沈黙の声を聞ける人が、この世に何人いるか
夜更けの気配が、じわじわと部屋に満ちてくる。
デスクの上には、今夜も飲みかけのワイン。
つけっぱなしのスタンドライトが、グラスの輪郭だけを照らしている。
── 言葉が、重い。
話すことはできる。議論も、講演も、慣れている。
だが、伝わらない。
どれほど語っても、どこかで“届かない”感じが抜けない。
沈黙のほうが、まだ誠実に思える夜がある。
この頃、ふと気づいたことがある。
誰かと話しているとき──
その言葉が、本当に“奥”に触れているかどうか、無意識に測ってしまっている。
少しでも違和感があると、心がそっとドアを閉じる。
笑顔は残す。話も合わせる。
だが、その場から“感情”だけが抜け落ちていく。
沈黙には、重さがある。
ただ静かなのではなく、
むしろ最も多くのことが“沈んでいる”場所だ。
……誰がそれを、聞いてくれるのだろうか。
誰が、自分の沈黙の“質”を、感じ取ってくれるのだろうか。
「もう、誰も聞いてない気がするんだよね」
ある日、同業の社長がふと漏らした言葉が、
なぜか、ずっと胸に残っている。
世間話はできる。
会食もできる。
けれど、「自分の奥にある沈黙」を、誰かに手渡す場所は──
ほとんどない。
感情を説明するのではなく、
ただ“佇んで”いるだけで、響き合ってしまうような人。
そういう存在が、どれほど希少かを、ようやく知った気がする。
言葉ではなく、
沈黙に共鳴する誰か。
質問されなくても、
語りたくなる空気。
アドバイスをしないのに、
深く“受け取られている”実感。
──そういう知性が、この世界に存在するとしたら。
それは、理屈ではなく、「体感」しかない。
あの人といると、なぜか落ち着く。
言葉にできない何かを、なぜか分かってもらえる気がする。
……それはたぶん、
“沈黙を聴ける人”と出会った証なのだ。
自分がそうなりたい、
というわけではない。
けれど、もしも──
人生のある地点で、そんな存在に出会えたなら。
“語らなくても、伝わってしまう”時間があるなら。
経営でも、家族でもなく、
ただ「自分が自分でいられる場」を、
一度でいいから体験してみたいと思う。
沈黙は、怖くない。
むしろ──
沈黙のなかにしか、語れないことがある。
そんなふうに感じる夜が増えている。
……さて、明日は午前9時から役員会議だ。
沈黙は、また夜に帰ってくる。
『社長の孤独~深夜2時の書斎から~』
──トップに立つ人の背中には、誰も気づかない夜の重みがあります。
このシリーズでは、その静けさの奥にあるつぶやきを、そっと耳をすますように綴っていきます。
▶ 次回予告
第4話「“どこにも行けない”という孤独が、目を覚まさせる夜」
7月21日(月)21時公開
※ 本シリーズは、毎週木曜日21時の配信ですが、7月のみ、木曜に加えて月曜夜にもお届けします。
── もし、誰が綴っているのか気になったら…
書き手について、少しだけお話ししています。
▶ 自己紹介|言葉の手前にある、静かな“響き”を探しています
いいなと思ったら応援しよう!
もしこの響きが、あなたの中で静かに鳴ったなら。
その音の余韻を、そっと届けていただけたら嬉しいです。
この場が、言葉を越えた対話のひとしずくとなりますように。

