ドジャース・スカウト「投手評価」だった大谷、見抜けなかったM・ジョーダンのような“神”級集中力
◇ナ・リーグ ドジャース3-4ロッキーズ(2026年7月7日 ロサンゼルス) ドジャースでスカウト部門の副社長を務めるデービッド・フィンリー氏(60)がスポニチ本紙の取材に応え、大谷の300本塁打到達を称えた。日本ハム時代の12年から来日して直接視察を重ねてきた。当時、メジャースカウトたちの評価は投手寄りが主流。スカウト歴36年のベテランでも見抜けなかった「打者・大谷」の驚異的な成長曲線に敬意を表した。(取材・奥田秀樹通信員) 【動画】超かわいい!デコピンの始球式に“捕手”大谷翔平もニッコリ 私が初めて日本に行ったのは12年だった。当時はまだレッドソックスで働いており、球団は翔平を投手として育成するつもりだった。彼は101マイル(約163キロ)近い速球と素晴らしいスプリットを投げていて、私は「今まで見た中でも最高級の投手の一人だ」と思った。その後、私はドジャースに移り、15年からは毎年日本に通って彼を見続けた。 当時、私を含めて多くのメジャー球団のスカウトは、翔平を主に投手として見ていた。ところが、日本ハムで打席に立つ姿を見て驚いた。「何てことだ。この選手は打てる」。左中間へ強い打球を飛ばし、引っ張れば長打になる。走れば一塁到達タイムは最速3・85秒。もし投手をやめたとしても、球界最高級の肩を持つ偉大な中堅手になれたと思う。 それでも正直に言えば、今のような打者になるとは思っていなかった。打者としての評価は、打率・290、35本塁打を打つコリー・シーガー級だった。もちろんそれだけでも特別な才能だ。しかし、50本塁打を放つような打者になるとは予想できなかった。翔平がメジャー移籍を決断した時、私はドジャースへのリポートの最後にこう書いた。「彼が米国の土を踏んだ日、これまで米国に来た中で最高の選手になるだろう」。私は彼の才能を極めて高く評価していた。だが、パワーヒッターとしての進化は私の予想を超えていた。 なぜか。同じチームとなった今なら分かる。私が見抜けなかったのは、その内面だった。翔平には、マイケル・ジョーダンのような「自分は偉大な選手にならなければならない」という特別な集中力がある。神から与えられた能力だけではない。その能力を極限まで引き出そうとする妥協なき努力の姿勢がある。毎日のルーティンを徹底し、細部にまでこだわり、自分を磨き続ける。その積み重ねこそが、翔平を投手としてだけでなく、シーズン50本塁打を打つ打者としても特別な存在にしたのだと思っている。 ◇デービッド・フィンリー 1965年11月30日生まれ、カリフォルニア州出身の60歳。カリフォルニア大リバーサイド校から、87年ドラフト27巡目(全体698番目)指名を受け、アスレチックスに内野手として入団。メジャー昇格は果たせず、在籍2シーズンに終わった。その後パドレス、マーリンズ、レッドソックスでスカウトやGM補佐などを務め、15年からドジャースのスカウト担当として要職を歴任。各球団合計で7度のワールドシリーズ制覇に貢献した。