[上村愛子さん]先天性心疾患 「症状自覚したことない」健診で雑音指摘も 3歳で長野移住、夜までスキー 中学部活なじめず…
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一病息災
有名人に、病気や心身の不調に向き合った経験を聞く「一病息災」。今回は、元モーグル日本代表の上村愛子(うえむらあいこ)さん(46)です。 五輪5大会連続入賞…上村愛子選手の軌跡【写真15枚】
心臓の異常 手術は不要
18歳だった1998年、長野五輪のフリースタイルスキー女子モーグルで入賞した。以来、5大会連続で冬季五輪に出場。ワールドカップでの総合優勝も果たした。「愛子スマイル」は国民的な人気を集め、モーグルの日本での知名度を高めてきた。 コブのある急斜面を高速で滑り、2回のエアで大きく跳ぶ。滑走する約30秒間、わずかなミスも許されない緊迫感あふれる競技だ。 実は生まれつき心臓に異常がある。新生児の約100人に1人にみられる先天性心疾患で、中でも割合が高い「心室中隔欠損症」と診断されていた。心臓の左右にある心室を隔てる壁に穴が開いている。 「ただ私の病状は軽いほうで、症状を自覚したことはないんです」 乳幼児期に自然に穴がふさがる場合もある。4歳の時に、全身麻酔をしてカテーテル(細い管)を心臓まで通す検査を受けた。穴は完全にはふさがっていなかった。だが手術は必要ないと判断された。 学校などでの健康診断では、必ずといっていいほど心臓の雑音を指摘される。「母によると、針の先よりも小さい穴で、小さいだけに、そこを血液が通る音が大きくなるそうです」 10歳代でモーグルのナショナルチームに入ってからも、コーチに心臓の疾患のことは話さなかった。「トレーニングって苦しいところまで体を追い込むものなのに、心臓のせいにして逃げちゃいけない、向上できなくなるという気持ちがありました」
長野移住、兄と外遊び
生まれたのは兵庫県伊丹市。1歳上の兄がいる。両親は公務員だったが、ペンション経営をしようと、スキー場のある長野県の高原に移住した。3歳だった。 先天性心疾患の娘のため空気のいい場所を求めたのでは、とよく尋ねられるが、「それだけではないと聞いています」。時代はスキーブーム。そして、家族で過ごす時間を増やすためだったという。 すぐにプラスチックの小さなスキー板で遊び始め、4歳の頃には本物のスキーでゲレンデを滑るようになった。夏は木登り。一日中、兄と外遊びをしていた。 「母は病気のことがすごく不安だったけれど、検診で会う同じ疾患の子たちに比べて、私は顔色もよく元気だと感じたそうです」。時折、「苦しくないの」などと母に聞かれたが、全く自覚症状はなかった。 小学校入学時に白馬村に転居。新居のペンションから徒歩15分ほどの場所に、アルペンスキーのジュニアチームの練習拠点があり、兄妹で参加した。少しでもうまくなりたくて、コーチの真後ろに付き、夜9時までナイターで滑った。 それでも、アルペンで頭角を現すことはなかったと話す。中学の部活のスキーにはなじめずやめた。 中学2年の冬休み、母が自分の知人を頼ってカナダに滑りに行くことを提案してくれ、そこで偶然観戦したのがモーグルのワールドカップ。「こんな競技があるのか、と衝撃を受けた。スキーができる環境も、モーグルとの出会いも、私は幸運に恵まれていました」
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