1410) 東京国立博物館

🔧概要

  • 南禅寺の若き僧・一華建怤(いっかけんぷ) の詩「秋雨芭蕉」の詩意をもとに制作された詩画軸。

  • 雨に打たれる芭蕉の葉と、それを囲む静寂な山水景が繊細な筆致で描かれている。

  • **吹墨(ふきずみ)**技法により雨の降りかかる様子を墨点で表現。

  • **米法山水(べいほうさんすい)**の影響を受けた董巨派風の山水構成。

  • 絵の上部には五山派の禅僧12名および山名時熙・朝鮮国使節ら計14名の賛(詩文)が書き込まれている。

  • 他に仲方円伊と作者不詳の賛が別紙として付属。


📜歴史・背景

  • **制作時期は室町時代・応永年間(1394~1428)**で、詩画軸が最も盛んに作られた時期

  • 五山文化の中心であった南禅寺で制作され、その由緒と地位からも注目される作。

  • 一華建怤の詩に賛同した詩僧や文人らが詩を寄せ、共にその情景を讃える形式で、当時の禅院における文芸の豊かさを伝える。

  • 現存する詩画軸の中でも、大阪・藤田美術館の『柴門新月図』に次ぐ古作として高く評価される名品


🎨技法・表現

  • 芭蕉の葉に落ちる雨は、墨を霧状に飛ばす吹墨によって表現。

  • 山水描写は、中国・宋元時代の米友仁や高克恭の系譜にあたる董巨派の様式を踏襲。

  • 近景から中景、遠景へと視線を導く構図が静けさと余白の美を演出する。


103 湖山小景図 松谿筆 翺之慧鳳賛

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「金泥の霞に包まれた、静謐なる山水詩――京の美を描いた天遊松谿の傑作」

重文 室町時代 15世紀 京都国立博物館

🔧概要

  • 15世紀中頃に活躍した**画僧・天遊松谿(てんゆうしょうけい)**による水墨山水画。

  • 遠近感のある構図と、繊細な筆遣いによる柔らかく静謐な風景描写が特徴。

  • 金泥の霞を施すことで、水墨画でありながらも華やかで上品な気品が感じられる。

  • 山水の間に立つ小屋や芭蕉の葉など、細やかな自然表現も注目ポイント。

  • 本図は、人物画も手がけた天遊松谿の中でも、山水画の代表作とされている。


📜歴史・背景

  • 作者の天遊松谿については詳細な伝歴が不明だが、15世紀半ば頃に活動していたと考えられる。

  • 賛を書いたのは**東福寺の僧・之(せんし)**で、雪舟との交流もあったとされる人物。

  • 水墨画の分野において、京都的な洗練された美意識が如実に現れた作例。

  • 当時の禅林文化や東福寺派の美術活動のなかでも、品格ある作品として位置づけられている。


🎨技法・表現

  • 使用されているのは水墨と金泥。水墨の淡いグラデーションに、金泥で霧や霞を表現。

  • 墨の濃淡と筆致により、遠くの山から手前の松や建物まで空間の深さを演出

  • 静けさと詩情を感じさせる構図が特徴的で、「観る者を物語の中へと誘うような」趣がある。


106 山水図 李在筆

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「空へと聳える山、水墨の気韻に包まれた明の詩情――明へ渡った雪舟が学んだものがここにある」

重文 中国・明時代 15世紀 東京国立博物館

📌 概要

  • 作者は明代の宮廷画家・李在(りざい)

  • 高くそびえる主山を中心とした構図

  • 米法山水の要素も含みつつ、郭煕風の荘厳な山水表現

  • 筆墨にはやや粗さも見られるが、「墨華香潤(墨の華は香り潤う)」の印にふさわしい気品あり

  • 浙派(せっぱ)の系譜に連なる、雄渾で力強い筆致


📚 歴史・背景

  • **宣徳年間(1426〜1436)**に活躍した画家

  • 福建省莆田(ほでん)の出身

  • 浙派の始祖・戴進に次ぐ実力者と評価

  • 雪舟が明に渡った際、師事したとも伝わる人物

  • 北宋の郭煕(かくき)、南宋の**馬遠・夏珪(かけい)**らの伝統を受け継ぎつつ、明時代の様式へと発展させた

  • 多様な画風を吸収しながら、独自のスタイルを形成


107 山水図 雪舟筆 李蓀・朴衡文賛

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「外交の橋に描かれた、雪舟の魂と山水の詩――賛が語る、日朝交流の静かなる奇跡」

重文 室町時代 15世紀 兵庫 香雪美術館

📌概要

  • 室町時代を代表する水墨画家・雪舟による山水画の一幅。

  • 中央にそびえる主山と、前景の巨岩、人物、舟、楼閣などで構成される典型的な雪舟様式の山水図。

  • 墨の濃淡を巧みに使い、松の鋭い描写前・中景の大胆な処理など、雪舟固有の画風が随所に見られる。

  • 上部にある賛は、**朝鮮王朝の国使・李蓀(りそん)、朴衡文(ぼくこうぶん)**によるもの。


📜歴史・背景

  • 文明11年(1479年)、李朝から日本に派遣された国使が、雪舟に画を所望し、賛を加えたとされる。

  • この作品は、日朝外交の贈答品または接待文化の一環として制作されたと考えられ、
     大内氏が関与した外交関係の証でもある。

  • 雪舟60歳前後の作品と見られ、画技が成熟した時期の作例。

  • 絵の形式や構図には、周文様式の継承と同時に、雪舟の個性が力強く反映されている。


115 再渡集 策彦入明記録及送行書画類のうち策彦周良筆2冊のうち

重文 中国・明時代 嘉靖27年(1548) 京都 妙智院

116 渡唐天神像愚極礼才賛

室町時代 永享4年 (1432) 京都 龍安寺

119 渡唐天神像方梅厓賛

中国・明時代 16世紀 京都 隣華院


トピック 誤解 改造 MOTTAINAI

120 開元釈教録 第十八残巻

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「仏典をめぐる“知の宇宙”――大蔵経をカタログ化した知識の金字塔!」

重文 奈良時代 8世紀 文化庁巻替

🧐まずはわかりやすく!

『開元釈教録』は――
🌟**「仏教経典バージョンの図書館目録(カタログ)」**!

しかも、ただ「蔵書リスト」じゃなくて、そこに:

  • いつ・どこで・誰が訳したか

  • どの巻まで現存してるか

  • 写本は残ってるか失われたか

  • 内容に偽りはないか(偽経じゃないか)

  • 経典の信頼度・重要度・分類

……なんて、超マニアックで厳密なメタ情報まで書いてる!

だから、当時の仏教僧たちが
「今あるお経、全部知りたい!どれが本物?」
ってなったときの**バイブル(基準リスト)**でもあったわけ〜!

📝ちなみに仏教界には他にも同じような「経録」があって、

  • 《出三蔵記集》(しゅつさんぞうきしゅう)

  • 《大唐内典録》(だいとうないてんろく)

とかあるけど、この『開元釈教録』は一番網羅的で完成度が高いって評価されてるよー!

だから現代でいうと、
国立国会図書館のOPAC+書誌注記+真贋フィルター+歴史年表付きみたいな……
もう、めっちゃオタク度高めの仏典図書館!🤣✨


📖概要

  • **唐の僧・智昇(ちしょう)**が編纂した、中国仏教史上屈指の経典目録(経録)。

  • 全20巻で構成され、収録経典は2278部7046巻に及ぶ。

  • 主に漢訳された仏典について、訳者・経名・巻数・残存状況・簡単な伝記などが記される。

  • 仏典の真偽や出典、分類にも及び、仏典研究・写経・流通管理の根本資料とされた。

  • 内容の一部(特に「大乗入蔵録」「小乗入蔵録」)は、奈良時代の写経目録=大蔵経の標準構成にも影響を与えている。


📚構成と特色

  • 巻1~10:総括群経録
     → 訳者の年代順に、訳経の詳細とともに小伝まで記載。

  • 巻10:古今諸家目録
     → これまでの経録を網羅的に整理。

  • 巻11~20:別分乗蔵録(べつぶんじょうぞうろく)
     → 経典の流通状況・真偽・分類をまとめた批判的目録。
     例:
      - 有訳有本録/有訳無本録
      - 偽妄乱真録(偽経を指摘)
      - 補闕拾遺録(欠けた記録の補完)


🏺歴史・影響

  • 730年(開元18年)以降に成立。以後、仏典管理と写経活動の“指針”として重宝された。

  • 日本でも**奈良朝の写経事業(聖武天皇期など)**においてこの目録をベースに経数を整えていた。

  • 大蔵経の「基本形」が、この『開元釈教録』の影響を受けて**「1076部・5048巻」**とされたとも。

  • 795年には西明寺の円照によって**『続開元釈教録』**も編纂された。


🧐見どころポイント

  • 経典をただ記録するだけでなく、「偽経の指摘」や「真偽判断」も含む批判的視点の導入

  • 仏典の流通と編集における“情報の交通整理”という点で、当時の知識の集大成ともいえる。

  • カタログでありながら宗教的意義・学術的価値が高く、写経所や学僧にとってのバイブル的存在だった。


122 家形飾環頭

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国宝 古墳時代 4世紀 東京国立博物館
奈良県天理市 東大寺山古墳出土

「屋根の下に秘められた祈り――武器に宿る建築のかたち!」

📖概要

  • 中国由来の素環頭大刀をモデルに、日本列島独自に生み出された装飾環頭

  • 切妻造りの建物(伏屋建物)を模した装飾が特徴で、「家形(いえがた)」という特異な形態をとる。

  • 青銅製で、大刀の把頭(つかがしら)の装飾部にあたる。

  • このような建物意匠が用いられた装飾は、家屋文鏡・子持家形埴輪を除けば極めて稀

  • 一般的な竪穴住居とは異なり、集会所や喪屋(葬送儀礼用建物)とも考えられている。


🏺歴史・背景

  • 出土した東大寺山古墳は、奈良盆地東縁に立地する全長約130mの前方後円墳

  • 後円部から環頭大刀・銅鏃・短甲などの武具や玉類が多量に出土。

  • 特にこの家形飾環頭は、武器=大刀の一部に建築意匠を宿すという、思想的にも極めて珍しい例。

  • この古墳では他にも、「中平」銘の金象嵌花形飾環頭大刀など、紀年銘のある刀や、玉製腕飾類、石製品など多様かつ大量の副葬品が見つかっており、被葬者の地位の高さを物語っている。


見どころポイント

  • 環頭の上部に配置された三層構造の屋根付き建物意匠

  • 環部の鋸歯文や幾何学文様、家形部分の彫りのデザインが細かく造形美に優れる。

  • 武具でありながら、祈りや結界のシンボルとしての意味も帯びていたと考えられる。


123 神人車馬画像

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「神々と獣が駆け巡る、鏡の裏側に広がる理想世界」
——後漢の職人が描いた、神仙と車馬のファンタジー!

重文 中国・後漢~三国時代 2~3世紀
佐味田宝塚古墳:古墳時代 4~5世紀 東京国立博物館

🔎概要

  • 分類:画像鏡(がぞうきょう)

  • 時代:後漢〜三国時代(中国)

  • 材質:青銅製

  • サイズ:円形(詳細サイズは資料による)

  • 特徴:背面に半肉彫りで神仙・動物・乗り物などを描く

  • 構成図像

    • 中央:大きな鈕(つまみ)

    • 周囲:神仙二神(東王父・西王母

    • それらに仕える人物、龍・虎・車馬・狩猟図 などが周囲に巡る

  • 状態:一部に青緑色の錆(緑青)あり。図像の浮き出しが明瞭で保存良好


📜歴史・背景

  • 画像鏡は中国の後漢〜三国時代に隆盛した鏡の一種で、絵画的表現を得意とする。

  • 背面には神仙思想にもとづいた理想世界が表現され、**画像石(がぞうせき)**との図像共通性がある。

  • 神仙たちは不老長寿・理想郷の象徴とされ、車馬や龍虎とともに配置されることで、持ち主の安寧や高貴さを願ったものと考えられる。

  • 鏡は実用品でありながら、同時に魔除け・権威の象徴・呪術的道具でもあった。


124 変形神人車馬画像鏡

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古墳時代 4世紀 神田喜一郎氏寄贈 京都国立博物館


126 狩猟文鏡伝群馬県高崎市八幡原町出土

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「古代の舞か、戦か——円環のなかに刻まれた“祈り”のリズム」

重文 古墳時代 4世紀 東京国立博物館

🔎概要

  • 分類:画像鏡(特に「狩猟文鏡」と呼ばれる独自文様鏡)

  • 時代:古墳時代(4世紀末〜5世紀前半頃と推定されることが多い)

  • 出土例:東之宮古墳(愛知)、宝珠古墳(岐阜)、天神山古墳(奈良)など

  • 材質:青銅

  • 構造

    • 中央に鈕(ちゅう)

    • 内区と外区を二重の圏線で区切る構造

    • 圏線の周囲と縁には重弧文(じゅうこもん)

  • 内区の図像:4人の人物と4頭の鹿(角と巻尾あり)

  • 外区の図像:10人の人物

    • 一人は両手を上げ中央に向かう姿勢

    • 他の9人は円周に沿って並び、片手に盾・もう一方に刀または剣

    • 一部の人物は巻きひげ状の装飾を頭や腰につけている

  • その他意匠:内外区を分ける圏線から放射状のまち針状文様


📜歴史・背景

  • 中国製鏡とは一線を画す、日本列島独自の図像鏡

  • 表現される群像はかつて「狩猟」と解釈されてきたが、現在では祭祀の舞踊とする説が有力

  • その構図や人物表現には、銅鐸・土器・埴輪の装飾文様との共通性が見られ、日本の古代絵画としても極めて貴重

  • 鏡としての機能以上に、呪術・祭祀的用途や権威の象徴であった可能性が高い


130 松喰鶴蒔絵御衣箱 阿須賀神社伝来古神宝類のうち

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「鶴が舞い、松をくわえる――吉祥が詰まった美の衣装ケース!」

国宝 室町時代 15世紀 京都国立博物館

📌概要

  • 畳んだ衣類を収納するための蒔絵調度。黒漆地に銀蒔絵で飛鶴と松枝を優雅に描く

  • 鶴が松の枝をくわえる意匠は「松喰鶴」と呼ばれ、長寿・繁栄を意味する吉祥文様

  • 四隅は丸く、天板は内側から緩やかに盛り上がる形状で、見た目と実用性を両立

  • 身と蓋の合わせ目には金銅縁が嵌められ、格調の高さと耐久性を備えている

  • 同じ意匠の冠箱も存在し、一具として用いられていた可能性あり

📚歴史・背景

  • 和歌山県新宮市に鎮座する阿須賀神社に伝わった神宝の一つ

  • 阿須賀神社は熊野三山のひとつ・熊野速玉大社の摂社として、古くから信仰を集めてきた

  • 神道では、祭神の装束や調度を新調して神の生命力を再生させるという思想があり、それに基づいて奉納されたもの

  • この御衣箱は、室町時代に行われた遷宮に際して足利義満の沙汰で奉納された神宝の一つと考えられている

  • 阿須賀神社に伝来した神宝類は、1955年(昭和30年)に国宝指定


131 唐物茄子茶入 付藻茄子(九十九髪茄子)(後期未出品)

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「たびたび炎に焼かれ、それでもなお蘇る、伝説の茄子! 茶の湯界の不死鳥🍆🔥」

中国・南宋~元時代 13~14世紀 東京 静嘉堂文庫美術館

📌概要

  • 中国・南宋〜元時代(13〜14世紀)の茄子形の茶入

  • 表面の黒釉に藻のような模様が出ることから「付藻」と呼ばれる

  • 大名物の「漢作 茄子茶入」で、最も著名な唐物茄子のひとつ

  • 茄子型のフォルムと、二つある石間(黒点模様)が特徴

  • 明治には岩崎彌之助が所蔵し、現在は静嘉堂文庫美術館に伝わる

📜歴史・背景

  • 元は足利義満が所有、以後足利義政から山名是豊、伊佐宋雲へと渡る

  • 1558年に松永久秀が一千貫で入手、その後信長に献上

  • 本能寺の変で焼けるが拾われて秀吉の手に渡るも、焼けて釉薬の輝きがなくなったのもあり、有馬氏に下賜

  • 大坂の陣で再び焼失するが、家康の命で藤重藤元・藤厳親子により修復される

  • 修復の褒美として、藤元に与えられ、その後藤重家→岩崎家へ

🌀名前の由来

  • 「九十九髪」=老女の白髪、「付喪神」=器に魂が宿るという解釈がある

  • あるいは『伊勢物語』の「百に満たぬ=未完成の美」にちなんだ名称とも

  • 茶人・村田珠光が九十九貫で購入したという伝説もあり、そこからの名ともされる

一度粉砕したって本当?
奇跡の再生をとげた“大名物”の流転の物語💁‍♀️

中国からもたらされたこの茶入は、足利義満、義政をはじめとした足利将軍家が愛蔵💛その後も、次々と所蔵者が変わり、ついには織田信長、豊臣秀吉といった天下人が手にするなど、広く名物茶器として知られた唐物の至宝。

大坂夏の陣の後、粉砕した状態で焼け跡から発見されましたが、集めた破片を漆で継いで奇跡の再生をはたし、徳川家康の手へと渡りました👋

異文化交流によってもらたされた舶来品が、壊れてもなお大切にされたことがよくわかる名品です✨

公式Xより

https://twitter.com/rutsubo2025/status/1856653736975954117

X線撮影すると砕けていたのがよくわかって興味深いですー


132 唐物茄子茶入 松本茄子(紹鷗茄子)

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「天下人たちが愛した、もうひとつの“茄子”🍆 大坂の戦火を超えてよみがえった奇跡の茶入」

中国・南宋~元時代 13~14世紀 東京 静嘉堂文庫美術館

📌概要

  • 中国・南宋~元時代(13~14世紀)に製作された茄子形の茶入(唐物)

  • 名前の由来は、かつての所持者・松本珠報(村田珠光の門人)と武野紹鷗による

  • 独特の丸くふくらんだ茄子形で、黒釉の模様が美しい

  • 大坂の陣で破損後、徳川家康の命で名工・藤重父子が修復

  • 実業家・岩﨑彌之助が購入した、岩﨑家の茶道具収集の始まりとされる


📜歴史・背景

  • 茶道の祖・村田珠光の系譜に連なる名品として、名だたる茶人・武将に伝来

  • 織田信長、豊臣秀吉、徳川家康といった天下人の手に渡った由緒ある茶入

  • 付藻茄子と並び称される伝説的な唐物茄子茶入の一つ

  • 復元された姿そのものが、日本の文化と歴史を物語る


133 青磁輪花茶碗 銘 鎹龍泉窯

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中国・南宋時代 13世紀 愛知 マスプロ美術館

碗界のブラック・ジャック?

美しい翡翠色のお茶碗に、
まるで「縫合手術」をしたかのような形跡が見られますね。
これは、お茶碗の縁から胴部にかけてひび割れた部分に、「鎹(かすがい)」という両端の曲がった釘を打ち込んで修理した跡です。
(口縁部に施されているのは金継ぎです。)

割れてしまったからといって捨てたりせず、
修理跡すら欠点ではなく見どころとする
当時の人々のモノへのまなざしが感じられます😉

美のるつぼ展 公式Xより

https://twitter.com/rutsubo2025/status/1879831460649054706


134 五彩蓮華花文呼継茶碗 銘 家光公磁州窯系

「こわれても、美しい。よみがえった蓮華が語る、器のいのち。」

中国・元時代 13~14世紀 大阪 逸翁美術館

🔎概要

  • 種類:赤絵茶碗(元時代の赤絵とされる)

  • 技法:呼継(よびつぎ)によって再生された器

  • 釉薬の色彩:赤・白・緑の三彩による装飾

  • 文様:蓮華の花弁をモチーフに、のびやかな筆致で描かれる

  • 器形:腰の張った堂々たる茶碗

  • 金漆修復:破片の接合部に用いられた金漆が「景色」として美しく映える


📜歴史・背景

  • 元時代(13〜14世紀、中国)に焼かれたと考えられる器

  • 宋赤絵に似た美しい赤の発色を持つが、素地はやや粗く、時代が下ると判断される

  • 銘の「家光公」は、徳川三代将軍・徳川家光との伝来や愛蔵が示唆される名前

  • 壊れてもなお大切にされ、「呼継」によって丁寧に補修されたことが、この茶碗の高い価値を物語っている

  • 呼継の金継ぎ部分が景色として鑑賞対象となるあたり、日本独特の「美の再構築」文化があらわれている

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博物館・美術館・史跡・珍スポットが好きな歴史オタク。行く前の予習はがっつりする派。現在、新大阪で女装サロン やってます。https://www.cross-dressing.net/
京都国立博物館 日本、美のるつぼ展 鑑賞ガイド②|ゆきにゃん
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