八十一話 ゲームを開始する時、互いにデッキをシャッフルする
カードをめくる。
カードを捲る。
「はぁ」
音を立てて何度も何枚もめくりながら、私は息を吐き出した。
「ユウキちゃん? どうしたの」
MeeKing。
そのフリースペースのテーブルで、私は声の方角に顔を向けた。
「あ、セトさん」
そこにいたのはセト店長だった。
いつものMeeKingのロゴのプリントされたエプロン姿。
だけど、少しだけ髪型が違っていた。
片側だけ長かった前髪を掻き上げて銀のバレッタで止めている。
「髪型変えたんですね」
蒼い左目とは正反対の、黄色い……琥珀というより黄金色の右目が、柔らかくこちらを見ていた。
「うん。色々と思考を整理したしね、これがいいかなって」
にっこりと。
少しだけ口元を緩ませて、右の人指し指でセトさんは自分の頬をついた。
「まだちょっと違和感あるけど、少しずつぼくたちで慣れていくかな」
「……まだ上手く飲み込めてないんですけど大丈夫なの?」
「大丈夫だいじょうぶ」
ひらひらと右手と左手で、別々に動かしながらセトさんは微笑んだ。
「おいおい慣れていくと思うよ。というかもう返してもいいんだけどさぁ。ダメでしょ今の生活作ったのはアルだし。いやそれはカドさんとか老師のおかげだから何もやってないよ。謙遜はよくないと思うよ僕は」
や、ややこしい。
「あの、今、どっちのセトさんなんです?」
「えっとね、あ、こら、セト!」
カクリとセトさんの右手がバイバイみたいに振られて、下がった。
「ああ~もう潜っちゃった。うん、今はぼくのままだよ」
「よ、よくわかんないです」
「ぼくもだよ」
はぁと大きな胸を揺らしてため息を吐くセトさん。
そうなのである。
あの闇のファイター、”101人目”が倒れてセトさんのレガシーカードは戻ってきた。
カードは修復されて、その中身も戻ってきた。
でも、それは<
カードの精霊とファイターが精神、いや、魂が入れ替わっていて、これまで生活していたなんていうびっくりなことで。
それで戻ってきた本当のセトさんは。
今は、なんかカードの精霊兼セトさんの別人格になってる。
……うん、わけがわからない。
「アリーシャは見分けがつく?」
≪ぜんぜん。スピリットもまったく同じ、双子みたいで重なっててどっちが精霊なのかも言われなければわかんないわ≫
「昔からセトとは一緒だったからねぇ。ぼくの影響を受けすぎちゃったのかも」
あ~あと言いながら、手を後ろに伸ばしてのけぞるセトさん。
……精霊なら小さくてもいいのに、アリーシャみたいに。
≪ユウキ? なんか今変なこと考えてなかった?≫
「シテナイヨー?」
危ない危ない。
アリーシャにはこのネタは危険だった。
「そういえばユウキちゃん、なに悩んでたの?」
「んー個人差のある成長曲線」
「それは一旦置いといて」
私の真剣な悩みを、ダンボールを運ぶような動作で横に置かないで。
「この間のファイトのことかな」
「……わかります?」
「うん。色々とデッキの調整に悩んでるみたいだから。ミカドくんたちも心配してたよ?」
誤魔化せなかった。
私はなんとなくポニーテールの先をつまんで。
「私、役に立ってなかったなって」
「なにが?」
「あの
そうなのだ。
あの時、セトさんは1人で”101人目”を倒した。
銀河乙女っていう自分と同じデッキを相手に勝って追い払った。
苦しかったはずなのに、怖かったはずなのに、乗り越えてみせた。
そして、セトさんに勝てなかったアイツは逃げた先で、あの
市長さんが警察に電話したり、サレンさんやマリカちゃんとどうやって追いかけるか話し合ってた時だったから本当にびっくりした。
びっくりして。
「……テロップさんもまだ入院してるんですよね」
「うん」
修復師のテロップさんも入院してるって市長さんから聞いた。
”101人目”に身体を乗っ取られて、ファイトにさせられてたダメージもあるけど、一番の問題は自分がさせられていたことにショック受けてるんだって。
「……本人が悪いことをしてたわけじゃないのに、なんでそうなっちゃうんだろう」
市長さんは「あれは強い奴だ。そのうちケロッと踏ん切りをつけて立ち上がるじゃろう。だからそれまではナイショにしておいてくれ」
そういってたけど、立ち直れるのだろうか。
私だったら……とてもじゃないけど、立ち直れないと思う。
「なんで止められなかったんだろう」
「……誰も知らなかった。カドさんでさえ気付けなかった、あいつの隠蔽工作はそれだけ完璧だったよ」
「止められたはずなんだ。私が」
「ユウキちゃん?」
並べていたカードを手に取る。
私の
「あの病院で倒せていれば防げた」
どうしてもそう思ってしまう。
「そしたらテロップさんも入院しなくて済んだし、セトさんが戦うこともなかったし、もっともっとよくなってた」
「ユウキちゃん、それは無理よ。あれは普通には倒せないの、スカーくんも条件を満たせてようやく倒せたたんだよ?」
「それでも、もっとレガシーが、私が強ければなんとかなったんじゃないかって思うんです」
役に立てなかった。
ただ見ていただけ。
それがどうしょうもなく苦しい。
怒りにも似た苦い気持ちが喉の奥からこみ上げてくる。
足の指先からビリビリとしびれるようにもどかしくてたまらない。
「どうして、私のレガシーは、私はもっと強くないんだろう」
そしたら、そうであったら。
「全部上手くいくのに」
「――それは違うよ」
「セトさん?」
強い言葉で否定された。
「強ければ全部上手くいくことなんてありえない」
「……なんで? 事実じゃん、だって私が強ければ」
「強いのは悪いことじゃない。選択肢は広がる、取れる手段も選べることも大きくなる、だからそれは悪いことなんかじゃない」
真っ直ぐに目があった。
セトさんは、私の前でしゃがみこんで。
「だけどね、強いだけで――最善が選べるわけじゃない」
「……さいぜん?」
「うん。ユウキちゃん、貴女が強ければなんでも上手くいったっていうけど」
ぎゅっと手が握られた。
温かい手だった。
「病院でアイツを斃したところで、ぼくは幸せになれたかな?」
「幸せ? でもあそこで倒してれば」
「あの病院でやつを倒して、出てこなくなったら僕は帰ってこれなかったよ? あいつに魂握られたままだったしねー、上手くアルマーのカードが修復されて戻ってこれたようなもんだし」
「それは……」
「言わせて貰うと病院で斃すぐらいだと遅いよ」
「えっ」
「せめてもっと前、僕が十二聖座だった時にぱぱって倒してくれないと教会クビ回避出来ないし」
「え」
「そもそももっと早く倒してくれないと今までのあいつに被害にあった人たち救われないよね」
「え、え、え」
「それって強ければ出来たかな?」
「いやその……無理、いくらなんでも私の関われないことだし」
時間を遡るとか、そういう力でもないと無理だと思う。
いやでも出来ても難しいと思う。
だって、知らないもん。
「うん。そうだね、無理だよ。出来なかったこと、関われなかったことに、ユウキちゃんに責任はない。悲劇を生み出してたあの邪悪以外には誰も悪くない、悪いことをしてたやつ以外は間違いなんかじゃない」
だからね、とセトさんは両手を重ねるように包んでくれて。
「大事なのは、選択なんだと思う」
「せん、たく」
「そう。人はね、まだ知らない未来で何が起こるなんてわからない。訪れたその時の
透き通るような声で言ってくれた。
「ユウキちゃんはね、最善を選んだよ」
「そんな、だって」
「だって、誰も死んでないじゃない」
「死んで」
「うん、そうだよ。あの時ね、病院で誰よりも早くユウキちゃんが走ったからあれ以上誰かが巻き込まれることがなかった。入院してた患者さんたちも解放されて、元に戻れた。バニラだって攫われずにすんだ」
1つ、2つ、3つと物を数えるように指折りしながらセトさんは私に教えてくれた。
「出来たことはきちんとあったよ。たくさん」
「出来たこと」
「ユウキちゃん。過去を振り返ることは大事、出来たかもしれないことを覚えておくのも大事、だけどね。それに囚われないで」
なんでだろう。
「その時、その時、ユウキちゃんは、ううん、誰だって一生懸命に考えて、必死に自分が出来たこと。出来そうなことをやって、そうやって過去は積み重なってるの。そうやって今へと繋がって、未来にいけるんだよ」
なんでだろう。
「ファイトと同じ。引いたカードで、どんな風に使ったのかはもう変えられないけれど、これからどう使うか、何を引けるかはユウキちゃん」
なんでだろう。
どうしてこんなに。
「貴女はね、幾らでも選べるんだよ」
胸の奥から込み上げてくるんだろう。
「……ユウキちゃん?」
なぜか。
「え、ごめん。なんか厳しいこと言っちゃった?」
涙が出た。
「ちが、ちがうんです」
涙が出てくる。
「なんでだろう……わかんない」
手で拭っても、拭っても、出てくる。
涙が溢れ出てきて止まらなかった。
「ごめ、ごめんなさい、わた、わたし」
「いいよ」
温かいもので包まれた。
セトさんに抱きしめられてた。
「いいんだよ。泣きたい時ぐらいは好きに泣いていい」
「だって人間だからね」
私はしばらくその温かさに顔を埋めた。
「ありがとうございました!」
すっごい恥ずかしいことをしてた気がする!
「別に気にしなくていいのに」
「いやだって、もう小学生でもないのに……恥ずかしいよぉ」
「ぼくもねえ。いい話の映画とかみると、大人なのに泣いちゃってねぇ」
「それはセトさんがチョロ――純粋なんだと思う」
「今チョロいっていった?」
「セトさんカワイイですよね」
「えへへ」
チョロい。
大丈夫かな、心配になるよぉ。
「と、そうだった。ユウキちゃん、提案があるよ!」
「なんです?」
むんって気合いれるポーズをするセトさんに、なんか気合が抜ける私。
「強くなりたいなら、まず大事な事があると思わない?」
「え、筋トレとか? モブさんみたいにあちょーとか、サレンさんみたいにバシーンってワイヤー出したり」
「それは極一部のバイト二人だけだよ……そうじゃなくてデッキの強化をしよう!」
「? えっとだから、私それで今調整をしてて」
「調整じゃなくて、デッキの強化! ぶっちゃけていうとね、レガシーは大体強いけど強いからって他のレガシーを集めたりするよりもね」
よりも?
「デッキと相性の良いレアとか、アンコモンのカードをたくさんいれて調整したほうが強いです」
「それはそう」
「カードなんて1枚あっても所詮1枚だし、捨てさせられたり除外されたり打ち消されたらね」
「いつものモブさんとサレンさんとドロシーさんじゃん」
「大事なのは総合力! 1枚のカードに頼るのではなく数十枚のデッキで押し潰すんだよ!」
「銀河乙女ってなんで特殊勝利に、バーンに、ロックまでしてくるんですか、おかしいよあれ」
「そういうデッキだからね」
「ぜったいにおかしいよ」
「ユウキちゃん。宇宙から戻ってきて戻ってきて、星の光はここだと見えないから」
「やっぱりデッキ、デッキの強さが全てを決めるんじゃないかなぁ」
「話題が戻ってる戻ってる。でね、ユウキちゃんってずっとブレイバー使ってるよね?」
「? うん」
レンタルデッキで遊んだりとか、デッキの使い方覚えるために使わせて貰ったりする時以外はこのブレイバーたちが私のメインデッキだ。
「お店で買って揃えたからもしかしたらって思ってたんだけど」
ピンと人差し指を立てて、セトさんは微笑んで言った。
「ユウキちゃん。カードの適正チェックしてみない?」
「適正……チェック?」
「そう」
「もしかしたらブレイバーだけじゃない、他にも相性がいいテーマが見つかるかもしれないよ」
◆
イライラ。
イライラ。
「くそが!」
吐き出す。
「くそ、くそ、くそ!」
邪魔な胸を押さえつけながら悪態を吐く。
吐き出さずにはいられなかった。
何故なら。
「おい、どういうことだよ!
≪落ち着け、ディール≫
「これが落ち着いてる場合か!? くそが」
『オイオイ、うるせえぞメスガキ』
悪態に割り込むように、声が響いた。
目を向ける。
そこには薄暗い室内に映し出されたモニター――通信用の映像端末があった。
「断札王」
その先にいるだろう奴を睨む。
『聞いたぜ。あのゴキブリ野郎が死んだってな』
「そうだ! あの101人目が討伐された! あんたなら当然掴んでるんだろう、さっさと来い! この街を制圧しな『断る』」
「……なにっ?」
『てめえをわざわざ円卓に推薦してやった恩を忘れたか? なあ、そうだろう、自称最強のSランク傭兵さんよ』
「忘れてなんかいない。結果はすぐに出す、それより断るってのはどういうことだ?」
『俺様はなぁ、色々とビジネスで忙しいんだよ。わかるか? 身分証も、ファイターライセンスもねえフラつき坊やと違ってなぁ。経済を回す大事な大事なお仕事があるんだ』
画面越しに映っているのは奴の靴だけ。
まともに顔を出す気のない証明。
『てめえでどうにかしたらどうだ?』
「……こちらにはこちらの準備がある」
これは嘘じゃない。
本当なら今すぐにでもあのスカした野郎をぶち殺しにいきたかった。
新しいデッキももうすぐ完成する。
しかし、まだ身体が安定していないという理由で止められている。
『あっそ。それならこっちはこっちのタイミングでやらせてもらうぜ』
「いつになる。101人目は勝手に動いて、本命を倒しもしないまま死んだ。警戒が強くなってる、十二聖座が来たら困難だぞ」
『オイオイ、お前あいつが本当に死んだと思ってんのか?』
「?」
『ブラフだよ、ブラフ。あのゴキブリが本当に死ぬわけねえだろ。火傷しそうだからさっさと尻尾巻いてとんづらこいたんだろうな』
「逃げたってことか。顔差しともあろうものがよ」
『あいつは恥知らずの腰抜けだぜ? トップバッターを気取っておいて逃げ出すとか顔の面はどんだけぶあついのか、いや顔はなかったか』
ゲラゲラゲラと愉快そうに嗤う声。
いや、愉快ではない。
ただ見下すため、見下すことに愉悦を感じている笑い声だ。
『次に出るのはさて、十年か、二十年か、前の前は五十年ばかし種付けツアーに勤しんでたみてえだからな、1つ言えるのは間違いなく戻ってこねえぜ』
「くそ、やつにはプライドの1つでもはないのか!」
『闇のカードなんざ使ってる奴に期待するほうが間抜けだぜ? 職業倫理観があるような紳士は俺様ぐらいだろうよ』
そういう貴様は今まさにサボってるだろうが!
そう罵ってやりたい気持ちをギリギリのところで噛み潰す。
言っても意味がないからだ。
『そういえば、”ドレスリーブ”はどこだ?』
「……連絡はない。一度顔を見せたが、調べ物があるといってから戻ってこない」
『ふぅん。まああいつも自由人だからな、今頃どんな姿をしてやがることやら』
はぁ、と息を吐く。
「わかってるのか、もう時期が近いんだ」
「バブルマッチの接触までに【例の場所】を確保しなければならない」
オレたちの目的。
「それまでにレガシー……その担い手になるやつを集めないと封印は破れないんだぞ」
『めんどうだな。他所からかき集めたレガシーじゃなくて、この地の影響を受けたレガシーじゃないと身代わりに出来ねえとかよ』
「そうだ。これを逃がしたらまた数十年も先になる、だから早く」
『別に俺様は十年でも、四十年先でも構わないぜ?』
「なっ」
『今代の十二聖座共はどいつもこいつも面倒だ。ソリティアを潰しやがった
カンカンと机を蹴るような音。
『白髪ババアがようやくあのデッキを手放して、セイテンが老いぼれに落ちぶれたと思ったらこれだ。やってられるか』
バイバイと手を振る仕草が、モニターに移って。
『次の機会にしよう。あいつらが老いて死ぬか、うっかり死ぬまで待つのがお利口さんってやつだ』
「まて! そんなに待ってられるか! オレはそんな待つつもりはない!」
モニターを掴む。
「オレには今だ! 次だと? 数十年後だと!? そんな負け犬みてえな事が出来るか! オレは今すぐに名誉を、オレが望む世界を手に入れる! これ以上待ってられるか!」
『デカチチ押し付けサービスご苦労。だが残念だが大人には大人のやりかたがある、そのでけえ乳以外にも頭の中身も大人になるんだな』
「ふざけるな!! お前が腰抜けなだけだろう!」
≪――パン。戯れはそこまでにせよ≫
『ッ』
≪これ以上役に立たないのであれば力を取り上げてもよいのだぞ? 何もせぬ子供には過ぎた玩具だろう≫
『……冗談だよ、冗談。本気にするなって』
本当に冗談か?
『その証拠に手は回してある』
≪ほう?≫
『手駒を二人ほどな。俺様ほどじゃないが、そこそこ使える奴だ』
「ちゃんと使えるんだろうな?」
『安心しろ。一人はカタギ上がりだが実績はあった。そんでもう一人は、クク』
「何がおかしい?」
『いや……あいつに勝てる奴がいるのか? と思ってよ、もちろん俺様は例外だが笑っちまうほどえげつないやつだ』
≪ふむ。その口ぶり、期待してもよいのだな?≫
『ああ。もちろんだ、十分に高みの見物をしていてくれ』
『我が麗しの、マグマ・イディア様』
――――――――――――――――――――――――――――――
言葉にすれば陳腐なものほど
頭の中では壮大で美しいものだ
――謀略
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