Yahoo!ニュース

1日19時間半働いても「残業はゼロ」! グリー子会社で違法裁量労働

雇用・労働政策研究者。
画像はイメージです写真:イメージマート

大手グループでも、裁量労働制は「残業サブスク」だった

 SNSの「GREE」やスマホゲームで有名な株式会社グリーの100%子会社であり、VTuber事業を運営するREALITY Studios株式会社に対して、今年5月7日に三田労働基準監督署が是正勧告を出していたことがわかった。同社で働いていた30代の女性に適用されていた裁量労働制が無効であると判断され、その結果、長時間労働と残業代未払いによる労働基準法違反が認められたのだ。女性は労働組合・裁量労働制ユニオンに加入しており、同ユニオンの支援を受けて労働基準監督署に申告していたという。

 当事者の女性Aさんは、おもにVTuberタレントのグッズの企画・制作・販売を担当しており、裁量労働制を認められない業務であったにもかかわらず、同社は不当に裁量労働制を適用していた。また、Aさんは繁忙期には残業時間が80時間を超える月もあり、同社の36協定で定めている残業時間の上限を超えていた。

 裁量労働制については、労働者が高市首相が適用の拡大を目指している。だが、長時間の残業を行っても残業代が払われない「定額働かせ放題」「残業サブスク」などと批判されている。今回、大手のグループ企業の裁量労働制による長時間労働に是正勧告が出されたことで、政府の政策へも改めて疑問の目が向けざるを得ないだろう。

 また、今回の事件では、裁量労働制をめぐる新たな問題も焦点化されている。裁量労働制の乱用を防ぐため、2024年の労働基準法改正により、専門業務型裁量労働制の適用において、企業は労働者から個別に同意を得ること、同意しなかった場合に不利益取り扱いをしないことを労使協定に定めることが義務付けられた。

 ところが、裁量労働制ユニオンによれば、REALITY Studiosではこの「同意」のプロセスも適切ではなかったようだ。このため、女性は裁量労働制の適用を断れず、同意せざるを得なかったという。この裁量労働制を適切に運用するための仕組みが形骸化している企業は少なくないと見られる。

 いったい、裁量労働制の現場で何が起きているのか。裁量労働制ユニオンへのインタビューをもとに、同社で起きていた実例を踏まえて、考えてみたい。

裁量なんてない! VTuberタレントの「グッズ」部門の働き方とは

 裁量労働制は、実際に何時間働いていても、労使であらかじめ決めた「みなし時間」を働いたものとして扱われる制度である。対象とされる業務に従事し、その進め方に裁量のある労働者にのみ適用される。理想的に運用されるなら、労働者が短時間だけ働いても、みなし労働時間分の賃金が払われることになる。

 しかし、Aさんの仕事は、法律上の対象業務でもなければ、業務の進め方に裁量があるかも疑わしかった。

 そもそも、Aさんが従事していたグッズを担当する部門の業務は、VTuberタレントのマネージメント部門からのニーズに、業務の量や進め方が大きく左右される。予算などの決定権も与えられず、Aさんはそれらに「川下」で対応するしかなかった。つまり、そもそも業務の進め方を決定できる部署ではなかったのだ

 しかも、同社は新しいタレントを次々とデビューさせ、グッズ部門の業務量は増える一方だった。Aさんは2025年の夏、上司にグッズ部門の正社員の増員を要望したが、人員に予算を割けないという理由で断られてしまったという。

 このように、裁量労働制という建前でありながら、Aさんはしわ寄せを受けやすい立場に置かれ、自分で業務量やスケジュールのコントロールをすることが難しい状況にあった。

 Aさんが適用されていた専門業務型裁量労働制は、業務の遂行の手段や時間配分の決定などを会社が具体的に指示することが困難とされる20の業務に対象業務が絞られている。ここに当てはまる業務は、労働者が自律的に進め方を決められるものとして、限定的に裁量労働制が認められているわけだ。

 REALITY Studiosでは20の業務のうち、「デザイナー」や「プロデューサー・ディレクター」に対して、専門業務型裁量労働制を適用していた。しかし、いずれもAさんの業務ではない。この点が今回、労働基準監督署から不当であると判断された根拠だ。同社は、従業員の業務がいずれかに当てはまるかどうかを吟味することなく、安易に裁量労働制を適用していたと言われても仕方がないだろう。

 また、仮に裁量労働制の対象業務であっても、実態として業務の進め方に裁量がない場合も、裁量労働制の適用は不当となる。今回、労基署はそこまで判断しなかったようだが、先に述べたように、Aさんが裁量をもって業務を進められていたかは疑わしいと言える。

1日19時間半働いたのに賃金は8時間分だけ? 残業時間は0分!

 とくにAさんが多忙を極めたのは、物販の売上の期待できる大きなイベントを控えており、新しいECサイトの立ち上げも重なった2025年10〜11月にかけてだった。10月の総労働時間は、会社に残っている勤怠記録だけでも260時間を超えており、残業時間は約80時間に上っている

 2025年11月中旬には業務が集中し、1日置きに会社に泊まり込み、深夜早朝まで働く日が続いた。勤怠記録と当時のAさんの日記をもとに、少し詳細に見てみよう。

 11月11日、Aさんは午前9時38分に出勤し、深夜24時51分に退勤記録をつけて職場で仮眠している。Aさんのこの日の日記には、「出荷作業がもう大変」「終わる気がしないのでこのまま会社に泊まり込む」と記されている。4時間後の朝4時52分には出勤記録をつけて仕事を再開し、20時44分にようやく退社している。12日の日記には、「仮眠して仕事した。辛い」とある。

 翌日の11月13日はさらに過酷だ。午前10時43分に本社に出社し、この日は寝ないで作業を続け、翌14日の午前7時12分に退社している。「また徹夜しないとどうしようもない業務量。校正を同僚に手伝ってもらいながら発注書をせっせと作る」と日記に記した後、Aさんはカフェで朝食を取り、2時間に満たない中断を経て、朝8時52分に再び出勤して、20時45分まで働いている。

 土日の休みを挟んで、17日は午前10時28分に出社、やはり泊まり込みで深夜2時43分まで仕事をして4時間未満の仮眠を取り、朝6時37分に仕事を始め、21時5分にようやく退勤している。この日のAさんの日記には、「会社で仮眠して仕事こなす。会社への不満しかないな」と残されている。

 この1週間において、Aさんの1日の労働時間は何度も約14〜15時間に及んでいる。しかし、裁量労働制の適用のため、みなし労働時間である8時間を超えた残業代は発生しない。11月13日に至っては1日19時間29分も働いているが、そのうち11時間29分間は「タダ働き」ということになる(裁量労働制でも深夜割増は加算される)。

 裁量労働制が労働基準法にもたらす「抜け穴」は、残業代だけではない。同社では36協定によって残業時間の上限が定められており、長時間労働を規制する枠組みがあった。しかし、同社のみなし労働時間が1日8時間であるため、1日19時間働いていようとも、労働基準法上の「残業時間」は0時間としてカウントされ、36協定の上限時間規制は何の役目も果たしていなかった。

 これらの実態を見る限り、Aさんが置かれていたのは、裁量労働制による「合法的」な「定額働かせ放題」の典型と言ってよいだろう。

リモートワーク+裁量労働制によって、「いつでもどこでも」働くことに?

 また、Aさんは自宅でリモートワークをすることも多かった。リモートワークと裁量労働制の組み合わせと言われると、人目を気にせず、自由に働けるのではないかと思う人もいるかもしれない。

 しかし、Aさんの場合は逆だった。深夜でも休日でも、チャットサービスの「Slack」をつうじて会社から重大な連絡が来ることがあり、自宅や出先にいても、すぐにリアクションする必要があった。このため、勤怠記録上は退勤しているにもかかわらず、いつも不安を覚えてしまい、スマートフォンを手放せず、日常的に仕事の通知やスレッドをチェックしていたという。

 もちろん、デジタル機器をつうじた仕事の指示は裁量労働制に限ったことではない。しかし、裁量労働制の対象とされた労働者は、会社からすれば、「退勤」後に業務をさせても、「合法的」に追加の残業代を払う必要がない。そのうえ、リモートワークが常態化しているなら、職場にいなくても業務を指示することのハードルが低い。このためAさんは、いつでもどこでも仕事をさせやすい存在となっていたのではないだろうか。

 逆にAさんからすれば、リモートワークと裁量労働制の組み合わせによって、家にいようとも、すでに「退勤」していようとも、会社からの指示を断りづらくなっていたものと思われる。労働時間と自由時間の境が曖昧になって、つねに仕事に対応しなければいけないという精神状態に置かれやすくなっていたのではないだろうか。

選択肢はなかった? ほとんど意味をなさない「同意」手続き

 さらに今回の事件では、2024年から新たに規定された「同意」手続きの形骸化が浮き彫りになったことが非常に注目される。

 冒頭で述べたように、専門業務型にせよ、企画業務型にせよ、裁量労働制の適用には、労働者一人ひとりに同意を得ることが必要であり、同意しなかった場合に不利益変更しないことをあらかじめ労使で定める必要もある。専門業務型にこの手続きが義務化されたのは2024年からだ。このプロセスを踏まえることで、不本意ではなく、労働者が自分の意思で裁量労働制の適用を受け入れていることになるというわけだ。

 この仕組みは、裁量労働制の悪用の「歯止め」になると、政府は考えている。そして、政府はこの「歯止め」を根拠として、さらなる適用範囲の拡大に踏み切ろうとしているのだ。では、本当にこの「歯止め」は機能しているのだろうか?

 Aさんはもともとフレックスタイム制としてREALITY Studiosに雇用されていたが、入社から約8ヶ月で裁量労働制の同意書にサインするよう求められ、応じている。また、同社の専門業務型裁量労働制の労使協定には、「同意をしなかったことを理由として、解雇その他不利益な取り扱いをしてはならない」と定められている。このように、同社でも形式的には手続きを経ているように見える。

 ところが、Aさんはこのとき昇格を提示されており、昇格後のグレードにおいては裁量労働制が適用されることを前提としているかのような説明がされており、裁量労働制以外の選択肢の具体的な待遇の中身については説明されなかった。このためAさんは、裁量労働制に同意しないと昇給できないものとして理解し、裁量労働制に同意せざるを得なかったという。

 しかも、同社の労使協定にも、裁量労働制に「同意しなかった場合の配置及び処遇について、労働者に対し、明示した上で説明するものとする」と記載されていたにもかかわらず、REALITY StudiosはAさんに対して、不同意の際の配置や処遇の中身について明示しなかったという。

 同社の主張によれば、Aさんへの説明の際に、「本人同意をしなかった場合に、配置及び処遇並びに本人同意をしなかったことについて不利益取扱いを使用者から受けることはありません」という書面を交付したという。

 もし、昇給にあたって、単に「不利益取り扱いを受けない」という具体性のない説明ではなく、裁量労働制と比べて賃金が低くなく、働いた分の残業代がしっかり払われる条件の選択肢が具体的に提示されていれば、Aさんは裁量労働制を選ばなかったという。

 つまり、表面的な同意手続きのみを取り繕って、裁量労働制に同意しない場合の待遇を具体的に説明しないことによって、「同意」を選ぶように仕向けられてしまったのだ。実は、2024年以降、裁量労働制ユニオンにはこのような労働相談が寄せられることが度々あるという。裁量労働制の乱用防止のための「画期的」だったはずの歯止めは、早くも形骸化しているのだ。

隠されつづける裁量労働制の「闇」

 裁量労働制は、労働者の発言力が強く、本当に適切に運用されるのであれば、労働者が自由に働くことができる仕組みとして使える可能性はある。ところが、今回の事例で見てきたように、現実には労働者の力が弱いため、会社の言うなりになってしまい、「定額働かせ放題」が横行しているのが現状だ。

 対象となる労働者を限定し、乱用を防ぐための仕組みも、骨抜きになっていることが珍しくない。その上、鳴り物入りで導入された「同意」手続きも、期待された成果を発揮しているとは言い難い。むしろ裁量労働制に「同意」したために、労働者が長時間労働を自分の責任だと思わされてしまう可能性すらある。

 こうした「実態」はまだまだ社会的に知られていない。今回の是正勧告に至ったのも、Aさんが裁量労働制ユニオンのアドバイスを受けて労働基準監督署に申告して、業務内容を丁寧に説明した結果、出されたものだ。

 Aさんは、2025年11月に、長時間労働に疲れ果て、裁量労働制ユニオンに相談の電話をした。ユニオンに加わる中で、Aさんは会社の問題を告発し、改善を求めることを決めたのだという。このように、現場から労働者が声を挙げなければ、不当な裁量労働制が隠されたままになってしまうことは、残念ながら少なくない。

 裁量労働制が「自由に働く制度」なのか、「定額働かせ放題」の制度なのかは、制度の条文だけでは決まらない。現場で労働者が声を上げられるかどうかにかかっている。今回の是正勧告は、そのことを示す象徴的な事例でもあるだろう。

 政府には、こうした「現場の実態」を適切に踏まえ、制度改正について議論をしてほしいと思う。

 なお、裁量労働制ユニオンでは、7月11日(土)、12日(日)に、裁量労働制ホットラインを実施する予定だという。

日時:7月11日(土)13時〜17時、7月12日(日)13時〜17時

電話番号:0120-333-774
※通話・相談は無料、秘密厳守。ユニオンの専門スタッフが対応する。

https://note.com/sguion/n/n8244cdeb011b

無料労働相談窓口

裁量労働制ユニオン(総合サポートユニオン裁量労働制支部)

https://bku.jp/sairyo/

042-227-2490(平日17時~21時 日祝13時~17時 水曜・土曜日定休)

メール:sairyo@bku.jp

*個別の労働事件に対応している労働組合です。労働組合法上の権利を用いることで紛争解決に当たっています。

仙台けやきユニオン

https://sendai-keyaki-u.com/

022-796-3894(平日17時~21時 日祝13時~17時 水曜・土曜日定休)

sendai@sougou-u.jp

*仙台圏の労働問題に取り組んでいる個人加盟労働組合です。

ブラック企業被害対策弁護団

http://black-taisaku-bengodan.jp/%E3%80%80

03-3288-0112

*「労働側」の専門的弁護士の団体です。

ブラック企業対策仙台弁護団

https://blacktaisakusenndai.wordpress.com/%E3%80%80

022-263-3191

*仙台圏で活動する「労働側」の専門的弁護士の団体です。

  • 3
  • 0
  • 0
ありがとうございます。
雇用・労働政策研究者。

駒澤大学経済学部他非常勤講師。著書に『会社は社員を二度殺す 過労死問題の闇に迫る』(文春新書)、『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)、『ブラックバイト』(岩波新書)など多数。共著に『裁量労働制はなぜ危険か』(岩波ブックレット)など。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

今野晴貴の最近の記事

あわせて読みたい記事