「忘れるのが苦手な脳」に起きるPTSD 記憶の正体とは

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=ゲッティ
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 記憶とは。

 これまで経験してきたことが、脳の中に蓄積されていくこと。必要に応じて頭の中から取り出すことができる――。

 そんなイメージがありませんか?

 ところが、一筋縄ではいかない、複雑極まるもののようです。

 登録者数が70万人を超えるYouTubeチャンネル「精神科医がこころの病気を解説するCh」を運営する精神科医、益田裕介さんは「身近で不安定なもの」と定義します。しかも個人差があり、「忘れることが苦手な脳」だと、病へとつながります。

 記憶はどのようにして作られ、頭の中でいかに整理されていくのか。そして、「忘れるのが苦手な脳」だと生じる病とは。益田医師がじっくりと解き明かします。

「忘れられない」という苦しみ

 私たちは普段、記憶を「過去にあった出来事の記録」のように捉えています。写真やビデオのように、頭のどこかに整然と保存されていて、必要な時に取り出して眺める。そんなイメージです。

 しかし、実際の記憶はもっと身近で、もっと不安定なものです。

 身近とは、過去の出来事が「過去」にならず、いつまでも「今、ここで起きている」ものとして繰り返し思い出されることを指します。それが病的になると、何年も前に終わったはずのつらい体験が、ふとした拍子に鮮明によみがえり、まるで「その瞬間」に引き戻されたかのように動悸(どうき)がして、汗をかき、身がすくむようになります。これがいわゆる「フラッシュバック」です。

 不安定とは、記憶が固定化されたものではなく、思い出されるたびに再生産されるもので、同じものとして思い出されることが少ないという意味合いです。詳しくは後述します。

 心は脳の働きから生まれます。さらに言えば、脳のつくりや反応の仕方には、人によって違いがあります。同じ出来事を経験しても、それをうまく「過去の棚」にしまうことができる人もいれば、いつまでもしまえずに苦しむ人もいます。その差は、本人の意志の強さや心がけの問題ではありません。

 今回は、この「忘れるのが苦手な脳」という切り口から、「心的外傷後ストレス症(PTSD)」と「複雑性PTSD」について、お話しします。

記憶はなぜ、当てにならない?

 そもそも記憶とは、脳の中でどのように作られるのでしょうか。

 記憶とは、脳のどこか1カ所に、写真のように保存されると考える人がいるかもしれません。しかし近年の脳科学が描き出す記憶の姿は、全く異なります。

 一つの記憶は、脳の特定の場所にしまわれているのではなく、脳のあちこちに散らばった多数の神経細胞が、ひとつの「つながり(ネットワーク)」として活動するパターンそのものとして保存されている。そう考えられるようになってきました。この、特定の記憶を担う神経細胞のまとまりは「エングラム(記憶痕跡)」と呼ばれます。

 私たちが何かを体験すると、その情報はまず脳の「海馬」という部位で、「いつ、どこで、何があったか」という文脈とともにまとめあげられます。そして睡眠などを経るうちに、その記憶は海馬だけでなく、大脳皮質をはじめ脳の広い範囲に分散したネットワークへと形をかえ、長期的な記憶として定着していきます。

 記憶とは、一枚の写真というより、脳全体に張りめぐらされた配線経路の、特定の道順のようなものなのです。

 このような配線を「シナプス結合」と呼びますが、大事な記憶やよく使う記憶はこのシナプス結合が強くなり、逆に重要でなく、あまり使われない記憶はシナプス結合が弱くなります。英会話を例に取りましょう。日々、仕事で英語を使っていると英会話も上達し、逆に使わなくなると、よく使っていた英単語も思い出せなくなる――。そういうことです。

 つまり、こうしたネットワークは固定された「静的なもの」ではありません。記憶ネットワークは、神経細胞そのものが入れ替わるというより、シナプス結合の強弱や活動パターンの変化を通じて、時間とともに再編成されます。記憶システムも日々作り直される、いわば「動的なもの」なのです。

 私たちが何かを思い出す時、保存された記録をただ再生するだけではなく、過去に作られたネットワークを頼りに、そのつど記憶に手を入れます。その際、ネットワークも日々更新されているので、俯瞰(ふかん)的に見ると、脳を日々書き換える作業でもあります。これを「再固定化(リコンソリデーション)」と呼びます。

 それゆえ、記憶は再生のたびにわずかにゆがんだり、その時々の気分や解釈に染まったりします。私たちの記憶が意外なほどあてにならないのは、脳の欠陥ではなく、記憶〜脳が絶えず変化し続けるものだからです。

 こうした変化の中、脳は記憶を全て覚えておくより、むしろ積極的に「忘れる」ことを重視しているようです。

 日々入ってくる膨大な情報のうち、ほとんどは不要なものとして判断され、消えていきます。使われない神経のつながり(シナプス)は刈り込まれ、必要なものだけが残る。脳が勝手に取捨選択するので、ある人は勉強の知識が定着しやすく、ある人は運動に関する知識や経験が定着しやすい、などの差が必然的に生まれます。

 忘れること、そして記憶を書き換えられることは、長い進化の歴史の中で獲得された、高度な脳の機能です。全てを鮮明なまま抱え続けていたら、エネルギー消費の多い脳のせいで、人類はとっくに餓死していたかもしれないし、何より心の平穏も保てなかったと思います。古代の方が現代よりも命に関わる事故に遭遇する可能性が高かったと思いますし、それらを全て覚えていたら、心の平穏は保てないでしょう。

 過去のことを「過去」として整理、処理し、必要なものだけ忘れない。このような絶え間ない編集作業こそが、こころの平穏を支える土台になっています。そして後で述べるように、PTSDとは、この編集作業がある記憶についてだけ、うまく働かなくなってしまう状態なのです。

トラウマ記憶はなぜ生じる――なぜ怖い体験は強く残るのか

 「何を覚えて、何を忘れるか?」…

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ますだ・ゆうすけ 1984年生まれ。防衛医大卒。自衛隊勤務を経て2018年に早稲田メンタルクリニックを開業。開設するユーチューブチャンネル「精神科医がこころの病気を解説するCh」は登録者数70万人を超えている

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