A hot time in the old village tonight
リズサク事後です。
本編未発売なので全部嘘です。何もかも嘘です。
独自の考えが漏れ出している可能性がありますが、全部嘘です。
この間のティザーPVは不穏でしたが、村に来た当初はそんなに仲が悪いわけではないんじゃないかなあ、と思っていたりします。そういうのを煮詰めたらこうなりました。2コマとかでも普通に会話しよるし……
本編発売後は消すかもしれません。もしくは書き直すか。まあ何はともあれ、発売前の徒花ということで。
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「あっつ……」
手を洗って部屋に戻ると、障子も窓も開け放たれていた。夜風が吹き込む。リズがその躰を月光の元に曝け出している。肌にいくらかの汗の雫が浮いている。
「サクヤ、水取って」
「うん」
私に顔も向けないまま、天井を仰ぎながらリズが言う。すこしぬるくなった水をコップに注いで手渡す。リズは少し体を引き起こし、それを一気に飲み干して、はあ、と一つ息を吐いた。
「ぬるい」
「ごめん」
青白い月がリズの上に光を投げかけている。滑らかな双丘に陰翳が刻まれて、くっきりとしたシルエットが際立っている。肌の上に光と影が同時に存在している。
リズの肌を見るのは初めてではないし、その奥に踏み込んだ──踏み込まされたことも何度かあるけど、ここに来てからのリズは、どういうわけか今までとは違う何かを持っているような気がする。色気、というとそれは随分率直な表現で、その言葉を今のリズに当てはめてしまうと、いろんなものを語り落としてしまうんじゃないかと思う。冷たい月光が柔肌の上に織りなす、どんな言葉も似合わない影が、今のリズにはある。
言葉は裏切りのようでもあった。それを拒絶するようなリズの躰を、冷たい肌を無色に彩る月の光を、私はじろじろと見つめてしまう。見ているだけであれば裏切りにはならないけれど、それを視覚以外で伝えられるようにすること、
華奢で、なだらかな曲線があって、白い寝間着と肌に妙なコントラストがあって、それが暗い部屋にぼうっと浮かび上がっている。細い腰、煽情的なデコルテ、星の無い宇宙のようなその御髪。
婉然としたその姿は艶めかしいというのを通り越して──きれいだな、と思えた。
私の裏切りを経てもなお、リズは綺麗だった。
日常の中の事実としてもリズは綺麗だ。みんなそう言う。私もそう思う。ただ、リズは綺麗なだけじゃない。そこには毒とか棘みたいなものがあって、しばしば傷つけられている。私はそれをよく知っている。
そうしたものを全部呑み込んで、その上で、私はリズのことをきれいだと思わずにはいられない。
リズの棘。ちょっと言葉が強かったりする居丈高なところかもしれないし、軽蔑するような鋭い視線かもしれない。もしくは結構好き嫌いが激しいところとか、気に入らないものにはついつい噛みつきに行っちゃうところとか。
そういう部分もあるけど、それは親しい人間に見せるリズなりの甘えのようなものだと思う。そうじゃない人間に対しては、それは純粋な拒否だ。
リズに心を許されていない人間は表面だけを見て、それで勝手な思い込みを持ったままリズに近づいて、その棘に触れて血か涙かあるいはその両方を流す。
一方的な想いを押し付けられるのは嫌いだ、といつも愚痴を言っていた。鬱陶しい、迷惑なの、私は可愛いだけのお人形じゃないんだけど、などなど。まあ、悪口のレパートリーはずっと少ないままだった。
そういうことがあった日の放課後、リズは私のとこにやってきて、そのままカラオケとかに引きずっていく。私でいいの、と聞いてみても、いいの、とだけ。それも一回きりこんなやりとりがあって、結局その後もこの慣習は続いた。普段はもっと別の子と一緒にいるのに、こういう時にはリズは私のところにやってくるのだった。
帰り道では必ず手を握られた。リズの時間を奪った誰かを皮肉るように、もう目の前から消えてしまった誰かに見せつけるみたいに、二人の恋人みたいに、指と指を熱く絡めて。他の人に見られるよ、なんて言ってもリズは気にしなかった。それどころか一層強く手を握ってきて、悪戯っぽく、得意げに笑っていた。あの横顔が今も目に浮かぶ。
リズのそんな笑顔を最後に見てから、どれくらいの時間が経ってしまったんだろう。
「ちょっと、何見てんの」
リズが私の意識を回想から引き剥がす。包帯の巻かれた手で不器用に寝間着を掴んでいて、その胸元を隠している。
「リズの身体」
馬鹿正直な答えを差し出す。今更何を言ったところで、リズと私の関係はもうどうにもならないところまで来てしまっている。何を言っても嫌われることはない。何を言ってもこれ以上好かれることはない。
もう十分、リズには嫌われてしまっているから。
「サクヤって意外とすけべだよね」
「すけべじゃないし……」
「口答えしないで」
「……」
仲が良かった頃みたいな他愛無い会話。じゃれあい。胸の内に温かなものがじわりと広がる。リズを抱いていた時よりも、ずっとあったかくて、ずっと深いところに、何かが息づく感触がする。
ねえ。
私がすけべなのはリズにだけだよ、って言ったら、どんな顔するのかな。びっくりする? ばかにする? 無視する?
そんなの、もうどうでもいいことだけど。
まっとうな恋愛がしたかったな。あんな風にリズのことを知りたくなかった。もっとロマンチックで、もっとあったかくて、もっと静かな、そんな夜がよかった。お互いに緊張してると思ったのにがちがちになってるのは私だけで、リズにからかわれて、それからベッドに引き倒された時の唇の固さに、リズも同じなんだって安心したかった。
そうじゃなかった。
そうじゃなかった!
私が知ってしまったリズは、そんな甘くて柔らかいリズじゃなかった。義務、隷属、苦痛、こんなはずじゃなかったっていう後悔、それに満たされた夜で、手に伝わってくるリズの熱も悪い夢にしか思えなかった。こんなの嫌だった。こんなことしたくなかった。させてほしくなかった。踏み込みたくなかった。
リズ、知ってた? 私、結構夢見がちなタイプなんだよ。リズとそんなことだって夢見てたことがあるんだよ。
好きだったんだよ、リズのこと。
好きだった。リズに通り一遍の告白をして、適当にあしらわれていく人よりも、ずっと、ずっと、ずっと。カラオケに連れて行かれる度、悪戯っぽく笑って手を握られる度、私とリズをそこに連れて来た人間のことを思って、やり場のない熱を抱えて──家に帰ってから、それを自分にぶつけてた。
リズの隣は私の場所だと、そう思っていた。誰も奪えない。奪わせない。リズだってそう思っていてくれてる、と信じて、幸せになろうと思っていた。あの寄り道とかはその確認の儀式みたいなもので、リズも私を信じてくれている、そう思っていた。
あんなことが起きるまでは。
あんなことをしてしまうまでは。
ピアノの音色は、リズに別れを告げた。
不協和音だけがリズの世界を満たすようになって、きっと何もかもが、崩れてしまって。その中で──私も、壊れてしまったんだと思う。
何を信じたらいいのか、私にはもうわからない。私に「そういうこと」をさせるリズなのか、私に辛く当たるリズなのか、それとも私の隣で笑ってくれてたリズなのか。
もうわからない。リズのことも、もう信じられなくなった。
誰のことも──もう信じられない。理解できない。
でも、一個だけ確かな事実がここにある。ここに。私の胸の中に。否定できない、過去の事実が。
悪いのは、私。
それだけは確かなことだと思う。
リズからピアノを奪ったのも。
未来を奪ったのも。
そして笑顔を奪ったのも──全部、私のせい。
だからこれはしょうがないこと。私がやったことの罰を受けること。永遠に友だちでいるために、自分がやってしまったことの責任を取ること。リズに辛く当たられるのも、全部受け入れないといけないこと。そんな私がリズの隣にいられるなんて、本来はありえないことのはずだから。
私はリズの奴隷でいい。そうしていることがリズの望みなら、私はそれに反抗したりしない。
だから私は、リズを抱いた。
リズの言いなりになって、投げやりな気持ちで、軽率にリズの中に踏み込んだ。
踏み込まされた。そんなものを望んではいなかったのに。
冷たい情交の終わり、躰が冷えてしまわないうちに温かい布団で眠らせてあげること。そうしてあげることも、私の責任だと思った。私はリズの傍まで行く。膝を折る。乱れた敷布団の皺の感触。はだけた寝間着を整えてあげようとした私の手を、リズがにべもなく払った。
「……これぐらい自分でできるから。調子乗らないで」
「ごめん」
私はついさっきがばりと投げ出した掛布団を戻してあげて、そろそろと自分の布団に入った。リズの方からの衣擦れの音が妙に響く。ぼふ、と布団の音がして、障子も閉じられて、月光は遮られる。
暗くて静かな部屋の中、私はリズの感触と、熱と、あのきらめくようなうつくしさを、何度も何度も反芻している。
記憶の中に閉じ込めてしまえば、私が好きだったリズがそこにいる。結局虚しさがやってくるとわかっているのに、私はその感傷に浸って、頭の中で自分のことを慰めてばかりいる。
私とリズの間で、何かが冷えていく。
沈黙、気まずい静寂、あるいは眠れない夜。
意識を持て余すままに目を瞑って、あの頃の空想に耽っていたら、隣からつんつんと頬をつつかれた。リズだ。
「どうしたの」
「あのさ、サクヤ」
「なに?」
「なんであんなにつまんなさそうな顔すんの」
「え?」
「今日だけじゃない。私のこと抱いてる時、いっつもつまんない顔しかしないよね。何なの」
「……今する話? それ」
リズは気になったことは聞かないと気が済まない質で、それは私に向かっては一番無遠慮に発揮される。だからこんな夜中に、起きている間にすることは全部終わって後は寝るだけという状況になってからでも、私をわざわざ起こしてまで何か言おうとする。
その遠慮のなさが、ちょっとだけ嬉しかった。眠気の中にぽっと小さな炎が灯る。私はリズに背を向けた。眠たげに振る舞った。上辺だけかもしれないけど。本当は私の気持ちなんて全部見透かされているのかもしれないけど、それでも、今だけは、リズの顔を見たくなかった。
「ねえ、こっち向いてよ」
手が頬に添えられる。少しだけざらりとする包帯の感触、その下の薄まったリズの熱が私の頬を捉えて、私の向きを変えようとしてくる。それに従う。
リズの鋭い視線が私に向けられている。手を取られて、胸の上に導かれる。リズが自分で直していたはずの寝間着はまた少しずれていて、素肌が露わになりそうだった。その内側にある熱を、思う。思わされる。
「……なんで笑ってくれないの」
──リズはどきどきしてた? 気持ちよかった?
聞きたくなった。言ってもよかったのかもしれなかった。
私達が、本当に愛し合っていたのなら。何の心配もなくお互いに寄りかかることができたなら。
もしそうだったら、そんな恋人みたいな言葉を吐けたのだろうか。
できなかった。言えなかった。
私達は恋人じゃないから。私は黙ったままでいた。幽かな月の光に揺れるリズの青い瞳を見つめていた。表情に滲む感情を、見ないふりをした。目を閉じて祈った後にゆっくりと世界の光を受け入れて、易々と一変することのない現実を目の当たりにした時のように、細い睫毛がふるふると震えていた。
「……はあ。もういい。……おやすみ」
「おやすみ」
ぶっきらぼうな言葉を投げつけて、今度はリズが私に背中を向けた。
私はその背中を見つめている。空想に遊ぶことも無く、リズが眠りに落ちていく様を見ている。そのうち身動ぎしなくなり、一定のリズムを刻む寝息が聞こえてくる。
私にはわからない。どうしてここに来たのか、リズはなんでこんなところを知ってたのか、これからどうするつもりなのか。これからどこに行くのか。ここに何があるのか。ここで何がしたいのか。
なんで私に自分を抱かせるのか。
最近のリズは落ち着いてる。ちょっと前までみたいに雑に死のうとしたり、私に当たり散らして大騒ぎしたりしなくなった。お互いに少し冷静になって、これまでとは違う新しい距離感で接している。近いような遠いような、そんな距離で。相手の肌もその奥も知っているのに、胸の内だけは互いに閉ざしたままになっている。関係がだんだん捻れて醜くなっていく。
その結果があれだったのかな。
──もう、リズのことがわからない。
熱い夜だった。
冷えつつある関係の中で、一番の夜だったのかもしれない。後の祭りに、そう思う。
これからの私達の間の熱を全部集めてしまったみたいな夜で──今夜がそうであるのなら、この先には冬だけが待ち受けていることになる。冬だけが。熱が失われた、冷え切った時間が。
花が枯れる季節が。
死の季節が。
終わりの季節が。
そんな時季がやってくる前に、私はリズから離れた方がよかったのかもしれない、なんて、またもう一枚後悔を重ねる。
過ちを重ねまいとして、結局どんどん間違った方向に進んでいるんじゃないかって、そんなことばっかり考えてしまう。そうなる前にリズから離れることができていたなら。リズにあんなことをしなければ。ずっと後ろ向きで、リズのことも私のこともわからない。信じられない。嫌な想像も悪夢も止まない。
逃げ出したい。
でも──行く先なんてない。
リズから、その手に残る私の罪から逃げ出したとして、その先に一体何があるんだろう。
それに──逃げ出せば、きっともっと辛いことになる。リズも私もどうなるかわからない。もう二度と、リズに会えなくなるかもしれない。そう考えると少し怖くなる。信じられないとかわからないとか言ってるくせに、私は結局リズのことが好きらしい。ばかみたい。
私は抜け出せない。
この村から。
リズの隣から。
永遠に友だちだって、そう言ったから。
これ以上、私はリズのことを傷つけちゃいけないから。
その結末も過程も何もかも間違っているとしても、リズが行くところが私が行くところで、リズがいる場所が私がいたい場所だから。リズの傷の責任は、私が負うべきだから。
私が──何か信じられるとしたら、それは何になるんだろう。傷、罪悪、肉体関係、どれも存在しているけれど、全部嘘みたいな気持ちもしてくる。それを支える何かは、どこにも存在しない。夢と現実の区別がつかない。
隣に眠る親友の寝息に聞き入る。寝言に何か漏れてくるかと思ったけれど、何も聞こえてこない。
これが現実でも夢でもいいけど、どうせなら幸せな夢が見たい。
今夜みたいな──何も産み出さなくて、何も失われなくて、熱くて、最後には全てを手酷く裏切る、そんな幸福な夢が見たい。信じていなくても幸福になれる、そんな夢が見たい。
私が眠る時には猜疑心も不幸も苦痛も眠りに就く。それならば、リズの苦しみも怒りも憎悪も、今や眠りに就いているはずで。もしかしたら、私が信じられる幸福は、私達二人の眠りの中にあるのかもしれない。
幸せな夢だったらいいなと、宛先をつけずにそう思った。これから見る私の夢か、もう見られているリズの夢か。どちらであれ、それが幸福でありますように。
信じる代わりに、最後に私は誰かに祈った。
熱い夜は月明かりに融け、風に吹かれて、一晩の夢になっていった。