人生で幸せだったことベスト1000の全部を君にもらった
長男が、お友だちから地元のお祭りに誘われた。
4年生なので、学校の決まりで今年からは子供たちだけで行っても良いことになっているのだ。休み時間にお友だちと「行きたいね!」と盛り上がり、まずはそれぞれお家の人の許可をもらってこようという話になったそう。夫とも相談し、いくつかの約束ごとを決めた上で「行っておいで」と伝えたとき、彼は冗談抜きで喜びのあまり30cmくらい跳んだ。
そこから寝るまでの数時間で夫に300回、私に500回くらい「お祭り楽しみだねえ!!!」と話す長男を見て、微笑ましい反面すこし心配になり、「うちはいいよって言ったけど、ほかのお友達はまだ分からないからね。明日もう一度みんなで話しておいで」と伝えると、「こんなに楽しみにしてやっぱ行けないってなったらどうしよう…」とみるみるしょんぼりしてしまったので、「その時は家族みんなでお祭り行こう!射的やって焼きそば食べよう!お友だちと遊ぶのには敵わないだろうけどさ」と答える。
長男は、「ありがとう。でもさあ、友だちだけで回るほうがやっぱ楽しいじゃん!?行けるといいな〜…!!!」と言った。
「そりゃそうだ!」と私は笑い、「行けるといいね、ほんと。きっと大丈夫だよ!さあほらもう寝るよ〜」「はーい」と長男を寝室に見送った。
キッチンに戻る。私は大人のおつまみ用にとうもろこしのかき揚げを作りはじめた。油がぷつぷつ熱くなり、さっきの長男の笑顔を思い出すとまた自然と笑みがこぼれた。
「友だちだけで回るほうが楽しいじゃん」だって!!!!!ほんと大きくなったな〜。…お祭り、行けるといいなあ。よし、そろそろ揚げていくか。
最初のとうもろこしを油に入れた瞬間だった。
「友だちだけで回るほうが楽しいじゃん」の言葉がかなり遅れてようやく正しい重さで私の心に届き、「そっか!!あの子はもう、私じゃなく、お友だちだけで遊ぶほうが楽しいんだ!!」と、ハッとした。
すこし動揺して、ひとつめのかき揚げはとうもろこしがばらばらに離散してしまった。
そうだよね、そうなんだよ。あの子はもう立派に自分の世界を持っている。ありがたいことに、お祭りに誘ってくれるお友だちがいる。学校を楽しんでいる。よかったなあ。本当によかった。彼が私の顔色をうかがっていつまでも「家族で過ごすほうが楽しい」なんてお世辞を言わず、自然なトーンでそう言ったこともよかった。
そっか、そうなんだ。
「一番の遊び相手」としての私の役目は、終わったんだ。
「あっという間だったなあ」と、思わず声に出して呟いてしまったら、もう涙はとまらなかった。
あっという間だったなあ。本当にあっという間に終わっちゃった。「きっとあっという間に大きくなっちゃうんだろうな」って口では言いながら、どこかでずっと続くような気がしていた。
長男は公園が好きだった。
保育園のお迎えの帰りにも、休日にも、暇さえあればとにかく公園で遊んだ。砂場あそびと鬼ごっこが好きで、勇敢だけど虫は苦手だった。
よちよち歩きの頃、公園中せっせとパトロールする彼を、転んだら支えられるようにそわそわしながらずっと見守った。歩き疲れて尻もちをつくと、みじかい腕を伸ばして私に「アー!」と抱っこをせがんだ。
イヤイヤ期の頃、3時間遊んでもまだ帰りたくないと泣いて抱っこを拒否し、「ちゃーちゃん嫌!ねんねないよ〜!ねんねないってば〜!」と号泣してマグロのように暴れる彼を、「もう帰るよ!」と肩にかついで私も泣きながら無理やり帰った。
4才の彼は私がお菓子づくりに目覚めたのと同時にお砂場ケーキ職人になり、ふたりで何時間でもお砂場ですごした。できた作品は試食を求められ、必ず真剣な顔で「母ちゃんおいちいか?」と訊かれた。
5才になると、ふたりで映画を観に行けるようになった。「あのさあ🍣さあ世界でもいっちばんすごいことを考えたけど〜、帰りにさあ、ふたりで焼き肉行っちゃうっていうこともできるけど!」と誘われて爆笑しながら安安に入った。彼はとてもお利口で、カルビを口に入れた瞬間「ん〜〜!!!母ちゃんとこうまれてきてよかった〜〜!!!」と叫び、あまりの調子の良さに笑った。「母ちゃん今日はたのしかったね」と言い残して帰りのバスでは3秒で寝てしまい、バス停から抱っこして帰った。
長男が6才のとき私は夫と結婚し、7才で弟、9才で妹がうまれた。妊娠中や乳児期はたくさん我慢させてしまったと思う。私の両親や、夫がいつも長男を連れ出してたくさんフォローしてくれた。
「でも母ちゃんとも遊びたいんだよ〜」と言われてハッとして、夫に次男を任せてふたりで公園に行ったこともあった。何して遊ぶ?と聞いたら「鬼ごっこ!!!」
全力で走ったけど、もう2年生で野球少年の彼は普通に私と同等のスピードがあり、持久力もついていて、本気で走り回ってふたりともくたくたになった。
帰りにコンビニに寄ったら、それまで一度も実物を見たことがなかった幻の「みそきん」が売っていて、ふたりでうおおお!!!!!と大騒ぎした。
そうか、たぶんあれが最後にふたりで行った公園だったかもしれない。
長男と次男、それに抱っこ紐に娘を入れて4人で出かけたことはそれ以降も何度もあったけど、ふたりきりの公園はあれが最後だった。そのときは、これが最後だとは思わなかった。
考えれば考えるほど思い出がよみがえってくる。私は泣きながら、とうもろこしを揚げ続ける。
「やり切った」なんて、「後悔はない」なんて、とても言えない。もっとああするべきだったし、もっとこうしてあげたかった。私は決していい母親ではなかった。「いいお母さん」にはなれなかった。
でも、と思った。
でも、私は長男のおかげで、「長男の母ちゃん」になれた。
私はもう彼の「一番の遊び相手」にはなれないけど、それはすごく正しい成長のしるしだ。
彼に彼の世界があることがうれしい。仲良しのお友だちがいることがうれしい。彼が何かにわくわくして喜んでいる姿を見ているだけで私も楽しい。遊び相手が私でなくても、とにかく彼に笑っていてほしい。彼の人生にありったけの楽しいこと、うれしいことが目一杯そそいでほしい。どんなときも、うんと幸せでいてほしい。
それでも、何かこまったり立ち止まりたくなったときは、いつでも帰ってきてひと休みできる場所で私は在りたい。
次の日「みんなお祭り行けるって!」と帰ってきた長男は今度は冗談抜きで50cmくらい跳んだ。
週末、お財布とキッズケータイをリュックに詰めて行ってきます!と嬉しそうな彼のうしろ姿を「おー行ってらっしゃい!」と見送った。長男は一度も振り返らず元気に駆けていく。また背が伸びたかな。あんなに肩幅がしっかりしてきたんだったっけ。
泣きながらとうもろこしを揚げた日、自分は寂しくて泣いたんだと思っていた。でも、本当はうれしかったんだな。寂しいけど、たくさんのことを思い出すけど、後悔もあるけど、でもうれしい。私は、とにかくうれしかった。
ただいまー!と満面の笑みで帰宅した長男は、貴重なお小遣いから2才の弟におみやげとして「光るうんちの棒」を買ってきてくれた。
次男は大層よろこび、「うんちん、こんにちは!うんちん、うまれてありがと!うんちん、かわいいね!」と一生懸命話しかけ続け、私と長男はそれを見て笑いころげた。光り物が大好きな11ヶ月の娘も、虎視眈々とうんち棒を狙ってよちよち歩き回る。
光るうんちで大盛り上がりの三兄妹をながめながら、私は長男が小さいとき、自分がつくった短歌をぼんやり思い出した。
人生で幸せだったことベスト100の全部をきみにもらった
🍣、あのときはベスト100と思ってつくったけど、いま思うと、ベスト1000まで探しても全部🍣かも。
もちろん次男とは次男のベスト1000があり、娘とは娘のベスト1000があるけど、長男が私にくれたこれまでの時間は、本当にそれまでの自分を全部つくりかえてしまうような出来事の連続だった。すばらしい日々だった。
🍣、母ちゃんを母ちゃんにしてくれてありがとう。今までたくさん遊んでくれてありがとう。私の人生に、宝ものの思い出をくれてありがとう。
これからもずっと、見守っているよ。




俵万智さんの「最後とは 知らぬ最後が 過ぎてゆく その連続と思う子育て」という歌を思い出しました。長男くんもかたゆまさんも素敵です。