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津南醸造 新潟県 新潟県津南町

研究者の視点を活かし 豪雪地帯から“未来”を醸す

取材日 2026年07月
日本有数の豪雪地帯、新潟県津南町にある津南醸造は、設立されてまだ30年ほどと新しい酒蔵だ。何度か経営者が変わりながらその度にアップデートを重ね、現在は研究者でもある鈴木健吾社長のもと、新たな価値の創出に挑んでいる。宇宙をも見据えた酒造りの可能性とは。


町民有志の願いで誕生した
新興の酒蔵が歩んだ30年

新潟県の最南端に位置し、豪雪地帯として知られる津南町は、豊富な雪解け水が人々の生活を支え、「水の郷百選」にも指定される名水のまちだ。町内を流れる信濃川と中津川の合流付近には日本有数の河岸段丘が発達し、雄大な景観を見ることができる。津南醸造があるのは、この中津川の上流エリア。町の中心部から車で約15分ほど走ると、背後に森を背負ったコンクリート造の堅牢な建物が見えてきた。「今年は雪が少ない方で助かっています」と笑顔で迎えてくれたマネージャーの島田隆吏氏だが、駐車場には除雪された雪が積まれ、さながら小高い山のよう。しかしこの雪国の過酷な自然環境が、透明感あふれる津南醸造の酒の味わいを生んでいるのもまた確かだ。

雪に覆われ、モノクロームの世界になった冬の津南町。

蔵はコンクリート2階建のどっしりとした佇まい。エントランスには試飲もできるショップを併設。

そもそも津南醸造は立ち上げから30年という新興の酒蔵だ。かつて新潟県上越地方にあった藤縄酒造を酒造免許ごとこの地に移転し、小松原醸造の名前で酒造りを始めたのが1996年。設立のきっかけは地域住民による「産業の活性化を図りたい」という強い願いだったと、島田氏が教えてくれた。

「初代の社長は村山正司さんという津南町の町長やJAの組合長も務めた方。もともと津南は五百万石の一大産地だったのですが、徐々にコシヒカリに作付を奪われていて、なんとかしたいと立ち上がったのが村山さんでした。酒蔵があれば五百万石の生産者を残せると考えたのでしょう。自ら出資者を募り、酒蔵設立に奔走したようです」。

村山氏の思いに賛同した株主は、個人や団体を合わせると300件以上。クラウドファンディングが当たり前に行われるようになった現代ならいざ知らず、30年前には画期的を通り越して異例の事態だったに違いない。

こうして始動した小松原醸造だったが、2004年に津南醸造へと社名を変更。以降、経営者も数年単位で変わったが、2020年に長岡市を拠点にソリューション型食品開発を手がけるFARM8の樺沢敦氏が代表取締役に就任すると、新たなフェーズへ。「GO」「つなん」といった新商品をリリースする傍ら、酒粕を使った「発酵ジェラート」やアウトドア向けパウチ日本酒「GO POCKET」を開発。日本酒のサブスクリプションサービス「SAKEPOST」の企画などを次々に打ち出し、新生・津南醸造を印象付けた。そしてそんな動きは、現在社長を務める鈴木健吾氏へバトンが渡るとさらに加速。ミドリムシを活用した食品や化粧品の開発を行うユーグレナの共同創業者のひとりでもあり、現在も研究者として国内外を飛び回る鈴木氏の発想は革新的で、酒粕からダイヤモンドを創り出すプロジェクトや生成AIを酒造りに活用する「スマート醸造」にも取り組む。さらに「2040年に月面へ酒蔵を作る」という長期ビジョンも掲げており、その一環として2025年末よりメタバース上で「月面酒蔵 〜Lunar Brewery〜」を運用中。15年後に月面に誕生する予定の酒蔵を仮想空間で体験でき、アクセスした人同士が月面での建築や微生物生産の可能性について考察を深められる場になっているという。

「私たちには異次元に思えることも社長のなかでは実現可能な未来。想像のつかない方向へ導かれていくのは楽しみでもあります」と島田氏。

はるか宇宙に思いを馳せ、日本酒や酒造りの未来を先取りする計画が、冬は雪に閉ざされる豪雪地帯から始まっているというギャップが何より興味深い。

斬新なアイデアを実現する
実直な酒造り

会社の設立と同時に建てられた蔵は、最大2000石を造ることを想定したというだけあって、大小2台の甑や4部屋に分かれた麹室と、現在の製造量からすれば十分すぎる設備を誇る。「余裕をもって造れるため、大きいことに不満はありません」と話すのは杜氏の滝沢昌哉氏。津南醸造の設立と同時に入社し、蔵がさまざまな変遷を辿るなか、真摯に酒造りに向き合ってきた。そんな滝沢氏が出来上がった麹の手入れをするというので麹室へ向かう。聞けば津南醸造では仲と留で使う麹はまとめて造っているため量も多く、4人がかりの作業だ。「以前はできた麹は廊下に出して空気にさらしていましたが、今年から製麴装置の中で一晩通風させて、より乾燥させるようにしました。設備に余裕があるならそのほうがいいと鑑定官にアドバイスをもらって実践してみましたが、仕上がりが良くなりましたね」と滝沢氏。大きな設備を生かして余裕をもって造る。ここにもリソースを無駄にしない工夫が活きている。

蒸米は甑を傾けて掘り出し、足場の下の放冷機へ。米の量によって大小の甑を使い分ける。

午前中に引き込んだ米は手入れを繰り返し午後に種切り。時間を置くのは水分調整のほか、切り返しまでの時間調整の意味もあるそう。もともと使用米は五百万石だったが、現在地域の生産者は2、3人と激減。そのため広く新潟県内から集めている。ほかに地元産コシヒカリも使う。

続いて向かったのは酒母室。津南醸造は数年前から速醸ではなくアンプル酒母に切り替えて酒造りを行っている。

水麹にアンプル入りの酵母を添加し、30℃の中温に保ち、短時間で糖化。「念のために醪に投入後は、踊りを二日間にしています」と滝沢氏。

「試験的に始めてみたところ、品質も特に変わらないので定番化しました。うちでは出品酒も同じ方法で仕込みます」。

本来数日から2週間ほどかかる酒母造りだが、高濃度の培養酵母を直接添加するアンプル仕込みなら、わずか1日で酒母ができ上がる。添えの前日に立てても間に合うため、人手が足りない時にも重宝していると滝沢氏。速醸と品質が変わらない点も採用し続けている理由となっているそうだ。

タンク埋蔵型の仕込み蔵。酒母が温かいため、仕込み水はサーマルタンクで冷やして使う。
神棚の隣には「和醸美酒」の額。“良酒”ではなく“美酒”なのは、初代杜氏のこだわりだそう。

16本のタンクが埋め込まれた仕込み蔵では、現在5日に1本のペースで仕込みが行われている。上槽は出品酒を袋吊りする以外は薮田式で、酒を傷めないために「なるべく最低圧で搾る」のが意識しているポイント。その後は蛇管式で火入れし、一部を除きタンクで貯蔵。広大な貯蔵庫に2万ℓタンクが9本並ぶ様は圧巻で、建設当時の蔵への期待の高さを物語っている。

上槽後の酒はタンクで貯蔵。貯蔵庫は半地下にあり、冬は自然の雪室状態。夏場も15℃以下と空調いらず。

瓶詰め環境も充実し、洗瓶から火入充填、打栓、ボトルクーラーを通過するまでが一連でできる設備を備える。しかし、特殊な180ml瓶、パウチなどは機械では充填できないため、すべて人力で詰め替えるそう。5年前にリブランディングしたことをきっかけに多品種多サイズ展開に舵を切ったからこその作業だが、そこには津南醸造ならではの特殊な事情もある。それは酒販店に限らず、駅・土産店・ECサイトなど多様な販路を重視してきたことだ。「後発の酒蔵として、地域の既存流通と競合するだけでなく、駅・土産店・ECなど新しい接点を広げる方針を取ってきたのでしょう。すると必然的に酒販店以外の酒を扱う場所で販売するようになりました」

多くの商品に少量サイズがあるのは、気軽に手に取れるよう買い手の利便性を考えてのこと。スタイリッシュなパッケージや味わいのバリエーションも、土産を探す旅行者にうってつけで、後日、「おいしかったから」とECサイトで注文が入ることもある。酒販店が減っている今、あえて異なる販路で酒を売るのも蔵の生き残り方のひとつかもしれない。

30年の間に、経営方針も商品展開も大きく変わった津南醸造を、現場で支えてきた滝沢氏は語る。

津南醸造の設立当時から酒造りに携わる滝沢氏。2025年には越後流酒造技術選手権大会で県知事賞を獲得したほか、数々のコンテスト入賞を誇る技術の持ち主。

「設立当時より製造量は落ちたものの、今はいろいろなタイプのお酒が造れたり、チャレンジできる環境があります。『玄米で造りたい』『ワイン樽で貯蔵したい』など、社長から提案されるお酒にはなかなかの難題もありますが、造り手としてはモチベーションになっていますね」

今後は海外市場も意識した味わいを追求したいという滝沢氏。未来や宇宙を見据えた蔵のビジョンの根底には、生え抜き杜氏の実直な酒造りがあった。

研究者であり蔵元
二足のわらじの強み

地元民の願いの受けて立ち上がり、その後もさまざまな蔵元たちに引き継がれてきた津南醸造。現役の研究者である鈴木健吾社長は、どのような思いで事業承継に臨んだのだろうか。

「微生物の研究を専門にしてきたなかで、自分の持つ知識で日本酒業界に貢献したいと思うようになりました。2018年から1年ほど各地の酒蔵をめぐった際に、津南醸造を初めて訪れ、建物や豪雪地帯で良質な米が取れるという環境にとても魅力を感じました」。

仕込み水は標高2,000m級の苗場山系に降り積もった雪が長い年月をかけてろ過された硬度17mg/Lの超軟水。

前代表の樺沢氏とは知人だったこともあり、その後、執行役員として経営に参画。2023年に代表取締役を引き継いだ。酒蔵を経営するにあたり特に気にかけたのは「地元の人に振る舞える酒かどうか」。さまざまな酒質の提案はするものの、あくまで尊重するのは津南醸造に関わる人々の思いだ。また一方で、若い層や海外にアプローチしたいという思惑もあり、そこにカルチャーフィットする酒造りには、自身の得意とするサイエンスを用い、積極的にチャレンジしている。

AIの活用はそのひとつで研究者としての知見や著作物をAIに入力し、思考をシミュレーションさせて対応を効率化したり、RAG(検索拡張生成)などの技術を用いて外部データや未公開論文を参照した提案を現場にフィードバックしたりしているという。鈴木社長は、「酒造りはまだまだ最適化できる」と力を込める。

「私の場合は、酵母を変えたり生物学的アプローチで取り組んでいる最中。例えば、酵母にユーグレナ成分を添加すると発酵が旺盛になる研究結果を活用し、酒造りの時間短縮や品質の向上を目指しています」
また、海外を含む多拠点で活動していることから、近年は営業担当も担っているそう。これまでに、台湾やアメリカ、インドネシアで自ら津南醸造の酒のPRを行い、蔵だけではリーチできなかったところへ津南醸造の酒を届けてきた。特に「GO」は、海外の人にも発音しやすくイメージしやすいデザインで、手応えを感じているという。そしてそんな鈴木氏が目下挑むのは「いかに売るか」。

「技術開発より10倍も100倍も難問です。飲み手は知っている銘柄から選ぶ傾向があるため、まずは認知度を上げるための時間が必要だと考えています。同時に顧客コミュニケーションが得意な人や外部へのリーチができる人、地元との繋がりを強化できる人をチームに迎え、グローバルに発展させていけたら」。

一方で、研究者としては日本酒がアンチエイジングへ与える影響や砂漠、海の底、極地、宇宙など、制限された環境下での酒造りと、さまざまなテーマが頭のなかにあり、いくつかは実際に進行中とのこと。どれも日本酒の新たな時代を拓く可能性のある興味深いテーマだ。酒蔵のリソースを生かしつつ、酒造りに止まらない事業展開で日本酒業界に確かなインパクトを与えている津南醸造。そのひらめきと独創的な取り組みは、「これからの酒蔵がどうあるべきか」という問いへのヒントに満ちている。

【SPECIAL THANKS】撮影にご協力いただいた方々。

掲載日: 2026.07.07

掲載冊子: WEB版-限定掲載

津南醸造株式会社

津南醸造株式会社

代表取締役

鈴木健吾

1979年、兵庫県生まれ。東京大学大学院在学中よりミドリムシ研究に携わり、2005年、株式会社ユーグレナの創業に参画。同社のエグゼクティブフェローを務める傍ら、理化学研究所 チームリーダー、その他複数の宇宙系・ヘルスケア系ベンチャーの代表を兼務する。2023年に津南醸造の代表取締役に就任。医学博士の顔も持ち、発酵とロンジェビティ研究を追求している。

取材・文 渡部 あきこ

エンタメ系情報誌の編集者を経て、フリーランスに。雑誌、Webはもとより、自治体・企業の広報パンフレットや会報誌など幅広い媒体で取材、執筆を行っています。「酒蔵萬流」では、日本酒に携わるさまざまな人々の思いを丁寧に伝えていけたらと思います。SSI認定唎酒師。福島県在住。

写真 石川泰三

「酒は親友。親友とともに歩む人生を」 1984年11月、広島生まれ。ビジュアルアーツ専門学校 大阪 写真学科卒業後、写真館などで勤務。現在はフリーランスとして活動中。 脱サラして写真業界に飛び込んだおかげで、大好きなお酒に携われることができて感極まりないです。日本酒問わず、お酒は何でもござれ。