(三谷幸喜のありふれた生活:1289)あくまで「一般論」ですが
ドラマの現場で、俳優の佐藤二朗さんが共演者にハラスメントをしたという報道があった。当事者ではないので、実際何があったのかは分からない。ただ、関係者のコメントなどを読んで、普段制作現場に携わる者として、いろいろ思うところはある。
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佐藤さんとは、これまで何本も仕事をしている。
舞台「愛と哀(かな)しみのシャーロック・ホームズ」では包容力に溢(あふ)れたワトソン博士。配信ドラマ「誰かが、見ている」では喜劇俳優としてシットコムを引っ張ってくれた。「鎌倉殿の13人」では敵役とでもいうべき比企能員(よしかず)を憎々しく演じきり、僕が忠臣蔵を作る時は、吉良上野介はこの人だな、と確信した。この連載で発表した小説版「古畑任三郎」では被害者シャトー二朗のモデルにもなってくれました。
彼はとても熱い男。仕事に臨むプライドはひときわ高く、自分にも他人にも厳しい。だから時々、共演者やスタッフに意見することがある。
ここからは一般論。
具体的なケースに関して、臆測で意見を言うわけにはいかない。だから、ドラマや演劇の制作現場の空気を知っている人間が考える一般論。
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例えば役者が演技について共演者に直接意見を言うと、現場の混乱につながる場合がある。
共演相手の芝居に納得がいかないことはよくある。でも、演出家の指示通りにやっている可能性もある。「なんであなたに言われなきゃいけないのか」と感情的に反発され、関係がよりこじれることだってないことはない。
そういう時は相手がいないところで、そっと演出家に打ち明けて欲しい。力のある演出家なら必ず双方の意見をまとめて、一番いい形に着地させてくれるはずだから。
言葉というのは難しい。僕も痛切に身にしみている。良かれと思って言った言葉が、相手を傷つけたり、怒らせたりすることは珍しくない。ある人にとっては的確なアドバイスでも、受け手によっては最悪のハラスメントになることも。僕は息子以外に説教することはまずないけど、そんな時は、真冬の朝に雨で凍りついたアスファルトの道を散歩する時くらい慎重に慎重に、言葉を選んで話すだろう。
最近は映像でも演劇でも集団作業の現場では、初日に講師を招いてハラスメント講習が行われることが多くなった。正直、面倒に感じることもある。しかしこれは正しい流れだ。作品に関わる全ての人の尊厳が守られなければならない。声を上げにくい立場の人が我慢しなくて済む現場でなくてはいけない。
一般論と言いつつ、厳しめの言葉が並んだ。それは、僕が大切に思っている仲間たちとこれからも一緒に仕事をしたいから。そして自分自身にも、それは繰り返し言い聞かせるようにしていることだ。
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僕にとって、佐藤さんが頼りになる役者であることは今も変わりはない。二朗さんの吉良、いつか見たいですから。
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