「殺」「刺」など見直しへ 宮城県高野連、検討委設置
共同通信配信
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主なヤフコメは?
- 野球用語の見直しは言葉狩りであり、他に優先すべき問題があると感じています
- 言葉を見直す姿勢は大切だが、競技の意味として定着した用語を急いで変えるのは慎重に考えるべきという意見もあります
関連ワードは?
- 野球用語
- 言葉狩り
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コメント3187件
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物事を時代に合わせてアップデートすることは否定をしませんが、これは言葉狩りや揚げ足取りの域を出ないと思います。 野球用語として広く定着している表現や表記を、宮城県高野連のみが記事にあるような少人数の意見で見直すことに一体どれほどの意味があるでしょうか。
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時代に合わせてアップデートすることは決して悪いことではないと思います。まだ軍国主義の時代、敵を「刺殺」「捕殺」して攻撃を封じることが勇ましい、或いは勝利に繋がるという風潮もあったかも知れません。 そうなると盗塁も犠打も犠飛もダメということになりますが、こちらは英語でも似たような言葉を使っていますから、日本語だけ変えても不自然です。 主題は「普及のため」とのことですが、これらの和訳が少年たちに悪影響を与えているということなのでしょうか?いずれにせよ本末転倒な言葉狩りで終わらないように祈ります。
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刺とか殺とか入った言葉が使われてるからって、そんなことで良くない大人に育つとか、たかが野球用語にそんな影響力無いから。 そういう発想に至る高野連の人間の方が危ないんじゃないの。
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ただ時代に合わせてアップデートするのはいいんですが、例えばトリプルプレーのことを三重殺と言ったり、例えば一塁走者が走って、キャッチャーが2塁で送球、アウトにしたら捕殺が記録されるが、別に盗塁されて2塁で刺すことは別に殺という字はついているけども、殺人とかそういう意味ではないわけで、そこまで気を使う必要があるのかねと思います。あくまでも野球用語として使われているだけですから、その辺の違いは小学生の子でもわかるので、そこまで新規を使う必要がないんではないかと思います
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この動きを主導しているのはどんな思想の方なのかとても気になる 球児のためじゃなくて己のエゴではないのか? この用語の使用がこれまで高校球児の健全な育成に悪影響を与えたことを是非とも証明してくださいな
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そんなことに労力を費やすくらいなら、昨年、熱中症対策として行ったクーリングタイムの実効性がどれほどあったのか?昨年、激しい温度変化に身体が適応できずに体調を悪くする球児もいたと思うが、そうしたことを踏まえて今年の課題は?そうした検証結果の公表と今夏の対策を発表するなど、高校球児と高校野球を愛する全ての人に、今年の高校野球をいかにして快適に、安全に楽しんでもらえるかを考えてほしいと切に願う。
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この人達は殺虫剤使ったり、お刺身たべたりしたことないのかな。 字面だけ整えて健全なスポーツですと標榜することがどれほど虚しいか分かってほしいな。検討する皆さんが良識ある人達であることを願いたい。
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子供の頃から野球をやってきたから当たり前に感じる言葉だけど、小学校や中学校のグラウンドから「刺せ」とか「殺せ」とかの声が響いてたとしたら、それだけで怖がってしまう子もいるだろうなと思う。 サッカーも自殺点からオウンゴールに変わったように、変化はあってもいいと思う。 ただ、使用を禁止するのではなく、教育の場で推奨される表現というかたちにしてはどうだろうか。
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こういった流れに対して、やれやれと呆れつつ、幾ばくかのネガティブな気持ちを持っている人々は、もうそろそろ静かに呆れるだけではなく、誰も不幸になってないのに拙速に変えて、その結果別に誰も幸せにしていないこのような思想について、馬鹿馬鹿しい、しょうもない、鬱陶しいなどと諫めたり貶したりして、ちゃんと”そっちの方がおかしいのでは?”というのを顕在化させていかないと。 この先もどんどん 人権や平和に配慮して何か前進した感 で声を上げただけの人達にかえって生きづらい世の中にされてしまう。
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自分も含めて、使い慣れた人間からすれば、殺という文字の意味をもってネガティブだと変えるのかと思う。 けれども、サッカーではサドンデスがゴールデンゴールに変わって最初は違和感があったけれども不都合がある訳でもない。 新しい言葉が受け入れられるなら、敢えて殺も刺も残す意味もないとも言える。 そう思うと同時に、こういった言葉の配慮が進む社会の流れが人々の感情の穏やかさへ貢献するのか。社会学者さんに効果を検証して欲しいです。
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