京都国立博物館 日本、美のるつぼ展 鑑賞ガイド③
京都国立博物館で開催中の美のるつぼ展の予習用にまとめました。
長くなりすぎたので記事を分けています。
こちらは2章の135番から200番までのまとめになります。
後期展示出品物のみ
数が多すぎて間に合わなかったので、気になったものだけ
それでも後期出品約160件中94件まとめました
検索しても出てこなかったのも多かったです
もし余裕が出来たらあとから関連動画足します。
ただでさえ万博通いで忙しいのに、大阪・奈良・京都の3箇所で国宝展やるのはドSすぎるよー😢
第2部 世界と出会う、日本の美術 I 地球規模の荒波
135 ポルトガル国印度副王信書
「南蛮から届いた極彩色のラブレター!? キリスト教布教を願うポルトガル副王から、秀吉への絢爛たる国書!」
国宝 インド 1588年 京都 妙法院
📌概要
作成年:1588年4月(天正16年)
素材:羊皮紙にポルトガル語で記述された正式な外交文書
インド副王ドゥアルテ・デ・メネゼスが豊臣秀吉に宛てた親書
縁にはポルトガルの州を象徴する紋章・盾・槍・山などの装飾が施され、非常に華やか
書面の構成も整っており、外交儀礼として高い格式を示す
📜歴史・背景
16世紀後半、ポルトガルはアジアとの交易を活発に行っており、日本へのキリスト教布教もその一環として行っていた
この信書は、インド副王が秀吉に宛ててキリスト教伝道の許可を求めたもの
当時、日本ではキリスト教の扱いが揺れていた時期であり、秀吉の対応が注目されていた
書簡が装飾された豪華な体裁であることは、秀吉の権威に対して最大限の敬意を表したものであり、同時に布教の誠意を強く印象づけるものでもあった
💠意匠のポイント
上部には騎士や神話的モチーフをあしらった細密画
側面には装飾盾と軍装が左右対称に並ぶ荘厳な構成
紋章の下には山のような意匠が描かれ、各州の象徴とされる
美術品としての価値も極めて高い
139 花鳥蒔絵螺鈿聖龕(三位一体像)
「日本の蒔絵とメキシコのキリスト教美術が、厨子の中で出会った!✨ 南蛮漆器のグローバル・コラボ!」
桃山時代 16~17世紀 京都国立博物館
📌概要
厨子(ずし)型の収納箱で、扉を開くと中に三位一体を描いた油彩画がある
扉や枠には金平蒔絵と螺鈿で椿・鳥・葡萄唐草などを装飾
日本の漆芸技術を用いて製作された南蛮漆器のひとつ
背面板に直接描かれた油彩画は、18世紀のメキシコ派の様式と類似
📜歴史・背景
桃山時代以降、日本の職人がキリスト教宣教師の注文で制作した輸出漆器
本作のような空の聖龕(中が空で絵が描かれていないもの)が海外へ輸出され、現地で宗教画が描かれたと考えられる
三位一体(父なる神・子なるキリスト・聖霊)はキリスト教の中心教義
蒔絵と螺鈿の豪華な意匠が、ヨーロッパや南米でも高く評価された
140 IHS紋椿蒔絵螺鈿聖餅箱
「日本美術の蒔絵でキリスト教のアイテムを作っちゃった!中にはパンを入れていて、パンはイエスの象徴なんだよ!」
桃山時代 16~17世紀 京都国立博物館
📌 概要
カトリック教会の聖餐式で用いる「聖餅(イエスの肉体を象徴するパン)」を収納するための容器
天面に「IHS(イエス)」の文字、そのまわりを光輪・十字架・ハートと釘で囲んだイエズス会の紋章を蒔絵と螺鈿で装飾
側面には椿の文様をあしらい、日本らしい優美な意匠が際立つ
小型ながら非常に丁寧な作りで、金と螺鈿の輝きが神聖さを演出する逸品
📜 歴史・背景
天文18年(1549)に来日したフランシスコ・ザビエルをはじめ、キリスト教布教のために訪れたイエズス会宣教師らが注文した漆器のひとつ
宣教師たちは日本の高い工芸技術を愛し、教会用具として特注した
こうした蒔絵の聖餅箱は現在、世界に十数点しか確認されておらず極めて貴重
日本の技術とキリスト教の信仰が融合した、宗教と文化の接点を物語る作品
141 IHS紋花入籠目文蒔絵螺鈿書見台
「日本製、イスラムっぽい構造した、キリスト教の聖書台! 情報量多すぎー!!」
桃山時代 16~17世紀 京都国立博物館
📌 概要
キリスト教の聖書を置くための書見台
中央に「IHS(イエス)」の文字と十字架を配したイエズス会の紋章入り
蒔絵と螺鈿で花入や籠目文様を豪華に装飾
一枚の板から刳り出して蝶番で折りたたむ構造(コーラン台に類似)
📜 歴史・背景
キリスト教が伝来した16〜17世紀の日本で制作
木地は日本製の可能性もあるが、中国・インド製の台に日本で装飾を加えた可能性もあり
イエズス会の宣教師たちが持ち込んだ宗教用品のひとつと考えられる
日本・イスラム・ヨーロッパの工芸文化が融合した稀有な事例
142 九曜紋鐘
「南蛮スタイルの鐘に、和の九曜紋! ガラシャの祈りが響く音色かも…?」
桃山時代 17世紀 東京 永青文庫
🔧 概要
細川家の家紋「九曜紋」を大きく鋳出した青銅の鐘
高さ約80cmの教会鐘型のフォルムをもつ
同型の鐘が2口現存し、どちらも同一工房製とされる
所蔵先は、永青文庫と大阪の南蛮文化館
永青文庫の鐘は、キリシタンであった細川ガラシャの追悼のため南蛮寺に施入されたという説もある
📜 歴史・背景
南蛮文化館所蔵の鐘は、元和2年(1616)に小倉藩主・細川忠興が津山城築城の祝いとして森忠政に贈ったと伝わる
津山城の天守に長らく置かれていたという記録がある
キリスト教関連の用途が考えられるが、詳細な意図は明確ではない
日本の大名家が南蛮文化の意匠を取り入れた貴重な作例
🌟 九曜紋について(補足)
中央に大きな星、その周囲に8つの小さな星を円形に配した文様
「九曜」は古代インドの占星術に由来し、九曜曼荼羅として仏教でも信仰の対象
細川家をはじめ、千葉氏・土屋氏・伊達氏など複数の武家で家紋に用いられた
伊達政宗は、細川忠興に「その家紋、かっこいいからちょうだい」と言ってもらったというエピソードがあり、そこから九曜紋が伊達家にも伝わったとされる(筆者が宇和島訪問時に得たリアル情報✨)
信仰と家紋の両方の文脈をもつ、東西の思想を象徴する意匠ともいえる
✨️筆者体験談(南蛮文化館での出会い)
南蛮美術館の展示されていた鐘、なんと触って鳴らせた!😳✨
見た目から「これ鳴らしてOKなやつ?」とドキドキしつつ「カーン!」と1打
係員さんがすぐ来て焦ったけど…「それ違うよー、キリスト教の鐘は2回鳴らすの!」と笑顔で「カーンカーン」と実演♪
さらに「これは森忠政に贈られた鐘でね〜」と説明され、「津山城行きましたー!」と言ったら係員さんが思わずズッコケるリアクション😂
音・出会い・リアクションすべて含めて、忘れられない鐘!
ちなみに森忠政はネタが豊富すぎる人で細川忠興のマブダチ!
乱暴者過ぎて信長の小姓に採用されなかったおかげで、兄の蘭丸と違って本能寺で死ななかった人。
143 花十字文軒丸瓦・均整唐草文軒平瓦
「屋根に咲いた信仰のしるし、十字が描くキリシタンの記憶」
桃山時代 16~17世紀 長崎市
🔎概要
種別:軒丸瓦(屋根の端に使われる装飾瓦)
意匠:中心に正十字を据え、その周囲に連珠(花弁)状文様をめぐらせた「花十字」紋
出土地:長崎市内(勝山町・万才町・興善町など)
年代:16世紀後半〜17世紀初頭(キリシタン文化期)
🏛歴史・背景
発見経緯:1990年代以降の長崎市内の発掘調査により出土。とくに勝山町サント・ドミンゴ教会跡からは大量に出土
使用場所:キリシタン教会建築(とくにドミニコ会によるサント・ドミンゴ教会)などの屋根部材として用いられたと推定
宗教的意味合い:花十字文様は、日本独自のデザインながらキリスト教(カトリック)の信仰対象として十字を表現
東西比較:その意匠は西洋ゴシック建築の「バラ窓(ステンドグラス)」に通じる象徴性も指摘される
🧭宗教的・文化的意義
「内町」vs「外町」:出土地点によって背景が異なり、イエズス会系(内町万才町)とドミニコ会系(外町勝山町)とで意味合いが変わる
サント・ドミンゴ教会:
建立:1609年、スペイン系ドミニコ会により創建
支援:村山等安(元イエズス会信者)とその子・アンドレス村山徳安
特徴:慈善と清貧に基づく布教スタイルで、被差別層に深く浸透
宗派間の対立:托鉢修道会とイエズス会の布教方法の違いが、信徒獲得にも影響を及ぼした
🚫禁教令とその後
1614年の禁教令以降:布教は地下にもぐるが、イエズス会中心の体制から、托鉢修道会(ドミニコ会、フランシスコ会、アウグスチノ会)への信仰移行が進行
研究史の空白:イエズス会文書にほとんど記録されていないため、研究が遅れた分野
再評価の流れ:岡美穂子助教(東京大学)らが指摘するように、この瓦が語る信仰の変遷はキリシタン研究の盲点を照らす重要資料となっている
146 レイピア写し剣
「西洋の姿、日本の魂。謎をまとった一振り、和製レイピアの奇跡。」
江戸時代 17世紀 滋賀 藤栄神社
🌸水口レイピア(みなくちレイピア)
– 和魂洋才の異国風レイピア、唯一無二の謎を秘めて –
🔎概要
種別:洋剣(レイピア)の形式を模した和製十字剣
制作時期:江戸時代初期(17世紀前半)
所蔵:藤栄神社 → 水口歴史民俗資料館に寄託(滋賀県甲賀市)
⚔️特徴
全長:刃渡り76.2cm、柄長さ16.8cm、重量約890g
刀身:**日本刀と同じ「折り返し鍛錬」**で製造されたことが判明(SPring-8解析より)
柄の構造:鉄砲鍛冶の技術を応用したねじ込み式。これは西洋のレイピアには見られない独自構造
装飾:
鍔:双頭の鷲文様
柄:毛彫による装飾が施されている
鞘:黒漆塗仕上げ
📜歴史・背景
伝承:加藤嘉明が豊臣秀吉から拝領したとされるが、史料は未確認
唯一無二の存在:現存する日本唯一のレイピア型刀剣
研究史:
1951年:銃砲刀剣類登録
2013年:東京文化財研究所 小林公治氏により再注目され、研究開始
その後の調査で「国産の模造レイピア」との説が有力に
147 紺糸威南蛮胴具足 榊原康政所用
「南蛮の鉄と和の武勇が融合した、戦国ラストバトルへの正装。」
重文 桃山時代 16世紀 東京国立博物館
🔎概要
種別:南蛮胴具足(西洋甲冑に倣った和製甲冑)
制作年代:安土桃山時代・16世紀
所用者:榊原康政(1548–1606)
徳川家康の四天王の一人、関ヶ原の戦い直前に家康から拝領所蔵:東京国立博物館(F-20137)
構造・素材:
胴:一体成型風の鉄製南蛮胴(日本製)
兜:舶載品(西欧製と推定)
紺糸で札を威す
「しころ」や「後立」にヤクの毛を飾る(「唐の頭(かしら)」と称された)
🏛歴史・背景
南蛮胴とは?:
戦国後期、鉄砲やキリスト教と共に西洋の甲冑も流入
国内で模倣され始めた一体成型風の甲冑が「南蛮胴」
胴の板を多くの札で構成する従来形式とは一線を画すデザイン
榊原康政と家康の関係:
幼少期から徳川家に仕えた忠臣
家康から厚く信頼され、関ヶ原直前にこの甲冑を賜ったと伝わる
家宝として榊原家に伝来した名品
🎨美術的特徴・意匠
兜:西欧製の兜鉢を用い、日本製の面頬や吹返と融合
しころ・後立:ヤクの毛を装飾に使用、「唐の頭(かしら)」と呼ばれた
紺糸威(こんいとおどし):引き締まった印象と高級感をもつ色調演出
148 双耳脚付ガラス杯
オランダ 17世紀 京都 曼殊院
150 祇園会鯉山飾毛綴 前懸
アポロン像を礼拝するプリアモス王とヘカベー図 トロイアの戦争物語連作タペストリーのうち
「神話の英雄たちが京を行く。西洋と東洋が出会う、祇園祭の異国ロマン。」
重文 綴織:ベルギー 16世紀 仕立て:江戸時代 18世紀後半 京都 公益財団法人鯉山保存会見送前懸
🔎概要
種別:綴織(タペストリー)装飾品
時代:16世紀末~17世紀初頭(制作)/江戸時代(天明の大火後に仕立て直し)
制作地:ブラバン州ブリュッセル(現・ベルギー中部)
使用場所:祇園祭「鯉山」の前掛・水引・胴掛・見送りなど
現状:重要文化財(現在の巡行では複製を使用)
🏛歴史・背景
鯉山とは?
京都の祇園祭の山鉾のひとつで、中国の故事「登龍門」の鯉を題材にすることでも知られる。『祇園会鯉山飾毛綴』の特徴
前掛や胴掛などを飾るタペストリーで、ギリシャの詩人ホメロスの叙事詩『イーリアス』のトロイ戦争を描いた西洋絵画風の綴織。輸入と仕立て直し
16世紀末〜17世紀初頭にベルギー・ブリュッセルで製作されたとみられる。
江戸時代、**天明の大火(1788)**の後に再構成・仕立て直しされ、山鉾装飾として用いられた。
🎨美術的特徴・意匠
主題:ホメロス『イーリアス』に基づくトロイ戦争の場面
構図:登場人物が華麗に配され、奥行きある庭園風景や神話的場面が濃密に織られている
周囲意匠:16〜17世紀西洋の装飾モチーフ(果実・鳥・花・人物など)
技法:毛綴(けつづれ)=ウールや絹を用いた緻密な手織りタペストリー
🛠保存状態・課題
金糸の綴じ糸が劣化して破損、浮き・乱れが多く発生
色糸の脆弱化により、欠損箇所が多数
今後の保存・修復が急務
155 花鳥蒔絵螺鈿角徳利及び櫃
「世界が恋したジャパンラッカー。酒器を超えた、異国への贈り物。」
重文 桃山時代 16~17世紀 京都国立博物館
🔎概要
種別:酒器(徳利)+収納櫃(ひつ)
構成:角徳利6本(1合ずつ)+専用の櫃
時代:桃山時代(17世紀)
所蔵:京都国立博物館(H甲60)
サイズ:
徳利:縦横11.8cm/高さ30.2cm
櫃:縦24.2cm/横41.5cm/高さ33.5cm
🏛歴史・背景
西洋向け特製酒器
桃山時代の「南蛮貿易」最盛期、日本からインドやヨーロッパへと輸出された漆工芸品のひとつ。特にこの角徳利は、葡萄酒(ワイン)用の容器と考えられている。6本セットは極めて希少
こうした徳利が6本揃いで残る例は極めて珍しく、しかも専用の櫃(ひつ)まで伝わっていることから、保存状態も極めて良好。
🎨美術的特徴
技法:金平蒔絵(きんひらまきえ)・螺鈿(らでん)
意匠:花鳥文様が全面にびっしりと描かれる豪華な意匠
構造:蓋は当時としては画期的な銅製ねじ式
ねじ構造は、ポルトガル人がもたらした小銃の尾栓構造から学んだもので、日本の技術が柔軟に外国文化を吸収・応用していた証拠。
🧳櫃の特徴と保存
保存力の秘密:この櫃に収められていたおかげで、蒔絵の輝きが奇跡的に保たれている
櫃の来歴:ヨーロッパで長く保管されていたため、一部は現地で大幅に修復されているが、構造はほぼオリジナルを維持。
156 クリス
インドネシア 16~17世紀 京都 石清水八幡宮
🐍なぜ、クネクネしているかは謎なのです🐍
“クリス”とは耳慣れない言葉ですが、
現在のインドネシアとマレー半島の周辺で広く用いられてきた伝統的な短剣の名称です🗡️
日本にいつどのようにもたらされたのか不明ですが、石清水八幡宮にて宝珠など、
雨乞い🌧️の修法に関連した品とともに発見されました。
蛇のように蛇行する剣先から発想を得て、
日本では、“雨乞い”に用いられた?
とも考えられています💧
インドネシアから舶来の珍品✨
https://twitter.com/rutsubo2025/status/1861708438449140054
第2部 世界と出会う、日本の美術 II グローバル時代のローカル製品
157 世界地図屏風
桃山時代 16世紀
158 黒檀椅子 伝以心崇伝所用
「インド生まれ、オランダ経由、日本の僧へ。海を越えた『外交の椅子』」
インド 17世紀 京都 南禅寺
🔎概要
種別:椅子(アームチェア)
素材:黒檀(こくたん)、籐張り座面
製作地:インド
製作時期:17世紀前半(推定)
伝来:徳川家康の外交僧・以心崇伝(いしんすうでん)所用と伝承
所蔵:京都国立博物館
🌍歴史・背景
この椅子はインドで製作された西洋人向けの高級家具。
肘掛けにはヒンドゥー教由来の海獣が彫刻されており、東洋的宗教観を反映した独自の意匠。
オランダ東インド会社の使節団が日本へ持ち込み、以心崇伝に献上したと伝えられる。
以心崇伝は、徳川家康の外交顧問を務めた南禅寺の僧で、「禁中並公家諸法度」などの制定にも関与。
🪑美術的特徴
黒檀による精緻な彫刻が施された、まさに「王座」クラスの風格。
肘掛けの海獣モチーフは、インドの宗教美術の影響を色濃く残す。
ねじり柱状の脚部や、格子・透かし彫り装飾など、バロック様式とインドの技巧が融合。
🎥保存・展示情報
現在は京都国立博物館で展示。
2階「ミュージアム・ラボラトリー」では、**修復作業の映像(約12分)**も上映中。
159 木彫交椅
「アジアに恋したオランダの手仕事―天使が頭蓋骨を守る、折りたたみの異文化椅子」
オランダ 17世紀 京都国立博物館
🔎概要
種別:交椅(折りたたみ式椅子)
素材:樫材(かしざい)、ベルベット張り座面
技法:木彫、ニス塗装
製作地:オランダ
製作年代:1640年頃
所蔵:京都国立博物館(推定)
🪑意匠・構造
インドや東南アジア製の黒檀(こくたん)家具を模倣して、オランダで制作された高級木製椅子。
折りたたみ可能な構造と、ベルベット張りの座面が特徴。
背もたれはアーチと壺形の挽物で構成され、非常に装飾的。
彫刻文様には以下が含まれる:
正面:頭蓋骨を両脇から挟む2体の天使(極めて珍しい意匠)
背面:菊のような三輪の花の枝
脚部:海獣・唐草・ドット状の魚々子地風装飾
📜歴史的背景
教会に常設のベンチがなかった17世紀当時、富裕層が召使に椅子を持たせて礼拝に参列していたことが、絵画資料から確認されている。
本椅子はそうした用途のために作られたと考えられている。
当時のオランダではアジア産家具が高く評価され、模倣制作が盛んであり、この作品もその流れの一環。
彫刻がやや拙い点も、「模倣品」としてのリアリティをもつ。
160 花唐草蒔絵螺鈿交椅
「西洋のフォルム、日本の輝き──蒔絵と螺鈿で極めた、外交の椅子。」
江戸時代 17世紀 京都国立博物館
📌 概要
折りたたみ式の椅子で、教会などに持参するために用いられた携行用家具。
背もたれに壺形の列柱と連続アーチ文様、左右には楯をもつ獅子の彫刻を配する。
蒔絵と螺鈿で装飾された、極めて豪華な意匠。
オランダ様式の椅子をモデルに、日本の高度な技術で特注された一点物。
📜 歴史・背景
17世紀のオランダ様式に基づいてデザインされた。
折りたたみ式で、教会参拝時に使用人が持参したとされる椅子の形式。
同種の椅子はオランダにも残るが、蒔絵と螺鈿を施した作例は唯一とみられる。
オランダ東インド会社が、アジアで蒔絵家具を特注し、要人への贈答品とした背景があり、本作もその一つと推定されている。
161 双龍花鳥蒔絵螺鈿裁縫道具入
「異国の愛を彩る、世界にひとつの蒔絵裁縫箱」
江戸時代 17世紀 京都国立博物館
📌 概要
形状・用途:細長い箱形の裁縫道具入れ。印籠のように紐を通して腰から吊るせる構造。
装飾技法:黒漆地に金の蒔絵と螺鈿を施す。蓋と胴の側面には緻密な幾何学文様と文様化された動物図。
モチーフ:龍、鳳凰、虎と竹、花鳥などを繊細に描き、豪華絢爛な意匠。
素材・構造:木胎漆器、蒔絵、螺鈿、貝殻をはめ込んだ装飾的な表面加工。
状態:保存良好で、蒔絵と螺鈿の輝きも美しく残る。
📜 歴史・背景
制作時期:17世紀、日本(桃山〜江戸初期)。
伝来地・用途:オランダ東インド会社の商館員が愛する女性への贈答品として特注した可能性が高い。
オランダでの使われ方:当時、オランダの婦人たちは腰に鎖で裁縫道具や鍵などを提げていた。その習慣にあわせ、日本で作られた本作も携帯可能なデザイン。
類例との比較:このような蒔絵+螺鈿で仕上げた裁縫道具入れは現存唯一とされる貴重な作例。
文化的意義:日本とオランダとの美術交流の象徴とも言える作品で、異文化融合の成果を示す重要作。
162 草獣金泥絵皮楯
インド 18~19世紀 吉村元雄氏寄贈 京都国立博物館
163 草花蒔絵漆皮楯
「紅毛人を魅了した、戦わない美の楯」
江戸時代 17世紀 京都国立博物館
📌 概要
形状・材質:丸形の盾。インド・ベンガル製の革製楯に日本で漆芸装飾を施したもの。
技法:黒漆地に**高蒔絵(盛り上げ蒔絵)**で草花文様を表現。漆と金粉を用いた豪華な意匠。
意匠特徴:中央に円形の文様帯、その周囲には繊細な草花模様が四方に広がる。
保存状態:漆面に若干の摩耗が見られるが、蒔絵の精緻さはよく保たれている。
📜 歴史・背景
制作時期:江戸時代前期(17世紀)。
製作・輸出の経緯:インドから輸入された楯に日本で蒔絵を施し、ヨーロッパに輸出された紅毛漆器の一種。
「紅毛漆器」とは?:17世紀後半以降、オランダやイギリスなどヨーロッパ諸国向けに制作された日本の輸出用蒔絵漆器の通称。名前は当時の西洋人が「紅毛人」と呼ばれたことに由来。
実用性:実際に戦闘で使われたものではなく、あくまで装飾用の美術工芸品として制作された。
現存状況:類似作品はヨーロッパの城館などに所蔵例があり、外交的贈答品やコレクションとして用いられた。
164 ヨーロッパの宮殿を飾った伊万里
166 楼閣山水蒔絵角徳利
「漆で描く異国の夢――ヨーロッパ貴族が愛した日本の四角い香酒器」
江戸時代 17世紀 京都国立博物館
📌 概要
形状・構造:角形で肩が丸く、首が短くすぼまった徳利。元は6本セットで箱に納められていたとされる。
材質:木製で、吹きガラスの形状を忠実に模倣。表面に漆を塗り、平蒔絵で装飾。
装飾技法:金と黒を基調とし、四面にわたって細密な楼閣山水図や花鳥図が描かれている。縁部分には精緻な幾何学文。
保存状況:現在、全6本のうち2本のみが特定のコレクションに現存。
📜 歴史・背景
制作時期:江戸時代前期(17世紀後半)。
伝来:神聖ローマ帝国ブラウンシュヴァイク=ヴォルフェンビュッテル公爵**アントン・ウルリッヒ(1633–1714)**の旧蔵品とされる。
輸出ルートと用途:オランダ東インド会社(VOC)が香油や酒などを入れて贈答品として用いた。
類例との比較:徳利としてはガラスや磁器製が主流だが、本作は木製+漆で仕立てられた希少例。
文化的意義:ヨーロッパ向け輸出漆器の中でも、東西の技術と意匠が融合した優品として評価される。
📌 動画の概要
輸出向けでギフト用に作られたもの
偶像崇拝禁止のイスラム圏にも輸出できるように花や鳥・楼閣山水図にしている
168 楼閣山水蒔絵水注
「人物を描かずに想像を誘う――異文化をつなぐ静寂の水注」
江戸時代 18世紀 京都国立博物館
📌 概要
形状・用途:細長い注ぎ口と把手を持つ水差し型の容器で、イスラム圏で使用されていた香油入れ(水注)を模した形式。
材質と技法:木製の本体に黒漆を施し、金の平蒔絵で楼閣山水図を描く。人物は描かれず、動物や建物のみで構成。
意匠:胴部に東洋的な風景(楼閣・山水・竹林など)を左右対称に配し、注ぎ口や把手にも細かな唐草文様が装飾されている。
特徴的な工夫:偶像崇拝を避けるため、人物表現を意図的に排除。イスラム圏への輸出を想定した配慮が見られる。
📜 歴史・背景
制作時期:江戸時代中期(18世紀)。
流通と評価:当時の輸出漆器の代表例のひとつ。フランス王妃マリー・アントワネットが所蔵していた類品があり、現在はルーヴル美術館に所蔵されている。
文化的意義:イスラム市場を意識した意匠構成が、グローバルな輸出戦略と日本美術の柔軟性を象徴。西洋の王侯貴族にも重用された高級嗜好品。
170 祇園会北観音山 八星メダリオン草花文様絨毯 後懸
「幻の八芒星、巡行に現る――絨毯が語る世界と京都の深い結びつき」
絨毯:インド 17世紀末 仕立て:江戸時代 18世紀 京都 公益財団法人北観音山保存会
📌 概要
素材・技法:17世紀インド・ムガル帝国期に製作された手織りの羊毛絨毯。
文様構成:中心に八芒星(8角星)モチーフのメダリオンを据え、その周囲を草花文様や幾何学文が囲む。周囲のボーダー装飾も非常に精緻。
用途と保存状態:現在は祇園祭・北観音山の胴懸けとして年に一度だけ使用される。その後は大切に保管されてきたため、保存状態が驚くほど良好。
📜 歴史・背景
制作年代と伝来経路:17世紀インド製。日本にはおそらくオランダ東インド会社を通じて舶来し、京都の商人が祭礼用として購入または寄進したと考えられる。
ヨーロッパとの関係性:同種の「八芒星メダリオン絨毯」は、ヤン・ステーンなどの17世紀オランダ絵画に頻出するが、現在は現存例がほぼ皆無で「幻の絨毯」とされていた。
奇跡的発見:この絨毯が京都で発見されたことは、世界的絨毯研究者オノ・イデマ氏らを驚愕させ、調査のために来日したほど。
日本の他の現存例:同じモチーフをもつ絨毯が、函谷鉾と徳川美術館にも残存し、世界で唯一、日本に3枚が残るという奇跡的状況にある。
研究と仮説:研究者らは、この北観音山の絨毯は祭礼のサイズにぴったりであり、オランダ商館員がインドに特注した可能性が高いと指摘。
文化的意義:100年以上の時を超えたデザインの再発注・復元といった背景は、京都の商人文化の粋を示す証でもある。
171 立木文様更紗下着
「布に咲く異国の花――江戸人を虜にした遥かなる布の旅」
更沙:インド 17~18世紀 仕立て:江戸時代 18~19世紀 愛知 松坂屋コレクション J.フロント リテイリング史料館
📌 概要
素材・技法:**インド更紗(サラサ)**と呼ばれる木綿布に、精緻な模様を多色で染め出したもの。木版と筆による手染め技法。
文様構成:大胆な構図で表された立ち木(立木)文様。大輪の花や果実、葉などが密に配され、エキゾチックな魅力に満ちている。
仕立て:下着=肌襦袢のような着物の下に着る衣装として仕立てられており、肌に直接触れる衣装であるため、木綿の柔らかさと通気性が活きている。
📜 歴史・背景
更紗の起源:更紗は**インドのモヘンジョダロ文明(紀元前2000年頃)**にルーツを持つ、非常に古い染織文化。15世紀には赤や紫などの染色技法が完成していた。
日本への伝来:16~17世紀ごろにシャム(タイ)やオランダ経由で日本へ輸入され、江戸時代初期には既に愛用されていた。
呼称の変遷:「更紗」という表記が定着するのは幕末以降で、それ以前は「佐羅紗」「皿紗」「華布」などの字が使われていた。
江戸の更紗文化:
奢侈禁止令(1825年)で表に着るのが禁止されると、裏地・下着・襦袢などの“見えない部分”で粋を競う文化が花開いた。
更紗を茶道具や袋物に仕立てて楽しむなど、文人・風流人の間で通の美意識として受け継がれた。
国産の「和更紗」も登場し、暹羅師(しゃむろし)と呼ばれる専門職人も出現。
染織DIYブーム:江戸時代にはハウツー本『更紗図譜』などが出版され、一般人が趣味として更紗染めを楽しむ風潮もあった。
🎨 文化的意義
着物の美学に融合:更紗は単なる輸入布ではなく、日本人の感性と融合し、新しい粋の文化として昇華。
ステータスの象徴:高価で貴重だったため、身につけることは一種の文化的・経済的ステイタス。
保存・継承の美意識:裂見本帳(手鑑)として保管されたり、茶道具の包みに転用されたりと、物を大切にし芸術性を尊ぶ精神が強く表れている。
174 天正カルタ蒔絵大鼓胴
桃山~江戸時代 17世紀
第2部 世界と出会う、日本の美術 III 技術移植と知的好奇心1
176 牡丹唐草螺鈿衣装箱
「大陸の雅を秘めた螺鈿の輝き――品格が宿る衣装箱」
重文 朝鮮半島・朝鮮時代 16~17世紀 東京国立博物館
📌 概要
種類:衣装を収納するための大型の漆工箱(印籠蓋造り)
技法:漆塗りに螺鈿(らでん)細工を施し、牡丹と唐草模様を優美に表現
装飾特徴:
大きな貝片で表現された花やつぼみが大胆で華やか
それを繋ぐ唐草の蔓は極細の線で描かれ、繊細で流麗な印象
寸法感:浅く大きめな箱で、衣類を折り畳んで収納できるサイズ
📜 歴史・背景
制作地・時代:**朝鮮王朝時代(李氏朝鮮)**の作品
由来・伝来:外箱に書かれた記録から、大内氏(戦国時代の西国大名)に所蔵されていたことが判明
比較資料:同様の文様を持つ螺鈿箱は他にも数例確認されているが、本作は特に漆質が優れ、意匠が控えめで上品
用途:衣類の収納のほか、大切な装束などを保管する儀礼的・格式ある用途で用いられた可能性も
🎨 文化的意義
朝鮮螺鈿工芸の粋:大胆さと繊細さを併せ持つ装飾構成は、朝鮮螺鈿の高度な職人技術と美意識を示す
日朝交流の証:大内氏の所蔵からもわかるように、当時の日本と朝鮮の間にあった文化交流や交易の具体例
保存状態の良さ:質の高い漆と控えめなデザインにより、長期間にわたり品格と美しさが保たれている
181 シーボルト肖像画C. H. De Villeneuve筆
江戸時代 文政10年(1827) 長崎歴史文化博物館
シーボルトの肖像画は日本人のものもあるが、今回はシーボルトのお抱え絵師のもの
そもそもシーボルトについて整理していこうという話
189 十八羅漢坐像のうち羅怙羅尊者像 范道生作
江戸時代 寛文4年(1664) 京都 萬福寺
自分の中に仏がいるのだと胸を開いて見せている、
羅怙羅(らごら)。出家前の釈迦の子です。
中国人仏師・范道生(はんどうせい)の代表作✨
范道生は黄檗(おうばく)宗の開祖・隠元(いんげん)禅師によって宇治の萬福寺に招かれ、仏像の制作を行いました。
京都仏師もその造像を手伝い、范道生の作風は同時代の日本の仏師に影響を与え、黄檗様と呼ばれる新しい様式が生み出されました✨
さて、萬福寺内の建物は、中国明朝様式で造られているのですが、先日2024年10月18日、法堂・大雄宝殿・天王殿の三棟が『国宝』に指定されました。おめでとうございます👏
この秋🍁は、#美のるつぼ展 よりひと足先に、建造物の中の“異文化交流の軌跡”をたどるのもいいかもしれませんね❣
https://twitter.com/rutsubo2025/status/1854117022147486162
第2部 世界と出会う、日本の美術 IV 新・中国への憧れ
196 銹絵寒山拾得図角皿 尾形乾山作 尾形光琳画
「兄弟の美が響き合う――風狂の心を映す雅の角皿」
重文 江戸時代 18世紀 京都国立博物館
📌 概要
種別:陶器(角皿)・合作作品(絵=尾形光琳、器=尾形乾山)
技法と素材:
黄白色の軟質陶胎に、白泥を刷毛塗りした白化粧地
絵付けにはマンガン質の鉄絵具(銹絵/さびえ)
上から**鉛釉(透明釉)**を施して仕上げられている
形状:
正方形の角皿で、切立縁(きったてぶち)
外底周縁は箆(へら)で削って面取り
意匠:
中央に人物(寒山・拾得)を配し、その脇に賛や落款
内面は簡略化された雲文、外面は花文と雲文を装飾的に配する
📜 歴史・背景
制作時期:宝永6年(1709)~正徳6年(1716)ごろ
作者:
尾形光琳(おがた こうりん):琳派を代表する絵師で、人物図を担当
尾形乾山(おがた けんざん):光琳の弟であり、陶芸の名手。皿の成形・焼成・賛文を担当
題材:中国唐代の伝説的人物寒山と拾得
寒山=巻物を持った文人
拾得=箒を持つ変わり者
禅や風狂思想の象徴とされ、日本でも文人や禅僧の間で親しまれた
🎨 文化的意義
光琳×乾山の貴重な合作:陶芸と絵画、詩文が一体となった琳派美術の真髄
文学と造形の融合:仏教的モチーフをユーモアとともに表現した、思想性の高い器
銹絵の魅力:華やかさを抑えた、茶陶に通じる渋みと知性
198 洞庭赤壁図巻 池大雅筆
「山河をたゆたう筆、詩とともに――池大雅が描く臥遊の絶景」
重文 江戸時代 明和8年(1771) 京都国立博物館
📌 概要
種別:絵巻(山水図巻)
形式:巻物(画と文が一体化された構成)
画法:金碧青緑山水(きんぺきせいりょくさんすい)
群青・緑青の色彩をふんだんに使った装飾的な山水画主題:洞庭湖と赤壁の雄大な風景を、俯瞰構図で描写
描かれたモチーフ:湖面、山並み、楼閣、家屋、人物など
特徴的技法:湖水の表現に淡い群青と細線の墨描を重ねた新しい表現
📜 歴史・背景
作者:池大雅(いけのたいが、1723~1776)
文人画の巨匠として知られる江戸中期の画家
本作は49歳の時に制作された晩年の代表作
依頼者:西村孟清
大坂の漢詩結社「混沌社」の一員で、商人でもあった
参考資料:
明代刊行の地誌『新鐫海内奇観』(1609年)を大雅が参照
賛・跋文:
韓天寿、宮崎筠圃、細合半斎、頼春水ら当時の知識人が参加
各人の賛から、文人たちにいかに愛されていたかが伝わる
🎨 文化的意義
文人画の到達点:絵・詩・書が融合した文人画の真髄
中国と日本の融合:中国の名勝を主題に、日本的感性と観察を加味した作品
臥遊(がゆう)体験の象徴:作品を眺めながら仮想旅行を楽しむ「臥遊」の精神を体現
後世への影響:
大雅の弟子たち(青木夙夜・福原五岳)によって後継作が制作されるほどの影響力
🖌 画技・観察眼
琵琶湖への写生経験を反映し、湖面の描写に新たなリアリズム
桑山玉洲『絵事鄙言』も湖面表現を絶賛
199 韋駄天立像 范道生作
江戸時代 寛文2年(1662)京都 萬福寺
エピローグ 異文化を越えるのは、誰?
200 吉備大臣入唐絵巻 巻第四4巻のうち
平安時代 12世紀 米国 ボストン美術館 Museum of Fine Arts
国宝級の絵巻が、アメリカから里帰り!
#吉備真備(695~775)は8世紀に実在した人物で、遣唐使として命がけで海を渡り、唐の人々と交流した国際人!貴重な書物や囲碁を日本にもたらしました。
絵巻では、唐の皇帝の出す難題に型破りな方法で挑む真備の姿が、ユーモラスに描かれています。
奇策で囲碁に勝利した真備の表情に、会場で注目してくださいね!
https://twitter.com/rutsubo2025/status/1911970230462558580


コメント